信用と信頼
報告・後編
しおりを挟む
[ 28 / 31 ]
静寂に包まれた二宮隊作戦室。
先にそれを破ったのは犬飼で、
氷見ちゃん遅いね…と差し支えない会話だった。
それから二宮に焼肉奢ってと強請る犬飼を二宮が交わし、
辻はいつものように二人のやり取りを聞いていた。
先程の騒がしさは何だったのか……いつも通りの二宮隊のやり取りが繰り広げられる。
時間にしては五分くらいだろうか。
ようやく桜花が出てきた。
レーダーで太刀川が本当に去った事を確認し、ひとまずは安全だと判断したらしい。
一応、出水の付き添いという形だったが、
自分を追い出さなかった二宮達の好意に甘える事にしたようだ。
捕まる前に書き終わらせようと我が物顔でソファに座り書類を書き始めた。
……彼女はもう少し自重を覚えるべきだろう。
そんな彼女に斬り込んだのはこの隊の長ではなく犬飼だった。
「当真が今回の遠征は面白かったって言ってたけど、
明星さん、何してたの」
「そういうのは後にしてくれない」
「えー暇だからいいでしょ?
それに遠征チームを狙っている俺らとしては参考に聞きたいからね」
笑みを浮かべる犬飼を桜花は睨みつける。
「嘘くさい」と言えば犬飼はワザとらしく傷ついたとリアクションをとった。
「別にー減るもんじゃないし、いいでしょ?
それとも人には言えない事してたの?
そういえば、明星さん戻ってこない日があったんだって?」
「疑ってるの」
「普通は疑うでしょ。
本当に何もなかったのかなーって。
逆に当真達が信じているのが不思議」
犬飼はいつもの調子で言うが目が笑っていない。
隠しもしない悪意を感じるなというのが難しい。
一瞬にして部屋がピリッとした空気に包まれる。
姿を消したなら風間だって同じだが、
信頼度の違いだろう。
確かに桜花に疑いを持つのは分からなくもなかった。
桜花はため息をついた。
「アンタはもう少し普通に聞けないの?」
「ん?何が??」
「雨取麟児の話が聞きたいんでしょ」
「ははっ、話が早い」
麟児の名前が出た時、彼等が異質な反応を示したのだ。
無関係だと思えるわけがない。
それくらいの空気を読むのは桜花だってできる。
逆に空気が読めなかったら今この世にいないだろう。
ただ、それが分かるのと彼等が何を考えているのか分かるのは別だ。
腹の探り合いは苦手だが、ここは考える事を放棄していい場面ではない。
以前にも感じた事のある空気に自然と桜花は身構える。
ここは近界ではないから流石に刺されたりはしないだろうが、
念には念をいれても損はないはずだ。
「麟児とは何もなかったわよ」
「一晩一緒で何もないはないでしょ?」
「えー何を期待してるのよ」
桜花は頭をフル回転させる。
当真達から話を聞いているなら、四人で行動した時に会ったのは筒抜けのはずだ。
その後の密会は武闘大会でボーダーの皆は知らないはずで、その後の風間救出で麟児との間で何かやりとりがあった事はバレている。
そこまで考えて、意外と全部筒抜けな事が分かり、
報告書が大変ではないかと一瞬だけ現実逃避をした。
だが必要以上に相手に情報は与えるのは得策ではない。
それは分かるのに上手く情報戦ができない自分の頭をこの時ばかりは呪うしかなかった。
「アイツは下種野郎。以上」
「今から太刀川に突き出してもいいが」
「そこで出す?守秘義務あるし、私、基本的に契約は守って仕事するんだけど」
「どのみち雨取麟児の話はくる。俺達は無関係ではないからな」
桜花は疑いの目を向ける。
それを晴らすため、先に情報を提示したのは二宮だ。
「そいつと一緒に密航した者がいる。
その黒髪の女はいなかったか?」
二宮の目線の先には写真立て。
そこには二宮隊の他に見知らぬ女が一人写ってた。
それが元二宮隊狙撃手だという話を聞いて民間人である麟児が近界に行けたのがなんとなく分かった。
(それで、麟児の尋問か)
思い出すのは先日…つまりは遠征から帰還したその日だ。
麟児の対処をどうするか決めるための尋問を担当したのは忍田だったが、
それを風間隊、遊真、そして接触が多かったという理由で桜花が傍聴していた。
そこで遊真が嘘を見抜けるサイドエフェクトと菊地原の強化聴力というサイドエフェクトを持っている事を知り、
この二人が揃ってたら嘘をついても無駄だという事が分かり、唖然とした。
今までの自分の行動を思い出すと……いや、何も思うまい。
尋問の結論からいうと、麟児は何も覚えていなかった。
