現在と未来
想いのかけら2

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桜花は悪巧みが得意ではないが関わることは多い方だ。本人も悪巧みに乗るのは性にあっていると思っているので加担することに後ろめたさを持つことはあまりない。
寧ろ刺激が何もない日々を過ごすよりはこちらの方が充実しているとさえ思っている。一応本人も自覚している……重症だ。
そう桜花はある種の悪意に慣れていた。
自ら好き好んで関わりにいこうとは思わないが必要とあらば避けることはしない。
危険に晒されるからこそ得られるものがあるのを知っている。勿論何も得られない時もあるがそんなものはいつも通り。絶対という言葉が存在しない以上、自分がどれだけ命を懸けたかで結果が得られると信じるのは甘すぎるのだ。それは割にあわないことだろう。桜花もそう思っている。だが割りには合わないと知っていても動かなければ何も得られないことを考えるとその行動が愚行だと言い切ってしまえないのも事実なのだ。
選択も得られる結果も責任と覚悟は自分で負わないといけない。
分かっている。
割りに合うかどうかは自分が決める。
だから桜花はこちら側を選んだのだ。

ボーダー本部内に門が開いた。
館内放送が流れ本部が騒然としている中、桜花は至って冷静だった。
近界民が侵入することは過去に数度あったが門が発生するなんて前代未聞。誰も予想しなかった事態に隊員達の動揺は大きいことだろう。
そう思うと発生した場所がランク戦ブースなのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
自分の腕を磨いている隊員達が集う場所に現れた敵は汎用型トリオン兵。冷静になりさえすれば倒すのに難しい相手ではない。
今が緊急事態だということは分かっている。いつもの桜花なら誰よりも速く現場に直行しようとするが今はその行動すら彼女の選択肢には存在しなかった。
何せ桜花が今やるべきことはトリオン兵を倒しに行くことでも門が開いた場所で被害状況を確認することでもない。勿論戦闘用トリガーを所持していないからという理由で非戦闘員を誘導することが目的でもない。
避難すると見せかけてこの状況を作り出した男と共にボーダーを出てある場所へ向かうのが目的だった。
この男は数日前から桜花と世間話をするような仲になりそして先日ボーダーに対しての不満を桜花にぶちまけられた人物でもある。
その際にボーダーに対抗する組織があるという噂を桜花に囁き、彼女を勧誘。そして今日、事を起こしたのだ。
「上手くいったな」
言葉とは裏腹に男から漂う緊張感に彼に課せられた任務はまだ達成していないことをちゃんと理解していることを桜花は評価する。
ただ少しばかり身体が硬すぎる。
緊張もある程度持つことは必要だが必要以上に持つのはよくない。
この男は油断しないように気を張っていると共にこういうことに不慣れだということを知った。

「それで?私は何をすればいいの?」

桜花が聞かされているのは騒ぎに乗じてボーダーから離脱し彼の仲間と合流するということ。
詳しく話をされていないのはボーダーに情報を洩れるのを危険視したからかそれとも桜花に信用がないからか……。恐らく両方だろう。
仲間に誘われたからといってそれが信頼の証ではないことを桜花は知っている。作戦途中で切り捨てられるものだ定番。上手く生き残り使えると判断されれば捨てられることはないだろうが目の前の男がその判断ができる地位にいるとは思えない。合流する仲間とやらに決定権がある者がいればいいが……。
騒ぎまで起こしてボーダーから出るというのは文字通りの意味ではない。
少し考えれば分かることだが混乱に乗じてボーダーが秘匿とする何かを持ち出すのが本来の目的だ。騒ぎを起こすなんてものはそれが発見するのを遅らせるための目くらましだ。
男が何をボーダーから持ち出したのか説明されていない桜花はまだ知らない。
だから聞き出さなくてはいけないのだ。
(問題はこれからどう動くのか……)
桜花が持っているのは先日男に渡された護身用トリガーのみ。武器になるものは何かないのかと要求したが一介のエンジニアがそう簡単に戦闘用トリガーを持ち出せるわけがない。仮に持ち出せたとして誰が見ているかも分からないし戦闘用トリガーを使用すれば通常時であれば位置を特定されるためできないと正論を言われた。故にここで戦闘になれば不利になる。
せめて男が戦闘用トリガーを所持していれば――と願うばかりだ。
男の背中を見ながら桜花は男の出方を伺う。
「トリオン兵が出てきたら一掃してくれ」
「トリオン兵の相手?つまり護衛続行ってこと?」
「そうだ」
「武器はちゃんとあるの?」
男が自分の懐に手を忍ばせる。
「それは――」
男が答える前に空間が歪む。これは門が開く前兆だ。
「言ってるそばから……!」
「すまないがここは任せる」
「あ?武器がないのにどうやって?」
「君ならできるだろう」
それはイレギュラー門が開いた時のことを言っているのだろうか。
あの時は太刀川の孤月を借りたから対処できたのであって何もない状態で桜花ができることは限られてくる。
トリオンにダメージを与えることができるのはトリオンだけだ。
目の前の男がそれを分かってて言っているのか。だとしたら無知にも程がある。
男が何を理解しててどこまで本気で言っているのか……見定めるポイントはここだろう。
男はわき目を振らず目的地に向かって走っていく。
つまり桜花の役目はここまでだ。
「力がない人を無償で助けるなんて……今までで一番いいことしてるんじゃない?」
姿を現したトリオン兵を引きつけるべく桜花は走るのを止め男が走り去っていく方を見送る。
「素手で相手をするのは面倒なんだけど」
相手がモールモッドなのは如何なものか。この場をどう凌ぐか考えながら桜花はモールモッドに対峙した。


