信用と信頼
傷痕
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どうしてこうなった。
桜花は目の前のボーダーの広報活動ってヤツを眺めていた。
確かに向こうでも支持集め、士気を高めたりするためのパフォーマンスは存在していた。
軍事金だったり何だったり、政治的要素が絡んでくるため、直接桜花がそれに関わる事はなかった。
それに便乗して物資の調達はしていたので邪険にはしていなかった。
だだ、よくやるなーとか大衆の面前であんなに取り繕わないといけないのは大変だなーとかのレベルだ。
それは今見ても変わらない。
……やっているのが自分がよく知る顔になったというだけで。
ボーダーの広報活動=顔といえば嵐山隊だ。
本日は雑誌の撮影とインタビューがあるらしい。
某スタジオに入ってモデル並みの仕事をこなす彼等を見て、
感心しながらも、思わず桜花は欠伸をした。
…感心はしたが身体は正直だ。
退屈で桜花は死にそうだった。
さて、どうしてこうなったのか。
……それは遠征の出来事にある。
不必要なところで危ない橋を渡るなと風間達に言われ、
始末書も報告書も提出し、もう全てが終わったと思っていた桜花だが、
そうは問屋が卸さなかった。
トリガーを何の許可なく質に入れたのが上層部的にアウトだったらしい。
鬼怒田を中心にどこかで聞いたような話を再度された。
結果的に戻ってきたのだからいいではないかという話だが、
それとこれとは別らしい。
トリガーが他国へ渡る事のデメリットなんて耳タコだ。
更にボーダーの重要性、未来性の話までされ、桜花は話を右から左へ流した。
聞いているフリをするのは得意である。
トリガー一本作るのにどれだけの資金と人が動いているのかー…そういうくだりになったところで、
桜花の未来は確定したのだろう。
民間機関であるボーダーが世間に認められるのにどれだけ時間がかかったか……。
それをきちんと考えろという事で彼等の下に一週間就く事になった。
前例がないから今回は特別処置だと、まるでこちらは譲歩したから従いなさいという流れに、桜花は流されたのだ。
その間、防衛任務なしでランク戦も禁止と言われ、我に返った桜花が反論しようとしたが相手の方が上手だった。
くつくつ笑いながらもう少し上手くやらないとねと言われたのは桜花の聞いているフリがバレていることを意味していた。
話を聞いていない……その前に自己紹介もされていないので相手の名前は分からないが、
資金の話をしていたので、桜花の中でそういう仕事の人という認識で終わる。
その男がいるおかげで今のボーダーが回っている。
それ程の人物だという事を彼女が知るのはもう少し先になるだろう。
今までは目の前の敵だけを考えれば良かったのに、
組織に所属するのは本当に面倒だと桜花はもう一度欠伸をした。
「あなたは反省しているんですか?」
そう言って突っかかってきたのは木虎だ。
桜花が嵐山隊に同行している理由を知っている彼女からしてみれば、
先程の欠伸は許せないようだ。
「木虎、堅いこと言わなくてもいいじゃない?」
「明星さんが不真面目なだけです」
「まぁ、正論ね」
先程の木虎の問い……反省しているのかどうかといえば桜花は反省していない。
あれは必要経費だと今でも思っている。
ボーダー的に不都合であったのは理解したし、
今後はやらないという約束も交わしたので、もういいのではないかと思っている。
「それよりも眉間に皺寄せるのはマズイんじゃないの」
「誰のせいですか!?誰の……!?」
「ふふ、藍ちゃんと明星さんは仲が良いわね」
「綾辻先輩!別に仲は良くありませんっ!」
木虎の意見に賛成なので、綾辻への反論は彼女に任せる事にした。
「明星さーん、見ました?
