未確定と確定
ボーダー・デスマッチ3
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『ただいま三階隊室が襲撃されました。
基地内部にいる職員及び訓練生はシェルターに避難してください。
尚、これは近界民に襲撃されたのを想定した避難訓練ではありません。
速やかにシェルターに避難してください』
ボーダー基地内でアナウンスが流れたのを聞いた時は桜花は頭が痛くなった。
方向性は少しずれてるがある意味平和だなとさえ思う。
『標的は孤月二刀流で基地を破壊して回っています。
A級及びB級上位者は標的を速やかに迎撃及び捕獲してください。
尚、標的はインフルエンザの可能性あり。
検査及び自宅謹慎のため捕獲してください』
本当に平和だ。
彼奴の頭は……!
孤月二刀流なんて一人しか思いつかない桜花は、
太刀川が何故本部を襲撃しているのか考える事を放棄していた。
太刀川の馬鹿は救いようのない事を知った桜花はその事についてとやかく言うのを諦めていた。
頭が平和にお花畑を咲かせているから馬鹿なままでいる事に甘んじているのだというのが最近の桜花の認識だ。
インフルエンザなんて玄界を離れていた自分でも知っている……というか覚えている。
感染者が出ればシフト変更があるかもしれない。
自分はたくさん入れた方が有難いが……いやそういうのは考えるのは止めておこう。
とりあえず感染しないように桜花はトリガーを起動しておく。
あとは面倒事に巻き込まれないように外にでも行くか…と考えていた時だ。
突如無線が入った。
『明星、今から研究室に来い』
「なんで?」
『聞いていただろう』
「いや、関わりたくない。
私、今から用事があるので」
『嘘を吐くな。本音が最初にだだ漏れだ』
無線の相手は風間だった。
事情は分かっている。
今、暴走中の男だ。
だからといって桜花が止めに入る道理はないはずだ。
そう反論しようとしたところでアナウンスが流れる。
『風間隊、続いて冬島隊隊室大破されました』
それを聞いた時、無線の向こうから殺意を感じた。
ここにいないはずなのに背筋がヒヤッとする。
…それだけ風間は怒っているという事だった。
これ以上面倒になる前に本部から脱出しよう。
桜花がそう考えたところでまたもやアナウンス…。
どうやら草壁隊の隊室が被害に遭ったらしい。
草壁って誰だろうと思いながら無線から聞こえてくる声は絶対零度の破壊力で桜花に言う。
『今、諏訪をそっちにやった。大人しく来い』
だんだん桜花の逃げ道がなくなっていく…桜花にとって諏訪を撒くのは容易だが、
それをして風間の怒りを買うのは割りに合わないため、
ご丁寧に桜花を連行しにきた諏訪に渋々ついていくことになった。
――で、研究室。
ここには太刀川討伐メンバーとして風間、冬島、諏訪、二宮、来馬が集結していた。
昨年いなかった桜花のために…と来馬の説明によれば、
どうやら太刀川が毎年起こしている騒動らしい。
風邪引いた→トリオン体に換装すればへっちゃら→テンションは高いので大暴れする→満足して換装を解く→風邪引いていたのを忘れていてそのまま体力の限界に達し倒れる→ウイルス拡散。
最早テンプレ化しているらしい。
そして太刀川がこの時期に風邪を引く時は大体インフルエンザで、
昨年は大幅なシフト変更が行われたのは余談だ。
今回の任務は太刀川の暴走を止め捕獲後、病院へ監禁…否、入院させる事だ。
インフルエンザの可能性もあるのでトリオン体でのみの接近しか許されないため、
熟練度の高い者でないといけないのだ。
殺すならまだしも捕獲となると桜花の専門外だ。
…と言うか、見境なく本能のままに動き回る太刀川の相手をするのは正直割りに合わない。
ようやく五分五分で太刀川と渡り合えるようになった桜花にとって、
