信用と信頼
彼等の役割
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「侵入して五分…音沙汰なかったら後はよろしく」
彼女の言葉に皆はどう判断しただろうか。
遊真は何もなかったらこっちに来るなと言われていると判断した。
何も連絡をよこさないという事はそれだけ切迫しているはずだ。
深追いはボーダーとしての痛手になる。
だから何もなければおいて行け。
そういう意味だと解釈した遊真はその場に残りトリオン兵の相手をした。
桜花の邪魔にならないようにするのとボーダーの遠征艇を守るのと、
どちらもこなさないといけない。
遊真の動き次第でどちらも助かるか片方が助かるかそれとも全滅するか未来が決まってしまうのだ。
責任重大ではあるが、自分が大切なものは何かは分かっている。
戻らないときっと彼等は悲しむ。
それは嫌なので善処はするがそれでも彼等が優先なのは変わらなかった。
桜花の言葉に遊真は答えた。
「分かった」
それは桜花の覚悟を受け、自分の覚悟を伝えた一言だった。
遠征艇でオペレートをやっていたヒュースは二人の覚悟を聞いていた。
軍人として育てられた彼は二人の意図はすぐに分かった。
斥候役として彼女が誰の返事も待たず行ってしまったのは恐らく今までそういう役割が多かったのだろう。
それで今まで五体満足で生きているのだ。
相当な数の修羅場を掻い潜ってきた彼女ほど適任はいない。
仲間の身を案じるくらいには仲間想いであり、
自分の立ち位置もよく理解していると感心したくらいだ。
遊真の配置だって、無論実力があるからだがそれだけではない。
彼女と彼とではここでの滞在期間、信頼度、進んできた道が違う。
ここで大切なものができた遊真は優先すべきことはしっかりと持っているし、
彼等のためにできるだけ帰る意志がある。
対する桜花は傭兵期間が長かったせいか、
帰るというのにあまり執着がない。
馴染もうと努力はしているようだが未だしっくりこないようだった。
最悪生きていれば後はどうにでもなると考えている。
大切なものがある遊真と生きること以外に固執していない桜花…。
果たしてどちらが斥候役に向いていたのだろうか――。
ヒュースは遠征艇内にいる面々を見る。
風間隊や冬島隊はそういう可能性に関しては考慮しているのかもしれない。
だが初めて遠征する三輪隊や三雲隊はどうだろうか。
経験からいっても修や千佳は二人の判断や覚悟を受け入れる事はできないだろう。
桜花が侵入してから五分が経った。
遊真や遠征艇にいる隊員の働きで船が移動するのに必要な安全は確保された。
彼女の言う通りにするなら船を出すしかない。
流石に船の運転権がないヒュースは船を動かすことはできない。
戦場にいないヒュースの役割はここにいる人間を動かす事だ。
「航路は確保できた。いつでも出発できる」
ヒュースの言葉に対しての反応はまちまちだった。
風間達はやっぱりそういう意味かと納得したようだったが案の定、修達は違った。
「まだ空閑達が…!」
「五分経った。それでもあの女から連絡はない。
恐らく戻れない状況だ。
それでユーマがあの船に突入する事はない。
最悪ユーマはグラスホッパーがあるから拾えるかもしれないがな」
「だったら助けに行こう」
「何のための斥候だ。
貴様はそれでここにいる者を危険に晒すのか」
「!?」
「任務の重要性、優先度を考えれば我々は帰還すべきだ。
その事は二人は承知して動いている。
それともオサム…いや隊長は二人の覚悟を無駄にするのか」
ヒュースの言葉に修は押し黙る。
決定権は近界民組にも修にもない。
今回の任務で総指揮を執るのは風間だ。
ヒュースは風間からの指示を待つ。
「……」
「それでも僕は…」
風間よりも早く修が口を開く。
「僕は攫われた人たちを助けるって決めたんだ。
なのに、友達を、仲間を置いていくなんてことはできない。
僕は二人の覚悟を無駄にはしない。
だから空閑と桜花さん二人を連れて皆で無事に帰るんだ」
「わたしも修くんに賛成です」
やはりこういう展開になるのか―…とヒュースは溜息をついた。
「風間さん、少し時間を下さい」
確かにまだ、二人を捨てていくほど切羽詰まっているわけではない。
風間は静かに言い放つ。
「お前は三雲隊の隊長だ。
自分の隊の責任は自分の隊で持て」
「はいっ!」
話はまとまったらしい。
作戦をじっくりと考える余裕はない。
瞬発力が要求される中、経験が圧倒的に足りていない三雲だけじゃ荷が重い話でもあった。
遠征艇で二人の元へ行くにも、
トリオン兵の残骸が邪魔だし、敵の遠征艇に近づいて攻撃される可能性は大いにある。
ならば単独で二人を回収するもしくは帰還する経路を作らないといけない。
遊真は助けられるが船の中にいる桜花はどうするか…。
ヒュースが言うように侵入するのは危険だ。
それならやれることは絞られてくる。
「千佳、敵の遠征艇を撃ってくれ」
「!」
「穴を空けてそこから桜花さんを助け出す。
…問題は桜花さんがそこにいてくれないとスムーズにいかないってことなんだけど」
実は先程からオペレーターたちがやってくれているのだが、
桜花と無線が繋がらない…いや、
返事をしてくれないのだ。
恐らく中の戦闘に集中しているのだろう。
