現在と未来
戦いのかけら

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そこにいたのは城戸、忍田、鬼怒田、東、冬島、風間、迅といった上層部や重要ごとに駆り出されるA級クラスの隊長格。そして影浦、菊地原、遊真に桜花と少しばかり異色なメンバーでの会合だった。
「はぁ、なんで僕がこの人達と……」
「おい喧嘩売ってんのか?」
「はぁ、なんでも乱暴なことに結びつけるの止めてくれない?野蛮なんだけど」
「え、違うの?買って欲しいのかと思ったわ」
「「……」」
「嫌味は正しく伝わらないと虚しいだけだな」
呑気に彼等は話しているがこの部屋の雰囲気は至って真面目。大げさに言えば少し重いかもしれない。そんな中で軽口を叩けるのだ。隊長ではなくこういった会議に縁があまりない彼等の肝は据わっているとしかいいようがない。
「君たちを呼んだのは他でもない――」
城戸の口から出てきた言葉に彼等は何故自分達が呼ばれたのか理解することになった――。


◇◆◇


「ふざけるんじゃないわよ!」

そう言って会議室を追い出されたのは桜花だった。
閉ざされた扉は桜花の意見は聞かないと主張しているのか再び開かれる様子はない。
苛々しながらも扉を蹴破る選択をしなかったのは物理的に無意味だということが分かっているからだ。流石に生身でトリオンでできた頑丈な扉を破壊するのは難しい。
再び入室しての抗議は早々に諦めた桜花は思いっきり舌打ちをした。
彼女のその様子をボーダー隊員達が見ていたことに気づいて更に桜花の機嫌は悪化した。隠すこともなく周囲を睨みつける。誰も桜花に対して不満を上げる声はなかったが表情を見れば分かる。
よく思われていないことを理解した桜花はもう一度舌打ちをつくとその場を後にした。

――これが先週の出来事だろうか。

今は違う場所でそれが行われていた。
場所は彼女にお馴染みのランク戦ブース。揉めている相手は影浦だ。
この二人が言い争いをしているのは最早珍しくもなんともない。よくこんなに言い争いになるなと言わんばかりのネタに誰も仲裁に入らないのは二人が怖いからにほかならない。
彼等と親しくない者からしてみれば二人がどうなろうと興味がないのか。桜花を気に入らない若干名は密かに影浦を応援しているが口に出すのも態度に出すこともしなかった。……それも影浦のサイドエフェクトにより彼等の内情は筒抜けなのだが彼等はそこまで気が回らないだろう。考えられたとしてもどうすることもできない。
かかわりたくない。でもどうなるのかは気になる……結果、極力かかわりを持たないように距離を保つことを彼等は選んだ。
今日も彼等は二人の争いの行方を見守る。
「大体アンタと私、似たようなものでしょ?なんで影浦にトリガー所持が許されて私は未だに解禁されていないの?」
「そんなの俺が知るわけねぇだろ。っつうか、てめぇと一緒にするな。文句があるなら上層部に言いやがれ」
「言ったわよ。怪我も完治したしボーダーのお役目もきちんと果たしているし早く寄越せって。
その度にアイツ何を言ってくるか分かる?」
「知らねーよ」
「『……出て行け』よ?指令だかなんだか知らないけどぴくりとも表情が変わらないのが腹立つのよ。
もう表情筋がつるくらい大笑いさせてやりたいわ」
「……てめぇ馬鹿だろ」
影浦は毒気が抜かれたのか真顔で突っ込んだ。恨みで仕返しを――というのはよく聞くが笑わせるという行為はそれとはまったく逆の行為だ。桜花の性格を考えてもどうしたら城戸を大笑いさせたいという発想になるのか理解できない。
「怒らせてもどうせ眉間に皺がよるくらいで終わりそうだしだったら笑わせた方が顔の筋肉沢山使わせられるでしょ。
顔がつって痛みを堪える姿を見て笑ってやりたいじゃない」
「てめぇの思考は理解できねぇ」
「へー理解してくれようとはしてたの?」
「するわけねぇだろ!」
影浦は周囲に視線を向けて舌打ちをした。
「気分が悪ぃ」
「あら大丈夫?軟弱な影浦のために医務室へ連れて行ってあげるわよ?」
「誰がてめぇの世話になるかよ」
「遊び心も分からない奴ね」
「けっ」
影浦は踵を返す。それが合図となり桜花も影浦に突っかかるのを止めて周囲を見渡す。
流石にこの後桜花の相手をしてくれるような猛者はこの場にはいないようだ。
「退屈ね……」
桜花は呟く。これ以上の長居は無用だと桜花もランク戦ブースを後にした。