◇◆◇


「上手くいったか」

男が入り込んだのはある民家。ここには仲のいい家族が住んでいた――そう思わせるような家具や子供の玩具、写真が飾られていた。
誰も住むことがなくなった侵入禁止区域では電気や水は通っていない。捨てられた家。いや捨てさせられた家。
戻りたいと心から願う大切な場所。
取り戻したいからこそここが合流場所として選んだのはある種の決意だったのかもしれない。
迎えてくれたのは自分の家族ではなく上司。だが数年ぶりの我が家に男はやっと取り戻すことができる。そう実感した。
「指示通りに盗ってきましたよ。近界民と戦う手段だけではない。ボーダーは私達に隠し事をしていた……これが先日の大規模侵攻で救出した人間と被害者のリストです」
言うと男は懐からUSBを取り出し上司に渡す。
最近三門市で話題なのは近界民の大規模侵攻で攫われた人間を奪還したことだ。被害者の希望もあり救出された人間の名前は公表されなかった。
元から住んでいる住人にとっては戻ってきた人間がいればそれとなく分かるものだがそれでもメディアに露出することがなかったのは被害者やその家族を配慮してのことだ。
その辺りの統制ができているのはとても珍しいことだった。それだけを聞けば帰還者達のことを配慮したいい街であり政治でありボーダーという組織の株はそれなりに上がっただろう。
そう良い点だけを挙げればだ。
ボーダー職員として働いていた数人は知っている。助かった者がいればそうならなかった人間がいることを――。その報告がないのは幸か不幸か判断はできない。ボーダーは自分達の都合が悪いことは公表せず隠している。その事実はボーダーの存在を疑問に思っている者、邪魔だと思っている者からすれば恰好なネタではあった。
「例の帰還者は?」
「予定通り時間稼ぎをしてくれています。トリオン兵と戦っている者がいればそこにボーダー隊員が援護に駆け付けるのは間違いありません。彼等は市民を守るボーダーですから」
言葉とは反対に彼の声色は冷たい。ボーダーに対していい印象を持っていないのが分かる。
「そうか。近界民の国へ行った者がどんな風に変わったのかこの目で見てみたくはあったのだがね」
興味はあったがそれだけ。男の言葉を聞き上司はUSBを自身が所持していたパソコンに接続する。
戦闘音が自分の耳まで届いてくると長居するのは良くないということだけは分かる。
目的を達成するためとはいえ自分達が被害に遭っては意味がないのだ。
「事が上手く進んでいるうちに我々も撤収するか」
「はい」
上司の言葉に男は返事をする。先に部屋を出て行く上司とは反対に男は部屋を見渡す。

