戦いと日常
白い悪魔
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「白い悪魔の再来だ」
桜花がランク戦終了後、
訓練生の間で物凄い勢いで出回った言葉だった。
彼等の殆どが中高生だ。
その中で歳上である桜花の存在はただでさえ目立つのに、
先日のランク戦で更に目立つことになった。
「白い悪魔?え、黒いけど」「元防衛隊員だったらしいよ」などなど、
桜花の設定が早速活かされることになり、
噂が更なる尾をつけて、
「武者修行の旅に出ていた」「修行先で近界民に襲われて怪我した」「大規模侵攻戦で活躍した」とか、
あながち嘘ではないことまで囁かれている。
意図的に誰か流したのではないかと疑うほどに広まるのは早かった。
おかげさまで桜花の耳にもその噂は聞こえてきており、
面倒だなと思っていた。
情報収集を兼ねて噂話に耳を傾けることは多かったが、
そのネタが自分だというのはいただけなかった。
…というか白い悪魔って何だ。
桜花が怖いのか訓練生は遠巻きに彼女を見ているだけだった。
白い悪魔。
訓練生の間でそう囁かれている人物に出会うのは割と早かった。
「お姉さん、おれとランク戦しない?」
桜花は白髪の少年に声を掛けられた。
「えー白チビ、今度こそ俺とやるんじゃないのかよ」
「よーすけ先輩だとポイント貰えないからな。
今はチームを組むためにポイント稼ぎを優先にしたいのです」
「お前、俺に勝つ気かよ」
白髪の少年と一緒に言い合っているのは、
先の戦争で見た槍使いだと桜花は思い出した。
彼も桜花の事は覚えていたらしい。
「よ、あの時以来じゃん。
訓練生からのスタートだって?
あんなに強いのになー…明星さん?も俺と模擬戦やらねー?」
いや、覚えていたというだけではない。
彼は桜花の事を知っていた。
風間が説明していたA級隊員に間違いなかった。
「それよりお姉さん。
俺、早くB級にあがりたいので対戦お願いします」
そしてコレである。
白チビと呼ばれていた少年はどうやら桜花と同じ訓練生らしい。
その口調や雰囲気は年相応に見えない。
風間の例もあるので、
目の前の少年も歳上じゃないわよねと一瞬考えが過った。
「…ということは、アンタ結構ポイントあるんだ?」
「アンタじゃなくて空閑遊真。
お姉さん、太刀川さん…に連れてこられた人でしょ?」
遊真の言葉に桜花は反応する。
訓練生が知っている。何で?
探るように遊真を見れば何食わぬ顔で答える。
「迅さんから話を聞いた」
「あいつ……」
迅が絡むという事は面倒事が増えるということだ。
桜花は舌打ちした。
「あれ、迅さんと仲悪い?
…ふむ。聞いてた話とちょっと違うな」
「つうーか、お前ら。
俺、無視しすぎだろ…もういいけどさー」
「よーすけ先輩。恩にきります」
ペコリとお辞儀をする。
その姿だけを見れば可愛いが、言動が可愛くない。
遊真は桜花に勝つ気でいる。
こちら側のトリガーに慣れてないことを考えると確かに桜花の方が分は悪い。
だからと言ってポイント貰うこと前提で話をされるのは正直気に食わない。
挑発しているのだろう。
桜花は基本、挑発だと分かっていてあえて乗るタイプだ。
たまに気分や相手で乗らない時もあるが…そういう意味でいうなら付き合いはいい方になる。
なかなか答えない桜花が対戦に渋っていると勘違いしたのか、
よーすけ先輩こと米屋は取り持つように言う。
「ま、白チビもこっちのトリガー使い出して一ヶ月くらいだし、
いい勝負にはなるんじゃね?」
「こっちの?」
確かめるように遊真を見れば隠すことなく正直に返事をする。
「そうだよ。おれは近界民だ。
お姉さんにちょっと似てるかもね」
何がとは問わなかった。
これ以上は無意味な問答を繰り返すだけだ。
「分かった。相手になるわ」
「俺が目をつけたのに先に手を出すとか、風間さんズルくない?」
時同じくして、ボーダー基地のとある通路にて。
防衛任務を終えた太刀川達と風間が偶然にもばったりと会ってしまったとこから始まる。
太刀川が何かを言うよりも早く、風間は無言で通り過ぎようとしたが残念なことに、
彼が予想した通りにこの男、太刀川は風間につきまとってきた。
…最近見たような光景である。
それに出水が一緒にいるのは、先程まで太刀川と一緒に防衛任務だった流れだ。
「黙れ、太刀川。五月蝿い」
風間は言葉で一刀両断するが、
相手は不屈な精神を持ち合わせる戦闘民族。
A級1位は名ばかりではなかった。
「お前が連れてきたのに何もしないからこうなるんだろ」
「いやいや、俺はちゃんとやろうとしたよ?
