現在と未来
星屑を拾い上げて

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嵐山は嘘が下手くそな人間だ。
極秘任務など隠し通すことで済むことならまだしも人を騙すのには長けていない。
顔や態度で嘘をついているか分かると周囲に指摘されたことがある。聞いたらショックを受けるのと同時にやはりそうなのかと納得した部分と少しほっとした部分があった。
嘘の内容にもよるが人に嘘を吐くということは騙すことだ。
できるだけ相手に対して真摯でありたいと思えば思う程、嘘を吐くのは心が痛む。
誰かのための嘘ならいい。だけど誰かを傷つける嘘は吐けない。
そういうことなのかと考えればそういうことでありそういうことではないのかもしれない。
考えれば考える程分からなくなるが恐らく何かをやり遂げるために必要な嘘なのか。その嘘を吐く覚悟を持っているかどうかということが関係している。
幸か不幸か嵐山はそれが必要な場面に直面したことがあまりない。
それならばそれでいいじゃないか――と思うのだがそれは自分ができない分、他の誰かが引き受けていてくれたということだ。

今回の広報活動は最近頻発しているイレギュラー門の説明と市民の不安を緩和するための呼びかけだ。
市民の不安を少しでも和らげるのは彼等の安全を守るためにボーダー活動するのに必要なことだ。
最近町に開くイレギュラー門の原因は近界民がボーダーの防衛システムを潜り抜けるようになったためだと説明したが真実は違う。
同じ三門市に住む住民によって立ち入り禁止区域外にも門が開くように作られた誘導装置のせいでイレギュラー門が出現している。
同じ内部の人間がこんなことをしているなんて勿論言えるはずがなく、それを匂わせることもできない。
守るために必要な嘘。
収録が終わってもスタッフから声が上がることもなかったことを考えると上手くできていたのだろう。
上手くできて良かったと嵐山はほっと胸を撫で下ろした。


◇◆◇


ボーダー本部に戻ってきて、嵐山はやけに騒がしい場に直面した。
「お前は何度言わせればいいんだ」
「えー前は口挟まなかったじゃない」
「あの時は任務に必要なことだったからだろう。今影浦と派手に争う必要がどこにある」
「仕方ないじゃない。向こうが吹っ掛けてくるんだから」
「流せばいいだろう」
「それができない時もあるのよ。もうここまでくれば相性だと思うのよねーっていうか私にしか注意しないの可笑しくない?」
「お前は年上だという自覚はないのか」
「戦闘に年齢は関係ないでしょ?」
目の前で繰り広げられているのは自身の先輩である風間と友人である桜花の姿だ。
話から推察するに影浦と桜花がまた派手にぶつかり合ったらしい。最近ようやくトリガー所持を認められた桜花が好き勝手に暴れ回っているという話はここ最近でホットな話題だ。
手あたり次第難癖付けてきた相手をランク戦ブースに放り込みポイントを奪取したり、太刀川とランク戦したり今の話のように影浦と言い争いから始まりのランク戦……見事にランク戦しかしていなかった。
桜花が派手な行動をすれば風間の方へ話が流れるのは誰が相手でも関係なく接する風間の大人な態度が故だろう。
風間から桜花へ注意する姿もここ最近よく目撃されるようになった。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。嵐山は終わったのか?」
「はい」
「そうか、今回はいつもと少々違うからな。助かる」
「そんなことないですよ」
嵐山が挨拶をすると風間も挨拶を返し世間話に突入する。隊員の防衛任務のシフトを組んでいるためか嵐山隊のスケジュールも大体把握している風間は今、嵐山が広報活動から帰ってきたことを知っている。
