未確定と確定
口説き口説かれ

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俗にいう今日はクリスマスらしい。
久しぶりにこちらの世界にいる桜花はすっかりその存在を忘れていて、
思い出したのは十二月のシフト希望を出す時だろうか。
誰も入りたがらないだろうと皆の想いを尊重して…否、自分のシフトインを増やしてお金を稼ごうという魂胆だったが、
何故か人気がなさそうな夜の防衛任務に入れられなかった。
不思議である。
ま、昼は入れたからいいかと思い直し、
桜花は今日もトリオン兵を斬っていた。
……のが、先程までの話だ。

「明星ついて来い」

シフト交代で暇だからと、
いつものようにランク戦をしようとしていた桜花が出会い頭に風間に言われた言葉だ。
あまりにもいつも通りで且つ命令口調なため、
何か任務とか雑務だろうかと反射的について行ったが、
基地を出て、三門市内のレストランに辿りついた時は、
流石の桜花でも任務ではない事は容易に想像はできた。
寧ろ任務ではない事が確定した。

「ここは俺が奢るから気にせず食え」
「あ、りがとう…ございます!」

一体何なのだと聞こうとしたところで風間からの言葉に、
一瞬、自分は何かしたかと考えたが、特に問題行動を起こしていないはずだと思うと、
純粋に桜花はその言葉に喜んだ。
ボーダーの仕事だけで生計を立てている桜花の節約っぷりは凄まじい。
近界に比べると美味しすぎる玄界の料理は気をつけないとついつい食べ過ぎてしまうので、
一日一食ないし二食しかとらないようにし食費を抑えるくらいだ。
その一日の食費が浮く。しかも美味しい物が食べられる事に喜ばないはずがなかった。

食事を終えて身も心も満足したところで、またどこかへ移動するらしい。

「風間さん、どこに行くのかいい加減教えてくれても」
「お前はあれだけ食っておいて黙ってついてこれないのか」
「え、あれそういう?先に言ってよ」
「言ったらお前来ないだろう」

確かにその通りだ。
面倒だの一言で終わらせている。
なんか嵌められた感じがしなくもないが、食事の分だけついていくか…と開き直り、
反論する事なくそのまま風間の後についていく。
イルミネーションを見て、クリスマスツリーを見て…三門市を順に回っていく。
ここまで行った場所を思い返すと、
そういえば本部の女の子達がクリスマスで行きたいところはどこかという話題で盛り上がっていた。
…今まで通ったところが所謂デートスポットだと思い出すと、
まさかな…と思いながら桜花は呟いた。

「なんかデートみたいね」
「デートだが」
「……は?」

桜花は自分の耳を疑った。
何を言っているんだこの人という目で見れば、
逆に風間からお前は何を言っているんだという目で見られた。
理不尽ってこういう事を言うのではないだろうか。
そしてそのまま歩いて辿りついた教会を目の前にして、桜花は呆けてしまう。
最近はホテルで結婚式をする人達用の教会を十分だけ貸し出している(予約制)ところもあるらしく、
そこで告白されるのは素敵ですよね!と三上に迫られたのは記憶に新しい。
……今思うとクリスマスデートで行きたい場所で盛り上がっていた話の中心には三上がいて、
明星さんはどこに行きたいですかって聞いてきたのも三上だった気がする。
思い出しながら軽く現実逃避をしていたせいで、気づけば中まで入っていた。
風間が立ち止まるから桜花も立ち止まる。
教会なんて初めて入ったなとか考えて、…空気が動くのを感じた。

「俺はお前が好きだ」
「はあ」
「なんだその気の抜けた返事は」
「いや、唐突過ぎて」

何となくそうなるだろうなと予想したというのもあるが、
ここまでくるのにそう匂わせなかった風間にびっくりというか…。
ロマンチックなシチュエーションである事は間違いないのだろうが、
本当にそうなのかというのが正直なところだ。

「風間さんって私の事が好きだったの?」
「だからそう言っている」
「知らなかった」
「だろうな。お前は生きる事に対する執着や戦闘はいいが、それ以外鈍すぎる」
「そんな事ないけど」

寧ろ策略とか見抜くためにいろいろ人を見ているから割と人の心の機微に敏感な方だと自負している。
それこそ生きていくために必要だった事だ。
敵から情報を得るためには手段を選ばない。
例えば異性相手だと人をときめかす様な甘い言葉や行動、空気…色香を使って惑わすが、
桜花は風間からそんなものを感じたことはなかった。

「風間さん、本当に私の事好きなの?」
「何度も言わせるな、そうだと言っている」
「え、私口説かれてないんだけど」
「口説いただろう」
「いつ!?」

桜花はため息をついた。

「確かに風間さんといると学べる事多いし、直球だし、一緒にいても楽だけど」
「ほう、口説いているのか」
「口説いてなんてな……ん?」

桜花は思い返す。
任務が被れば一緒に出動する事は当然だが、
その他といえば訓練して、たまにご飯を一緒に食べて…、
この前は事務作業ができる戦闘員が少なすぎるから出来るようになれと言われ、書類の作成方法まで教えられた……よくよく考えれば一緒にいる機会が多い事に気づく。
…では、どういう事なのだろうか。

「…風間さん」
「今度は何だ」
「やっぱり口説かれた覚えがないから、とりあえず返事は――」
「そうか。ではお前が考える暇を与えぬよう、分かりやすく口説くとしよう」
「え゛」

その後桜花はこれが口説きだったのか―…と思う存分知ることになった。


20151224


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