オレの仕事っぷり!」
「あーはいはい、見てない見てない」
「酷い!明星さん何しに来たんですか!?」
「えっと、『ボーダーが世間に認められるために前線で働いている嵐山隊の仕事を省み、今後は民間に好意を持たれる事を意識した行動を』――」
「…なんですか、それ?」
「メディアなんとかって人が言ってたのよ。
あまりにもテンプレすぎて笑えちゃって…あの会議では一番面白かったわ……」
桜花が明後日の方向を見ている。
相当面白くなかった事が分かる。
何に同情していいのか分からないが、
これはダメな子がよくやるパターンだと佐鳥でも分かった。
不真面目な桜花の態度を聞いて更に木虎がイラッとしている。
分かってて気にも留めない桜花の神経の図太さは凄まじい。
「次は先輩達を撮るそうです。
木虎もそんな顔しないで行っておいで」
時枝に言われ、納得はいかないようだったが、木虎は素直に従う。
カメラ前に行った時の表情の変わりようは流石だった。
「明星さん木虎で遊んでますよね」
「分かる?あの子素直に反応してくれるから見てて飽きないのよねー。
突っかかってこられるのは面倒だけど」
完全に暇潰しだ。
その相手に選ばれた木虎に佐鳥は同情を覚えた。
「すっかり、仲良しだな」
爽やか笑顔を撒き散らし、話しかけてきたのは嵐山だ。
「さっきの話、ちゃんと聞いてた?」
「木虎とじゃれ合う程仲良くなったんだろう?」
二人とも照れ屋だからな!と言った嵐山に、
何を言っても無駄だと悟った桜花はそうね、と呟いた。
「…にしても、アンタ達よくやるわね。
訓練やる暇ないんじゃない?」
「そんな事ないぞ。
毎日広報の仕事が入っているわけじゃないからな」
「私、一週間もアンタ達の仕事に同行する事になってるんだけど」
「まぁ、意図的ですよね」
「俺達の活動でボーダーの事を知ってもらえれば、避難誘導がスムーズになる。
被害だって最小限に抑えられるし、これもボーダーの仕事だろ?」
「ソウデスネー」
桜花は棒読みで返した。
嵐山が言っている事が分からないわけではない。
ボーダーが民間人を守るやり方は色々あって、
嵐山は盾となり皆を守る…人々を支えるやり方を選んでいる。
対する桜花は敵は容赦なく排除する……攻撃は最大の防御というのを具現化したような戦い方をする。
無論、彼女の中で市民を守るという意識はほぼ皆無なため守るというよりは自分が生きるためにと言った方が近い。
それが結果として市民を守るに繋がっているだけだ。
戦い方もそうだが、なんのために戦っているのかという根本的なところが違う。
戦争なんだから相手を殺して当然。
守るための戦いなんて柄にでもないというのは桜花の自論だが、
その自論と、実際に起こしている行動に矛盾が生じている事に彼女は気づいているのか。
もしも本人が気づいていないのだとしたら…。
桜花は前線で戦う隊員の中でも我先に斬り込みに行く人間だ。
それはアフトクラトルの侵攻後にあった防衛戦でもそうだったし、今回の遠征も同じだ。
結果が良かったからいいものの、
もしもを考えるとぞっとする。
一人で無茶しすぎなんじゃないかと言っても素直に聞き入れてくれないだろう。
彼女は恐ろしいくらい自分の役割を理解しているし、それを実行できるだけの力がある。
風間達から話を聞いただけでもそれはまるで、どこかの誰かを思い出させる。
きっと迅が彼女を気に掛けるのは自分自身を見ているようだからではないか。
そして自分の代わりに…と考えているのではないかと嵐山は思う。
彼等の厄介なところは、言っても聞かないところだろう。
方や笑ってごまかすし、方や突っぱねてしまうしで、
つきいる隙を与えないのだ。
そうなればもう強引に行くしかない。
「嵐山君、予定していたもう一人は?」
「あ、此処にいます」
嵐山が桜花の肩に手を置いて言う。
この男は今、何を言ったんだと無言で睨みつけたが嵐山には効かなかった。
「なんで私がそんな事しなくちゃいけないのよ!」
「『ボーダーが世間に認められるために前線で働いている嵐山隊の仕事を省み、今後は民間に好意を持たれる事を意識した行動を』……ですよね、明星さん」
「時枝って見た目に寄らず容赦ないわね」
「とっきーは真面目だからねー」
嵐山ではなくまさかの時枝の追撃にどうかわすか考えるが、
無情にも桜花の手には衣装が渡される。
「…着替えるの?っていうかなにこれ、私には無理じゃ…」
「加古さんが見繕ったから大丈夫だ」
ちゃんと夏にあわせた撮影だと伝えておいたと、桜花の不安を解消する事ない言葉が降りかかってきて、
桜花は思わず服を引きちぎってやろうかと考えてしまった。
「広報活動でも給料は出るみたいですし、
明星さんの不利になることはないと思いますよ」
「だったら…とか言わないわよ。
無理よ無理。絶対似合わないから!
