戦いと日常
あの時の続き

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太刀川隊作戦室。
机の上に数々のレポート等の課題を積み上げて四苦八苦する太刀川の姿があった。

「あーもうダメだー」

太刀川は音を上げるが誰も構ってくれる者はいない。
それもそうだ。
今は夜。
彼の隊員は皆高校生。
流石に未成年を真夜中まで拘束することなどできるわけがなく、
皆帰宅していた。
その中で太刀川だけ帰宅せずにここで課題を消化しているのは、
太刀川自らの意志ではなく彼の師匠である忍田や風間のせいである。
家に帰ってもやらないのなら、
終わるまで帰るなというお達しだ。
そんな無茶苦茶な命令が下ったのは、
進級の危機と学校側から泣かれたという理由からだった。
少し前までは風間が太刀川の見張りをしていたが、
夜の防衛任務があるらしい。
風間がそちらに向かった後も暫くは一人で太刀川も頑張っていた。
…が、どんなに向き合っても終わる気配がしない。
(これが近界民ならすぐに終わらせるのになー。
あ――孤月振り回してぇ…)
太刀川の集中力は切れてしまった。
もう限界だ。
これは息抜きするしかないと作戦室から出て、
廊下をぶらぶらしはじめた。
いつもならこういう時、ランク戦をするのだが、
時間を考えると学生組はいないし、
他の者は防衛任務か、または家で寛いでいるだろう。
「トリオン兵斬るかー」
太刀川は訓練室に向かった。
あそこなら対近界民トリオン兵用の訓練機能がついていたはずだ。
人を相手にするより面白味が欠けるが仕方がない。
エンジニアが先日の侵攻で新型のラービットα版を作ったと言っていたのを思い出し、
実際の再現には程遠いかもしれないが、
運用を試すにはちょうどいいのかもしれない。
ボーダーの中で新型を討伐した数が一番多い自分がテストをするのだ。
いいデータになるはずだ。
今後の対策に貢献できるわけだし…
これを風間にバレた時の言い訳に使おうと太刀川は決めた。
因みに太刀川の浅はかな考えは風間にバレバレだし、
そもそも課題を終わらせれば済む問題だという正当な意見が返ってくるのだが、
太刀川はそこまで考え至らなかった…というか考えるのを放棄した。


訓練室のブースに入ると珍しく主電源がついていた。
こんな時間に使うなんて、
エンジニアが運用テストしているくらいしか思いつかない。
稼働している訓練室を覗いてみると、
そこには何体ものトリオン兵を相手に捌いている桜花の姿があった。
「太刀川か。
なんだ、課題から解放されたのか?」
「冬島さん!こんな時間にここにいるってことはエンジニアの仕事ー?」
「ああ。新型の調整と仮装訓練モードの難易度設定の調整をしたくてな。
丁度風間が適任者がいるってアイツ貸してくれたんだわ」
冬島の話を聞く限り、
完全に太刀川の課題サボり防止だ。
太刀川が考えた言い訳は見事崩れてしまった。
恨みがましく風間の名前を呟く。
「はは。風間にしてやられたな。
まーマスターレベル用に難易度調整もやるし、そん時にお願いする」
それにしても…と冬島は言葉を続ける。
「トリオン制限ありのトリオン兵100体ランダム出現でやってるが、
余裕でいけそうだなー。
訓練トリガーでここまでやられると逆に調整できねぇわ」
完全に桜花の訓練として成り立っている。
調整は然るべき時間、然るべき隊員をあてようと冬島は心に決めた。
「冬島さん、あれ、あとどれくらいで終わんの?」
「半分は切ったからなー…
ラービットとイルガーの処理にちょっと時間喰ってるみてぇだけど、
15分もあれば明星ならいけるんじゃねぇか?」
冬島の言葉を聞いて太刀川の目に光が宿る。
この男がこういう目をする時は決まっていた。
A級1位の隊長の顔を見て冬島は苦笑した。


桜花が夜中に訓練室を使うのは実は初めてではない。
ランク戦で自分が望む訓練ができないと思った桜花は
ダメもとで風間にお願いした。
意外にも要求は通り、
訓練室を使えるようになった。
ただ、元捕虜が…というよりは訓練生が勝手に訓練室は使えない。
今みたいな仮装戦闘モードを使用するときは
B級以上の実力がないと稼働してはいけないようになっていることもあり、
使う時は必ずA級隊員に付き添ってもらうことが条件にされていた。
勿論A級隊員に限定しているのは、何かあった時に対処できる人物だからということだ。
都合がつけば夜でも風間が桜花の訓練に付き合うが、
毎日やっているわけにもいかない。
そういう時にお前の欲求を満たす事ができる男ということで紹介されたのが冬島だった。
彼は防衛隊員であり、元エンジニアだ。
暇な人間だから言えば桜花にあう難易度の訓練モードも作るだろうと。
風間からその言葉を聞いた時は一応冬島も暇じゃないと反論したが、
それでもそこに彼が面白いと思うものがあればエンジニアの性か、
暇な時間を作って開発業務を行うのが冬島だった。
そして、彼が暇な時間で作ったものは大体、
ボーダーに貢献できるものだった。
桜花も冬島を借りるかわりに、
試作運用のテストプレイを兼ねた戦闘データの提供もしているので、
冬島も単純に時間だけとられているということにはならない。

