戦いと日常
負けず嫌い
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「なんなんだ、あれ!?」
遊真と桜花の試合を見て、
ギャラリーは騒然としていた。
それはそうだろう。
正隊員同士の戦いならいざ知れず、
これが訓練生同士の戦いだ。
レベルが違いすぎて感嘆の声しか出てこない。
その声も訓練生ならしょうがないことだろう。
「な。スゲー濃い内容だろ」
「逆にコレ、訓練生の心折れねー?」
「これくらいで折れても困るだろう」
「風間さん、訓練生にも厳しいっすね。
…まー理解できるけど」
「あー俺もあの中混じりてぇー!」
「俺も俺も!あれはヤル気上がるよなー。
実戦用トリガー使い出したらあいつ等どんだけ強くなんだろ」
戦闘民族がテンション上がっている。
この後個人で対戦どころか、
皆まとめてかかってこいの勢いである。
太刀川と米屋のテンションに引き気味の出水に、
風間はスルーを決め込んだ。
寧ろ、目の前の戦闘を見て桜花の訓練メニューを考えているようだ。
同じ隊長でこの違い。
見習ってほしいと出水は思ったが、
なったらなったで気持ち悪い。
太刀川隊は各々の戦闘能力が高いことから個人の判断を重要視される。
で、大体隊員が太刀川をサポートするという形で成り立っている。
太刀川さん、一応強いし。
…心の中でフォローし、先程の事は考えなかったことにした。
「お、なんか派手にやってるねー」
そこに現れたのは迅と嵐山隊のメンバーだ。
「ほらあの子が話してた桜花だよ」
その場にいなかった木虎と佐鳥に説明する。
近界民に攫われたと聞いた時は可哀想だなとか同情の気持ちがあったが、
今目の前で行われている戦闘をみるとそんな気持ちは吹っ飛んでしまった。
なんというか、逞しい…。
「あんなの、実戦を知っている人なら当然なんじゃないですか」
桜花に対してだけではなく遊真に対しても言う。
どうやら自分は新型を一体しか倒せず、
しかもA級隊員で唯一新型に捕まり、
キューブ化までしてしまった事に対して悔いているらしい。
対して桜花は訓練用トリガーで新型を倒し、
遊真に至っては新型撃破だけでなく、
人型の相手や敵が撤退するのに一役かっている。
勿論その背景は様々で、
2人は目の前の敵を倒す事に集中するだけでよかった。
それに対し、木虎は訓練生を護りながら戦っていた。
それだけでも背負っているものは違う。
木虎のおかげで敵の目的を察知し、その後の被害を最小限に抑える事が出来たのだが、
それとこれとは別らしい。
木虎が対抗心を燃やすには充分だった。
相変わらずの木虎の発言に皆苦笑するばかりである。
「最後は明星が決めたか」
その場にいないはずなのに身体が震える。
戦闘民族ではないが、彼等が高揚する気持ちも分かる。
2人の戦いを見て思う事は人それぞれだ。
だが、A級B級には現状に満足せず、己の武を高めていった者が沢山いる。
その者達からすれば、動かずにはいられないのだろう。
迅のサイドエフェクトでこの後ブースがいつも以上に賑わう未来が確定した。
正隊員の間に一波乱は起こりそうである。
ギャラリーが勝手に盛り上がっている事など知る由もなく、
桜花と遊真はとりあえずお互いやりたいことはやり終えたので米屋のとこに戻ることにした。
「さっき戦ってた奴等だ」
「あれで訓練生なのかよ!?」
「怖ぇ…」
「やりたくねぇな」
口々にそんな話が聞こえてくる。
もしかしなくてもこれはランク戦でもポイント稼ぎ難しくなったのではないだろうか。
桜花は急にそんな不安に駆られた。
隣にいる遊真はそれが分かっていたのだろう。
「桜花さんのおかげで、俺は助かった」
謎のドヤ顔で言い放った。
本当、此奴ムカつくわ…と桜花は睨むのにとどまった。
「よぅ!お疲れー白チビ!」
陽気に声を掛けてくる米屋を見て、
2人はあれ?と思った。
人が無駄に増えていないだろうか。
なんとなく遊真とそのまま別れて立ち去る事ができない状況だ。
「どっちでもいいから俺とランク戦しよー」
言葉だけならなんとも緩い感じだが、
目の前の男、太刀川はウキウキしながら近寄ってくる。
気持ち悪いと思って桜花と遊真はそれを避け、
遊真はランク戦前に共に行動していた米屋のところへ、
桜花はずらーっと見渡してある意味一番目立った人物のところに避難した。
「よーすけ先輩この人誰?」
