信用と信頼
報告・前編
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「――ということで、二宮さんお願いします」
「あぁ、分かった。
……それでお前はいつまでいるつもりだ」
「キリのいいとこまで」
ここは二宮隊作戦室。
ここには当然のことながら隊員である二宮隊メンバーと、
射手の合同訓練で打ち合わせに来た出水と、
ランク戦くらいしか接点のない桜花がいた。
二宮の言いたい事は分かる。
桜花だって好き好んでここにいるわけではないのだ。
話は少し前に遡る。
遠征の報告書の提出期限が本日中だと念押しされた桜花は間に合わせるべく書類作成をしていたのである。
そこで迅の予知通り、太刀川が現れた。
なんでも「迅の相手はしたのに俺の相手はしてくれないのは不公平だ」という事らしい。
ランク戦のお誘いに桜花は即答で断った。
「今日中に書類提出しないといけないから無理」
「そんなの後回しでいいだろー。
時間はまだまだあるんだし」
「無理。アンタに付き合うと間に合わなくて風間さんに怒られるって迅が言ってた」
「……だ、いじょうぶ。
つうか、迅の予知ぐらい覆せ」
何を無茶な事を……!
風間の名前を言った時、太刀川の目が泳いだのを桜花は見逃さなかった。
……これに付き合うとランク戦がエンドレスで行われるらしい。
なんとしてもそれは回避しないといけない。
「終わったら相手してあげるから待ってちょうだい」
「俺は今やりたい」
「少しは自制心を学んだら?」
譲歩したのにコレである。
ここで逃げ出さないと確定するのか……と思ったら実行に移すのは早かった。
「迅の話だと、風間さんの雷はアンタにも落ちるらしいわよ」
「え、何で」
「自分の胸に手を当ててよく考えなさい」
頭を捻りながら本当に考え始めた太刀川……この隙を逃さなかった。
トリガー起動して太刀川の横をすり抜け、グラスホッパーで猛スピードで駆け抜けた。
途中でバックワームをつけ、一度ブースに入り、他隊員と混じった後にカメレオン起動。
レーダーにトリオン反応が表示されても、
それが誰のものなのかは判断できない。
オペレーターと組んだら詳細が分かるのかもしれないが、
この短時間で太刀川はそこまでやらないと踏んでの事だった。
迅に言われなかったらカメレオンなんて絶対に装備しない……感謝するしかない。
そこから追ってきた太刀川をやり過ごし、
元来た道を戻りつつ、
カメレオンを解除してのバックワームだ。
「あれ桜花さん、お久しぶりっす」
「出水、アンタのとこの隊長なんとかして」
「へ?」
そう言って出水を軽く拉致して、
移動しながら事情を説明した。
因みに彼を拉致ったのは太刀川に見つかった時の……所謂、生贄だ。
彼女のそんな意図も何となく分かって出水はいい場所があると言い、辿り着いたのが二宮隊作戦室だった。
もともと二宮に用があった出水は自分が目的としている場所だったし、
ついでに太刀川があまり近寄らない(二宮が立ち入らせてくれない)から丁度いいのではないかと提案。
一応遠征は機密事項に入っているため書類を外に持ち出せない桜花としては、
基地内で時間稼ぎになりそうなとこであればどこでも良かった。
部屋を開けたのが二宮なら分かりきっている面倒事は入れないが、
運良く二人を迎えたのは辻だった。
辻の動きが停止した瞬間を桜花が逃すわけなく、部屋に入り込んだ。
出水の付き添いという程で桜花は大人しく書類を書いていた。
どうやら二人は合同訓練について打ち合わせをしているらしい。
自分には全くない事だと判断した桜花は、二人の会話に耳を傾けつつも紙と睨めっこ。
こちら側の文字を覚えている左手をフル稼働させていた。
二人の会話が終わり、二宮にとって二の次だったここまでの事情を聞いて彼のこめかみには素晴らしい青筋が立てられていた。
「あの馬鹿が……」
「まぁ、否定はできないですけど」
出水が申し訳なさそうに呟いた。
あらためて冷静に聞くと悪いのは太刀川だけだった。
桜花もそれを主張するように黙々と文字を書き殴っている。
そのうち筆圧で紙が破れそうだ。
「桜花さんって孤月右手で使ってませんでしたっけ?」
「出水、アンタよくそんなの覚えているわね」
「そりゃ、あれだけ戦っているのを見れば…それに昨日、太刀川さんがランク戦のログ見てたし…」
「何でその時にあの馬鹿を止めなかったのよ」
「俺悪くないですよね!?」
「っていうか、誰よアイツにランク戦の話したのは!?
当真!?」
「アレだけ盛り上がっていたのにそれは無茶じゃないですか!?
因みに当真さんの名誉のために言いますけど、
騒いでたのは槍バカなんで」
その後、皆で太刀川隊の作戦室でログを観たらしい。
燃え盛った戦闘民族達はそのままお互いバトったのは言うまでもない。
昨日、桜花が太刀川に会わなかったのは運が良かっただけだ。
…おかげで今日、狙われる羽目になったわけだが。
「でもなんか意外ー。
俺、明星さんはそういう事務作業しないと思ってた」
「貰っている分働くのは当然よ。
信用なくしたら雇ってもらえないじゃない!