嵐山と風間が会話している中、先程まで圧倒的に存在感を醸し出していた桜花が妙に大人しい。目を向ければこれを好機だと思ったのこっそりと抜け出そうとしていたようで……それに気づいている風間は「どこへ行く気だ」と言葉だけで彼女の動きを止めた。これで逃げたら大変なことになると分かっている桜花は大人しくすることを選んだらしい。
風間と桜花のやりとりを見ていた嵐山と桜花の目があう。
気まずく感じたのか……桜花は嵐山から視線を逸らした。
「何を目を逸らしている。お前の後始末をやってくれているんだろう」
「風間さん痛いって」
風間に蹴られながら対抗しようとする桜花はいつも通りだった。
「後始末って私悪くないしそもそも私と嵐山じゃ役割違うじゃない」
ぶつぶつ文句を言っている桜花の意見は尤もだと思った。
「そうですよ風間さん達のおかげでイレギュラー門の原因も特定できたんですから」
「ほら本人も言ってるでしょ」
自分で口にしているのに何故だろうか。空虚感に襲われる。桜花の言葉を聞いて何かの感情が溢れ出しそうになってくるが明確に分かるもので出てこなかった。だからだろうか。更に強く空虚を感じてしまった。
風間に対して「酷い」やら「いじわる」やら「厳しい」などと口々に文句を言っている彼女は決して嵐山の方を見ようとはしない。
近くにいるはずなのにどこか遠くでやりとりをしているように見えるのはここに揃っている人間が担っている役割が違うからか。
派手に動き囮役になったり撹乱することが多い桜花は隠密行動に秀でている風間と組むことは多い。
広報活動をしている嵐山と連携することなんてほぼない。
そう思うと嵐山と桜花の接点は同じ年齢で嵐山が彼女の事情を知っているからというだけでしかない。
自分がA級隊員でなければ、迅がいなければそれこそ話すこともなかったかもしれない。
「調子に乗るな」
風間の一喝により嵐山は自分の意識が遠くにあったことに気づき我に返った。
気づけば桜花も嵐山に目を向けていたようだ。目が合うと再び目を逸らそうとするがどこか思いとどまったのか再び桜花は嵐山を見る。嵐山がその視線の意味を汲み取るには情報が足りない。
桜花の隣で風間が小さく溜息をついたのが分かった。それに反応したのは何故か桜花で恨めしそうに風間を一瞥してから嵐山に言う。
「何かあった?」
単純な言葉だった。そこには何の感情も含まれていなかった。だから逆にすとんと嵐山の中に入ってきた。
「何もないぞ?」
心配を掛けさせまいとして答えたものではない。実際、嵐山には何もなかった。
嵐山の返事に興味をなくしたのか「そう」と桜花は呟くと自分の懐で鳴り始めたバイブ音を止めるべく取り出す。
取り出したスマホの画面に表示されている名前を見て眉間に皺を寄せる。間違いなく電話がかかってきているであろうに応答することなく桜花は戸惑うことなく電話を切った。
「出なくて良かったのか?」
「迅だったからいいのよ。どうせ後からL○NE送ってくるから」
それはあんまりではなかろうか。
彼女を諭すよりも先に彼女の口から続いた言葉に二人の仲が知れる。
「お前いつもわざとなのか」
「違うわよ、風間さんのは気づいたらちゃんと出てる!」
「……」
「……」
できた沈黙に桜花は一瞬不味そうに顔を顰めたがすぐにやってきたバイブ音に開き直ってしまったらしい。すぐに鳴り止んだことからワンギリかメール等のメッセージの類か。
もう一度スマホの画面を見ると「ほら!」と堂々と風間を見下ろす。物理的に身長差がある二人だ。桜花に他意はないと一連の流れを見ていた嵐山も分かっている。
見る人から見れば勘違いされそうだが問題はそこではない。
「とりあえず呼ばれたから私行くわ」
「俺の話はまだ終わっていない」
「この前の続きなんだから風間さんはまた今度」
「……次は何を企んでいるんだ」
「それはないでしょ。少なくても今やっても効果ないから」
手を振りながら風間から逃げるように立ち去る桜花を見送る。慣れたのかそれとも諦めてしまったのか風間は無言で同じように嵐山と一緒に彼女の後姿を見送っている。