密航計画の首謀者、概要、その仲間も。
彼の中に残っていたのは千佳を守るためにここに来たという事だけ……流石にリーベリーにいた時、所属していた勢力の事や桜花と接触しようとした事は覚えていた。
アジトで親しそうな人間とやり取りをしたが、
それが密航者なのかが分からない。
そういった感じで密航計画はすっぽり抜けている。
ボーダーにとって有益な情報は何もなかった。
遊真と菊地原という最強の嘘発見器が反応しなかった事もあり、
上層部は麟児を近界民に攫われたただの民間人という扱いにする事にした。
後は家に戻すタイミングはどうするかという事で、
……それまではひっそりと過ごしてもらう予定だ。
この結果は誰の目から見ても釈然としないものだっただろう。
何を企んでいる……いや、いたのかを聞き出したくても、
本人が記憶を消しているのだからしょうがない。
桜花からしてみれば、
いろんな事が後出しされている状況なので、もう今更感しかしなかった。
麟児が記憶を消したのは桜花と接触した後からボーダーが反対勢力に乗り込む前のどこか。
ボーダーなら記憶操作できるかもしれない。
その可能性を考えての行動なら、余程知られたくない事があるのだろう。
計画は他の仲間に託した……そう判断できるが、
麟児が最後まで計画を人に任せるような人間かと言われれば疑問だ。
それが百パーセント保証できるものなら任せるかもしれないが、
世の中、絶対という言葉は存在しないのだ。
その計画が麟児にとって本当に大事なものなら、自分の記憶が戻る仕掛けだって用意しているはず……。
それら全ては何の根拠もない桜花の憶測だ。
だから口にする事はなかった。
記憶が戻る仕掛けの有無については特にそうだ。
自分の考えを言って組織を混乱させるのは得策ではないし、
今はそういう時でもない。
ならば自分の主観にとらわれる事なく、客観的に発言すべきだろう。
……それが意外と難しい。
その重要性は分かっているのでできるだけそうあるように努めたのは記憶に新しい。
昨日の尋問を思い出すが、どう考えても二宮達が欲しい情報は何一つ得られない。
「ご愁傷さま」
桜花は一言で片づけに掛かる。
だが、当人達はそれでよしとするわけにはいかない。
「思い出せ」
「無茶なこと言わないでよ。
麟児の傍にはいなかったし、倒した敵は男ばかりだし…私の手で殺していないのは確かね」
「…一緒に行動しているわけではないんですかね」
「ま、鳩原は狙撃手だから、攻撃手と直接殺り合わないし、
そもそも人を撃てないから近界民が鳩原に価値を見出さない限り、
戦争には参加しないんじゃない?」
辻の呟きに犬飼がフォローと言えないようなフォローを入れる。
事実を言っているだけなのでしょうがないのだが、
ただ、桜花は犬飼のその言葉に引っ掛かりを覚えた。
「……人が撃てないなら何を撃つのよ」
「武器ですよ。鳩原先輩、武器破壊が得意でしたから」
「武器破壊……」
桜花は思い出す。
確か船上で戦っている時、不自然な攻撃を受けた。
武器を破壊されて、次は心臓を狙われると思ったが何もなかった。
それに対して不自然さを感じてはいたが、それを考える余裕はなかったし放っておいたが、
それはもしかしてここに繋がるのだろうか……。
確たる証拠はないので下手には言えない。
そんな事を考えていると、ふと視線を感じそちらを見ると二宮と目が合う。
どうやらずっと観察されていたらしい。
桜花の表情の変化を見て何となく察したのか、「いたのか」とだけ確認された。
それに対して「分からない」としか返答しようがない。
鳩原に対してどういう感情を彼等が持っているのかは図り知れないが、
そこにいたかもしれないと無暗に言うのは躊躇われる。
二人のやり取りに犬飼も辻も感づいたようだ。
何も言う事はないで通すのは許してくれそうもない。
しかしどう考えても情報として価値もない主観を伝える事に何の意味があるだろうか。
後日遠征の報告が彼等の耳に届くなら、三輪隊から伝わ……ることはない。
何せ彼等が到着した時、狙撃はなかったのだから。
……とすると、
「ん?」
桜花は思わず言葉を漏らした。
墓穴を掘った瞬間だった。
どう考えても鳩原に関して思いつく出来事がありましたーとリアクションをとってしまった桜花は彼等の言及を逃れることはできない。
ならば一層の事、開き直った方がいい。
「確かに戦闘中、不自然な攻撃は受けたわね。
武器は壊されたのに生身は狙ってこなかった。