できるだけ実戦に近い方がいいということで、
トリオン兵100体組手を行う際、
自分のトリオン無制限の設定はつけなかった。
単純に自分の技量と配分ペースが問われる。
今のトリガーだと、
何度かイルガーとラービットを斬る際に失敗すると、
孤月の強度が落ちてしまうことも確認済みだった桜花はできるだけ弱点を狙うようにする。
既に剣を2回ダメにしてしまった桜花はその分トリオンを消費して作り直していた。
それだけで大分トリオンを持っていかれる。
もっと効率のいい戦い方をと心掛けているが、
トリオン兵もなかなか厭らしい動きをする。
いつも通りの単純なAIで動いて回るかと思えば、
数体だけ連携をしてくるトリオン兵も混ぜてある。
これは大規模侵攻戦の際、人型と新型が連携してきたことへの対策だった。
その連携に気付かないとすぐに殺される。
リーダー格を見つけ倒すと連携が乱れやりやすくなると思えば、
倒しても乱れず連携してくるものもある。
常に緊張感を持ってやるには丁度いい。

バンダーが砲撃する気配を感じ、わざとトリオン兵の群れに飛び込む。
桜花の後を追って発射されたビームはそのまま群れを一掃する。
それが分かっている桜花は無論、その攻撃を交わしており、
そのままバンダーの図体を駆け上り、
イルガー目掛けて飛び降りる。
わざと自爆モードにして落とす。
このやり方は訓練室だから成り立つ方法であることは桜花も承知している。
実際、住宅街に落ちることを考えると被害は甚大だ。
本来ならこの訓練でもそれを考慮してやるべきなのだが、
残念ながら、今のトリガーでは上空にいるイルガーを倒すのはこの方が手っ取り早い。
そして残念なことがもう1つ、
桜花はへまをして肩にダメージを負った。
傷は浅いが、それだけでもトリオンを無駄にしてしまっている。
孤月再構築とあわせると結構トリオンを消費してしまっているのではないかと考えた桜花は、
既に自分が生き残るための戦い方にチェンジした。
ようは形振り構わず孤月を振るっている。

残り20体くらいだろうか。
突然、訓練室に異質が紛れ込んできた。
それを桜花が察知するのは簡単だった。
隠そうともしない戦意に反射的に桜花は反応し孤月を振る。
「トリオン兵だけじゃ退屈だろ?」
「…太刀川」
お互い剣を弾き、距離を取るがすぐに太刀川は距離を詰めてくる。
目の前の太刀川と背後から迫ってくるモールモッドに桜花は思わず舌打ちして、
桜花も前に出る。
太刀川の剣を受け止めずに流し、そのままモールモッドのいる方へ太刀川を蹴る。
その動きを予想していた太刀川は崩れた態勢のまま、モールモッドに斬撃を飛ばす。
(あの態勢からそのまま対応できるなんて…!)
モールモッドどころか、その周囲にいたトリオン兵まで斬っていく太刀川を見て、
トリオン兵の相手をしているところ斬りつけるという桜花のプランは見事崩れてしまった。
すぐに次が来ることが分かる桜花はトリオン兵の群れの中に逃げ込む。
案の定、追ってくる太刀川にトリオン兵が襲い掛かるが足止めにもならないらしい。
桜花が倒す予定だったトリオン兵が太刀川の手により薙ぎ払われていく。
それでもトリオン兵を壁にしながら逃げる桜花にもう一度、太刀川は斬撃を飛ばす。
この技は孤月のオプショントリガーの旋空であり、実際は斬撃を飛ばしているわけではない。
トリオンを消費し、瞬間的に孤月のブレード部分を変形、拡張できるもので、
鞭みたいに刃の先へいけばいく程、威力が上がるものだ。
流石にオプショントリガーまで把握していない桜花はその技の性質は理解していないし、
正面から見ると鞭というよりは斬撃が飛んでくるように見える。
それだけ太刀川の攻撃は早かった。
トリオン兵ごと桜花を斬った方が早いと判断しての攻撃だった。
初めて会った時に、太刀川のこの攻撃を喰らった桜花は威力を知っている。
ただ、このトリガーで耐えられるかは知らなかった。
旋空を受け止めることはせず、近くにいたバムスターの影に隠れる。
バムスターの体に2本のラインが…
真っ二つどころか4つに斬られてしまったらしい。
これが最後のトリオン兵だ。
そのまま桜花を追いつめるため、太刀川は距離を縮める。
バムスターの体が崩れる。
そこから孤月を突き出して桜花が飛び出し、太刀川の身体を貫く。
「おっ」
なんとも拍子抜けする声だ。
太刀川は桜花の攻撃をギリギリ避ける。
横腹に少し掠めたがこれくらいで済むなら問題なかった。
出てきた桜花を逃がす理由にはならないので、
そのまま振り返る際に孤月を振る。
桜花もここで仕留められなければ太刀川が続け様に攻撃してくるのは分かっていた。
あの態勢から桜花は左に差していた孤月の鞘を引きちぎるように身体を捻り振り、
太刀川の剣をそれで受け止める。
無論鞘は斬られたが威力は少し殺せたはずだ。
そのまま左手で太刀川の手を受け止め、
これ以上斬り込まれないようにする。
右手に持った孤月を振り下ろそうとしたところで、
太刀川がもう1本の孤月を左手で抜く。
桜花の胴体が真っ二つだ。
そういえば孤月を2本差していたことを思い出し、
自分のミスだと叱咤する。

