戦いと日常
平穏の中の思惑

しおりを挟む


「アンタ、連携とかする気あるの」

彼を知っている者からすれば、驚いた事だろう。
風間隊ならいざ知らず、部外者に対して連携という言葉を口にするなんて…
今日は槍でも降るのではないだろうか。
言われた桜花も菊地原の皮肉っぷりに慣れてしまっていた。
特にイライラするわけでもなく平然と答える。
「連携しなくてもこれくらいなら倒せるでしょ」
彼女が言うこれくらいとはモールモッドとバムスターの事だ。
いつもなら菊地原が他の者に窘められる場面なのだろうが今回は逆だ。
珍しいものを見たなと歌川は密かに思った。
「それに生活掛かっているし、1匹でも多く倒したいのよねー」
「お前の言い分も分かるが、防衛任務はチームで行動する。
数少ない連携を実践できる場だ。
少しはわきまえろ」
「……努力はするわ」
「何それ、俺の時と態度が違うんだけど」
「落ち着け菊地原」
『すっかり、打ち解けたみたいですね』
通信でクスクス笑い声が聞こえる。
これは風間隊のオペレーター三上のものだった。
三上の言葉に反論したのは菊地原ただ1人だ。
忙しい奴だなと桜花は思った。

桜花がこちら側の世界から離れて4年余り。
その間にできたボーダーという組織は若いながらも
システムが充実している。
それはトリガー技術だけではない。
オペレーターという存在や情報伝達、共有の速さが凄まじい。
桜花はB級に昇格してから防衛任務に出るようになって初めて体験したが、
任務中、レーダーを駆使し、
オペレーターが状況の提示や指示をしてくれるため探索の時間は省かれ、
情報分析をしてくれるので、楽だった。
今まで桜花が所属していた国でボーダーと同じような情報のやり取りを戦争中にやっていたところはなかった。
大国や、強国なら違うのかもしれないが…。
戦況がいち早く把握できるという点は実に有難い。
そしてこのシステムは誰かが足止め、または負けたとしても、
次に引き継がれるため勝率が上がる。
少なくともホームで戦う分には心強いところである。

チームはオペレーターと戦闘員の二人からでも結成することができるらしい。
この情報の恩恵に与れる事を考えれば、
チームを組む事は実に魅力的だ。
だからと言ってどこかのチームに属したいかと言われれば否。
少なくとも桜花は自分から組みたいとは思わなかった。
利点はあるがめんどくさいというのが1番の理由だ。

『でも菊地原君が気にするのも分かるわ。
今日のランク戦は凄かったですよね』
「ランク戦?」
「先日、説明しただろう」
風間が言えば、ああと思い出す。
「遊真がランク戦に間に合ったとか言ってたわね」
「その空閑が所属するチームが今日のランク戦で勝ったんですよ」
「遊真なら勝てるでしょ」
当然だと言ってのける桜花に間髪入れずに菊地原が言う。
「空閑1人が強くても意味ないでしょ。
他の2人が弱すぎ」
いまいち隊事情を把握していない桜花に助け船を出したのは歌川だ。
どうやら遊真は三雲を隊長とし、その隊のエースとしての役割を持っているらしい。
すかさずフォローする歌川は本当に気遣いのできる男だと桜花は感心した。
「遊真、隊長じゃないんだ。三雲って強いの?」
「弱いな」「弱いよ」
風間と菊地原がハモル。
桜花は二人の顔を見る。
風間が強いことは何度も手合せしている桜花は知っている。
自分にも他人にも厳しい彼に言わせれば、
大抵のものは弱い部類になるのではないだろうかと思う。
対して菊地原は、
他人に厳しい上に風間至上主義だ。
比較対象が風間である菊地原からすれば弱いという返答は当然なのかもしれない。
そうなると、彼が1番ちゃんとした評価を下してくれそうだと、
桜花は歌川を見る。
視線の意味に気付いた歌川は答える。
「B級に昇格して1、2か月にしては頑張っていると思いますよ」
「つまり弱いのね」
折角の歌川のやんわりとした返答がばっさりと切られる。
その通りではあるが、もう少し言い方と言うものを考えればいいのに…
それができる人間はこの場に歌川と作戦室にいる三上くらいだ。が、
桜花の発言に既視感を感じている二人は、
他の隊員がいなし、そのまま流すことにした。
この三人は他人に対して厳しいのだ。
だからしょうがない。そう言い聞かせた。
「確かに三雲はトリオン能力も最低限しかないが、
戦うためにきちんと工夫もしているし、何より諦めが悪い。
どこまでできるかは見物だがな」
「風間さん、知恵と粘り強さだけじゃこの先昇れませんよ」
意外と風間が高評価なことに桜花は驚く。
風間は強くなろうと足掻く人間が好きなのかもしれない。
なんというか指導者向きだなと桜花は思った。

