戦いと日常
自分に向けて
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「久しぶり」
そう声を掛けてきた女にヒュースは見覚えがあった。
玄界での戦争でアフトクラトルが撤退した後に姿を現した女だ。
確かジンは捕虜だった人と言ってたはずだ。
何故そんな女がここに…
ヒュースは警戒の色を濃くした。
逆に桜花といえば数日前自分も同じ状況だったわけだ。
傍から見たらこういう風に見えたのかと感心していた。
「とりあえず、食事。
既に何度か食べているから毒が入ってないことは分かっているでしょ?」
捕虜の部屋というよりはただの個室だ。
テーブルに持ってた料理の飲み物を二人分置く。
椅子は一つしかないので部屋の主に譲ることにして、
桜花はそのまま持ってきたものを口にする。
「甘っ…甘口ってこんな感じだったかなー…」
玉狛にはお子様がいるからしょうがないか…と思い直して辛さについては文句を言うのを止めた。
食べようともしないヒュースを見て、一応カレーの説明をする。
「あっちにはなかったわよね。
カレーライスって言って、辛さを楽しむ食べ物。
玄界では子供が好きな食べ物だったかな…
子供レベルで辛さを楽しむどころか甘いけど…初めてなら丁度いいんじゃない?」
これはカレーライスというものなのか…と
ヒュースは素直に話を聞いていたが、
はっと自分が置かれている状況を思い出す。
最近食事を持ってくるのが陽太郎だったから忘れていた。
緩んでしまった気を張りなおす。
「根が真面目というか素直ね。可愛い可愛い」
「貴様、馬鹿にしてるのか!?」
「してないわよ。それより冷めないうちに食べたらどう?
食べれるうちに食べておかないといざという時辛いわよ」
仕方なく桜花の言う通りカレーを食べる。
確かに辛くはない。が、従来のカレーの辛さを知らないヒュースが分かるわけがない。
とりあえずこの食べ物も美味しいということだけは分かった。
「別に近界の料理が不味いとはいわないけど、こっちの美味しさって異常よね。
懐かしさを通り越して感動するわ」
さっきから一方的にしゃべっている桜花が鬱陶しく思ったのか、
何が目的だとヒュースは口を開く。
「情報を引き出しに来たのか。
それともオレを絆しに来たのか」
「さあ?私もこっちに連れてこられただけだし、特に何も聞いてないわよ?
ヒュースと食事でもして欲しかっただけなんじゃない?」
「ふざけたことを…!」
「本当にね。玉狛はアンタを仲間として受け入れたいんでしょ。
捕虜に最初から気を遣うのも珍しいわ。
このチャンス逃さない方がいいわよ?
ま、死にたいなら別だけど」
桜花は持ってきた飲み物を飲む。
カレーだから牛乳という安直な発想に後悔したのか、
持っていく時に辛さを聞いておけばよかったとぼやく。
どうも甘口なカレーと牛乳をセットにするのは桜花には辛かったらしい。
「でも一応礼は言っておくわ。
アンタ達が攻めてきてくれたおかげで私は助かった。
ありがとう」
「何の話だ」
「迅から聞いてない?私捕虜だったって」
それは知っているという顔をすれば、
詳細は知らないのかと桜花は察したらしい。
かいつまんで話すと、
捕虜として連れてこられ尋問を受けていた。
幽閉されている中、
アフトクラトルが攻めてきて、
それに便乗して脱出したら、
実はこの世界は自分が元々いた世界だということが分かった。
なかなかに数奇な巡り合わせだと思う。
「笑えるわよね。
逃げるつもりで脱出したのに、逃げる必要がないなんて」
もう逃げられないと思った。
言い訳だってできない。
ここで生きていく覚悟をしろと突きつけられた。
それは今まで過ごしてきた四年半とは意味が少し違う。
だからできる限り関わっていこうと決めた。
ヒュースは最初、彼女は自分と同じ状況の人間だと思っていた。
そして国を捨て寝返ったのだとも。
でも話を聞けばそうではない。