それに先延ばしてもどうせやらなきゃいけないなら早く終わらせた方がいいでしょ」
犬飼の疑問に桜花は答えた。
米屋達にも言われたが、
皆、人をなんだと思っているのだ…と、通常なら怒ってもいい場面だろう。
しかしそうならなかったのはそれを聞いて出水が目頭を押さえたからだ。
「桜花さんはやるのに……太刀川さんっ!」
察するしかなかった。
「アレに着いた出水が悪い」
「そんな事は…!太刀川さんだっていいところはありますよ!!」
「へー例えば?」
「強いし…………餅が好きだし…大学生だし…い、意外と仲間思い」
「戦術もできるよな」
「流石、辻!ナイスアシスト!!」
「明星さんこれ以上出水を追い詰めるのは止めてあげて。
見てて不憫」
「私、何もしてないわよ。ね?」
桜花は辻に視線を向けるが、辻は思いっきり視線を逸らした。
目を合わせない気満々である。
先程までは一応気を利かせていたが徐ろにされるとやり返したくなるのが桜花だ。
……というより、書類に苦戦を強いられて溜まったストレスを発散したいだけらしい。
言葉遊びならいいかと桜花は辻を標的にする。
「酷くない?あとで訓練室連れ込むわよ」
そんな桜花の悪戯心が分かれと言うのが無理な話で、
彼女なら何かする。しかもロクでもない事をする。
そう辻が判断したのは、今回遠征に行った米屋達のせいだろう。
いらぬ情報を持っている辻は反射的に二宮の背中に隠れた。
因みに二宮は椅子に座っているため、
物理的には隠れられていない。
……気持ちの問題だ。
それを見兼ねた犬飼が一応助け舟を出す。
心の底では意味がないだろうなと思いながら……。
「明星さん、辻ちゃんがこれ以上女嫌いになったらどうしてくれんの?」
「犬飼先輩、別に嫌いでは……」
「そう、なら良かったわ。
アンタのそれ致命的だし、早急に治す事をおススメするわ。
そうね…まずは相手の目を見つめ続けるところからかしら。
安心して、反らせないように顔面固定してあげるから」
「……!」
「いざという時誰も助けてくれないんだから少しでも弱点は減らした方が良いでしょ。
何だったら今やる?」
「―――っ!!!」
「俺の部下で遊ぶなら追い出すぞ。
辻も此奴を女と思うだけ無駄だ。人の皮を被ったトリオン兵とでも思っておけ」
「…努力します」
「本気で襲うわよ」
「え、二宮さんと辻ちゃんどっちをどう襲うの?」
「犬飼先輩、そこを拾うんですか」
大分フリーダムな会話になってきた。
しかも一歩間違えば下ネタトーク全開だ。
こういう流れは太刀川隊とそう変わらないなと出水は思った。
…言うと二宮が全力で嫌がるので言わないが。
「あーやっと始末書終わったわ……。
後は麟児のところかー…面倒くさいわね……」
その言葉に二宮隊がピクリと反応した。
「麟児って雨取ちゃんのお兄さんだっけ?」
「ふーん…近界に行った人間が一人、無事に帰ってきたんだ。
成果としてはまぁいいんじゃない?」
「確かに玉狛って攫われた人を助けるために遠征目指してたんすよね。
メガネくん達、初めての遠征でそれができて幸先いいっすねー」
(この感じだと出水は知らないのね)
桜花は新たな書面と睨めっこする。
麟児が千佳を近界民から守るために近界へ行ったと聞いたのは修達の口からだ。
密航者だが世間では攫われたとされている。
だから出水がそう認識するのも仕方がない事だろう。
(風間さんは麟児の事知ってたみたいだし…
密航の事知っている人間も何人かいるのよね?)
そう思うと違和感の正体が何となく分かってくる。
二宮達も麟児と何か因縁があるのか―…と思い立った時だった。
レーダーにトリオン体が表示されている。
本能的に嫌な予感がし、念には念を…とレーダーの精度を上げ、
それを見た桜花はすぐさま手にしていた書類を持って部屋の奥…ベイルアウトした時のマットが敷いてある部屋に駆け出した。
彼女のいきなりの行動に唖然とする暇もなく、部屋の扉が勢いよく開かれる。
「出水いるかー」
入ってきたのは太刀川だった。
間一髪というのはこういう事をいうのだろう。
あの野生児凄いなと思いつつも何食わぬ顔で皆太刀川の対応を始めた。
寧ろ、ぶっ飛びすぎてついていけず、
逆に冷静だったというのが正しいのかもしれない。
「太刀川さんどうかしたんですか?」
「うちの出水が明星に拉致られたというのを聞いたからな。
アイツ捜すよりお前を捜した方が早いと思って来た」
「なんていうか太刀川さんも野生…第六感が冴えわたるタイプですよね」
「ははは。褒めるなって。
でも辻がここにいるって事は来てないのか?」
いつものようにポーカーフェイスの彼を見る限り、
少なくても今はここにいないと判断したようだった。
「ま、アイツ女っていうより人の皮を被ったトリオン兵って感じだよなー」
「「ぶっ!!」」
「どうしたお前ら?」
「いやー太刀川さん最高…!」
「寧ろヤバイって(いろんな意味で)」
出水と犬飼が腹を抱えて笑い出す。
…辻はいつも通りのポーカーフェイス。
二宮は不機嫌丸出し、オーラー大放出だった。
「用がないなら出ていけ」
「二宮、今日は機嫌悪いな」
そうさせたのは誰のせいかはっきり言いたいところだが、
自ら地雷を踏みに行くのと同じだ。
流石にそれは誰もできなかった。
「ま、いいか。出水ーお前も手伝えよ」
「なんでそんなに固執するんですか」
「持って帰ってきたトリガー使えんのアイツだから。
対近界民訓練に最適だろ」
「……太刀川さんってそういうのは頭回りますよねー」
「だから褒めるなって」
「褒めてないっすよ」
「行くぞ〜」
有無を言わさず、太刀川は出水を連れて行った。
会話自体は緩いのに嵐のような展開だった。
桜花の目論見通り、出水は生贄としての役割を果たしてくれたようでなによりだ。
こうして作戦室は静寂に包まれた――……。
20160201
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