それを止めたの風間さん達!」
「でも正直、尋問とか監視とか太刀川さんには向いてないでしょ。
今回の件も仕方ないんじゃないですか?」
「出水、お前俺の味方じゃないのかよ!?」
「事実っすよ。
太刀川さんそういうの向いてないし。
それに、その人からしたら太刀川さんに攫われたようなもんじゃないですか。
折り合い悪くなるだけじゃないんですかねー」
「もう手遅れだ。諦めろ」
「え、太刀川さん展開早くないですか」
「いやいやいや。
元々こっちの人間なんだし、寧ろ俺持って帰ってきてよかったでしょ!?」
「……」
「え、風間さん無視!?」
(太刀川さんに毎日詰め寄られてたもんなー風間さん…)
常にクールだが、今回の態度はしょうがないと出水だけではなく誰もが思うことだった。
スルーしても太刀川が五月蠅いので、
最終的には風間が太刀川に蹴りをいれて強制終了させるというのが、
もうお決まりのパターンになっていた。
「なんか、C級のブース騒がしいですね」
3人はふと足を止めた。
訓練生をはじめとする隊員が口々に「白い悪魔と互角」とか「噂の隊員が」とか「やっぱりチビの方が強いのか」とか、そんなことを口走っていた。
白い悪魔…チビと言われている方は遊真のことだろう。
では反対に噂の隊員は誰だろうか。
訓練生のことを把握しているわけではない。
噂のーと聞いてもぱっと顔は浮かんでこないものだ。
逆に風間は心当たりがあるようで「仕事が早いな」と呟いたのを出水は聞いていた。
風間の用事は今まさに行われているであろう戦闘であり、
太刀川はいつも通り、誰か捕まえてランク戦をする予定だった。
出水はとりあえず暇なので騒ぎの原因を確認しようと野次馬心満載でブースに入る。
騒ぎの中心はどこなのかはすぐに分かった。
ある訓練を映し出されているモニターに人だかりができている。
様子を聞こうとモニター前に向かえばそこには米屋がいた。
「槍バカ。これ何の騒ぎ?」
「あれだよ。白チビと例の訓練生になった人がランク戦してる」
例の訓練生とは先程話題になっていた桜花の事だ。
話しかけたのは出水なのに、真っ先に反応したのは太刀川だ。
「玉狛のチビに持っていかれたか!
今、どうなってんの!?」
出水よりも早く喰いついてきた太刀川に、
この人なんで戦闘時と同じ、ハイテンションなのかと米屋が目で訴える。
そういえば他の隊員は知らないんだよなーと出水は苦笑するしかなかった。
それで気になる戦況は――?
結果は画面に出ているがなんとも言えない感じだった。
最初から観ている者じゃないと分からないだろう。
「今2対1の3引き分けで一応白チビがリードしてるな」
「あのチビ、迅のとこだろ?
そんなに強いのかー…この後、捕まえよう」
「いや、太刀川さん。白チビと次にやるの俺だから」
米屋と太刀川がやいやい言い合っている。
それをよそに風間と出水は二人の戦闘を見る。
近界民で経験がある遊真が強いことは出水は知っていた。
方や桜花の方も、遠征中に少しだけだが戦う様を見た。
途中で逃げたとしてもあの太刀川と風間の攻撃を交わしきったのだ。
それだけでも、できる人間だということは分かっている。
特に剣を交えた太刀川や風間はあれだけの打ち合いで彼女の強さを理解したのだろう。
なんだかんだで風間も彼女のことを目にかけていた。
だからなのかもしれない。
桜花には圧倒的な強さがあるのだと勝手に想像していた。
「今は白チビ優勢だけど、
実際、二人の力の差はそんなにねーよ。
寧ろ結果より、戦闘の中身の方が濃すぎ。
正直訓練用トリガーでここまでやるのかって感じ」
米屋の話はこうだ。
最初は二人とも様子見から始まった。
いつもなら速攻する桜花も、流石に戦い慣れしている遊真に警戒した。
隙が全くないわけではなかった。
だが、今まで斬った訓練生とは違う何かを感じ取り、なかなか踏み込めないでいた。
どちらかというと桜花は感覚派だ。
自分の直感に素直に従う。
斬り合っている中、何度かいいタイミングで隙ができたが、
やはり何か腑に落ちなかった。
最初は隙を見逃していた。…が、どうやら痺れを切らしたらしい。
訓練だと割り切って遊真に斬りかかり、桜花が一勝した。
次の試合も似たような感じだった。
遊真が何度か見せる隙を見逃しては、
たまに浅い攻撃を桜花は入れていた。
運よく入れば勝てるくらいの攻撃だ。
それに今度は遊真の方が動いた。
隙を突いた桜花の攻撃を避けそのまま一発いれようとしたところ、
桜花が咄嗟に反応した。
トリオン器官を狙った攻撃を払い、遊真を狙う。
孤月同士の戦いなら桜花に一勝入っていただろう。
しかし遊真が使っているのはスコーピオンだ。