そんな状態の桜花にちゃんと連絡が取れないなら、
現場の把握や桜花をその位置に移動させるのは困難だ。
そんな時だ。
麟児が口を開いた。
「ボーダーのレーダーには位置を補足できる機能があるんだろう」
例えば俺の位置を割り出したように…そう麟児が言う。
「そうか、桜花さんに移動してもらうんじゃなくて、
桜花さんがいるところに穴を空ければ…」
作戦は決まった。
回収役は無論、機動力がある人間だ。
この中でそれができる人間は一人しかいなかった。
「ヒュース頼む」
そう言って修はヒュースにトリガーを渡す。
そのトリガーは彼には見覚えがあった。
「何故これが…!?」
「迅さんから渡されていたんだ。
もしかしたら使う時がくるかもしれないからって」
「…オレに渡していいのか?」
「ヒュースは大丈夫だ」
僕はそう信じている。
言葉に出されていないが間違いなくそれと同意の言葉と行為に、
ヒュースは折れるしかなかった。
ここで言い合っている暇はないのだ。
以前いた国で使っていた武器。
ボーダーのものよりも馴染みがあるそれを使えば、
修の言う通りこの中の誰よりも速く動くことはできるだろう。
ヒュースは修からトリガーを受け取ると起動する。
三角形の結晶体が無数に現れ動き出す。
ヒュースは自分に与えられた任務を遂行するために動き出した。
彼の移動速度を見て桜花のところに辿りつくのもあっという間だろう。
後は彼のトリガーが桜花を捕獲するための穴を作らないといけない。
「千佳」
「う、うん…!」
千佳はアイビスを構える。
桜花は敵との乱闘でちょこまかと動き回っているようだ。
合図を送れない今、下手したら桜花に当たってしまうのではないか。
ベイルアウトできないこの状態で当たればどうなるのか…、
そもそもあの中に人型近界民がいたら…考えると引き金を引こうとする指に力が入るのが分かる。
力みすぎるといつも通りにできない。
レイジに言われたことを千佳は思い出す。
そしてランク戦のことを思い出す。
当たらないように打つのではなくて相手の動きを先読みして撃つ。
桜花は船の先頭に向かって移動している。
撃つポイントはそこしかなかった。
その射線には遊真もヒュースもいない。
「今だ」
誰かの声とともに引き金を引く。
物凄い威力で千佳は敵の船に穴を空け…いや真っ二つにした。
相変わらずの威力に毎度のことながら驚くのは撃った本人である。
「桜花さんは…!?」
レーダーに表示されている反応を見て彼女が無事なのが分かった。
その事で千佳は安堵の息を漏らした。
「奈良坂」
「分かっている」
スコープから覗いてみればトリオン兵に拘束されている桜花の姿があった。
安易に無線を無視していたわけではないようだ。
当真がトリオン兵の腕…いや手を撃ち、桜花を解放する。
トリオン兵の機動力をなくすためにその後を奈良坂が続いて撃つ。
足が撃たれ倒れ込もうとするトリオン兵に当真が止めの一発だ。
しっかりとトリオン兵の核をぶち抜いている。
これは流石としかいいようがない。
「明星さん、何遊んでるの。
俺と奈良坂に感謝してほしいぜ」
『余計な事しないでくれない?』
返事が返ってきた。
どうやらいつも通りのようだ。
ヒュースの話からもしかしたら桜花はその気だったのではないかと思ったが杞憂…かと思った。
「安全は確保した。撤退しろ」
グラスホッパーがあるお前ならそこから脱出できるだろうと風間は言う。
しかし彼女から応答はなかった。
「桜花さん今迎えが行くので、
そこで待機していて下さい!」
『は?迎え?』
「ヒュース」
『ああ』
丁度遊真を確保したヒュースはそのまま桜花に向かって磁力の結晶体を撃ち込んだ。
位置は丁度、磁力の射程範囲内。
有無を謂わずにヒュースは桜花を引き寄せた。
修の…隊長の指示通り二人を回収したヒュースが遠征艇内に戻ると、
船はすぐに出航した。
そして二人は…修の前に突き出された。
まさかの修の説教が開始される。
年下になんでこんな事をされているのだろうか…と、
先程までの自分のパニック具合を忘れ、呑気に思っていた桜花だが、
真面目に話を聞いていないと風間から判断されてしまい、
その後で報告書を書いてもらうと告げられた。
今回の事があってもなくても書いてもらう予定ではあったが…。
このタイミングで言ったのはただ精神攻撃をしたかっただけだ。
当然のことながら提出期限まで設けられ、
玄界の文字を久しく書いていなかった桜花は帰りつくまでの航路の中、
只管思い出すための玄界の文字を書き殴った。
太刀川みたいに平仮名ばかりな報告書や漢字を創造したら許さないぞという言葉を貰ってしまったら、
変に逆撫でするのは得策ではないので怒らせないようにするためには本気で取り組むしかなかった。
…とりあえず小学生レベルの漢字は覚えていた事にほっとし、
今から中学生レベルの漢字の書き取りを開始した桜花の隣で、
同じく漢字が苦手な遊真と、当真と米屋が報告書を書かされていた。
いつもなら隊長が行う事務作業だが今回ばかりは各々で動いていたから仕方がない。
お前らは高校生で習う漢字を書けるよなという風間の睨みに、
絶対巻き込まれた!と当真と米屋、二人は心の中で叫んだ。
20160112
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