近界と玄界
顎髭の勧誘

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「風間さん、調子はどう?」
「迅…」

この男が出るとろくなことがない。
風間は迅を睨みつけた。
怖い怖いと迅は言うが全然そんな風に見えない。
「何の用だ。俺は仕事で忙しい」
「例の太刀川さんがお持ち帰りしちゃった件?」
その言葉を聞いて風間の眉間の皺が深くなる。
近々、近界民の侵攻が予想されている最中、
今風間が目下でやらないといけないのが捕虜の対応だ。
あの時責任を持つと宣言した太刀川は、
この仕事は向いていないと上の正しき判断のもと関わっていない。
命令だからしょうがない。
そこは風間も割り切っている。
ただ面倒なことがあった。

「風間さん。このまま行くと太刀川さんに捕まっちゃうけど」
「そうか、それはいいことを聞いた」

言うと風間はUターンする。
そう、面倒なのは太刀川があの近界民はどうだとしつこく聞いてくることだ。
あの斬り合いだけで気に入ってしまったらしい。
続きをやりたいから早く何とかしてというのが太刀川の言い分だった。
そんなの風間に言われても困る。
自分でどうにかしろ。と本人に直接面と向かって言ったことがある。
だが、どうしても上が太刀川に尋問させたくないらしい。
当然だ。
太刀川は尋問ができるタイプの人間ではない。
それは迅のサイドエフェクトで見えた未来でも相当酷かったらしい。
太刀川が尋問して見える幾つもの未来…そのうちの一つであるボーダーへの勧誘はまだまともな未来といえた。
一般的な捕虜待遇として許容範囲だ。
その他は近界民に言いくるめられるか、
はたまたトリガー奪われて逃亡されるという
…どうしてこうなったのかという未来が待ち受けている状態だ。
(本当、何がしたいんだろう太刀川さん…)
ありえる未来の太刀川に向かって迅が呟いたのは、先日のことだった。

「で、お前の予知ではどうなっている」

太刀川が構えている方とは反対の通路を歩いていく風間に迅はついて行く。
迅は風間に用はあるが太刀川にはないらしい。
というか、迅も被害者のようで、
お前のサイドエフェクトでなんとかならないのとか言われていた。
言っておくが、迅のサイドエフェクトは未来予知であり、なんでもかんでも可能にする便利な能力ではない。
「今のところ、太刀川さんが尋問してトリガー奪われて逃亡される未来が一番濃厚」
「何やってんだあの戦闘馬鹿は」
「いやいや、まだやらかしてないよ風間さん。
その未来が一番濃厚なだけで…うん…
ほんと、太刀川さんどうしてそんなに気にかけるんだろうね。
もしかして一目惚れとか?」
「俺が知るか、くだらん」
「あ!風間さん…」
「なんだ」
迅が苦笑いする。
その顔を見て風間は露骨に嫌な顔をした。
「風間さんが太刀川さんを引き摺っているのが見えた」
「今日なのか」
「いやー太刀川さん凄いね。
予想していた未来より大分早い…」
「あの馬鹿が」
風間はすぐさま捕虜のもとに向かった。
確定された未来から推測するに、太刀川がどこにいるのか…考えるのは難くない。
…というかそこしかなかった。
風間はトリガー起動して現場に向かう。
事態は急を要するというのもあるが、
ここ最近、太刀川のおかげでたまったストレスが風間をそうさせた。



扉が開く音。
そちらに目を向けると、
そこにはいつもの少年ではなく、顎鬚を生やした男がいた。
この男に桜花は見覚えがあった。

「風間さんに聞いたんだけど、
お前、立ち上がろうとして転んだんだって?大丈夫なの?」

一言目がそれだ。
尋問する気なんて全くない顎髭の男に桜花は思わず不快になる。
左腕を落とされた時も思ったが、
今のこの言葉で殺意が沸き上がった。
何故、敵を心配する?
油断を誘っているのか?
それともただ馬鹿にしているだけなのか…
イラッとして睨みつけたけど、相手は気にも留めずそのまま近づいてきた。
「なぁお前、自殺願望でもあるのか?」
「は?」
何言ってるんだ此奴。
その感情を隠さず徐に出す。
桜花の顔を見て相手も正確に意味を読み取ったらしい。
だったら何故ーー…男の目はそう言っていた。
「風間さんの質問に答えないのはそういうことだろ?
国を売るくらいなら自分の命なんてどうでもいい的な…愛国者?」
確かに我が身可愛ければ相手に情報を売る。
それをしないのは国を思っているからか?とこの顎鬚の男は確認している。
確認したうえで、お前は国のために死ぬ気なのか馬鹿じゃないのと言っている。
少なくても桜花はそう解釈した。

