信用と信頼
呑まれた未来

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あれから一週間経った。
戦闘解禁された桜花は身体を動かそうとブースに入ったところで捕まった。
最初は諏訪と風間に絡まれて、リンチか何かなら斬るけど?みたいな態度をとっていたが、
それが分かっていたのか、
追加要員として来馬、堤、柿崎と見た目から無害・いい人ですよオーラを醸し出す人達に固められて身動きがとれなくなった。
「確かに迅の言う通りこっちの方がいいみたいだな」
「は、何の話?」
「玉狛に行くぞ」
Yes、Noの返事をする許可も与えられず、
桜花は玉狛支部に連行された。
……凄く仰々しいが、道中に聞かされた話だと遠征お疲れ様という名目で行うただの飲み会らしい。
諏訪は木崎の料理が食べたいと便乗し、
他は、なんだかんだで忙しく交流できなかったから(因みにこの言い分は加古のものである)というよく分からないものに巻き込まれただけだ。
大学生達のアクティブさには恐れ入る。
アルコールが絡んでくるので、
玉狛支部所属の未成年達を家に帰し、
林藤支部長、陽太郎はヒュースを連れ立っての外食。
舞台は整っていた。
部屋に入った時に既に開けていた太刀川に諏訪が蹴りを入れ、スペースを確保する。
既にこの段階で面倒そうだと判断して帰ろうと振り返ったところで桜花は新たな来訪者と目があう。
一番この場に来そうにない二宮が嫌そうに顔を歪めていた。
麟児の件があったため桜花も極力彼とは関わりたくなかったこともあり、同じく嫌そうな顔をした。
お互いその顔を見て更に不機嫌度が増す。
わたわたとしている来馬と柿崎をよそに、二宮の背後から加古が二宮を押す。
「二宮くん、邪魔だから早く中に入ってくれないかしら」
どうやら二宮は加古に無理矢理連れてこられたようだ。
奥にいる太刀川がお前ら遅いぞ〜と手を振るのを確認すると、
馴れ合う気がないと今度は二宮が帰ろうとして、最後の来訪者である嵐山の姿が……。
「二宮さん、珍しいですね!」
邪気のない笑顔に、脱するタイミングを逃し彼も参加する事になった。