桜花は元よりここにいるべき人間だ。
ヒュースと同じわけがない。
ますます、何をしに来たんだとヒュースは桜花を睨む。
ヒュースから見ると桜花は玄界の人間にしか見えないらしい。
近界民からは玄界の人間扱いされて、
玄界の人間からは近界民扱いされ…他人から見た自分の立場というものは物凄く曖昧で不確かだ。
目の前にいるヒュースも自分と同じような道を辿るのかと思うと少しだけ親近感が沸く。
「ヒュースが自分の国を大事にするのは構わない。
寧ろ、最初から国を売る人間よりは好感が持てるわ」
実際仲間に加わろうとして仲間や情報を売った人間が逆に死ぬところを見たことがある。
他人に理解されようがされまいが、人には必ず譲れない大切なものを持っている。
可能であればそれは貫いた方がいいと桜花は思う。
その方が後悔はきっとないはずだ。
「でも、覚えておいた方がいいわ。
拒むのは簡単だけど前には進まない。
此処に残るか、自分の国に帰るのか…どちらにしても、
受け入れないと選択すらできないわよ。
それはアンタの可能性を潰すだけで意味なんてないわ」
「何故わざわざこんなことを言う。
お前はオレと関係ないだろ」
「そう、関係ない。
アンタが死のうが、仲間になろうが、
何しようが私には関係ない。
しいて言えば、私はボーダーの信用が欲しくてしょうがないのかもね。
私、まだ監視が解かれてないの」
「自分で言うか」
「言うわよ。どうせ皆一度は思っているはずだもの。
コイツは信用してほしいから従順になっているだけだって。
私ならそう思うし警戒だってする。
ヒュースもそう思ったんじゃない?」
その通りだ。
ヒュースは思った。
此奴はボーダーに気に入れられようとして従っている。
国の情報は売ったのだと思った。
確かに桜花は自分がいた国の事は話したが、
それは近界なら誰もが知っている基本情報でしかない。
ボーダーが本当に欲しい情報は全く話していない。
「それより早く食べ終わって頂戴」
自分は食べ終わったから一緒に皿を持って行きたいと催促する。
「さっさと出て行け!」
「食べ終わったらどうするの?
自分で持って行くの?それとも取りに来てもらう?」
「五月蠅い!」
「年頃は難しいわね」
煽ってて何を言う。
ヒュースは思ったがこれ以上突っかかったら負けな気がしてきた。
「ああ、食事は一緒にした方がいいわよ。
人間関係も築けるし面白い情報も手に入るし…
ま、ここで情報は手に入るかは分からないけど。
諦めていないなら動く事ね。
次、会えるの楽しみにしてるわ」
意地悪そうな顔でヒュースに言うと桜花は部屋から出て行く。
――本当に何しに来たんだあの女は…!
ヒュースは悪態をついてから律儀にカレーライスを食べ始めた。
辛さを楽しむ食べ物だと教えられたが、ヒュースの口にカレーの味が広がる。
「確かに甘いな…」
部屋を出て、桜花は迅と鉢合わせた。
「どうだった?」
「手負いの猫って感じね」
「最初の桜花と同じだね」
「一緒にしないでくれる」
「いや、大体同じでしょ。
人が入ってくるなり枕を投げつけてくる桜花の方が素行は悪かったかなー」
「それは迅だからよ。
アンタ人を苛つかせるの上手いもの。
どんな未来が見えたかは知らないけど、
一応話はしてくれるし、大丈夫なんじゃない?」
迅は桜花の顔を見て固まる。
なんだ、今度は何が見えたというのだこの男…。
桜花は人を睨んだ。
「近い未来、太刀川さんに捕まるみたいだね。
ちょっと既視感を感じるというか、羨ましいというか」
少し歯切れが悪い迅に桜花はジロリと冷たい目を向ける。
「桜花は筋肉つけすぎなんじゃない?
俺はもう少し柔らかい方が…」
人の尻を撫でまわす迅に問答無用で蹴りを入れる。
「…生身でこの威力は反則……」
地面に突っ伏した迅を見捨てて、
とりあえず桜花は食器を戻しに行った。
20150607
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