ここは自分の家だった。
自分の妻が温かい食事を作ってくれて子供が遊んでとおねだりする。その中で自分は笑いながら幸せな日常を今も過ごしている予定だった――と男は感傷に浸っていた。
「なんなんだ君は!?」
上司の声に男は現実に戻ってくる。
折角幸せなひと時を取り戻せそうだったのに……
叫び声にも似た声の原因を知るために男は反射的に上司の姿を探して部屋を飛び出した。
男は驚愕する。
先に出て行ったはずの上司は蹲っている。そしてその先に立っているのは武器を所持しておらず今もトリオン兵を引きつけてくれているはずの桜花の姿だ。
「何故君がここに!?」
「その反応はやっぱり私がここにいることは想定外だったということよね?
仲間に誘っておいて捨てて行くなんて酷いんじゃない?ついイラっとしちゃったじゃない」
桜花は蹲っている彼の上司からパソコンを奪うと開いてモニターを見るがこの手の機械に詳しくない桜花にとっては今何が起こっているのか全く分からない。
何かのゲージが出ているが全く分からない。とりあえずこのままにしておくのは不味い気がして桜花は問答無用でパソコンを破壊した。
「何を――」
「私、君のことを分かってあげるよアピールする人間に無条件で心酔する程おめでたい頭してないしアンタが思っている程間抜けじゃないわよ?」
桜花がここにいる事実も何を言っているのかも分からない男の顔は最初こそ呆けていた。しかし徐々に意味が分かってきたのだろう。彼の顔つきはどんどん険しいものになる。
桜花はいや、ボーダーは彼等が問題を起こすのは分かっていた。何せ未来予知ができる迅がいるのだ。知らないはずはなかった。
彼等はボーダーから何か持ち出すのも分かっていたが……具体的に何を持ち出したのか迅の予知ではそこまで都合よく見えなかった。
迅のサイドエフェクトは目の前にいる人間の数分先から数年先までの未来が分かるもの。だけど意図して好きな未来が見えるわけではなく必ず見えるものではないことを知っているのはボーダーだけではなく侵入していた男もそう。
だからこそ彼等は慎重に様子を探りながら機会を伺っていた。
ボーダーが先に動けば彼等は行動することさえ敵わなかっただろう。故にボーダーと彼等の我慢比べだった。
問題が起こるのを知っているのか知らないのか、自分達は泳がされているのか否か見極めるのは難しい。本気でやりあうなら迅に姿を見られるよりも先に動く必要があったが一度でも見られてしまえばその策は使えなくなる。
だから彼等はじっくりと待っていた。何をすればボーダーが動くのかも見極めたかったのもある。焦ることなくじっくりと検証を重ね事に及ぶその手腕は素晴らしいものだったのだろう。
彼等が起こす未来が見えなかったから動かなかったボーダーも此度起こった大規模侵攻が引き金となり静観できなくなった。
どうしたらその未来に辿りつくのかの穴埋めは残念ながらできない。自分達の敵だと認識しても相手は近界民ではなくこちら側の人間。戦う土俵はこちら側の世界に決められたルールに従う必要がある。
決定的な何かを得るまではボーダーも彼等が動くのを待つしかない。彼等へ攻撃できるタイミングを測る為に手っ取り早く彼等と接触する……所謂スパイを潜り込ませる手を使うことにした。その役に選ばれたのがこういう悪巧みに鼻が利く桜花だった。
周囲のボーダー隊員の心証があまり良くない彼女が孤立しても可笑しくはないという点でもうってつけだった。勿論あからさますぎると警戒されるため彼女持ち前のコミュニティでギリギリのところで隊員達と繋がっている風景も見せてきた。
平穏と不穏な日常を過ごすことで彼女の性格やおかれている状況を親しくない者にも分かりやすく説明してやったのだ。結果、現状に不満を持っている桜花を印象づけ甘い話に誘われやすいようにしていた。
彼女の本質を理解していれば相手の言葉に素直に反応してしまう頭の弱い使い勝手のいい子という誤認はすることがなかったのだろうが……自分達が使い捨てる側だったのに気づけば利用されていたなんて男にとってこの一芝居は悔しいものだろう。
「話は聞かせてもらったわ。だから聞くけどそのリストを使ってアンタ達は何をするの?」
男は答えない。桜花が優勢である以上男に合わせることはない。考える時間を与えさせない。その方がその人間の本性が分かる。
桜花は一歩男に近づく。長年使われていない家の廊下から軋む音がした。
その音を聞いて男は無理矢理自分の口から言葉を発した。
「……君は近界民に攫われた人間の中で一番最初に戻ってきた人間だ。それをボーダーは公表せず秘匿している。それどころか向こうの世界で心の傷を負った君に戦うことを強要している」
随分懐かしい話を出されたと桜花は思った。
確かに戻って来たばかりの頃はいろいろ危険視されていたためそういう扱いをされていた。だがそれでも剣を取り戦うことを選んだの桜花自身だ。他者に口出される筋合いはないが……第三者からするとそういう風に見えるのかと他人事のように思った。
(――というか私の情報まで持ち出しているのか)
ボーダーが秘密にしていることを暴いて信用を無くすのが目的か。そして自分達の組織を正当化。賛同者を増やしていくつもりか。
目的はなんとなく把握した。ただそれだけの理由で自分達を引き合いに出されるのは許せなかった。
「戦うことを提案はされたけどそれに乗ったのは私よ」
「それは君が近界民を恨んでいたからだろう」
男の声がワンオクターブ下がる。
「第一次大規模侵攻が起きなければこんなことにはならなかったはずだ。それを引き起こしたのは誰だ?ボーダーではないのか!?自分達の組織を認知させるために彼等は私達を犠牲にしたんだ」
