近界と玄界
青年のお告げ
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「どうも〜実力派エリートです」
そう言って入ってきた青年を見て、桜花は枕を投げつけた。
青年はまるで知っていたかのようにそれを受け止める。
いきなりご挨拶だねーと言った青年は桜花の行為を気にすることなく自己紹介する。
青年の名前は迅悠一というらしい。
「それで名前は?」
今までの尋問で自分の名前を聞く者はいなかった。
最初の男、少年、顎鬚の男…いろんな人間が来たが、目の前の青年は彼等とは少し違ってへらへら笑っている。
桜花にとって皆、何を考えているか分からない人間だったが、
その中でもこの迅悠一には得体の知れない何かを感じ、
喰えない奴だと桜花は認識した。
…まぁ、尋問しに来た者で分かりやすかった者等今までいなかったのだが。
因みに桜花…彼女の中では風間と呼ばれていた少年は表情が読めない真面目君で、
太刀川と呼ばれていた顎髭は馬鹿という認識だった。
何も答えない桜花を見て教えてくれないのか…と、迅はわざとふて腐れる。
別に知られても困らないので桜花は自分の名前を名乗った。
「桜花」
「桜花ちゃん…さん?歳いくつなの?」
「知らない。そんなの一々数えてないわ」
「わーもしかして結構ハードな人生送ってる?」
何が言いたいのか分からず桜花は無言になる。
迅は分かりやすく、黙られると困ると態度に出す。
やっぱりそうだ。
目の前の青年は今まできた人たちとは異質だ。
多分、こういうことが上手い人間だと桜花は思った。
やっぱりそうだ。
桜花の未来が最初見た時と違うものになっている。
彼女の命は助かる。未来が確定できるかもしれないと迅は思った。
最近確定した…近界民が攻めてくるという未来もその要因の一つだが、
それ以上に変えたのは太刀川が桜花と言葉を交わしたことだ。
予定では彼女の尋問は風間が受け持つ予定だった。
良くも悪くも彼は真面目だ。
テンプレート通りの会話しかしないし、
捕虜にした桜花を引き込みたいと思うまでの興味も持っていない。
そんな人間が尋問しているのだ。
変化など起きるはずがない。
対する太刀川は自分に正直だ。
捕虜だから、近界民だからどうでもいいと思っているわけではない。
戦いたいと思っているが殺したいと思っているわけではない。
純粋にこれからもずっと戦いたいから、
仲間になったら丁度いいんではないかと思っている。
ある意味純粋な気持ちで、それが桜花を動かした。
太刀川が得た情報によると彼女はいろんな国に行っており、詳しい情報は持っていないらしい。
本当なら城戸辺りから言わせると利用する価値がないならば殺してしまえ。
となるのだが…
玉狛支部…いや迅からしてみればそれは回避したい。
最近入った近界民の後輩に飛び火がいく可能性もあるし、
敵対する意志がなければ、遊真みたいに仲間にしたいのだ。
太刀川の意見は迅…つまり玉狛支部的に同意見だった。
風間に太刀川についていろいろ言ったし、
最初見えた未来からどうして連れて帰って来たんだとも思った。
だが今は違う。
迅は太刀川に感謝していた。
これで彼女が助かる未来があるのならばその方がずっといい。
玉狛が動くと何か企んでると思われがちだ。
だったら違う者が動けばいい。
太刀川の未来が確定した時に…彼女の未来が一つ増えた時に、
それを利用しようと考え至った迅はなかなかにいい性格をしていた。
「そういえば昨日、太刀川さんに勧誘されたんだって?」
「タチカワ?」
「そうそう。顎髭の」
「あー…」
桜花は露骨に嫌そうな顔をした。
その顔を見て迅はあれ?と首を傾げた。
彼が見えた未来では割と太刀川と仲がいい感じだったが…
それはもう、あの戦闘狂に試合を申し込まれ、律儀に付き合うくらいには。
太刀川の言葉が桜花の心を掴んだのかと思ったが現実は少々違うらしい。
