未確定と確定
スノーハレーション
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「あ、ボーダーの嵐山だ」
そんな声が上がったのはいつもの事なのかもしれない。
高確率で桜花が嵐山と歩いている時に遭遇する光景だった。
目の前の彼女達…二人組を見る。
年齢的に自分とそう変わらないだろう。
こんな寒い中、お洒落でミニスカートを穿いている彼女達を見て、
根性あるなと桜花は思った。
自分ならとてもじゃないが耐えられない。
その証拠に桜花はパンツスタイルで、防寒重視だ。
加古ならパンツスタイルでスタイリッシュでそれはお洒落な感じになるのだろうが、
生憎桜花はそんな着こなしを考えていなかった。
街を出歩くのに恥ずかしくない恰好なだけいいだろう。
ま、スカートどころかお洒落を意識した服装、小物を持っていないだけなのだが。
嵐山もご丁寧にファンへの対応をしている。
こちらも相変わらずだ。
そういう嵐山の人柄のおかげで彼は人気なのだろうなと思う。
そんな感じで見守っていると、ふと、彼女達と目が合った。
視線の意味が分からない程、桜花は馬鹿ではない。
桜花は自分の気配を消してそっと離れた。
いつもより多い人混みの中に紛れるのは簡単だった。
どこもかしこもカップルが多いのは今日が玄界の最大級ともいえるイベントの日だからだろうか。
向こうの世界でもクリスマスに該当するようなイベントはあったが、
桜花は絶賛戦争中だったので、楽しんだ記憶はない。
トリオン兵を斬ってトリガー使いを斬って…だからなのか、
こんな穏やかに過ごす日がやってくるとは思ってもおらず、
こんなに哀しさを感じる事になるとは思ってもいなかった。
桜花は先程の光景を思い出す。
嵐山に声を掛けた彼女達は玄界で今を生きる何も知らない女で、
平和という日常にある世界でいうと可愛らしいのだと思う。
対して自分は戦いの中でしか生きられず、こんな日常とは無縁の存在になってしまっている。
戦争で使えるかどうかという点においては自信を持って自分の存在意義を証明できるが、
この日常で自分は何ができるというのだろうか。
自分は嵐山の恋人であるのに、一番それが似合わないように思う。
多分、ああいう子達の方が相応しいのだろう…と考えてしまう。
「寒い……」
空から降ってきた雪を見て、道理で寒いはずだと納得した。
ポケットに手を突っ込むと指が包みに触れた。
たまには嵐山にプレゼントしようと、桜花が用意したものだ。
何を贈っても喜んでくれるだろうなと想像して笑ったり、
結局、現代日本人男性が欲しいものが分からず苦戦したのを急に思い出した。
…柄にもない事をしたなと思った。
「桜花!」
聞こえてきた声にポケットに突っ込んでいた手を反射的に出す。
あぁどうしようかと考えながら足はどんどん前へと歩き進めていく。
…立ち止まらない桜花に嵐山は駆け寄り、その腕を掴んだ。
「どうして急にいなくな…」
「いたら邪魔だと思って。
私よりもいかにも女の子って感じの子の方が准に似合うわよね」
「何でそんな事言うんだ!?」
「客観的に見て」
そう言うと嵐山は珍しく怒りの表情が顔に出た。
その顔を見て思わず桜花は笑ってしまった。
「なっ、どうして笑って…!」
「正直だなって思って。
准のそういうところ好き」
「――!」
桜花の言葉に嵐山は顔を赤くして桜花を抱きしめた。
「桜花、俺、怒っていたんだけど」
「知ってる。ちょっと嬉しかったわ」
「…桜花は意地悪だ」
「そんなの今更でしょ」
嵐山の腕の力が強くなる。
首元に顔を埋められているせいか、
嵐山の吐息が当たって少しくすぐったく感じる。
温かさに余韻を浸るのもいいかもしれないと思ったが、
周囲の視線に気づいて、往来の真ん中でこのままでいるのはいけないなと考え直した。
「准、そろそろ離れてほしいんだけど」
「嫌だ!」
「ちょっと…」
「俺も桜花が好きだ。だから離したくない」
先程の仕返しだと言わんばかりの嵐山の反撃に桜花は苦笑するしかなかった。
「分かったわよ、勝手に何処かへ行かないから」
「ああ、絶対だぞ」
嵐山は顔を上げて桜花の目を見る。
暫く見つめて納得したのか、嵐山は桜花の手を絡めとった。
桜花も特に拒否する理由がないので、そのまま絡められておく。
降ってくる雪が妙に綺麗に見えるのは何でなのだろうか。
追いかけてくれた事に安心し、怒ってくれたことに嬉しさを覚える。
それは何でなのだろうか。
先程、嵐山から向けられた眼を思い出す。
あの眼はいつも桜花の心を揺さぶる。
それは桜花にとって怖くもあり、嵐山の好きなところの一つでもあった。
――この日常の中で、許されるのなら私は准の隣に…違う、そうじゃないわね。
私は准を守りたいんだわ。
だって、私は准が好きだから。
贈るはずのプレゼントをポケットの中に入れたまま……
絡められた手をぎゅっと握り返した。
20151225
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