アンタ達が言う鳩原の特徴に近似しているけど、姿は見ていないから本人かは分からないわよ。
……鳩原って子は狡猾な人間だったりするの?」
「鳩原が狡猾って……どこからそんな発想になったの?」
「アイツは自分で何かをしでかす様な頭はない」
「戦闘中でも?」
「人を撃つ以外なら、言われた事に忠実だ」
それだけが取り柄だと二宮は言う。
ここはそれだけ鳩原の狙撃の腕がいいという事でいいのだろうか。
だとするとやはり、三輪隊が合流してから狙撃してこなかったのは意図的なのか。
勿論、鳩原以外にも武器破壊をする人間はいる。
しかし昔からボーダーにいる人間であれば、
そう想像するより鳩原を連想しやすい。
鳩原がボーダーに捕まりたくないと考えているなら慎重になるのも分かる。
それを鳩原自身の判断で行ったのではないとしたら、
指示した人間がいるという事だ。
他人を巧みに操る人間は誰か…と考えると、
桜花の頭には一人しか思い浮かばない。
本当に面倒な男を連れて帰ってきたものだと思わずにはいられない。
今までの桜花とのやり取りを踏まえて二宮は言う。
「雨取麟児をどう思う」
「感情論の話なら最初に言った通りだけど。
どう扱うかって話なら対処は二つしかないでしょ。
危険分子は傍に置いて監視するか、遠ざけて関わらないようにするか」
もう一つ、抹消してしまうというのもあるが、
こちらの世界でそれは倫理に反するので行わない……ため、選択肢から除外している。
「ボーダーはどちらにするか決めかねているみたいだし、暫くは様子見ね。
接触したいなら今のうちよ」
「お前ならどうする?」
「何で私に聞くの?」
「お前が一番奴に接触しているからだ」
「私なら関わらない。
近くに置いててメリットがあるとは思えないもの。
これで満足?」
「ああ」
まさか麟児の件がここまでデリケートな問題だとは思っていなかった桜花は、
このままここにいるのはいけない気がしてきた。
「もう終わりそうだから、行くわ」
「なんでー?もう少し付き合ってくれてもいいんじゃないの?」
「犬飼は私の邪魔をしたいだけでしょ!正直ウザイ」
「わー明星さん酷いな〜」
「煩い。っていう事で辻、出水に今日一日太刀川の足止めをお願いしておいて」
「……」
「連絡先知らないの?」
「…いえ…………」
「明星さんが自分でやればいいんじゃないの?」
「私携帯持ってないから無理。って事でよろしく!
あ、やらなかったら…分かっているわよね?」
その言葉に辻が震える。
辻が正しく認識した事を確認すると桜花は念の為にとレーダーで確認し、部屋を出て行く。
結局、二宮隊作戦室に入ってから出て行くまでバックワームを解除することはなかった。
この徹底ぶり……慣れているなと感心さえ覚える。
「厄介な奴、か……」
二宮は呟いた。
それが誰の事かは言うまでもない。
桜花は自室に戻ってきた。
報告書は最後の一枚…麟児に関する事だ。
記入する事は最初から決めていた。
桜花は皆が知っている事しか書く気はない。
全ては事実だけでいい。
最初からそのつもりだったが二宮達と話してますますそう思った。
桜花は自分のトリガーを見る。
ボーダーのトリガーに組み込まれている初期システムには、
自身ののトリガーホルダーに登録しているトリガーの一覧を閲覧できる機能がある。
遠征艇での攻防で気付いたが、
いつの間にか登録してあったアステロイドとハウンド。
こちら側に戻ってきて一日経ったが、桜花はそれらに触らずにいた。
リーベリーの事を思い出す。
質入れされていた一部の機能が欠損していたボーダーのトリガー。
あれに登録されていたのはアステロイドとハウンドだ。
そして、麟児を経由して戻ってきた自身のトリガーにその二つが登録されている。
麟児は無意味な事はしない男だ。
……という事は一緒に質に入れられた中身のない小箱にも意味があるはずなのだ。
桜花は小箱を開けて見る。
敢えて考えないようにしていたが、彼が記憶を消しているせいで委ねられてしまった。
下手すると共犯の片棒を担がされている可能性だってある。
今までの経験上、この手の陰謀は巻き込まれやすく回避できた試しがない桜花は、
既に諦めの境地に達していた。
だからといって、藪をつついて蛇を出す趣味は持ち合わせていないわけで……。
「やっぱり関わらないのが一番ね」
下手に疑われても困ると言い聞かせて、小箱を収納棚の引き出しの中に入れ、
何も気づかなかった事にした。
20160201
<< 前 | 戻 | 次 >>