現在と未来
信頼のかけら

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明らかにそこは異質だった。
誰もが利用する共有スペース。誰の目にもつきやすいこのラウンジでそれは行われていた。
接点があるようなないような……明星桜花が当真勇、犬飼澄晴、北添尋、穂刈篤、村上鋼に囲まれている。高校を卒業した彼等は幼い少年の顔つきではない。ボーダーに所属していることもあって一般的な年代よりも随分大人びている。そんな青年たちの醸し出す雰囲気というのは中々に迫力があるものでそんな中女性が一人というのは違和感というのか……囲まれているという状況だけを説明されればお前ら何しているんだと思うかもしれない。しかしそう思えないのは相手が桜花だからということもあるが目の前で繰り広げられている茶番のせいだと荒船哲司は思った。
「よ、荒船じゃん!お前も混ざるか?」
「……混ざるってこれにか?」
露骨に嫌だと態度で示したはずだが誘ってきた当真は都合よくそうは受け取らなかったようだ。
「今いいところなんだよね〜荒船もやる?」
「空けたぞ、お前のために」
犬飼、穂刈に言われ荒船は軽く頭痛を覚えた。
ここにいる半分は口ではっきり言わないと自分の都合のいいようにしか解釈をしない人間だ。質が悪いことにそれが彼等が鈍感故の行動ではないということだ。分かっていてやっている。悪意がないのが救いなのか……なんとも微妙なところではある。
彼等は同期、友達、ライバルというよりも悪友という言葉がしっくりくる。そんな彼等が何をしているのかというと犬飼が桜花にお菓子を食べさせている。恋人同士または友人達がやるような所謂あれだ。
荒船が知る限り犬飼と桜花は恋人でもじゃれ合うような仲の良い友達ではなかったはずだ。実際に目の前で行われているその行為には甘ったるい雰囲気も和気あいあいとした楽しさも何も感じない。いや、犬飼と当真は楽しそうだが。そしてされている桜花はどこか割り切っているのか平常心だった。
「ぎゃはは、お前ら全然絵になってないんじゃねぇの?」
「二人ともただのボーダー隊員だからね。それを要求するのはゾエさん的には厳しいと思うな」
「つまんないの。明星さんもう少し恥じらうとか嫌がるとかないわけ?」
「そんなことしたらアンタが面白がるだけじゃない。やらないわよ」
「なーんだバレてるのか」
「犬飼と明星さんは仲が良いんだな」
「そうだな、お互い腹の中が分かるくらいにはな」
「え、鋼そんな目をキラキラさせて言うの止めてよ。穂刈も。俺と明星さん仲いいみたいじゃない」
「そうなの私と犬飼って誰にも言えないようなことを共有するくらい仲が良いのよ。
だから皆もっと言ってやって……犬飼ざまあないわね」
「本当明星さんムカつくんだけど」
どういうことになっているのか荒船は状況を整理する。
テーブルの上に散らかっているトランプとお菓子を見るに彼等はゲームをしていたようだ。何のゲームかは分からないが桜花と犬飼の行動を見ると何かしらの賭け事でもしていたのだろう。
勝者が敗者に罰ゲームをするみたいな感じのものを。そして今回のゲームでは勝者が犬飼で敗者が桜花だった。そう考えるとこの状況もなんとなくしっくりくる。ただ問題は勝者のはずの犬飼が桜花にしてやられているところだろうか。いつも好き放題にしているのだたまにはいいとは思うがこの手のゲームに北添と村上が参加するのは珍しいなと荒船は思った。
それよりもこの二人そして犬飼が桜花とこのように和気藹々とゲームをする仲になっていることに正直驚きもしていた。
何せ犬飼、北添、村上はあの大規模侵攻で桜花に斬られた隊員だからだ。
根に持っていても不思議ではない。
「意外と打ち解けてるんだな」
荒船の言葉に皆何を言っているのかはすぐに分かった。
「そうだな割と早かったな」
「仕方ない状況だったのは理解しているしゾエさんは謝って貰えたからそれでいいかなーって」
「ああ、それに自分が未熟だっただけだからな。明星さんだけを責めるのはどうかと思うから」
「お前らいい奴すぎるだろう」
「本当にね。逆に私がびっくりだわ。影浦は相当私のことが嫌いだったみたいだけど」
「もしかしてこの前カゲと揉めてたのってそれ?」
「そうね。それだけ北添を大事にしてるってことでしょ?いいことなんじゃない」                                                                                                                                                                                                                           
「ゾエさんそれ初耳!泣きそう」
「もう泣いてるぞ」
「友達想いだからなカゲは」
「ゾエだけズルいな〜カゲ俺の心配はしてくれないの?」
「……」
「……」
「……」
「ねぇその一袋食べ終わらないと罰ゲーム終わらないんだけど早くしてくれない?」
「えー明星さん反応ないから楽しくないんだけど」
犬飼はつまらなさそうにポッ○ーを桜花の口に運ぶ。その最中に誰かを発見したのか目が輝いた。
「辻ちゃ〜ん!こっちに来ない?今面白いことしてるよ――!!」
犬飼の言葉に何をしようとしているのか察した面々は一斉に犬飼を止めた。
「辻ちゃんにはハードル高いだろ?」
「犬飼、辻が怯えてる」
「隠れたな、奈良坂の後ろに」
「うわー全力で拒否られてる。明星さん人脈」
「私が悪いみたいな言い方止めてくれない?明らかにアンタが悪いでしょ。
大体これじゃ辻に対する罰ゲームじゃない」
「確かにそうだな」
「でもさー俺が勝ったのに明星さん嫌がってくれないから俺が罰ゲーム受けてる感じになってるでしょ。これって俺が勝った意味なくない?」
「そんなの知らないわよ」
桜花と犬飼が揉めている中、自身の先輩が自分に何を求めているのか分かった辻新之助は奈良坂透を盾にする気満々だ。
例え女性に苦手意識を持っているとしてもここまで露骨に反応するのも珍しいなと思った奈良坂はそのまま盾役になることを了承したらしい。
寧ろ犬飼達の面子を見て長くこの場にいるのを危険だと感じたのか律儀にも一礼だけしてすたすた歩いていく奈良坂。合わせて辻も歩いて離脱する。
そのまま立ち去ることに決めたその判断力の速さは相変わらず、流石としかいいようがない。
「終ーわり!次行こう!」
「まだやるの?」
「次は荒船も参加するからね!」
「俺を巻き込むのかよ」
……逆に何故自分は穂刈達に勧められるがままに腰を下ろすことを選んでしまったのか荒船は少しだけ後悔する。
「罰ゲームするのもいいが人目を考えろよ」
「人目があるからやってるんだよ?」
犬飼の言葉に荒船はどういうことなのか一瞬考えた。
人目があるからこそするのであればそれは意味があるはずだ。
険悪なムードになっていないならその理由を想像するのは容易い。
最近話題に上がる明星桜花は残酷、自分勝手、乱暴、攻撃的と碌な印象を持たれていない。とっつきにくい。関わりたくないの一言に尽きる。だがこうして馴染んでいるところを見るとそれなりのコミュニケーション能力は持っているのだろう。
想像以上に悪い人間ではない。上手く付き合えば大丈夫。彼女という人間性を見せつけるには確かに人目が多いところの方が望ましい。
意外と周囲を見て動いているのは末っ子だからかそれともチーム内で隊員達のバランサーを務めるだけあってのことなのか。
自分が楽しむだけと思わせて動く犬飼はなかなかやるものだと思う。

