信用と信頼
遠征艇での攻防

しおりを挟む


「隊長〜やっぱり遠征艇大きくした方がいいってー」

前回に引き続き、今回も帰還時に人が一人増えている。
今は一人だからいいが、
今後行われる予定である奪還計画を遂行するなら、
その分の人間を乗せるだけの広さは必要だ。
飛ばすためのトリオン量とかいろいろ問題はあるが、
間違いなく改善しなければいけない点ではある。

桜花達は玄界へ戻るため遠征艇の中にいた。
帰るだけなので、初遠征の者も行きとは違い大分落ち着いた感じであった。
桜花も行きと同じように寝ていた。
これで何事もなければ今回の遠征はいい終わり方をしたのだろう。


ズドオォォオォォンッ!!!


急な揺れにいち早く反応したのは近界民組だった。
修が気づいた時は既に遊真と桜花はトリオン体に換装し終わっていた。
風間や冬島に指示を仰ぐ前に遠征艇の扉を開け、二人を外に出したヒュースの判断も早かった。
どこかの国から攻撃を受けている。
その経験があるのか……三人の動きが素早かったのは不幸中の幸いなのかもしれない。
宇宙のようなこの空間の中でも、
戸惑う事なく動けるのは二人とも機動力に自信があるからだ。
無論それは他の攻撃手組もそうだが、二人の違うところは経験とグラスホッパーを所持しているかどうかだ。

遊真が飛行型トリオン兵を斬る。
それを足場にして桜花は目の前に迫るトリオン兵に飛び乗り両断した。
「これ、リーベリーのだったりするの?」
「親父と旅してた時あそこのトリオン兵見た事あるけど、これは違うな。
装甲が少し硬めだ」
リーベリーから出立してからの出来事だ。
あの国とは五十年の間、こちらには手を出さないという契約をしている……が、
タイミング的に一番怪しいのはそこだった。
しかしどうやら違うらしい。
遊真の言葉を聞いて興味なさそうに返事をして桜花は迫ってきたトリオン兵を斬った。
遠征艇を狙うのがメインとしているのか、
惜しみもなく放たれるトリオン兵に二人は埒が明かないなと思った。
「本体を潰す方が早いな」
「私乗り込んでくるわ。侵入して五分…音沙汰なかったら後はよろしく」
「分かった」
『狙撃手は二人を援護。こちらの遠征艇にきたトリオン兵は残っている者で対処する』
「「了解」」
二人は二手に別れて動く。
遊真は引きつけ役に徹する。
必要以上にボーダーの遠征艇に敵が近づかないように斬っていく。
取り逃してもボーダー屈指の実力を誇る狙撃手達がフォローしている。
桜花は割とすんなり敵の船艇に辿りついた。
孤月で天井をぶち抜き、そこから侵入する。
目の前で待ち受けていた敵がトリオン兵だけだったので侵入する時の懸念事項は簡単にクリアできたようだ。
汎用型の思考パターンは熟練の者なら熟知している。
室内戦闘用と思われる小型化したモールモッドを倒す。
操縦室かトリオン兵格納庫か、どちらを先に鎮圧するかと考える。
ボーダーの遠征艇には大砲娘が乗っている。
おおまかな場所さえわかれば彼女の狙撃で一層できる事を考えると、
先に操縦室ないし指令室を探しそこを潰してしまう方がいいだろう。
とりあえず、船の前方向を目指して突き進んでいく。

ピンッ

何かが桜花の足に引っかかる。
それが引き金になって目の前からトリオンの塊が飛んできて間一髪で避けた。
壁が急に変形して、そこからトリオン兵が出てくる。
どうやら壁に擬態していた人型トリオン兵のようだ。
狭い通路で避けるには限られてくる。
桜花がどちらへ逃げてもいいように、既に通路の奥に人型トリオン兵が待ち構えており、桜花目掛けて弾を発射した。
桜花は壁から襲ってきた敵を孤月で受け止め、そのまま反射的に通路の片方の方に流し、弾除けに使う。
もう片方からの攻撃には対処できないので、背面にシールドを展開し防ぐ。
アイビスに比べると威力も貫通力もそんなに高くないらしい。
シールドは割られ、トリオン体に傷が少しついた程度で済んだ。
弾除けに使ったトリオン兵が崩れ落ちる。
それを左手で掴み盾としてそのままグラスホッパーで距離を縮めた。
要はレイガスト盾モードにしてスラスターで詰め寄るスタイルだ。
前面の敵の攻撃を防ぎ、孤月で盾ごとトリオン兵を貫いた。
そこから斬り払う反動で背面に振り返ると追撃してきたトリオン兵が桜花に拳を振り上げていた。
孤月を振り対処しようとしたところで手に持っていた孤月が弾き飛ばされ、
桜花も壁に殴り飛ばされる。
再度シールド展開するが、先程の攻撃の威力を考えるとあまり持たない。
自分の唯一の武器が手元からなくなり、
トリオン消費を覚悟で一旦孤月を削除して、再生成するかと考えた。
そこで自身のトリガーに登録した覚えがないものが入っている事に桜花は気づいた。
躊躇っている余裕はない。
桜花は勝手に登録されていたアステロイドを選択する。
生成された銃型トリガーを手にし、敵に弾丸を撃ち込んだ。
倒れたトリオン兵を確認して、桜花は孤月を拾いに行く。
(頭のいいAIだったわね)
距離ができたが動き出す気配はない。
本当に壊れたようなので、それを残して桜花は先に進んだ。

