夢と現実
襲い掛かる現実

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包囲網を突破し、ここまで生きていた事に桜花は正直驚いた。
自分の力で立ち向かっていけるように鍛えていたおかげなのか、
日々の鍛錬は嘘をつかない。
幸い致命的な傷はないが、
ここまでたくさんの敵を斬りすぎた。
桜花が使うトリガーはトリオン消費の燃費が悪く、
そういう意味でトリオンの方が危なかった。

「流石にこれ以上はキツイわ…。
他は上手くやれてるといいけど」

先程、城にいた仲間たちを思い出す。
今まで一緒に戦ってきた仲間であり、友人たちだ。
全員が無事にとまではいかなくても、せめて誰か一人でも生きてくれればそれでいい。
そう想えるくらい共に過ごしてきた。
別に桜花は仲間のために斥候していたわけではない。
あそこで止まっている方が死ぬ確率が高く、
下手に皆と行動するよりは一人で行動する方が自分の生存確率が上がると思ったからだ。
今までがそうだった。
絶体絶命の大ピンチという奴は人の心にどう作用するのか分からない。
裏切られてしまう可能性を心配するよりは一人で行動する方が気が楽だった。

「……」

話し声が聞こえる。
桜花は乱れた呼吸を整えて集中する。
戦場で話す呑気さを持ちながら周りへの警戒心は崩れていない…。
結構な手練れだという事は分かった。
戦争中に横やり入れるなんて上等だ。
どこの国か知らないけど、これ以上被害が大きくなるのは阻止したい。
桜花は集中力を上げる。
戦争していたはずなのに、
あんなに大きく聞こえた爆撃が遠くに聞こえる。
今、自分がいるこの場の雰囲気に妙な気配がしたからかもしれない。
いつもと感覚がおかしい。
その正体を知るのはすぐだった。

「……!」

背後から敵が現れた。
すぐさま斬撃がくる。
それを桜花はたまたま剣で受け止めた。
姿を消して近づいてくる敵…桜花は初めて見る。

「初見で受け止めるとはなかなかやるな」

目の前の子供が言う。
見た目の割に落ち着きすぎている。

「アンタ、どこの国の人間?」
「名乗る義理はないな」

剣を弾き間合いを取る。
するとそれを待っていたかのように横から男が姿を現す。
話し声が聞こえていた。
当然一人なわけがない。
鋭い攻撃を処理していく…随分対応がシビアだ。
桜花は思わず舌打ちした。
身体を捩じり、相手の腹に蹴りを喰らわす。
油断なんかする余裕はない。
止まったらそこで終わりだ。
それは相手も分かっている。
子供が桜花の正面から斬りかかってくる。
それと同時に斬撃が飛んでくるのが見えた。

「マジかよ」

咄嗟の反応だった。
桜花は子供の剣を左手で受け、
斬撃は自分の剣で受け流した。
左手は使い物にならなくなったけど、ここで終わるよりはマシだった。
すかさず距離を取る。
相手はこっちの出方を伺っている。
それが幸いした。
積極的に攻められたら、間違いなく桜花は殺されていた。
時間にして数分。
それなのにずっと戦い続けていた感覚になる。
それだけの緊張感。
戦争とは違うちょっと異質な空気。
桜花から見て彼等は特殊な存在だった。

「風間隊の隠密行動を初見でかわすなんて…コイツすげー強いんじゃねぇ?
やべぇ、俺サシでやりたい」
「太刀川、これは遊びじゃない。真面目にやれ」
「やりましたよ風間さん。
でもコイツあっさり左腕捨てちゃうんだもん」

左腕を捨てるという選択をしなければ俺、勝ちましたよと呑気な声で男は言う。
勝った負けたでの話…桜花と彼等は立っているところが違う。
向こうは自分と違って余裕である事に桜花はかなりムカついた。
怒りで目の前しか見えなくなりそうで危ない…と静かに一呼吸した。
先程、蹴とばした男の姿がない。
また、消えたのか?
桜花は周囲にも神経を張り巡らせた。
姿を消して戦う国を桜花は今まで見た事がないし、聞いた事もない。
勿論この世界はいろんな国がたくさんあるから、
自分が知らない可能性が高い。
今の桜花には真正面からやりあうだけの力は残されていない。
ならば、わずかでも可能性がある方にかけるしかなかった。

つまるところ戦略的撤退だ。

…悔しいが仕方がない。
自分の感情に振り回されて殺される方がもっと屈辱的だ。
感情はあとからついてくる。
今は生き延びてもっと力をつければいい。
桜花は全速力でこの場から離れた。
追ってくる気配はしない。
それで桜花は彼らが自分達の国を攻め落としに来たわけではない事を知る。
何の目的があったのか興味はあるが、今は少しでも敵は少ないに越したことはないのだ。

「桜花!どうしたんだ、左腕!?」

そこで桜花は一人の仲間と合流した。
彼はこの国に来る前からの付き合いで、
一緒に窮地を脱した事のある信用に足る男だった。
「トリオンの無駄遣い中よ気にしないで。
それより、何かあったの?」
「あぁ」
男は言う。
「お前は俺の友達だから伝えないといけないと思って…実は――」
その声色はいつも通りだった。
少なくても桜花はそう思った。
気づいたら刃が自分の胸を貫いていた。
溢れ出すトリオンの粒子に包まれて桜花の意識はなくなった。

男が言う。

「お前が男だったら連れていけたのによ、残念だなー」

この国を陥れたのは、引き金を弾いたのは自分だとかつての仲間が告白する。
ここに来るまでお前を利用させてもらったと男は告げる。
幸か不幸か、桜花はその言葉を聞くことはなく、
暗い夢の中へと身を投げた。


20150412


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