ぐだぐだと開始された飲み会はやはりぐだぐだだった。

女の子が欲しかったのよね〜と加古に引っ張られ、
桜花は強制的に加古の隣に座らされた。
その隣には柿崎…目の前には木崎のお手製が並べられ、
桜花は逃げる事を諦めた。
彼女の中では完全に食べる事に意識がいっていた。
乾杯の音頭が行われ、まずは一杯目。
こちらのお酒は初めてだなと思いながら一口。
中々に美味しい。
これがスーパーやらコンビニで買えるのだから玄界の食文化は凄まじい。
もう一杯と思って酒瓶を手にしようとしたところで「明星さんっていくつなの?」という話題が飛んできた。
「迅達と同い年」
「学校は一緒だったり?」
ボーダー隊員は大体の者が提携校に入学する。
あまり接点がないし、こういう他愛もない会話に問題はないが、
この話題を振ってきたという事は桜花の事を知らないという事だ。
会話の中でこの人は自分の事を知っている人、知らない人と仕分けしていく。
面倒だからあまり話はしないでおこうと思いながら、
自分が近界民に攫われなかったら受験する予定だった学校名を言う。
「同じ学校でも全校生徒把握しているわけないし、
すれ違っても分からないわよね」
「そうだね、お互いボーダーしている時だったら別かもしれないけど」
そこでふと気づく。
皆、乾杯をするために一杯目はお酒を飲む。
しかし嵐山と柿崎は見るからに違った。
「今日は無礼講でしょ?アンタ達飲まないの?」
「俺たちまだ未成年だから」
「ふーん、真面目ねー…」
「あら、桜花ちゃん、誕生日いつなの?」
「………………覚えてない……」
意外と皆、人の話は聞いていたらしい。
今の間で此奴はまだ未成年疑惑が浮上した。
「堤」
「はい」
阿吽の呼吸で桜花の斜め前に座っていた堤がグラスを取り上げた。
「未成年のアルコール摂取はだめだよ」と優しく来馬に諭され、桜花は素直に従った。
目の前に食べ物があるからそれでいいと妥協したらしい。
「つうか、覚えてないとか見え透いた言い訳使うんじゃねぇぞ」
「えー…覚えていても意味ないし」
祝う余裕もなかったと言葉を続けようとしたところで加古が桜花の口に無理矢理食べ物を突っ込んだ。
「あ、これ美味しい!」
「ふふふ、木崎さんの手料理だもの」
「当然だな」
「何故、お前らは我が物顔で言うんだ」
ツッコミも虚しく……話しは上手いこと逸れたようだ。
話題の中心にいたはずの桜花は、マイペースに食事し始めていた。
余程、美味しかったのか……顔と箸のペースが全てを物語っていた。
「偶にはこういう飲み会もいいね」
「そうですね。
あ、来馬先輩注ぎますよ」
「ありがとう。でも、僕はあまりお酒得意じゃないから」
和やかムードとは一変して、
先に飲み始めた人間がいる周囲のお酒の進みはハイスピードだった。
「迅も飲めよ」
「おれこれ以上は…!」
「なんだ、いい子ぶりっ子か?」
「いやー…これ以上飲むとメガネ君達に軽蔑される未来が……」
「よし、飲ませよう」
「木崎、おさえろ」
「そうだ、偶には羽目を外せ」
「諏訪さん!無理矢理はダメですよ!!」
諏訪の手によりお酒が注がれる。
飲まされた迅はテーブルに突っ伏した。
「迅、酒に弱いんだな」
「っていうか、席順悪いわよね。
あっち、もうカオスなんだけど」
料理をもぐもぐさせながら桜花は言う。
彼女が座っている席の周りは未成年組や良心の塊が揃っている。
お酒の量もセーブできる常識人の集まりだ。
安心して桜花が食事できるくらい何の害もなくて平和だった。
……隣にいる加古はけしかけに行くタイプなので別だが。
現に二宮のグラスに無断でお酒を注ぎ飲ませようとしている。
「加古、止めろ」
「いつまでもジンジャエール飲んでるからお酒に強くなれないのよ」
「ふーん、二宮って飲めないんだ。
その体格で?ふーん」
「お前らは喧嘩売ってるのか」
いや、こちら側も大分危うい感じになってきた。
そこで太刀川が加勢しようと立ち上がるのを迅がなけなしの想いで引っ張って止める。
因みに顔はテーブルに突っ伏したままだ。
「どうした迅。何か視えたか?」
「うーん……に、飲ま…………らめ……いちや…………する」
呂律が回っていないが、近くにいた人間は聞き取れたらしい。
「太刀川…テメェ、それはアウトだろ」
「俺にだって選ぶ権利はある!
それに迅、俺は前からお前の予知は気に入らなかったんだ。
覆してやるから明星飲むぞ!」
「?」
急に名前を呼ばれそちらを見るが、周りの雰囲気から碌でもないことだと判断した。
どんな未来かは知らないが勝手に人を巻き込まないで欲しいものだ。
「太刀川くん、あなた最低ね」
「最低だな」
「五月蝿い…頭に響く……」
「……なんで俺、ヤッテナイのにここまで言われなくちゃいけねぇの」
「日頃の行いだろう」
言うと風間が太刀川に空皿を投げつける。
見事顔面キャッチで皿は割れずに済んだが太刀川が撃沈した。
相当酔いが回っていたらしい。
……だが、この行動から分かる通り、風間も既に酔っている。
「風間、行儀悪いぞ」
「そうか…以後、気をつけよう」
そして会話からも分かった通り、二宮も酔いが回っているらしい。
頭を押さえてげんなりしている。
こうしてみると、混沌の中にいる木崎と堤が可哀想でしょうがない。
ボーダー総合ランクトップクラスが酔いつぶれている様を後輩達には見せられないなと思ったのは誰だったか…。
そもそも、桜花以外のメンバーはチームの隊長を務めている。
下には見せてはいけない顔(弱音)というものは存在する。
隊長の役割を果たすためにも、
諏訪が言うように偶には羽目を外してガス抜きしないといけないのだろう。
人間何事にもメリハリは大事である。

暫く飲み続けると、他のメンバーにもそれなりの酔った兆候が出てきた。
……木崎だけは相も変わらず。
顔にも出ていないし、いつも通りだった。
恐らくこの男はまだいけるのだろう。
そんな時だった。