「本日の任務は終了だ。
一度本部に帰還して、解散だ」


「風間さんお疲れ様!どうだった?」

そこに自分を待っていたであろう男の言葉に風間は歩みを止めた。
「迅か」
大体この男が1人で行動している時は何か見えた時だ。
玉狛にいる小南風に言うと暗躍中らしい。
迅が気に掛けている事は一1つしか思い浮かばない。
「問題はない。菊地原とは折り合いつかないこともあるみたいだが、仲は悪くないな」
「それは良かった」
やはり迅は桜花の事が聞きたかったらしい。
いや、少し違う。
風間は思う。
桜花の戦闘能力はほとんどの者が把握している。
防衛任務とはいえ、
余程のことがない限り彼女がへまをすることはない。
そして人付き合いも悪い方ではない。
積極的にかかわろうとしないのは自分の立場を理解しているためだろう。
だからといって拒絶しているわけでもなく、
それなりの関係を築いているようだった。
たまに口から余計な言葉が出てくるが、
まぁ許容範囲だ。
傭兵をしていた時期に培ったものなのか、
意外と早く馴染んでいる。
そう感じたのも風間だけではないはずだ。
迅が言う「どうだった?」は挨拶に近いものを感じるが、
別の視点から考えると意味合いが変わってくる。
「兵としては優秀だ。
チームでも使えるが、難しいだろうな。
A級に配属すれば今の順位が動くことは必至だが、
B級は…上位チームじゃないと持て余すだろうな。
それよりお前と同じでフリーの方が明星は活きる」
「太刀川さんも桜花のことかってたけど、
風間さんも随分評価してるね」
「俺から言わせればお前の方が気にしすぎだ。
なんだ、明星が裏切る未来でも見えたのか?」
「見えてないよ?」
へらへらする迅を見て、読ませる気がないなと風間は思った。
「B級のランク戦が終わったタイミングで遠征チームの選抜が行われるみたいなんだけど、
どのチームで行った方が得られるものが大きいのかなって思ってさ」
「なんだ、今回もいつものように模擬戦で決めるんじゃないのか」
「いやそうだと思うんだけどー…ちょっとぼんやりしてて……。
とりあえず確定している人に会って考え中?」
「俺を待っていたのはその確認か」
「そうだね。あ、でも桜花の事も心配してたのは本当だよ。
風間さんにもできるだけ見ておいてくれると嬉しい」
迅の口ぶりを察するに、
こんな感じでお願いするのは風間だけではないようだ。
他に誰がいるかと考えれば、
出てくるのは遊真や嵐山だ。
遊真の場合は風間が巻き込んだ形にはなったが、
それを抜きにしても迅は積極的に関わらせている気がする。
太刀川は…あれは強い奴が好きな男だ。
何も言わなくても勝手に突っ走っていくので口添えする必要はないだろう。
それぞれに関わらせる事により何を狙っているのか。
暗躍中の迅は飄々としている中にも確たる自信が感じられる。
だから彼を知っている人間からすればなにか企んでいるのではないかと考えるのが常であったが、
今回は少し違うようだ。
本当に迅自身も分かっていないのか、
その自信を感じない。
もしかしたら修や千佳の事があって慎重になっている部分があるのかもしれない。
だが、そんなこと言い出したらきりがないはずだ。
迅、風間レベルになると指揮官としての仕事も担うことがある。
特にサイドエフェクトで未来視の力を持っている迅はこの仕事に事欠かせないし、
上は手放す気はない。
だからこそ迅が持つ言葉の影響力は強い。
絶対に遠征に行かない迅の言葉はこの件でも有効で、
きっと今度の遠征選抜で何か仕掛けてくるのだろう。
何をやるつもりだ。
そう見やれば迅が言おうかどうか悩む仕草を見せる。

――何かあった時、
桜花を留める役割を担ってくれればそれでいい。

迅はその言葉を一瞬、呑み込んだ。

「いつか桜花が迷った時、ここに戻ってこれるようにしてほしいんだよね」

遠くない未来にそれはやってくる。
桜花は裏切らない。
それは絶対だ。
でも、彼女がこれから行う選択は自分達が望まない選択をする可能性が高かった。
彼女の選択に怒る者、悲しむ者、迅が見る未来にはたくさんいた。
そしてそれに衝撃を受けている自分がいるらしいことも、
他の人間の未来を通して知った。
恐らく彼女がそうなるように仕向けたのは自分のはずだ。
自分は意外とわがままだなと迅は苦笑した。

「まずはメガネ君たちが頑張ってくれないと動かないんだけど…」
「そうか、次の解説は迅と太刀川か。
真面目にやれよ」
「嫌だなー風間さん。
俺はいつでも真面目だよ」
「どの口が言うんだか」
風間の言葉に笑いながら迅はぼんち揚げを食べる。
切り替えよう。
よりよい未来のために、と自分は決めたじゃないか。

――一度、メガネ君たちと会った方がいいんだろうな。

ぼんち揚げを食べる音だけが、
辺りに響き渡った。


20150626


<< 前 | | 次 >>