「それで?武器を持っていない人間に護衛して欲しいと頼んで、出てきたトリオン兵に躊躇わず私を置いていったアンタはボーダーとは違うって言いたいの?
自分達の目的のためなら犠牲に入らないって?自分勝手にも程があるんじゃない」
咄嗟に出た声に感情は乗っていない。桜花にとってはただの正論を言っただけだ。だが桜花の反応が思った通りではなかったからか男に焦りの色が見える。それは桜花に言われて自分の行動を悔いたものではない。
「私が近界民に攫われた人間だから?こちら側に戻ってきたから?戦闘員だからトリオン兵と戦うのは当たり前。自分達は守られて当然だと思ってる?ボーダーに対して好き放題言っていたのに都合がいいんじゃない?」
桜花は先日、唯我と会った時のことを思い出す。
唯我は目の前の男のことを知っていた。企業秘密で詳しくは教えてはくれなかったがとある会合で開発者リストに載っていた。自分の父親が経営する会社を継ぐ身としては有望なライバル会社で働いている者の顔は覚えるようにしているのだとか。
何それと思わなくもなかったが今回はそのおかげで対象を絞ることができたのだ。そして唯我の情報によれば男は第一次大規模侵攻で妻を亡くし子供は行方不明になっている。そのショックで仕事を辞め転々としているとのことだ。
その情報から男が何をしたいのかは想像するのに難くない。桜花は男の地雷を踏みに行く。
「第一意地大規模侵攻でボーダーが最初から動いていたら自分の家族は助かったと思った?それとも戻ってきたのが私だったから許せなかった?」
「五月蠅い!!」
男は踵を返し自分達が先程いた部屋に戻っていく。
狭い家の中だ。逃げる場所には限りがある……いや、この場合は逃げ場なんてない。
男の後を桜花は追いつめるようにゆっくりと歩いていく。部屋に入れば土足で踏み込んできた桜花に男は激怒した。
「俺の家に入るな!」
自分が大切にしていた者を踏み躙られたことにたいする拒絶と憎悪を目の前にいる桜花にぶつける。
桜花はそれを受け止めることを鎮めることもしなかった。
嫌がる男を無視して無神経にも部屋の中を歩き男に近づく。
「あの子はか弱くて……俺は一刻も早く助けに行かなくてはいけないんだ」
「それまで生きているといいわね」
「くそっ!」
男は自分の懐から何かを取り出すと思い切りスイッチを押す。数秒も経たないうちに門が開いた。
「明星やりすぎだ」
桜花と男しかいない空間に声がした。
そこから姿を現したのは風間蒼也だ。
「カメレオンか……!」
男が舌打ちするのと同時に風間は出てきたトリオン兵を秒殺。そして直ぐに男を腕十字固めで動きを封じた。仕事が早すぎだった。
「私より風間さんの方が酷くない?……なんというか見た目的に大分暴力」
「俺が動かないとお前が動いただろう」
「うん、まーそうなんだけど」
風間が言っていることと桜花が言っていることは若干違うが気がしなくもなかったが確かに風間が動いたおかげで桜花が動く必要がなくなったのは事実。風間にしてやられているところを見るとどうでもよくなった。
「――にしても聴覚共有キツイわ。これもう外してもよくない?」
「数分で音を上げるとか根性ないんじゃない?」
「アンタに根性云々言われたくないわよ」
「明星さん本当にムカつくなー」
言いながら菊地原はぬいぐるみに向かってスコーピオンを突き刺した。
ジジジと小さな機械音が止まったのが分かる。
耳が少しいいサイドエフェクトと聞いていた桜花は盗み聞きするのに便利な能力という認識しかなかったがこうして使ってみると分かる。
菊地原の能力が本領発揮するのは音を聞き分けることだ。
おかげで部屋の中に仕込まれているカメラや音声通信機器そして門を開く役割を担う装置が作動していればこうして発見できた。
慣れないこともあるだろうが神経を使い過ぎて疲れるためあまり使用したいとは思わないが……できれば金輪際、共有したくない能力である。
「ラッドのようにトリオン量を集めて溜まれば任意のタイミングで門が開くようにしているんでしょ?
大分トリオン兵の研究もされてるんじゃない?」
「まぁコイツはエンジニアに所属していたわけだ。ノウハウを手に入れるのは難しくないだろう」
「これでイレギュラー門の原因も特定。ってことでいいのよね?」
「恐らくはな」
大元を絶たないと解決とは言えないがと風間の言葉は続いた。
「風間さん、玄関口の男も一応拘束しておきましたが」
「わかった」
歌川遼の言葉を合図に屋内にいる風間隊は拘束した二人を連れて撤退するようだ。
「ん?外は大丈夫なの?」
「影浦から連絡が来ていない。他に人はいないのだろう」
「本当こういう時影浦の能力も便利ねー」
桜花達のやり取りを見て男は呟く。
「いつから……」
騙していたのかとは言えなかった。桜花を騙しいい様に使おうとした自覚はあるらしい。今の状況にあう言葉が見つからないのか暫く黙り込むがそれでも聞かずにはいられなかったのだろう。
「……君はボーダーがこのままの地位にいていいと思っているのか」
桜花の性格から考えれば彼女は自分を好き勝手にさせてくれる場所ならどこだっていいように思えた。だから今回の計画に組み込んだのだ。
確かに自分達は彼女を囮にして逃げようとはしたが……それを抜きにして結果的に彼女はボーダーを選ぶのかを知りたかった。
「私の好きなようにさせてくれるならどうでもいいわ」
しかし桜花は満足させてくれるような回答はしない。本当に彼女にとってはどうでもいいのだろう。
ある意味想像通りともいえる。
何をするつもりなのかと聞いても桜花は答えない。
「俺は絶対子供を助ける……」
そう呟くと男の身体から力が抜けた――。