「随分荒れてたね」

ブースを出た廊下にて桜花は声を掛けられる。
こんな風に話し掛けてくるということは面識があったはずだと頭を捻り思い出そうとする。
「少し前に会ったよね」
苦笑する男の顔を見て桜花は思い出したのか「あぁ」と小さく声を漏らした。
目の前の男は以前桜花に護身用トリガーを渡してくれた職員だ。あの後知ったのだが彼はエンジニアをしているらしい。
そこまで思い出して桜花は素直に謝罪する。
「気にしてないよ」
本当に気にしていないようなので桜花もそれ以上は突っ込まない。一応話し掛けられたのだ。それなりの世間話には付き合ってやろうと桜花は話に乗る。
「見ていたの」
「そりゃ目立つからね」
「だったらここじゃなくて向こうで話し掛けてくれれば良かったのに」
「流石にそんな勇気はないよ」
「そうでしょうね」
非戦闘員という立場関係なく目の前の男の表情や仕草を見るに温厚そうで内気。
人目が少なくなれば血気盛んな桜花に話し掛けることはできても大勢の前ではできない。あの状況で話し掛ける勇気もそうだが周囲に見張られているような視線に耐えられる度胸も普通の人間ならないだろう。
解かっている桜花はそれについて思うことは何もない。寧ろ素直に口にするのだなと感心した。
「聞いたよ。イレギュラーに現れたトリオン兵を倒したのに上層部から処罰を受けたって」
先日三門市に現れたトリオン兵。それを護身用トリガーでトリオン体になり太刀川と共にトリオン兵を倒したという話はボーダー中に出回っていた。
そして上層部からよく市民を守ってくれたという賛辞ではなく護身用トリガーを起動して戦闘に参加したことに言及されそして処罰されたことも。
武器などの装備やベイルアウト機能も付いていない極めて危険な状態だと上層部は判断したらしい。傍には太刀川隊もいたことから自ら危険を冒す必要はなかった。市民を守るためにあの場で必要だったことは避難誘導だ。
尤もな説明だ。それに対する対応として戦闘用トリガー返却を延ばしたのは上層部としてはそうせざるえない。
結果が良ければ何をしてもいいと他の隊員達に思われては困るのだ。それが命令違反に繋がるだけならまだいい。
人命を左右するようなことになれば取り返しがつかないのだ。
今回桜花に対しての処置は彼女自身ではなく経験が明らかに足りない隊員達に知らしめるのに必要なことだった。
上層部の意図はそういったところだがそれを正しく汲み取れる人間がどれだけいるのかは分からない。素直に受け取れば良し。だが逆の場合は――……
「上が言うのも分かるけどそれでも身体を張って戦った隊員に……酷いよな」
どうやら目の前の男はどうやら後者にあたるらしい。少しばかりの不満を口にする。
「そうよね!少しぐらいまけてくれてもいいじゃない!」
何をまけるのかという話だが誰も自分の処遇に異議を答えてくれなかったことに腹を立てているのか桜花も男に合わせて同調する。
「自分達しか近界民と戦う技術を持っていないからって横暴なのよ」
そうぼやいた桜花の姿を見て男は何を思ったのか。
少し空いた間に男が持つ独特な何かを見たような気がした。
「君は今のボーダーに対して不満を持っているのか?」
「思わないように見えるわけ?」
「あーそうだね、君は近界民と戦えればそれでいいんだよね」
含みのあるような言葉。桜花は今までボーダーに対して向けていた怒りを治め男へ意識を向ける。
「そういえば最近こんな噂があるんだ――」
興味があるかと囁かれる甘言に桜花は耳を傾ける。
その様子に男は何かを確信したのか口元が笑う。