訓練外なら尚の事、やりたくない事だった。
「なんでボーダーの事情に私が…!」
「お前もボーダーだろ」
「そもそもお前の場合、太刀川にまた負けるのが怖いだけだろ」
二宮の言葉に桜花はカチンときた。
「…挑発のつもり?二宮サン。太刀川の前にアンタをぶっ殺してもいいのよ?」
「はっ、俺にランク戦で一度でも勝ってから言え」
「ふ、二人とも落ち着いて…!二宮も自分の隊室壊されて気が立っているだけだからさ」
一触即発しそうな雰囲気に止めに入ったのは来馬だった。
来馬の言葉を聞いて一応桜花は怒りを鎮めた。
自分の部屋が壊される気持ちは痛い程分かるのである。
『一階東棟A-157から201全壊』
またアナウンスが流れる。
これ以上うかうかしていられないだろう。
「明星、お前の部屋もやられたぞー」
「!?冬島さん!あれだけ私の部屋は頑丈にしてって言ったのに!」
「お前だけにボーダーのトリオン使えねぇよ」
追い打ちを掛けるように、冬島は全壊した桜花の部屋だった場所をモニターに映す。
個室とは何か…プライベート空間を丸ごと奪い取ったように何も残っていなかった。
何も知らない諏訪と来馬はそういえば桜花は住み込みだったかと思い出して同情の視線を送った。
「あの時諏訪さんを振り切ってでも自室に戻っていれば…!」
桜花の身体はワナワナ震えている。
「自室が破壊されたくらいなんだ」
それをお前が言うかと言わんばかりに二宮が言い放つ。
しかし桜花にとって事態はかなり深刻だった。
「部屋なんてどうでもいいのよ!それより通帳!
ここの棚に入れていたんだけど、本当に跡形もないの!?」
桜花は冬島に詰め寄る。
若干現実逃避したい感じが伝わってくるが現実は残酷だ。
棚なんて置いてあったのかと言わんばかり…寧ろ見たまんま何もない。
つまりは桜花の通帳なんて存在しないのである。
「ここの国って再発行にどれくらいかかるの!?」
「……一週間くらいじゃね」
それを聞いて桜花の肩が落ちた。後姿だけを見ると泣いているようにも見える。
先日給料が出たばかりなので前借りもできない。
通帳の再発行に一週間。
つまりその間、桜花は文字通り無一文である。
桜花が今、どういう状況にあるのか理解した面々が、
彼女に同情の視線を一斉に向けた。
…先程までツンツンしていたあの二宮さえもだ。
ある意味貴重な一瞬である。
そんな空気のせいか、状況に変化が表れたのは分かりやすかった。
先程までの態度とは変わって桜花から殺意が溢れていた。
来馬がぶるっと震えている。
止めてやれと言いたいところだが誰も彼女の怒りを止めることはできないだろう。
「私、太刀川殺してくる」
「殺すなら模擬戦闘用訓練室だ。他はダメだ。ウイルスが拡散する」
風間が冷静に言う。
どうやら桜花の怒りをそのまま利用する方向でいくようだ。
彼女はランク戦や訓練時よりも殺気に溢れている時の方が勝率が高いのだ。
抜け目がなさすぎる。
「問題はどう誘導するかだろ、囮でも使うのか?」
「そうだ諏訪。あの馬鹿が本能のままに動いているという事は、
斬りたい敵、襲いたくなるような獲物がいれば問題はない」
「ならルートにそってトリオン兵配置するか」
「それだけじゃ確実性が足りない。来馬、太刀川に姿を見せたら振り返らず真っ直ぐ訓練室まで逃げろ。諏訪が援護する」
「えぇ!?」
「つうか、ソレ、俺が危ねーパターンだよな!?」
「二宮と明星は作戦室で待機だ。
殺気を放っていれば、馬鹿は喜んで飛びつく。そこを仕留めろ」
有無を言わせない風間の指示に、皆頷く事しかできない。
最初から分かっていた事だが、この男も相当怒っているのである。
かくして作戦は実行された。
冬島が設置した罠に上手くはまってくれた太刀川はトリオン兵を切り刻み、
そこで震えている来馬を見つけ突き進んできた。
