戦いと日常
類友

しおりを挟む


捕虜がその国の兵士になることを選んでも、
当たり前の話だが最初から信用、信頼なんてされない。
彼等にとってはその人物の人柄は二の次…下手するとどうでもいい。
使えるかどうかという一点が最重要事項だ。
使える兵士であるならば、
今度は捕虜が裏切らないようにするための仕組みが重要になってくる。
欲を満たし快楽を覚えさせたり、暴力など恐怖で支配したり、
あえて愛しい人を作らせここから離れられないよう縛り付けたり…、
その人にあった仕組みを構築させ、慣れるまで徹底的に叩き込む。
弱ければすぐに死ぬし、
強ければ実力に対しての信用は生まれるがその分警戒され、
システムがより強固になる。
その中で勿論信頼が生まれることもあるが、
それさえも彼らにとっては縛り付けるシステムの一部にすぎない。
捕虜の扱いは国に寄るので全てがそうだとは言えない。
少なくても桜花が最初にいた国はそういうところだった。

面倒だから桜花は傭兵として国を回っていたと言ったが、
国を回る自由などあるわけがない。
考えれば誰でも分かることだ。
でも、あえて桜花はそう言った。
それにすべての人間が信じているかは分からないが…
それでも、自分は攫われた人間なのだ。
思い出したくない、話したくない出来事の一つや二つはあるという主張くらい通して欲しいと思ってのことだった。
その主張は許されたのか、特に深く聞かれることはなかった。
もしかしたらこちら側はあちら側の世界のことを理解できていないからかもしれない。
遠征で行くことはあっても深く交流することがなければ、
あちらの事情なんてものを知ることはないだろう。
だから済まされたことであった。が、
目の前の少年は違う。
遊真は近界民だ。
誰よりもあちら側の世界のことを理解している。
いや、戦争を知っていると言っていいのかもしれない。
最初の国で兵士となった捕虜が他の国へ行く理由。
それは寝返って他の国につくか、
戦争に負けてしまい、運良くその国に隷属するかということだ。
残念ながら桜花はどちらも経験済みだ。
何が何でも生き抜いてやる。
そう決めた時から、どんな仕打ちを受けてもその国のために戦い続けたし、
その国がどんな状況でも自分が生き残れる方、
またはここで生きたいと思える方についていた。
傭兵を経験したことある遊真には身に覚えがある話だろう。
自分の意志で自由に選択する事ができる傭兵が持つ危険性…。
自分の意に反すればすぐに手のひらを反す。
数をそろえるのに都合がよく、懐に奥には危険な存在――…。


八戦目。
二人とも一気に間合いを縮めた。
剣と剣がぶつかり合う。
何度も打ち合っていたからお互い、力は分かっている。
後は経験とセンスがものをいう。

ボーダーのトリガーはよくできている。

不意に先程の言葉が頭を過る。
ボーダーのトリガーには緊急脱出という機能がある。
だから安心して戦って死ねる。
戦うなら死ぬ気でやれということだ。
当たり前の話だ。
何せ今、こちら側はあちら側と戦争している。
死ぬ覚悟がなければ使いものにならないのだ。
ここでは敢えて戦いを恐れないようにさせるための仕組みだ。
だから安心して死ね。
桜花はそう解釈した。
確かにそういう意味ではボーダーのトリガーはよくできている。
だが、死ぬ覚悟がない桜花には受け入れられそうにもない。

桜花はふと笑う。
彼女の顔を見て何か仕掛けてくるのかと遊真は警戒する。
その瞬間を逃さず桜花は斬りあげた。
遊真の腕が持っていかれる。
それと同時に持っていたスコーピオンが砕け散ったが、
少ないトリオン量で、すぐさまスコーピオンは構築できる。
遊真は追い込まれたようでその実、桜花の方が追い込まれている。
どこから出るか分からない刃に対処するのは、
何度も経験しているが難しいことだ。
スコーピオンを再構築しようとしている最中で、遊真の頭部に打撃。
回し蹴りだ。
こちら側のトリガーで肉弾戦を仕掛けてくる人間がいないので遊真は失念していた。
遊真の態勢が崩れたところを見逃すわけがなく、桜花は身体をさらに捻り、
迷わず孤月で身体を真っ二つにする。
桜花が一勝した。

待機スペースに飛ぶ。
『悪いけど私、生き残る覚悟しかないの。だから死んでなんかやらない』
遊真の方へ通信。
先程の返答だ。
『だけど安心して。こっち側のトリガーには慣れる』
それがここで生きていくための条件ならば。
でも彼女の根本にあるのはやはり生き残るためには何をすればいいのかということだけだ。
「ふーん、そう」
『それよりも、遊真は近界民だけど随分こっちに肩入れしてるのね。
何か大切なものでもできた?』
「そうだな…」
遊真の頭に浮かぶのはこちら側に来て出逢った人達だ。
目的があってこちら側の世界に来たのに、
そう考えると自分は随分変わったのだと思う。
遊真には大切なものができた。
守りたいと思うものができた。
彼がここで戦う理由はそれで十分だった。
桜花とはまた違うのだ。

遊真と桜花は転送される。
九戦目の開始だ。
観戦している者には分からないだろう。
二人が纏う空気は訓練にしては異質だ。
恐らくこの場にいないと感じられない。
ここに対峙しているのは近界から帰ってきた人とこちら側にいることを決めた近界民だ。
桜花の立場上、彼らが堂々と対するには場所が限られていた。
戦争慣れしている二人が選んだのは言葉ではなく戦いだ。
剣は嘘をつかない。
戦いはその人を表す。
そういっても過言ではない程、彼らは慣れていた。
遊真の集中力が上がっている。
少年から発せられる空気に、気をゆるめばそれだけでもっていかれそうだ。