「愛国心なんてあるわけがない」

桜花はその国の者ではない。
ただ連れてこられただけだ。
生きるために兵士になった。それだけだ。
生きる権利をくれるならちゃんと尽くすが、
そうでないなら話は別。
国が自分を殺そうとすれば反抗する。
今までそうしてきた。
自分を信用してくれるならちゃんと働くし、
相手が手のひらを返してくるなら、見限ってすぐに離れる。
自分の利益になるかどうかで着く側を決める点は、傭兵の感覚によるものだ。
連れてこられて怒りを感じたのは久しぶりだった。
理由はきっと目の前の顎鬚の男が変な事を聞くからだろう。
桜花の気持ちを知らない顎鬚の男はやっぱりお前は自殺志願者だと言う。
「ないなら何で何もしゃべらないの?」
「言ったでしょ、私は下っ端だから何も知らない。
しゃべれる情報なんてないの」
「そんなに強いのに下っ端?嘘だろ。
それとも幹部はお前より強い奴がわんさかいるのかよ」
「さあ?私は余所者だから知らない」
「余所者?」
「そう」
その場限りの兵で単なる国の駒だ。
桜花は自分の境遇を思い出す。
「そんな人間に大事な情報を教えるような奴はいないでしょ」
教える奴がいるとしたら余程の馬鹿か、知られても大丈夫だという自信があるのだと言葉を続けた。
確かにそれが本当なら答えられないよなーと顎髭の男は納得したらしい。
少しだけ考える素振りを見せて言う。

「お前、国を渡り歩いてんの?」
「そうよ」
「どうしてそこで戦おうと思ったの」
「それは…」

捕虜になってそうする道しかなかったから。
最初はそうだ。
そして生きるには戦うしかないという事を知った。

桜花はその先を言わなかった。
…言いたくなかった。
少なくても目の前の男には言いたくなかった。

「拘りとかないなら話は早いな」
顎髭の男は名案だと言わんばかりに顔が明るくなる。
「じゃ、ボーダー入隊すればいいんじゃね?」
「……」
どうしてこういう流れになったのかついていけなかった。
いや、今までも命を保証するかわりに〜という命のやり取りはあった。
何度も恐怖して、負けまいと強がっていたこともあった。
何とか登用してもらえるよう話の流れを持っていったこともあった。
それと比べれば今回は緊張感の欠片もない。
目の前の男が思い付きで発した感じだ。
こんな誘いは初めてだった。
「お前どうせ俺みたいに戦闘しか能がないんだろ?だったら都合がいいんじゃね?」
「アンタはそれで私が応じると思っているの?」
「今までそうしてきたんだろ?だったら応じるさ。
なんなら俺と勝負してお前が勝ったらそのまま逃げればいい」
寧ろ勝負したいと笑う。
目の前にいる男は敵ながらも自分をかっている。
それが分かった。
…不意に桜花の脳裏にあの時の光景がよぎる。

そう言ってアイツも自分の手を引き、招き入れた。
そして、
自分の胸を貫いたーー。

不愉快だ。実に不愉快だ。
裏切られることに慣れている。
目の前の男と同じように自分を招き入れた男に先日裏切られたばかりだ。
同じことを言う男の誘いをすぐに受けられる程、
桜花は切り替えが上手くない。
目の前の男に敵意を向ける。

「太刀川」

突然開いた扉。
そこに現れたのはいつも尋問する少年だった。

「あれ、風間さん。どうしてここに?」
「それはこっちの台詞だ。
何してるんだ?」
「へ?」
「とにかく、お前はこっちに来い」
「え、ちょ…っ……風間さーん、なんでそんなに怒ってるんですか」
少年に引き摺られ、そのまま部屋を出て行く二人を桜花は見送った。

「なんなのよ、アイツ!」

どうしてこんなに感情に振り回されているのか分からない。
無駄に湧いた敵意もとい悪意を発散させる術がなく、
とりあえずいつもお世話になっている枕を扉に投げつけた。


20150418


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