なんで目に毒になる事が分かってるものを着なきゃいけないのよ」
一瞬揺らいだ桜花を見て皆苦笑した。
生活の足しになるなら引き受けそうだが、何がそんなに彼女を拒ませるのか…。
やはり手にしている服に問題があるらしい。
わざわざ言うのもどうかと思ったし、言ったら面倒だということも想像がついたので言わなかったが、
言っておけば良かったかと桜花は後悔した。
今回の広報はビジュアルが重視されているのは分かっている。
流石に傷痕がある身体を晒すのは良くないだろう。
桜花は溜息をつきながら左袖を捲った。
それを見て場の空気が変わったのが分かった。
やはり写真に撮られるのよくないという事を桜花は認識した。
スタッフが気まずそうに呟く。
「なんか刺さった感じの跡だね……事故で?」
「まぁ近界民に……」
「ん?」
「あ」
命のやり取りに関係ないと思ったらこの抜けっぷり。
要らぬ事を口にしてしまったと悔いるがもう遅い。
相手から同情と好奇心を感じとって、
広報活動に貢献するかと桜花は開き直る事にした。
「実は近界民に攫われそうになって、その時に……」
桜花の筋書きを簡単に掻い摘むとこうだ。
近界民に攫われそうになったところボーダーに助けられ、
自分もその人みたいに近界民から人々を守ろうとボーダーに入隊した……と、
御涙頂戴なお話だ。
知らない人間からしてみればいい話だなーで終わるが、
嵐山達は違う。
桜花の残念な頭を知っている彼等はどれが本当で嘘なのか分かってしまった。
撮影が終わったのか、
桜花の話をちょうど聞いていた木虎達も何か物言いたげな顔をしていた。
スタッフがいなくなっのをいい事にこの場を切り込んだのは木虎だった。
「よくそんなにスラスラ作り話ができますね」
「あら、いい広報活動でしょ?」
ドヤ顔で言ってくる桜花に対してあなたはバカですかと木虎が睨む。
彼女が言いたいことも分かるが、
怪我したタイミングについては別に嘘などついていない。
これは攫われる時、運悪くバムスターの牙に貫かれたものだ。
向こうで知ったが攫われる人間はほぼ無傷の状態で連れてこられる。
そういうことも含め、恥ずかしい過去でしかないそれを言わなくてはいけないこのいたたまれなさ。
汲んで欲しいものだ。
「恥ずかしいからあまり見ないでくれない?」
「あれ、これ…恥ずかしいとかそういう問題……じゃないですよね!?
今、シリアスモード真っしぐらな場面でしたよね!?」
佐鳥が場の空気を変え始めた。
確かに本人が気にしてほしくなさそうなら周りがとやかくするのはいけない…と他のメンバーも頭を切り替える。
流石、ボーダーの顔。広報をやるだけあって頭を切り替える瞬発力は抜群だ。
「それよりお腹すいたんだけど」
「ああ、ここでの撮影は終わったし移動の間に昼食をとろうか!」
「え、まだあるの」
「どうしてスケジュールを把握してないんですか」
「木虎、五月蝿い」
耳を塞ぎながら逃げるように部屋から出て行く桜花の後を木虎が追いかけながらガミガミ言っている。
挨拶してから行くと嵐山は他のメンバーも先に行くように伝える。
「しっかりしないとな……」
少し動揺した自分に言うと、深呼吸して頭を切り替える。
先に行く彼等の背中を守りたい。
その気持ちは今も変わらないのだから、
今できることをやろう。
嵐山はそう思った。
20160216
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