戦いと日常
思惑の後で

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学校帰り。
いつものように遊真、修、千佳が玉狛支部に立ち寄ると、
そこには珍しい人間がいた。
「なんで桜花さんがいるの?」
飴を舐めながらとりあえず桜花は返事をする。
「ちょっと晩御飯をいただきに」

事の始まりは数時間前に遡る。
防衛任務のやり方が分かり、
そろそろポイントを稼ぐかと…
C級ブースでB級隊員を狩っている時、
迅に捕まったのだ。
「狩人の顔つきに周りが怖がっているからやめてあげて」
そんな感じに声を掛けられた。
これがどこかの小鹿先輩を相手にしているものなら、
他の隊員達が桜花相手に防衛戦をやってのけるだろう。
それくらいに目つきが鋭かったらしい。
引き際というものは肝心で、
また以前のように避けられても困るので仕方なく狩り…もといランク戦を止め、
とりあえず迅に何の用だと聞き返した。
桜花の顔つきを注意するためだけに迅が声を掛けたとは桜花は思っていなかった。
「桜花暇でしょ?今から玉狛に行かない?」
「ヒュースの件?」
「特に任務とか関係ないよ。会って欲しい子がいるだけで―…」
「だったら行かない」
「晩御飯出すからさーどう?」
「行くわ」
こんな感じで見事、食べ物に釣られたのだ。
釣られた本人は恥ずかしくも悔しくもなんとも思っていない。
なにせ生きて行くには食べることは必要不可欠だからだ。
節約できるならそれに越したことはない。
あちら側にいた時は戦闘や武術大会で名を上げたりと、
稼ぐのにいろんな方法があるのだが、
こちら側だとそう簡単にはいかなかった。
年齢、学歴…そう桜花の場合は存在を表沙汰にできない以上、
バイトとかできなかった。
仮にできたとしても中学を卒業できていない桜花が履歴書に書ける学歴はない。
生きにくい世の中だと思わざるをえない。
その辺を考慮してか、防衛任務以外にもボーダー内の雑用で微々たるものだが貰ったりしている。
所謂バイト代わりだ。
勿論公にはしていないのでこれは内緒の話だ。
そんな感じで玉狛に訪問することになった桜花は、
陽太郎に迅と嵐山からもらったぼんち揚げや飴を大量に渡し、
「ぼんち揚げは迅からもらうからいらないぞ」と言われたり、
嵐山の従妹である小南に嵐山から飴を貰った件を話せば、
「別に舐めたら胸が大きくなるからとか、
そんな理由で買ったわけじゃないわよ!」と、勝手に墓穴を掘られ、
どうして飴が小南から嵐山へ、そして桜花に渡ったのか真実を知るエピソードもあったのだが、
割愛させていただこう。

おおよその事情を把握した遊真達は納得はしたものの、
遊真以外の二人は桜花とは初対面だ。
この人は誰ですか?と当然の反応をされ、遊真が言う。
「この人が、近界民に攫われた人だよ。
最近、戻ってきたけど」
「「え!?」」
二人は驚きを隠せない。
それはまぁ…一般的にはそうなのかもしれない。
悪意や疑いもない純粋なリアクションに、
なんだか珍しいなと桜花は思った。
「――というか、これ一応機密事項なんじゃなかった?」
「む。そうなのか?」
おい、と思って桜花は迅を睨む。
「メガネ君達は大丈夫だよ。
城戸さんも許してくれる」
その根拠はなんなんだ。
とりあえず桜花が隊務違反しなければいいということらしい。
「明星桜花よ。
遊真が言った通り最近までは近界にいたけど、
運よくこちら側に帰ってきたの」
「あ、ぼくは三雲修で、こっちが――」
「雨取千佳です」
これが三雲か――。
桜花は先日風間達との会話を思い出していた。
確かに弱そうに見える。
見た目だけじゃなくて雰囲気とか。
桜花に見られている事を自覚したのか冷汗をかく修。
「桜花さんはうちのオサムに興味津々で?」
「風間さん達にアンタのチームの話を聞いたのよ。
ちょっと気になっただけ」
「へー風間さんがね」
そう言ったのは迅だ。
まるで何かを確かめるようになるほどなるほどと頷いている。
アンタは今、どんなシナリオを描いているのよと
桜花が思わず突っ込みを入れるよりも早く、
千佳が桜花に言葉を投げた。

「あの…聞いてもいいですか?」

おずおずと少し躊躇っている様子が見られたが、
意を決したのだろう。
千佳がまっすぐ桜花を見る。
「前、遊真くんから話を聞いたことあるんですけど、
近界に連れて行かれた人はトリオン能力で重宝されるって。
…桜花さんは怖い思いとかしませんでしたか?
その、怪我したりとかそんな…」
同情されることはあっても直接この手の話を振られるのは初めてだった。
「なんでそんなこと聞くの?」
「千佳はお兄さんと友達が近界民に攫われているんです」
かわりに答えたのは修だった。
そういうことかと納得するよりも正直な子達だなと桜花は思った。
確かに、身内や友達が攫われているなら桜花が向こうで過ごしてきた生活は、
気になるところではあるだろう。
修の目的は分からないが、
千佳がボーダー隊員として身を置いている理由はこの質問で想像がついた。
口を開こうとして遊真と目が合う。