――近界民でも大切なもの、あるんだ。

国を越えてではなく、世界を越えて、
近界民もその場所で大切なものを作ることができるんだと。
ちょっとした安堵感と少年も同じなんだなと桜花は思う。
桜花も向こうにいた時、確かに大切なものはあったのだ。
もう無くなってしまったけど。

遊真のスコーピオンが伸びる。
それを桜花はすかさず叩き割った。
次の攻撃態勢に移るよりも早く、遊真は別のとこからスコーピオンを出す。
それを孤月の鞘で受け流す。
身体は斬り落とされなかったがトリオンが漏れ始める。
長引けばお終いだ。
距離をとらず、そのまま突っ込んでくる桜花に遊真も対応する。
少年の手にある剣を確認し、斬撃を与える。
先程のように壊そうとしたところで、足元から細い刃が伸びてくる。
訓練用トリガーに登録できるのは一つだけだったはずだ。
理由が分からない。
桜花の足が切断され倒れ込む。
そこで容赦なく遊真は彼女の胸を貫いた。

「俺は別にお姉さんがどうしようと関係ないけど、
オサム達に何かしたら今みたいに容赦しないよ」



胸を貫かれた。
…別に敵の心臓部を狙って攻撃するのもされるのもよくあることだ。
ただ、今まで桜花はそんな攻撃を受けたことはあまりなかった。
喰らえばトリオン体が解除されてしまう。
そして、そのまま殺されるのが常だった。
そうならないように相手を殺したし、
逃げてきた。
だから遊真の一撃は屈辱だった。
間違いなく殺された。
本来なら、ここで桜花の人生は終わるのだ。
やはりそうだ。
安心して死ねるわけがない。

桜花は友だった者に貫かれてあの世界を終えたのだ。
あの時、仲間を失った。
あの時、友を失った。
あの国で明星桜花を形成した一部が失くなったのだ。
いつもそうだ。
負ければ何かを失う。
そうならないように強くなろうとする。
けれどまだ足りない。
今度は何も失くさないように強く、もっと強く――。
だから死んでなんかやらないのだ。



もう勝負はついていた。

最後の一戦。
桜花が遊真を圧倒し、ランク戦は終了した。



「負けた…」

桜花が部屋を出ると遊真とばったり会った。
恐らく、出てくるのを待っていたのだろう。
遊真は何食わぬ顔で声を掛けてくる。
こういうところは迅に似ているのかもしれない。
「お姉さん、強いね」
「…桜花でいいわよ」
「桜花さんのおかげでポイント貯まりました。
どーもです」
どうやら遊真は今の戦いで正隊員になるためのポイントが貯まったらしい。
その言葉を聞いて、桜花は自分のポイントを確認する。
大分持っていかれていた。
「〜〜〜っ!
本当、近界民はムカつくわね!」
全てを見透かしたかのような態度も、その強さも桜花を苛立たせる。
「そうか?おれはためになったぞ。
今までボーダーのトリガーで近界民と戦う機会なんてなかったからな。
いい訓練になった」
「私、一応こちら側の人間なんだけど」
「でも向こうに慣れたんだろ?
ボーダーの中で桜花さんが一番近界に近いとこにいると思うけど」
やっぱりそうだ。
桜花は思った。
遊真は桜花を…正確に言えば近界に連れて行かれた人間のことを、
捕虜になった人間のことをよく理解している。
自分は厄介な相手に疑われている。
桜花の眉間に皺が寄る。
「…で、どうする気?」
「どうもしないよ。
桜花さんこっちのトリガーに慣れるつもりなんだろ?
だったら今は大丈夫だ」
「……別に寝返るつもりないけど。
ここ出身地だし、そんな必要もないでしょ」
「ふむ。嘘ではないようで。
迅さん達には言っておくよ。
ボーダーが捨てなければ桜花さんは敵にはならないって」
「余計なことはしないでくれない?」
「そうか?ならそうしておく」
訓練以外に何か探りを入れろと命令されたのかと思えばそういうわけではないらしい。
遊真の反応から、結局何がやりたかったのかと考えて、
ああ、正隊員になりたいと言っていたっけと思い出す。
「遊真が正隊員になりたいのって――」
「うん、昇格すればチームを組めるんだ。
おれは組みたい奴らがいる」
「守りたいものってそいつ等ってこと」
「そう、だから余計なことしないでほしい」
「何それ。まるで私が危害を与えるような言い方じゃない」
「忠告だよ。桜花さん向こうの生活に慣れちゃったんだろ?
こっちは近界民に恨みを持っている奴も多いみたいなので、
うっかりしちゃうと危ないよ」
「あー…うん、どーも」
本当に忠告だ。
確かにあちら側に行って大分価値観は変わっている。
それを修正するのは気を付けないと難しい。
恐らく遊真も身に覚えがあるのだろう。
だが、彼の場合は物事に無頓着なため、
向こうから突っかかってこない限りは大丈夫…のようだ。
桜花だって向こうから仕掛けてこない限り何もしないはずだ、多分。
「傭兵あがりにしては珍しい考え方するわね」
「確かに傭兵はただの駒だからな。
あっち側はそれを使うために都合のいい嘘ばかりをつくし、
こっちの人間だってくだらない嘘をつく奴はいる。
けどオサム達は違うんだ」
「ふーん…」
信じられるものができた。
遊真にとってそれは守りたいものと同意らしい。
そういうのは生に対する執着だ。
なんだ、遊真も一緒なんじゃないかと桜花は思った。
ただ違うのは誰かのためにという想いがあるかどうかだろうか。

「羨ましいわね…」

桜花の言葉に遊真は反応しない。
ただ何となく二人は思った。

此奴は限りなく自分に近い――と。


20150512


<< 前 | | 次 >>