「風間さん、これから訓練?」
見事なスルーっぷりに出水と米屋は腹を抱えて笑い出した。
遊真は一応、見知らぬ男の事を気にかけているようだが、
逆に見知っている桜花は完全無視だ。
しかも風間がその事を咎めるどころか、
彼も太刀川の存在を無視して話を進める。
「風間さん人を差し向けるの早すぎ。
まぁ、ちょうどいい相手ではあったけど」
自分と大体同じ境遇の人間、
同じ期間とこちら側のトリガーの知識を持つ人間。
確かに今の自分の実力を知るにはうってつけだった。
「ベイルアウトを使うなとは言わん。
だが、一々反応してたら、いざという時に戦えなくなる。
ベイルアウトしたらトリオン体を構築するのに時間が掛かることは説明しただろ」
…というか、そのあたりはベイルアウトの仕組みがあるか否かの違いで、
近界でも同じだろうと話が続く。
真面目な話に、これは横槍入れたら風間に殺られると判断した太刀川は遊真の方に絡みにいく。
米屋の後でもいいからやろうと伝えれば返ってきたのは太刀川にとっては酷い言葉だった。
「今日は知らない人と戦わない方がいいって迅さんが」
「迅!?」
「太刀川さんと戦うの楽しいけど、
一度やり始めたらなかなか放してくれないんだもん」
確かに。と、周りが無言で頷く。
「それに遊真は今日でポイントたまったし、
メガネくん達に報告しなくちゃいけないからさ。
長時間拘束するのは可哀想でしょ」
「うん。オサム達に間に合ったぞと伝えないとな」
間に合った。何のことだと聞けば、
B級からはチームでランク戦を行うらしい。
そこで上位の成績をおさめたチームがA級への挑戦権を手に入れられる。
中には個人で活動する人間もいるらしいが、
A級になるためにはチームを組むことは必須だと風間から説明を受ける。
今後の課題など、一通り風間と話し終えた桜花はふぅと一息ついた。
「明星、これからどうする」
「今日はもうやめておくわ」
せめて遊真に取られた分のポイントは取りたいと考えてはいたが、
周りを見る限りどうも自分を相手にしてくれそうな雰囲気ではない。
今日はもうランク戦は無理だと判断した。
「それより、風間さんどこから見てた?」
「七戦目の途中からだな」
「遊真が私に一撃いれたやつなんだけど、
あれ、風間さんなら解る?…というかここの連中よく使う?」
「あぁ、スコーピオンの特性が解っていれば誰でも使えるだろう」
前情報を持っていながらも自分が対処できなかっただけらしい。
だったら、早く理解する必要があると判断し、
桜花は風間にこの後の訓練を頼み込む。
仕掛けは自分で探すので口頭での説明はいらない。
だからあの技を使って欲しい。
最初から答えを求めない姿勢に共感を得たのか、
そもそもこの後訓練をする予定だったのか、
風間はすぐさま了承の返事をする。
「すみません、ちょっとお時間いいですか」
声を掛けてきたのは木虎だ。
桜花にとっては初めて見る相手になる。
「誰」
「嵐山隊の木虎です」
「嵐山隊?」
桜花は首を傾げる。
「あぁ、木虎は俺の隊員なんだ」
横から入ってきたのは嵐山だ。
嵐山いたんだ。と呟く。
いや、いたのは知っていたが目に入れたくなかったというか…
無駄に爽やかオーラーを放ちながら、
その彼の隣でへらへらとしている男まで視界に入れてしまうのが、
なんとなく嫌だったからだ。
…それは桜花の個人的な感情なのでこの際おいておいて、
嵐山の言葉に桜花は大規模侵攻の時の記憶を思い出す。
「あの時、いたっけ?」
あの時嵐山と時枝しかいなかったはずだ。
別に悪意がある言葉ではないが、
今の木虎にはその言葉もタブーらしい。
眉間に皺が一つできる。
「あの時木虎は僕たちとは別行動だったので」
「そうそう。ラービットにキューブ化されてそれどころじゃなかったんだよなー」
時枝が上手く言おうとしたところで、
佐鳥が地雷を踏みに行った。
プライドが高い木虎が反応しないはずがなかった。
「あぁ新型に負けたの」
そして桜花のこの言葉も悪意はない。
佐鳥につづいて言っただけである。
ただ、タイミングが悪かった。
見事木虎のプライドどころか負けず嫌いにまで火をつける始末である。
「な、ちょっとあなたの方が撃破数多いからって…
いい気にならないでくれます?」
「は?意味分からないんだけど」
「ラービットを4、5体倒しただけでしょ。
私だってそのくらいできることを証明したいので、私と手合せしらもらえますか?」