作戦室前で諏訪が太刀川に弾丸を撃ち込み、
砂埃を舞わせ煙幕を作り上げる。
視覚が奪われた今、太刀川は自分に向けられる殺気に反射的に反応して飛び込んでいった。
その間に二人は離脱する。
後はA級並の戦闘力を持つ人間に任せるだけだと言ったのは諏訪だ。
正直作戦室に入っても自分達では足手まといにしかならないだろう…というか、
自分達の命が大事なので入らない方が賢明だ。
それに対して来馬が少し気にしていたようだが、
あんな人間離れした奴等の事なんて気にするなとフォローでもなんでもない事実を言った。
何せ今訓練室の中にはドス黒いオーラを漂わせてそびえたつラスボス並みの強さと怖さを兼ね揃えた三人がいるのだ。
いくら太刀川でも…と祈るしかないのである。
訓練室は序盤から激戦だった。
二宮のアステロイドを避け、向かってくる太刀川に風間が追撃。
それを捌いて太刀川と風間に距離ができた時に、
二宮が容赦なくアステロイドを降らせ、メテオラで爆撃する。
爆炎でできた煙幕から見える人影…。
突撃してくる敵に備え太刀川が構えていたところでその背後から桜花が斬りかかる。
太刀川は珍しくもう一方の孤月を抜き、二つの攻撃を同時に受け止める。
そこに二宮がアステロイドとハウンドを放った。
アステロイドは真っ直ぐ太刀川の方に、
ハウンドは孤を描いて太刀川の背後へ飛んでいく。
二人は余程太刀川を確実に仕留めたかったらしい。
二宮の攻撃が来ることが分かっても引くことはしなかった。
引いたその隙を太刀川が逃がす程、甘くはない事を知っているからだ。
若干の被弾も必要経費である。
太刀川は二人を剣で振り解き、桜花を盾に使うためにアステロイドが飛んでくる方に蹴とばした。
フルアタックしか使えない人間の常套手段だ。
桜花も似たような経験があるので動揺したりはしなかった。
ただ素直に受けたら死ぬので自分の背後にシールドを展開し防ぐ。
逆に背後に投げられた風間は上手く二宮のハウンドを避け、太刀川に当てる。
風間は距離を取り、スコーピオンで太刀川の動きを封じる手に出る。
そして太刀川に蹴とばされた桜花は被弾しても気にせずグラスホッパーで距離を詰め、風間が足止めしていたのに便乗して、
そのまま太刀川の足を斬り落とし、事実上機動力をなくし、
更にグラスホッパーを踏み、そのまま進行方向に離脱する。
その後を追うように二宮が太刀川の正面、そして頭上からアステロイドを降らせる。
「「「死ね」」」
三人の声がハモった。
流石の太刀川も三対一では限界がある。
換装体が解けて、へろへろになっている太刀川を見るとやはり風邪らしい。
インフルエンザかどうかは検査次第なのでまだ分からないが…。
桜花は容赦なく太刀川を蹴り、転がり落ちたトリガーを回収する。
「太刀川も病人なんだから優しく…」
見兼ねた来馬に止めに入るが「は?」と桜花は睨み返す。
その睨みに来馬が震える。
何怯えさせてんだという諏訪の突っ込みは無視である。
だが、流石にこの三人に太刀川を任せると今度は太刀川の命が危ないので、
諏訪が太刀川を引きずる事になる。
風間から言わせればそのための諏訪だった。
…なんとなく諏訪もそれが分かっているから自分から行動している。
一先ずは一件落着である。
事終えたが桜花の苛立ちはまだ収まらないが……トリオン洩れで換装が解けた桜花は急に現実が身に染みたようだった。
勿論お腹の訴えによって。
「お腹空いた…」
彼女の呟きを聞いて場が一瞬静まり返る。
「と、りあえずお疲れという事で…ご飯奢るよ」
「来馬さん…!」
とりあえずの一週間、桜花は皆に養ってもらった。
その間に加古の手作りチャーハンの耐性ができたのは全くの余談である。
20151207
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