「お疲れさん」

家を出ると外には迅がいた。
飄々とした顔を見ていると先程まで真剣に戦っていたことを忘れてしまいそうだ。
「本当に私に働かせすぎよ」
「いやいやおれ暗躍がメインだからさー。これでも動いていたんだよ?」
「はいはい」
あまり迅の言葉を頼りにしていないのか桜花は真面目に聞く気はない。その態度に酷いなと口にしつつも迅も特に気に留めていなかった。
「それで、これでなんとかなりそうなの?」
「そうだな――……」
迅はこの場にいるメンバーそして拘束した男二人を見る。
「少なくても直近で何か起こることはなさそうだね」
「分かったわ」
そう答えた桜花を見ながら迅は小さく声を上げた。
反射的にどうしたのかと聞いてしまうのはなんだかんだで迅の能力に頼っているところがあるのかそれとも本人に信頼を置いているが故か。
出会ったばかりのツンツンしていた頃に比べると大分変ったものだが迅はそれに対して悪い気分にはならない。自分の能力に関しては慣れというのもあるが仲間から信頼を寄せられるのは純粋に嬉しいのだ。
今見えたものを告げようが告げなかろうが桜花に影響することは変わらないだろう。それでもこれを告げるのは少しだけ嬉しいことだった。
「近々いいことがあるかも」
迅の言葉にいきなり何を言いだすのだと桜花は目を丸くした。しかし何か思い当たったのかにやりと笑みを浮かべる。
「じゃあ今行使するわ」
「?」
「私をこんだけ働かせたんだからご飯くらい奢りなさいよ」
「……」
「なによ、文句でもあるの?」
「文句っていうか――……」
迅は途中まで出かかった言葉を無理矢理呑み込む。代わりに少し呆れたような表情を見せた。
「その前に今回の件を報告してからだね」
「げっ、暫く自由にしてもらえない奴じゃない」
不貞腐れる桜花の顔を横目に迅は笑う。

(確かにいいことあったかも)

その言葉はそっと自分の胸に閉じ込めた――。


20171206


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