少しツンツン嫌な感じの試合申し込みになってしまったが、
言ってしまったものはしょうがない。
本当はもっと素直にお願いする予定だったのだが、
ツンデレ属性を持っている人間にはこれは仕様としか言いようがない。
しかしそれは木虎を知っている者からすればそう解釈できるが、
彼女の人物像、抱えている背景なんて知るはずもない桜花にとっては、
何この生意気な子という具合にしか映っていない。
「悪いけど私今日はもう対戦しないわよ。
これ以上訓練生に遠巻きにされるとポイント稼ぎ難くなるから」
「なっ」
あくまでも桜花の優先事項はこちら側のトリガーに慣れることだ。
まずは正隊員になって、それから遊真を負かす!
先程そんな決意をしたばかりである。
「今、喧嘩売られても買わないから。
出直してちょうだい」
この2人のやり取りを見ていて、分かったことがある。
2人ともプライドが高く負けず嫌い…似た者同士だ。
木虎の方が年齢も若いしツンデレ属性(ほぼツンツン)も入っていて可愛げがあるが、
桜花は自分がこうすると決めたら折れる気はなく、
誰が何を言っても聞き入れる気はないようだ。大人気ない。
こういう類はライバルとしてはいいのかもしれないが、
私生活において仲良くなるのは稀である。
そしてこの2人は間違いなく仲良くはできないタイプだろう。
「2人とも落ち着いて」
一触即発しそうな雰囲気にすかさず入り込んだのは嵐山だ。
長男なだけあってこういう場は慣れているのだろう。
このまま言い合いに発展しそうな2人の口に飴を突っ込む。
その手際の良さに双子たちにもやったことがあるのかもしれない。
2人とも突然の事にびっくりして黙るしかなかった。
…というか喉につまったらどうする気なのだろうか。
口の中に広がるプリン味に思わず桜花は口から飴を出す。
棒付じゃなければ吐き捨てていたに違いない。
「…嵐山さん、これは?」
「桐絵に貰ったんだ。
なんでも間違えて箱買いしちゃったらしくてな!」
「あーあの飴ね」
以前、玉狛支部に段ボールごと飴を持ってきた小南の姿を迅は思い出す。
隊員のおやつにはなっているが、
そんなに消費できないのでそんなにいらないと拒否した覚えがある。
あの時は大変だったなーと迅は苦笑しているが、
自身の部屋に箱買いしたぼんち揚げを積み上げている男には小南も言われたくはないだろう。
何人かに配っているがそれでも消費できなかったらしい。
残りを嵐山に押し付けたのだ。
嵐山家でも飴をそんなに食べる人がいるわけでもないのでなかなか減らず、
こうしてボーダー基地に持ってきた次第だ。
いつ配ろうかと思っていたが、これをきっかけに皆に一つずつ配っていく。
嵐山の奇行に木虎も桜花も気が殺がれたようだ。
ある意味効果は抜群である。
「なんで飴に棒がついているんだ?」
遊真の疑問はそこらしく、本気で考え込む。
「途中でジュース飲みたくなった時に一先ず口の中から出すためじゃねぇ?」
米屋が何も考えていないようで割と真面目に答えている。
棒付きの理由なんて誰も知るわけがないので、
遊真の疑問にちゃんと答えられるものはいないだろう。
「あー…チュッ○チャッ○ス」
方や桜花は飴を見つめながら懐かしんでいる。
確かに昔、舐めてた。
好きではなかったが、嫌いでもなかった。
貰ったら食べる。あったら食べる。
親に買ってとおねだりしたり、
自分のお小遣いで買う程ではない。
そんな感じだった。
それよりは甘いものが久しぶりで、
こっちでは気軽に食べれるものだったと思い出す。
「…………」
ふと気がつくと、
桜花に視線が集中している。
何かやらかしたのかと思ったが、
飴を舐めているだけでやらかすも何もないだろう。
「そんなに飴が好きなのか」
「は?」
どうしてそういう話になるのだろうか。
本人は無自覚だが懐かしんでいた時、桜花の顔は少しだけ年相応の表情をしていた。
それはまだ桜花を知らない彼等からすれば、ある意味衝撃だろう。
「…気持ち悪い」
なんだが居た堪れなくなってくる。
話術に長けているわけではない桜花はこういう時武力で振り切るか、この場から離れるかどちらかをとる。
こちらの世界で武力行使はいけないということを思い出すくらいには冷静だ。
…となれば、ここから離れるしかない。
「風間さん行こう」
「え、風間さんばっかりズルい!」
「孤月使いには用はない」
「ぶっ!