扉を蹴破る。
そこに一人の男がいた。
桜花は遠慮なく部屋に入った。
その時の動き、表情、呼吸…対処しようとしない姿勢は誘い込んでいるようには見えず、
総合して、目の前の男は非戦闘員だと判断した。
「今すぐトリオン兵を撤退させなさい。
そうすれば命は助けてあげる」
「…ここで終わりか……!」
男は嘆く。
どうやら桜花が自分を助けてくれるとは思っていないようだ。
その判断はある意味正しい。
だから男の返答は「どうせ助けてくれないならトリオン兵に撤退の指示は送らない」だった。
男は護衛用トリガーを起動する。
その部屋にも潜んでいたのだろう…擬態していたトリオン兵が姿を現し桜花を攻撃してくる。
それを避け、斬りつけた直後。
急にブザーが鳴った。
聞き覚えのある音に男は驚き、桜花は自分でも分かるほど血の気が引いたのを感じた。
「処置は外れているはずじゃ…」
桜花はハロルドとの会話を思い出す。
奴はテラペイアーが接近していると言っていた。
「君はうちの捕虜だったのか――…?」
男が呟く。
桜花が近界民に攫われて最初にいた国だ。
反逆脱走防止に捕虜は行動に制限が掛けられている施された首輪のブザーは何度も聞いたことがある。
それが自分の首から鳴っているのだ。
死の宣告。
恐怖で身体が震え上がる。
それを隠すように、桜花は男に詰め寄ろうとした。…が、
側面からトリオン兵が桜花を殴りつけた。
そしてそのまま動きを封じるために桜花の両手首を吊し上げる。
一瞬にして形成は逆転してしまった。
「脱走なんて…よく生きていたな」
「…反逆、脱走…したら殺すものね……私を殺すの?」
「……」
男は何も答えない。
それに対して食って掛かるのは悪あがきだ。
本人も自覚はしている。
それでも言わずにはいられなかった。
「私の命は私のものよ。絶対殺されたりしないわ」
「…そう、だよな」
男の呟きに、一瞬毒気が抜かれた。
だが彼はすぐに自身の懐から拳銃を取り出すと、それを桜花に向けて発砲した。
弾丸は桜花の左腕を貫いた。
「痛っ」
痛覚OFFにしているはずのトリオン体に激痛が走る。
トリオン体の損傷は見られない……一体何が起きているのか桜花は理解できなかった。
男の視線は敵意に満ちたものではなく哀れみになっている。
それがますます桜花を混乱に貶める。
「何をしたの」
「それは――」


ズゴオォォォオォォォオォ!!


轟音。
膨大なトリオンの光が男を呑み込んだ。
船艇に穴が開いた…いや、今ので真っ二つにされた。
それが誰によるものなのか言わずもがなだが、
確か彼女は人を狙うのを嫌っていたはずだ。
適当撃ちしてたまたま命中したのか、
それとも誰かオペレートしたのか桜花には分からない。
遮蔽物がなくなった事で射線が通るようになった。
そこを迷わず、ボーダーの狙撃手達が狙い撃ちした。
おかげで拘束が解けて桜花は自由になった。
本来なら危機から救われた場面のはずだ。
「ちっ」
桜花は男を見る。
船外に投げ出されなかったのは不幸中の幸いか、
男の肉体は残っていた。
生死の確認をしようとしたところで桜花に無線が入る。

『明星さん、何遊んでるの』

当真だ。
どうやら先程のトリオン兵に束縛されていた事を言っているらしい。
『俺と奈良坂に感謝してほしいぜ』
「余計な事しないでくれない?」
桜花の本心だ。
だけど、彼女の事情を知らない彼等は正しく汲み取ることができない。
助けなんて必要なかったと訳した。
いつもの彼女ならそれであっている。
対面していないから余計に、彼女の変化に誰も気づかなかった。
『安全は確保した。撤退しろ』
「……」
桜花は返事をしない。
それが分かっていたのか玉狛回線で修が桜花に言う。
『桜花さん今迎えが行くので、
そこで待機していて下さい!』
「は?迎え?」
似つかわしくない言葉に一瞬呆けた。
自分で帰れるわよ。
桜花がそう言うよりも早く桜花の背中に何かが刺さり、身体が宙に浮いた。
振り向けばそこには、ボーダーではないトリガーを起動したヒュースがいた。
そのまま引っ張られて桜花はヒュースの腕に納まった。
「なんでヒュースが…!」
「貴様らが勝手な事をするからだ。
隊長命令でこのまま帰還する」
ヒュースのもう片方には遊真がしっかり捕まっていた。
離してよという言い分は聞き入れてもらえないぞと遊真の顔は語っていた。
自分よりも修達と付き合いが長い遊真がそうなのだ。
桜花も諦めるしかないと思った。
ヒュースの背中に翼みたいなものが創り出される。
同時にレールが創り出され、それに沿って遠征艇に向かって飛んで行った。

「オサムは面倒見の鬼だからな。
おれも桜花さんも怒られるのを覚悟しないとな」
「……」

首から鳴っていた音は消えた事に安堵する。
二人はこれを聞いていないはずだ。
面倒な事になるのが想像ついた桜花はいろいろ考える事を放棄した。


20160103


<< 前 | | 次 >>