想像していないところから伸びてきた刃を避けきれず相打ちになった。
それからは二人共、探り合いを止めたらしい。
先程までの戦いは何だったのかと言わんばかりに、
動きは鋭さを増し、お互い斬り合い始めた。
訓練生の二人は装備できるトリガーは一つだけだ。
獲物は今、目の前にあるものだけだから戦術も限られてくる。
単純な力比べだ。
ただ一ヶ月の差はでかいらしい。
幾ら風間に手合わせしてもらったかといっても、
風間はスコーピオンの特性を活かした攻撃を全て桜花に見せたわけではない。
今の桜花に合わせて剣を交えていただけだ。
そのため桜花のスコーピオンに対する認識は、
出し入れ自由。防御に不向き。刃の長さ調整ができる。これだけだった。
それに比べ、スコーピオンを理解している遊真はその特性を活かして攻撃をしてくる。
それを全て読み切ることなんて初見では不可能だ。
遊真の攻撃に虚を突かれ、反射的にベイルアウトを使ってしまい遊真に一勝。
次も同じで遊真の際どい攻撃に気づいた桜花がこれは避けきれない。殺られると思ったのだろう。
そこでベイルアウト発動だ。
これがチーム戦ならそれでもいいのかもしれないが、今回は個人戦だ。
自らベイルアウトをすることは即ち自爆することを意味する。
何度か殺り合って、スコーピオンを大分掴めてきたのか、
攻撃が少しずつ読めるようになったものの、
遊真が攻撃に出たのと反応が同時なため、
二人共押し勝つ事が出来ず相打ち。
引き分けが二つ続いた。
そして今、
遊真が桜花の動きを捉え、心臓を刺すところで桜花がベイルアウトして飛んでいった。
「あんな感じで寸前のところでベイルアウトしてる」
「…ある意味器用だな」
感心している外野をよそに、当人達は深刻だった。
桜花にとってはこれで相手に三勝されている。
残り全部勝たないと敗北は決定だ。
「これはキツイわ…」
戦い慣れしている遊真は今の桜花にとって丁度いい訓練相手だ。
既ににポイントを奪えないことは確定しているので後は負ける事を防ぐしかないのだが、
それさえも正直難しかった。
『お姉さん、寸前で逃げるの狡い』
遊真からの通信だ。
待機スペースでは、こういうやり取りもできるらしい。
発せられる声は幼いが、全然可愛気なかった。
寧ろ憎たらしい。
「…勝ってるのはそっちでしょ」
『でもおれ、まともに斬ってない』
「そんなこと言ったら私だって同じよ」
最初の一戦は斬らされただけという事はここまでくれば誰もが分かるだろう。
それを自分の実力でやりました。なんてことが言える程桜花は自分に甘くはない。
『本当に逃げ癖がついてるんだな。
戦争では生き残らないといけないし、逃げなきゃいけない時もあるから分かるけど、
ボーダーのトリガーはよくできてるから、
ちゃんと死ににいかないと役立たずだよ。
お姉さんが此処にいるつもりなら尚更ね』
「風間さんか…」
遊真の言葉で分かってしまった。
死ぬのを回避するために、危険なことがある度にベイルアウトしてしまうのを知っているのは、風間やその隊員だけだ。
それが伝わっているということはこの戦闘も仕組まれていたものだ。
そう考えれば納得がいく。
どうすれば相手が育つのか考えている。
流石隊長を務めるだけのことはあると、妙なところで感心してしまった。
それよりも、だ。
桜花にとって、遊真の後半の言葉の方が重要だった。
此処にいるつもりなら?
全く信用されていないのだなと実感した。
それとも近界民である彼からの言葉には別の意味も込められているのだろうかと考えてしまう。
「迅から何を聞いたの?」
『別に。傭兵としていろんな国をまわったと聞いただけだよ。
おれもやってた時期あったから傭兵の特性は知ってる。
だから言うけど、
捕虜で兵士になった人間がそういう道辿るのは稀だよ。
知っている奴はそこ疑う』
上手く騙せると思ったのだ。
近界民の事を知らないこちらの世界の人間相手なら桜花がどうして傭兵をするようになったのか。
上手く言えば怪しまれることもないと、
信用を勝ち得るために最初の方は少しいう事を聞いて、
結果を出していけばいいと思っていたのだ。
それが近界民という存在がボーダーにいる事で危うくなる。
遊真が兵士が持っていない傭兵の特性を他の隊員に話してしまったら…
桜花の立場は悪い方にしかいかないだろう。
「何が望み?」
『別に』
話の途中で転送される。
近界民はいつも私の邪魔をする――。
桜花は遊真を捕捉し、孤月で斬りかかった。
20150512
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