余計ないことは言うな。

そう言っているように見える。
「まぁ、見知らぬ土地に行けば誰だって怖いんじゃない?」
無難な答えだ。
…というか他に言葉が見つからなかったというのが正しい。
「国次第だけど、大人しくしていたら痛めつけられることはないでしょ」
桜花の言葉に千佳はほっと胸を撫で下ろした。
早く助けに行けるように頑張りますと自分を奮え立たせる。
なんというか、健気だ。
それ故に危ういなとも思った。
思わずそれについて触れようとしたところで、
迅が話を折ってきた。
「メガネ君達は今から作戦会議?」
「はい。今回ぼくたちは対応する側なので、
起こりうる可能性の洗い出しと役割分担の確認を…」
「なるほどねー」
「むらかみ先輩はおれが捌く。と…いうことで、
桜花さん相手してよ」
「は?」
ボーダーというのは自分勝手な人間の集まりなのだろうか。
お願いとかじゃなくて、
やってくれる前提で話を進められている。
「桜花さんなら見様見真似で動けるでしょ」
「遊真、買いかぶりすぎじゃない?」
「そうか?どんな武器でもすぐに対応できるように訓練してたんでしょ?」
「訓練してすぐに使えるわけないじゃない」
「つまらない嘘つかないでよ桜花さん。
それに、どうせ第二の武器を習得しようとしていたんでしょ。
丁度いいじゃん」
完全に遊真にばれている。
確かに桜花はどんな武器でもすぐにある程度使えるように訓練されていた。
人間と言うのは不思議なもので、自分の命が掛かっていれば、
ある程度の事は熟してしまうらしい。
それなりに戦うことならできる。
そして、何かあった時の手段として、
第二の武器を使えるようにしておこうと考えていたのも本当だ。
お互い、いい実験になるからいいじゃんと誘われている。
そういえば、遊真達が来る前に暇だから三雲隊の次の対戦相手のデータでも見ようよと言って、
迅が戦闘動画を流していたが、これのためだったのだろう。
…なんというか、過保護すぎるだろうと桜花は思った。
勝たせたいなら視えた未来を伝えればそれでいいのだろうが、
そこはちゃんと弁えているらしい。
強くなろうとしている彼らのためにそれに関しては迅は口出しする気はないらしい。
「私、殺される趣味はないんだけど」
「訓練だからだいじょうーぶだいじょーぶ」
桜花はため息をついた。
晩御飯御馳走になるし仕方ないかと諦めた。
「で、相手どれ?」
「孤月とレイガストで戦う人」
「レイガストは私向きじゃないと思うんだけど」
「まぁまぁ。じゃ、ちょっと戦ってくる」
遊真は片手をあげ修たちにまた後でと伝える。
訓練室が分からないので、遊真の後を桜花はついていった。


「遊真、過保護すぎるのもどうかと思うけど」

訓練室に入ってすぐ、桜花は口にした。
数日前の三輪との一件で少し学んだらしい。
それでも千佳に対して当たり障りのない言葉を選んでしゃべったのはどうかとは思ったのだ。
やっぱり本音を言おうとしたところで、
迅の言葉で話は持って行かれたのだが…。
あの男も過保護というか、問題を先延ばしにしているだけじゃないかと、
心の中で悪態をついた。
「捕虜が重宝されるのも間違ってないし、
助けに行くために頑張るのは本人の自由だけど大丈夫なのあれ」
純粋すぎて怖いと桜花は言う。
見つかるかも分からない。
死んでるかもしれない。
生きてても…
「敵として会ったら戦えるの?」
「桜花さんの言いたいことは分かるよ。
それでも決めるのはチカだ」
「まぁ…それも正論だけど」
話すことは終わったと遊真と桜花はトリガーを起動した。
誰が何を選ぼうとも自分達は戦うだけだ。


「なんていうか…空閑と明星さんは仲がいいんですか?」

二人が部屋から出て行った後、修はふと言葉にした。
「うーん、馬は合うんじゃないかなー。
お互い近界育ちだし。
意外と桜花も付き合いがいいこともあるけど」
遊真は割と自由に過ごしているが、
それでも近界で過ごした者同士通じるものがあるのだろう。
米屋や緑川に対する接し方と少し違うように修は思えた。
修が感じているその感覚も迅は何となく想像はついていた。
修達と遊真達は見ているモノが違うのだ。
それがかち合う時は今ではない。

「未来が動き始めるまでもう少し、か…」
「迅さん?」
「何でもないよ」

それはランク戦が終わった後の話だ。

迅にはある未来が見えていた。
遠征に行った先に、彼等はある事件に巻き込まれる。
事件の解決には、彼女達は必要不可欠だ。
それは誰かにとっては幸せな未来であり、
誰かにとっては困難な未来の始まりだった。
そしてその先に、遊真達が見ているものが現実に現れるのだ。


20150701


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