「お前は――!!」

急に荒げられる声に桜花と男は反射的に離れた。
目の前に現れたのは高校生くらいの顔つきでストレートな黒髪を持つちょっと頼りなさそうというのが桜花の印象だ。隊服を見るに太刀川隊の人間なのは間違い。
(こんな奴太刀川隊にいた?)
身に覚えのない少年は二人を……否、厳密には桜花を指して先程よりも声を大にする。
「太刀川隊であるぼくを差し置いていや、太刀川隊のぼくに許しを得ず太刀川さん達と仲良くしている奴じゃないか!!」
「は?」
「……唯我家のお坊ちゃんか」
何を言われているのか分からない。寧ろお前誰だよという疑問が桜花の中で強くなる一方で隣にいる男は知っているらしい。
流石、ボーダー本部にいるだけあって詳しいものだなと桜花は感心する。
「唯我?アンタ誰?」
「太刀川隊にこの人ありと言われるこのぼくを!唯我尊を知らないとはっ!!」
唯我尊の必死な叫びを聞くだけ労力を使うと判断したのか二人は早々にこの場から立ち去ることを選択した。
「先程の件だが興味があれば教えてくれ。その間に俺も噂の真偽を確かめておく」
「分かったわ」
「大体君は!」
二人の会話を邪魔するように入ってきた唯我尊に男はそれを機にこの場から立ち去る。そして桜花は唯我の頭をぺしりと叩いた。
「痛――い!何をするんだ君は!!」
「生身で叩いているんだから大丈夫でしょ?それともアンタも生身だった?」
「何時如何なる時も迅速に対応すべくぼくはいつでも換装済みさ」
「なら問題ないじゃない」
「う、五月蠅い!反射的に言っただけだ!」
「五月蠅いのはアンタでしょ。えっと唯我家のお坊ちゃん」
桜花の言い方が気に入らなかったのか唯我は露骨に嫌そうな顔をした。どうやら桜花が嫌味で言ったのが伝わったらしい。
「新参者めっ!大体君があの男とどうして一緒に……!」
「ん?さっきのエンジニア知ってるの?」
「これだから凡人は何も知らないのも……ぐへっ」
桜花は唯我の物言いに少し腹が立ち殴る。生身である自分がトリオン体である唯我にダメージを与えられるなんて思ってもいなかったがどういうことか。面白いくらいに唯我は殴り飛ばされた。
「き、君はいきなりなりをするんだ!この野蛮人!暴力はんたーい!!」
「……アンタ、トリオン体なのよね?」
「何度も言わせるなぼくは何時如何なる時も迅速に対応すべく……はべしっ」
もう一発桜花は唯我を殴る。やはり面白いように殴り飛ばされる唯我に桜花は微妙な目で見つめる。
「一度ならず二度までも……弁護士をいや、その前に出水先輩を!!」
「アンタ本当に太刀川隊?生身の威力でトリオン体があんな反応するわけないでしょ。
いやもしかして想像力が豊かすぎてリアルと混合しているからああなるのか……鍛え方が足りないわね」
桜花は唯我の首根っこを掴むとそのまま引き摺る。
「ちょっ……何を!?」
「訓練室」
「ぼくがそんなとこに行く必要はな……腹いせにも程がある!」
唯我の言葉を無視し桜花はそのまま気にせず唯我を引き摺る。
「い、いやー助けて――出水せんぱ――――い!!」
「はいはい、出水先輩がいるとこの訓練室でいいから」
言うと桜花は太刀川隊の作戦室へ向かう。勿論用があるのはその中にある訓練室だ。
唯我の断末魔に一度は何事かと思って確認しに来た隊員達も二人の姿を見て助けるのを止めてしまった。
その状況に唯我は納得できないのだがこれも全ては神のお導きというやつだ。
「ちょうどいい用事見つけたわ」
桜花の呟きは喚く唯我の声によってかき消される。
周囲の視線など気にせず桜花はそのまま歩き進めていった。


20171112


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