「それにやられてばかりは性にあわないからね」

荒船は溜息をついた。
上層部の判断に荒船は桜花に対して割り切って考えている。それは彼女のことを全く知らず何も関わりがなかったからできることだろう。このまま彼女と関わらないことを選択することはできる。だが、上層部が桜花を残すことを決めたということはそれだけの理由があるはずなのだ。知らされていないということは知らなくてもいいことなのかもしれない。だけど何かあった時のために彼女がどういう人間なのか知っておくのは別に不必要なことではない。
実際に桜花とつるんでみて穂刈達は彼女の何かを見極めたのだろう。
荒船も周囲の評判のみを鵜呑みにするわけではなかったが折角の機会だ。自分も一緒になって彼女を見極めるのもいいかもしれないと思わせた。
「分かったよ」
乱暴に答えると村上が嬉しそうに笑いトランプをかき集めている。
「それでもう一人増えたのはいいけど、確か荒船?だったわよね。私、明星桜花」
「ああ荒船哲司だ。こいつ等と同じ年で穂刈と同じ隊で隊長をしている」
「ふーんアンタも私の一つ下か。まぁよろしく。言っておくけど手加減はしないからね」
「――と言っても負けてるな、ほとんど」
「余計なこと言わない!カードゲームは強くなる必要はなかったんだから仕方ないでしょ」
ムキになって答える桜花の姿を見てああ意外にも普通なんだなと荒船は思った。


20171023


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