桜花の上半身はそのまま地面に倒れ込む。
左頬ギリギリのところで孤月が地面に突き刺さる。
何かデジャヴを感じる。
あの時は確か桜花が孤月を地面に突き刺していた側だ。
トリオン無制限ではないので、
そのままトリオン体の換装が解け、本体に戻る。
「やっぱりお前面白いなー」
太刀川がしゃがみ込む。
「早く上がってこいよ。
こんなの相手にするよりよっぽど楽しいぞ」
いくらでも相手になるからかかってこいということだろうか。
太刀川の何を考えているか分からない目をちゃんと見るのは捕虜になっていた時以来だろうか。
いちいち感に障る。
この男は戦うことしかできない自分の闘争心を掻きたてるのが上手いらしい。
「言われなくても」
もっともっと強くなるつもりだ。
太刀川に言われるまでもないと笑って見せる。

『なんかお邪魔して悪ぃんだけどさー…太刀川そろそろどいてやれよ。
絵柄的にお前、アウトだから』

冬島の声にそういえば訓練だったと2人は思い出した。
目の前の敵が強くてすっかり忘れていた。
しかし冬島の言葉の意味を分かっていない太刀川は何がアウトなんだろうかと首を傾げる。
ついでにその動作は全く可愛くない。
『熱中してて忘れてるかもしれないが、
明星のトリオン体換装解けてるからな。
いつまでも女の上に乗ってるなよ』
「あ、そういえばそうだった!
やべぇ…つい孤月振り下ろしたなー
怪我してねぇ?」
急いで孤月を抜き、桜花の左頬をぺたぺた触る。
「いや、怪我してないからそんなに心配されても無駄…」
先程までの緊張感が嘘のようだ。
太刀川のテンションのギャップについていけず、
とりあえず疲れたと
訓練室から出る桜花の後に太刀川も続く。
「いやー楽しかった!
やっぱり戦闘はいいなー」
もう1戦したいと桜花に目を向ければ、
トリオン切れて無理だからと即答される。
そこに冬島が溜息交じりでやってくる。
「太刀川…言いたいことはいろいろあるが…」
冬島の言いたいことは無論、訓練モードのトリオン兵達のことであり、
こんなの扱いされたこととか、
そもそも貴重なデータ取りをしていると言ったのにもかかわらず、
終わるまで待つことができずに割り込んだりとか、
そういうことだ。
だが重要な事はそこではない。
結論だけを冬島は伝える。
「俺は編集しないからな」
「編集?なんの?」
「データを取るためのものだと言っただろう。
無論、忍田本部長や風間も見るからな」
忍田と風間の2つの単語に反応して太刀川の顔が青くなる。
開発に関しては冬島やエンジニアがそうだが、
戦闘員の訓練や実力の向上に関してなら風間も絡んでくることは考えれば分かりそうなものを…
冬島は本当に馬鹿だなお前とため息を思いっきりついてやった。
「だから終わった後ならいいぞと言ったんだ。
訓練中の映像に太刀川の姿もちゃんと映っているからな」
「やや、冬島さんなんとかしてよー」
「あー無理無理。
お前のとこだけ編集してもここはどうしたんだって聞かれるだろう?
そうしたら太刀川のこと話すしかねーし、意味はないな」
「そこは気づかれないようにさー冬島さんっ!!」
確かにデータを取っているのを邪魔したのだ。
怒られはするかもしれないが、そこまでされるのか。と
太刀川が大学の単位がやばくて課題を片づけている最中だということを知らない桜花は、
暫くは2人を怒らせないようにしようと心に誓った。
「明星からも何か言ってくれよ」
「…あー私訓練生なので無理ね」
「いや、訓練生ぶんなって」
「ぶってないから」
自分が正隊員に上がる前に忍田と風間が太刀川をボコボコにするらしい。
いい気味だと笑ってやる。
それにしても…
完全に帰るタイミングを逃してしまった。
桜花は暫く2人のやりとりを黙って見ていることにした。


20150610


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