信用と信頼
帰還

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桜花は面倒な事が嫌いである。
勉強だって正直好きではないし、難しい事は考えたくない…というか考えられない。
報告書を提出しろと言われた桜花は特にやることもなかったので、
玄界へ辿りつくまでの時間を使って書いていた。
報告書作成に疲れた米屋たちはその姿を見て「意外に真面目」と言っていたが別にそういうわけではない。
先程も言ったが桜花は面倒な事が嫌いだ。
それは近界民に攫われる前…中学生をしていた時もそうだった。
夏休みの宿題も面倒だからさっさと片付けて楽するタイプだ。
出された宿題を忘れずちゃとやるのは後で怒られるのが面倒だからだし、
定期的にある服装検査でスカートを短くしたり眉をいじったりしなかったのも同じ理由で、目をつけられガミガミ言われるのが嫌だからだ。
それを周りが真面目だとか優等生だとか評するが本人にはそういうつもりは毛頭ない。
そんな彼女の学生時代を知ったら間違いなくボーダーの皆は想像できないとか言って笑うだろう。
昔と今、環境のおかげで趣味趣向が変わり、
思った事は言うし行動にだって起こすようになったりと変化した部分はあるが、
どうせやらなければいけない、回避できない事に関して…嫌な事は早く終わらせるという根本的な考え方は変わってはいない。
今回いろいろやらかしている桜花は報告内容が多い。
少しでも楽をするために書いていたが、
風間に「この作文みたいなものは何だ」と言われ突き返されてしまった。
報告書を今まで書いた事ない人間にこの仕打ち…。
ストレスが溜まる一方である。
「もうヤダ。どこか遠くへ行きたい…」
「いやいや、今まで遠征に行ってたし」
そういうわけではないと桜花は突っ込んだ米屋を睨む。
勿論、米屋だって桜花が何を言いたいのか理解している。
やり直しを言い渡されてやる気がなくなった桜花は、
米屋、当真に続いてもう放棄してしまおうかと思い始めた。
因みに遊真の漢字の練習はまだ行われている。
いつの間にかヒュースまで参加しており、
それを修と千佳が見ており、更にそれを麟児が見守っている感じだ。
「玉狛は平和ですねー」
そんな事を古寺が言うが桜花から言わせれば麟児がいる時点でその空間は胡散臭い。
なんでアイツは自分は無害ですという顔を装って玉狛第二に交じっているのだろうかと思うくらい胡散臭かった。
視線は麟児にロックオンしながらも桜花は別の事を考えていた。
「絶対アイツ殴る」
急に桜花が不穏な事を呟いた。
それを聞いて本格的に彼女は参っているのだなと思った。
何故こうも戦闘狂は事務処理能力(学力)が低いのだろうか…。
誰とは言わないが、やはり見直すべきだなと風間は前々から思ってはいたが、
本腰を入れてなんとかしないといけないと思い始めていた。

そんな状態で彼等はようやく玄界へと帰りついた。


各部隊の隊長たちは報告のため指令室へ向かった。
他の隊員たちはひとまず解散だ。
麟児はこちらでは行方不明者になっている。
一応、保護という形で風間達が報告を終わってからどう過ごすか決まるらしい。
それまでは別室にて待機することになり、風間隊の菊地原、歌川両名が付き添うらしい。所謂監視役だ。
玉狛第二メンバーは修を待つようだ。
遊真はその間ランク戦をする事にしたらしい。
千佳とヒュースはその見学で、残りのメンバーはとりあえずやる事もないので一緒にブースに向かうようだ。
「白チビ、久々にやろうぜ〜」
「おれは桜花さんに用があるから。
桜花さんやろう」
ランク戦をすると言ってこれである。
桜花流に言うと顔を貸しなさい、だ。
剣を交えて何か言いたいことがあるのかもしれないが、
桜花はその気はない。
何せ彼女は今後の身の振り方について考えなければいけないのだ。
「私は先約があるから無理」
「すげー見事に一方通行」
当真がケラケラ笑う。
「奈良坂、久々に勝負でもするか?」
「遠慮する」
「…こちらも見事な一方通行ですね」
真面目な顔して言う古寺もなかなか容赦がない。
「先約、誰と?」
「迅」
「迅さんか。遠征行く前に?…なんか企んでいるのか?」
「なんで迅と会うと企んでいることになるのよ。
ちょっと確認したいことがあるから今会うって決めた」
「それって先約って言わないんじゃ…」
「サイドエフェクトあるでしょ。私が迅に用があるのは分かるじゃない」
「分かっても来なかったらどうするの」
「ブースに来なかったら?そんなの決まっているじゃない。
ボーダーのトリガー持って逃走」
「え」
「大丈夫よ、迅は優しいから私にそんな事させないように頑張ってくれるわ」
「すげー脅しだな…」
気持ちの悪いくらいの笑顔で言い放った桜花に皆何を言おうか迷ったが、
誰も言葉に出さなかった。
彼女の事だ。迅が来なかったら本当に逃走するだろう。
彼女の実行力は遠征で嫌でも分かった。
常に先の未来を視て導く立場にある迅だが、
それを振り回す気満々でいる桜花はなんというか…ある意味強者だ。
迅も大変である。
とりあえず遊真が一戦終わる前に来なかったら逃げると決めた桜花は遊真と米屋をランク戦に向かわせる。
後は当真と三輪隊二人をどうにかにすれば逃走は成功する。
さて、どうしたものか――。

「その必要はないよ」

突如聞こえた声に桜花は反射的に拳を振るった。

「何で避けるの?」
「いや、桜花のそれ、喰らったら洒落になんないから!」
「どうせトリオン体なんでしょ?大丈夫よ」

自分は生身だし、と言う桜花に迅は全力否定だ。
それを見ていた者は……まぁいきなり迅に殴りかかるのは理不尽な感じがしてならないと思う者もいれば、
一方で今回の彼女の行動は迅の予知が絡んでいたのではないかと思う者もいたり。
「ランク戦するわよ」
周りがそんなこと思っているとは知らない桜花は迅の首根っこ掴んで行く。
拒否権なんてものはまるでなかった。
桜花は迅を部屋に放り込んで準備は完了だ。
「因みに、迅はどこまで視えてる?」
「…桜花からそんなこと言うの珍しいな」
迅が視える未来はまちまちだ。
不確定要素が多いものだと数分先の未来しか視えないし、
確定している者なら数年先の未来まで視える。
それを知ってて彼女がそんな事言う意味はなんだろうかと迅は考える。
遠征で何かを得た桜花は本人にとって知りたい重要な事があるのだろう。
だが、現時点で迅が視えているものに、
彼女を揺るがすような何かがあるとは思えなかった。
ただこのランク戦で何かを決めようとしているのだけは分かった。
「七対三で俺が勝つよ」
「は?アンタの未来視ふざけてない?
三本勝負よ、三本勝負。
それで決めるから」
「勝負数変えたところであまり未来は変わらないけどなー」
「変えるわよ」
私が勝つと桜花が言う。
それを聞いて胸に込み上げてくる…これはなんだろうか。
「俺は生粋の実力派エリートだからね。
そう簡単には未来は変えられないよ」
「上等。叩き斬ってあげるわ!」
ランク戦三本勝負に設定する。
準備が整ったところで仮想フィールドに転送される。
その直前に桜花は言う。

「…言っておくけど本気じゃなかったら許さないから」

その言葉を聞いて迅は笑う。

「安心しなよ。
桜花相手にそんな事、できないから」

二人の身体は転送された。
試合開始のアナウンスが流れると同時に、
二人は鉢合わせ刃を交えていた。


20160120


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