桜花と風間のやりとりの意味が解らなかったわけではない。ただどんなことをするつもりなのか想像できない嵐山は桜花の姿が見えなくなってから思わず口にする。
「また何か危ないことをしようとしているんですか?」
「さあな。誰にも言わずコソコソするのが好きだからな。俺には理解できん」
風間の言葉に彼等が近界へ遠征へ行っていた時のことを思い出す。
遠征レポートで桜花が責任者である風間の指示を仰がず自分の判断で動き回っていたのを知っている嵐山は一緒に任務に就くことが多い風間でも彼女の行動を推し測れないのかと内心驚く。そして同時に安堵もした。
いろんな隊員達の面倒を見ている風間がその人物のことを理解できないと呟くのは少し珍しいことだった。
「風間さんにも分からないことがあるんですね」
嵐山の言葉に風間の目が一瞬だけ大きく見開かれる。
「俺を何だと思っているんだ」
「面倒見のいい先輩だと思っていますよ」
「褒めても何も出んぞ」
そういうつもりはないと嵐山は笑う。ただ長く一緒にいる人でも分からないこともあるんだと素直な疑問を口にすれば何を今更……と風間は答える。
「そう言うが嵐山も同じだろう。俺より迅とつるむことが多い。だがアイツの真意を全て理解しているわけではないだろう?それと同じだ」
確かにそうだ。仲のいい人間の全てを理解することは難しいし無理だということも分かっている。特に迅は自身が持つサイドエフェクトのせいか人に自分を読ませないようにしている節もある。そんな彼のことを理解するのは難しい。
「でも不思議と信じられるんですよ」
「俺も似たようなものだ」
それならば――と素直に思えないのは何故だろうか。受け入れようとすればそれとは真逆に反発しようとする何かがある。自分の中で引っかかっているものが何か分からない嵐山はその正体を探る。
嵐山から返事がなかったからか。それとも顔に出ていたのか。風間が言葉を続ける。
「元々裏でコソコソするのが好きな二人だ。一緒にさせると碌なことが起きない」
まるで気にするなと風間に言われたような気がした。
確かに風間の言う通り二人の行動を一々気にしていても仕方がないかもしれない。一人は誰かのために動いている。一人は自分のために動いている。二人の考え方は違うが利害は一致しているのだろう。
二人がボーダーの極秘任務が出る前から動き出していたことを知る者は一体どれだけいたことだろうか。
結果的に嵐山も関わることになったがそれでも二人が今日という結果を運んでくるまでは二人が何か企んでいるなんて微塵も思わなかった。
自分に相談されなかったのはそれが自分の役割ではないからだ。知っている。分かっているのだ。だからその時が来たら全力で力になる。とっくの昔に決めたことだ。
なのにどうして自分はこんなにも引っ掛かりを感じているのだろうか――。
「俺からしてみれば嵐山が明星に対してそういう感情を持っているとは思わなかったがな」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
今自分は桜花の話をしていただろうか?
目を丸くする嵐山に風間が「違ったか」と聞き返してきた。
違うも何も風間が今指していることが分からないのだ。返事のしようがない。
「では何にお前は悩んでいる?」
「悩んでいるように見えますか?」
「ああ」
「そうですか。でも何に悩んでいるのか俺にも分からないんです」
「口にして見れば何か分かるんじゃないか?」
胸の中にあるモヤッとしたものは確かにある。
それを認めようと努力するとなんとなく形が見えてくる気がする。
「風間さん俺――」
今燻っているものの正体は何か……言葉にしようと探し始める。だけど見つからない。そんな嵐山に示すように風間は言葉を発する。
「お前は良くも悪くも相手を信頼することができる人間だろう」
「それは買い被りすぎです。俺だって人は見てますよ」
「そうか。では嵐山から見てアイツ等はどう見えるんだ?」
「大事な友達で仲間です」
断言できる。……のに、何故だろう。
自分が今口にしたものはとても大切にしているもののはずなのになんだか寂しく感じる。
少し考えて、ああ――と嵐山は合点した。
「風間さん、俺羨ましいんだ」
いつも後衛で守って彼等の背中を見守る。それは自分に与えられた持ち場であり理解も納得もしている。それに自分の持ち場に誇りさえ持っている。
だけど彼等のように誰にも気づかれず秘密裏に動いたり前線で戦うポジションに憧れなかったわけではない。
いや厳密に言うと違う。
同じ目線で戦いたい。
隣で一緒に戦いたい。
そう望んでいる自分がいるのだ。
何故今更そんな感情が出てくるのか分からない。でも思うのだ。
(太刀川さんが羨ましい。風間さんが羨ましい)
極秘任務に参加した影浦が、菊地原が、遊真が、羨ましく思えるのだ。
(そして迅が――……)
ぽろっと零れた感情に気付いて嵐山は首を傾げた。
どうしてそんなことを迅に対して抱いたのか理解できないのは嵐山が今把握している情報が少ないからだろうか。
嵐山は考える。
今まで大丈夫だったのがそうでなくなったのは何故だろう。
今まであってなかったもの。それとも今までなかったのに今はあるもの。
思い浮かんでは消えていく。これは今回の件に関係がないはずだと処理するとダメだ……見当がつかない。
「アイツ等は問題ばかり起こすからな。振り回される身にもなって欲しいものだが。
嵐山も少しはアイツ等を振り回したらどうだ」
あれかこれかと思い浮かべている嵐山の隣で風間が話す言葉にだけ嵐山は反応し咄嗟に答える。
「別に桜花に振り回されてなんて――」
「俺は明星だけだと断定したつもりはなかったが……アイツそんなにお前を振り回しているのか」
「あれ、言ってませんでしたか?」
「何がだ?」
二人して見つめ合い固まる。
先輩が相談に乗ってくれていたのに話を半ば聞いていなかったことに衝撃を受け嵐山は反省する。
「すみません」
「気にするな。アイツのことで手を焼いているなら俺が対処するが」
先程のだけではまだ足りていないと判断したのかそう言う風間の言葉には少なからず嵐山への配慮があった。先輩心遣いに感謝する。だけどこれは譲ってはいけない気がして嵐山はやんわりと断る。
「ありがとうございます。でも言いたいことは自分で伝えます」
「その方がいいだろうな」
伝えると口にしたものの何を言うのか決めているわけではない。
ただ――桜花と迅が二人一緒にいるのが寂しく思うのなら二人の元へ行けばいいだけなのだ。
根本的に解決したわけではないが何もしないよりは幾分かいいはずだ。
会釈すると嵐山は桜花が姿を消した方へ向かう。
そこにはきっと二人の姿があるはずなのだから――。
スッキリしたのかいつもの爽やかな表情で歩いていく嵐山の背中を見送りながら風間は溜息を零した。

「アイツ等は世話が焼ける」

そう呟いた風間の言葉を彼等は知るはずもない。


20171210


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