太刀川さん、またフラれてるー!!」
ゲラゲラ周りが笑っているうちに桜花はこの場から離れる。
この流れで行くと太刀川に捕まった者はエンドレス対戦することになるということが判った風間も黙って出て行く。
迅に後は任せたと一言、言い捨てて行く。
「明星」
訓練室に行く途中、風間に声を掛けられる。
先程のやり取りについて何かあるのだろうかと思ったがそうではないらしい。
「気を付けろよ」
「何が」
「迅だ。あの笑い方は何か仕掛けてくるぞ」
あの笑い…どの笑いの事だろうか。
これが戦闘中ならまだしも、
日常生活の迅のことなど出会って数日の付き合いで見分けられるはずがない。
しかも風間の言い方が言い方なだけあって、
何か武力行使でもするのかと考えてしまう。
「あいつの嫌がらせは地味に腹が立つぞ」
「何で私が…」
「サイドエフェクトで面白いものでも見えたんじゃないか。
まぁずっと落ち込んでいるよりはマシだがな」
「落ち込んでいる?迅が?どうして?」
「あぁ、知らないのか。
迅が所属している支部の後輩が先の戦いで重傷で入院してな。
少なからず責任を感じているのだろう。
ここ最近、落ち込んでいて気色悪い。いや、あれは鬱陶しいな」
なかなか風間の言葉は辛辣だ。
事の成り行きを知っているわけではないから迅がどうして責任を感じているのかは知らないが、
話を聞く限り、
落ち込んでいる迅がとてつもなくウザい。
立ち直るのに時間が掛かりそうなら荒療治も致し方ないと考えるまでにウザい。
なんでもいいから早く元に戻れと思っていたらしい。
で、風間達が何かアクションを起こす前に、
先程のがきっかけに迅の方からこちらにアクションを起こしてくるだろうから、
それに気を付けて付き合ってやれということだ。
人を巻き込んで立ち直るとか止めてほしいと桜花は思った。
「というか、風間さん。
なんで私にそれを押し付けるの」
ボーダーに入って日が浅い自分に迅を任せるのはいかがなものかと問えば、
お前ら同い年だろうと言葉が返ってくる。
「それに迅はお前を信用しているだろう。
アイツはサイドエフェクトである程度桜花が見えているからな。
お前を理解するのはボーダー内でも早いぞ。
それはお前にとって都合がいいだろう」
ボーダーに入隊した。後は自分で頑張れと投げ出して終わりではない。
周りとの信頼関係を築くきっかけを作るぐらいのフォローはする。
それは迅が言う責任をとるということであるし、
風間もそれくらいはするべきだろうと考えている。
迅が桜花のフォローをする事で後輩達に対しての罪滅ぼしではないが、
立ち直るきっかけになればそれは風間達にとって一石二鳥になるだけだ。
後日、桜花の部屋に飴が箱ごと送られてきた。
誰が送ってきたかなんて検索する必要はないだろう。
そして続け様に、ぼんち揚げが箱できた…。
こちらも誰が送ってきたかなんて検索する必要はないだろう。
…届けられた荷物にはどちらも伝票に依頼主の名前が書かれている。
その名前を見て、やはりそうかと桜花のこめかみに青筋が立つ。
どういう意図があるにしろ、少なくても片方は悪ノリしたのは間違いなかった。
風間の言う通り、都合がいいのかはまだ分からないが、
少なくとも地味に腹が立つということだけは同意した。
「…なんなのアイツ等!!」
20150526
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