ビビビビビビビビビビビビビビビビ…………

急に鳴り出したアラームに皆の意識はそちらに集中した。
これは緊急要請時に鳴るもので、
三門市のどこかで門が開いたことを意味する。
ボーダーの防衛任務はシフト性だ。
大まかに分けると朝、昼、夕夜といったところか。
当たり前だがトリオン兵の出現に時間帯は関係ない。
深夜に出現した時は年齢の都合上成人している者を緊急要請対象にしている。
最近では聞く事がなかったそれが身体を強張らせる。
鳴ったのは桜花のトリガーからだった。
本部に住み込んでいる桜花は他の者に比べるとフットワークが軽い。
だからこういう時は率先して要請されるし、受けるようにしている。

『門発生、門発生――ポイント…』

誰かが口を開くよりも早く桜花はトリガーを起動し、飛び出していった。
今まで戦地にいただけあって、
突然現れた敵に対応する瞬発力は凄まじかった。
少し遅れて戦闘狂の太刀川が動こうと立ち上がるがそれを迅が縋りつくように止める。
「たちかわさん…未来が確定しちゃうっておれのサイドエフェクトが――…レイジさーん…!」
木崎は溜息をつき、
酔っ払い達を押さえ込んだ。
このメンバーで酔っていないのは嵐山と柿崎だけだ。
「悪いが二人ともフォローを頼めるか」
「「了解」」
二人は玉狛を出た。




夜の街を駆ける。
標的を発見して桜花は躊躇することなく飛び込んだ。
相手は汎用型トリオン兵。
余程のことをしない限り、傷を負うことだってないだろう。
トリオン兵を斬る。
その瞬間身体にビリっとしたような何かが走った。
心なしか首元がギュッと絞められた気がする。
集中が乱れたその瞬間を飛行型トリオン兵が鋭く襲う。

ドドドッ

それを加勢にきた嵐山と柿崎が撃ち落とした。
「珍しいな。桜花が隙を突かれるなんて」
「…そうね」
確かに戦闘中に集中を切るのは良くない。
下手するとそれは死に繋がってしまう。
自分が抱えている事情は置いておかなければならない。
言うと目の前のバムスターを斬る。
それが最後だった。
倒したトリオン兵を見て、とりあえず検分する事にした。
そのあたりの作業をしっかりする嵐山隊はこの作業はお手の物で…任せる事にした。
「これは初めて見るタイプだ」
先程の飛行型トリオン兵だ。
それを見て桜花の心臓がざわつくのが分かる。
「明星飛び出すのが早いな」
ふと、話を振られ桜花は柿崎を見る。
「アンタ達が遅いだけでしょ、瞬発力は大事よ。
えっとー…か、かき…柿さ……」
「ざきだざき。柿崎だ」
「あーザキね。
アンタもう少しアピールしなさいよ、覚えられないじゃない!」
「え、これ俺が悪いの」
嵐山が作業を終えるまで柿崎で暇潰しをする桜花。
それを真面目に相手をする柿崎は本当にいい人だった。



桜花達がトリオン兵を討伐した同時刻。
流れる時間の中で…異変に気付いた人間がいた。

「どうかしたか迅」
お酒のせいか、迅の顔は蒼白だ。
同じ支部に所属しているとはいえ、
木崎は迅のこんな顔は滅多に……いや、一度も見た事がない。
「レイジさん……吐きそう……」
「一人で行けるか?」
「うん、大丈夫」
言うと迅はくらくらする頭を抱えながら部屋を出る。
扉を閉めると、先程まで騒がしかったのが嘘みたいだ。
まるで隔離されているかの様に、廊下は暗く静かで、そしてひんやりとした。
それが逆に迅を覚醒させる。

さっきまでは何もなかったはずなのに――。

はっきりと視えた未来。
街に絶えず出現するトリオン兵。
昼夜が何度も反転する。
交代で出動する隊員達。
誰かの未来でその人の名前が呼ばれる。
「しっかりして下さい……!嵐山さんっ!!」
彼のチームメイトの叫び声。
横たわる赤い隊服の姿とそれを見下ろす彼女の姿に心臓が止まりそうだった――…。


20160220


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