…もしかしてこれはそこに至るまでの穴埋めを周りがしなくちゃいけないパターンなのかと、迅は思った。
「何、太刀川さんにセクハラでもされちゃった?」
「勧誘されただけよ」
桜花は事実だけを伝えた。
間違ってない。
監視カメラの映像も確認済みだ。
太刀川の誘い方に勝負とか勝てば逃げればとか、よろしくない単語も飛び交っていたが、
そんな揚げ足取りはこの場で意味はなさない。
「…男だったらそう言われれば嬉しいんでしょうね」
桜花は呟いた。
少し前の自分だったらそう言われれば喜んだのかもしれない。
でも今は、そんな気分になれないのだ。
桜花は言う。
「正直、不愉快だわ。もうアイツをこの部屋に入れないで」
「そこまで言うのは…ちょっと太刀川さんに同情するなー…。
一応桜花さんを保護したのは太刀川さんなんだけど」
迅が言いたいことも分からなくはない。
確かにあのままだと桜花は死んでいた。
それは理解している。
「なんで?」
助けるメリットが感じられない。
何か下心がある方が落ち着くのに…と桜花は思った。
「野生の勘とか?あの人物事を深く考えないからさ。
その時の話聞いたら、自分が責任を持つからってことで連れて帰ったらしいよ。
ま、責任持ててないけどね〜あの人、この手の任務向いてないから」
「だと思うわ。
…それでジン?アンタの目的は何?」
桜花は話を切り出した。
これまでの会話からして迅は割と話が通じやすいと感じたからだ。
向こうの誘いを受けるかどうかは保留にしても、
ここから逃げ出すことを諦めてはいない。
桜花はまっすぐ迅を見た。
「私、いても利益ないでしょ?
もしかして今日殺すつもりできた?」
「おれ、そんなことしないよ?」
「アンタの笑顔は胡散臭い」
「酷っ」
桜花に指摘されても迅はいつもの何食わぬ顔で言う。
「おれ、未来視できるサイドエフェクトを持ってるんだけどさー…
桜花さんはおれたちの仲間になった方がいいなと思って」
「サイドエフェクト…」
桜花は怪しむ。
それも仕方ない。
最初は誰しも迅のサイドエフェクトを聞いて疑う。
勿論、桜花も例外じゃなかった。
「その方がおれたちの戦力上がるし、それに桜花さんが笑う姿が見えた。
多分、ここにいた方がいいと思うよ」
「そう」
桜花の言葉は素っ気なく、発せられる声はどこか冷たい。
それでもこの人は素直なんだなと迅は思った。
他の者からしたら何を言ってるんだと突っ込まれるであろう。
しかし迅には見えている。
太刀川の言葉、迅の言葉で彼女の未来はコロコロ変わる。
恐らく、どうしたら自分にとって最善なのかを、言葉を交わす中で考えているのだろう。
そして彼女は実行する力を持っている。
幾つも可能性を作っていける人間は迅にとって尊敬できる部分だ。
その中で見えた彼女とそして彼女に接する仲間たちを見て、
彼女は安全なのだと迅は判断した。
「俺、そろそろ行かなきゃ」
迅は部屋を出る。
「今度は外で会おう」
そう一言桜花に告げた。
迅が見た桜花の未来は幾つも枝分かれしていた。
その未来が、どんどん収束していく。
もう大丈夫だと迅はその未来を見て息を吐いた。
完全に確定したわけではないが、今歩んでいる未来は互いにとって最悪じゃない。
もうこっちは放っておいてもいいと迅は思った。
問題は違う方。
自分の可愛い後輩たちの未来をどうやったら変えられるか。
寧ろ迅にとってはこっちの方が重要だった。
いろんな隊員に声を掛け回った。
前準備はし終わっている。
だけどまだ足りない。まだ何か…何かが欠けている。
それが分からず、迅は自分のサイドエフェクトを呪った。
――守りたい未来なのにどうして…。
明日がやってくる。
桜花にとって最後の日が近づいてきていた。
20150421
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