過去と現在
原動力

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少女が初めて戦争に出たのは
訓練して三か月も経ってはいなかった。

訓練とは違う、
ピリピリとした空気に身体が反応した。
いつもよりも足が重くて上手く動けなかった。
それでも相手が本気でやりにくるから必死だった。
死にたくはなかったから無我夢中で剣を振った。
一人倒して、違う敵が襲ってくる。
剣を振って一人倒せば、違う敵を倒さなければいけない。
倒しても倒しても、敵は減らない、
そうだ、倒すだけじゃダメなんだ。

ちゃんと相手をやらないと――。

一人やったら次をやる。
そいつもやったら次をやる。
やらないと自分がやられてしまう。
何があっても剣を手放さなかった。
狙いを定めて剣を振る。

戦争が終わって自分が生きている事に実感が沸く。
戦争が終わって自分がやった事を知覚する。
罪悪感で押し潰されそうだった。

「よくやった」

肩を叩かれ、現実に戻ってくる。
少女の目の前には彼女の上官が立っていた。
今、この人は何を言ったんだろうか。
理解できなかった。
よくやった…わけがない。
口にすれば反抗とみなされ殴られる…
この男が暴力的だという事は知っている。
既に痛くて仕方がないのに、これ以上痛い思いはしたくない。
だから何も言わず男を見た。
いつもならそこで終わるはずだった。

「初陣にしては上出来だ。よく生き残ってくれた」

それは労いの言葉か。
純粋に少女が生きててくれた事への喜びか。
いつもと違う男の表情や言葉に、
まるで悪夢を見ているような気分になった。

――この男にこんな事言われるなんて最悪だ…。

少女は男の言葉を噛み締めた。
生きる事を諦めなかった結果、
少女が知ったのは憎たらしいはずの男の本音だった。





何度も何度も死闘を繰り返した。
その途中で仲間の死も敵の死も数え切れない程見た。
少女はやられそうになったり、
罠に嵌って追い詰められた事もあった。
でも、生きるのだけは諦めなかった。
必要ならば立ち向かい、必要ならば逃げ出した。
そうやって隙を掻い潜って生き延びた。
隙がなければ足掻いて足掻いて足掻き続けて、
無理矢理にでも生き抜く為の隙を作り出した。
そうやって、少女は強くなっていた。


「お前はちゃんと生きろよ」

当たり前だ。言われるまでもない。
死んでなんかやらない。
だって死んだら――――


「あ、」

戦争中、空に眩い光が走った。
「死んだ」
仲間の誰か。
捕虜上がりの仲間が死んだ。
使い道がない駒のなりの果て…
トリオン器官だけ抜き取られてしまった空っぽの身体。
死んだらそれまで存在していたはずの自分が消えてしまう。
何も残らないのだ。
突然仲間がいなくなる事にようやく慣れ始めた今でも、
それが一番の恐怖だった。

死ぬのが怖い。

誰かが助けてくれるのを望むのも、
誰かがなんとかしてくれるのを期待するのは止めた。
待っていても何もならない事を知った。
だから自分から動くしかない。
自分の身は自分で守る。
目の前に壁があるなら壊す。
道がないなら切り開く。
そのためには強くなるしかない!!

どんなに辛くても、苦しくても、痛くても、悲しくても、
少女は死ぬ気にはなれなかった。
どんな状況でも楽しい事も嬉しい事も少しはあったからだ。
それは生きているからこそ分かる事だった。
生きていないと分からない事だった。
だから少女は生きる事を諦めない為に、
強くなる事を選んだ。

それが何かを選ばなければいけない事だとしても――。
それが何かを捨てなければいけない事だとしても――。

それまでの想いが本物なのを知っている。
それを知っているのは自分だけだ。
だから、絶対に死んでやらない。
それはもう少女の意地だった。




ぐいっ

少女の手が引っ張られる。
それは少女より小さい女の子の手だ。
「今日も無事に帰ってきてください」
待っている。と女の子は告げる。
少女は立ち止まり、周りを見渡す。
自分と同じ捕虜だった者。
兵士になった者もいれば、自分とは違いまだ兵士として自立できない者もいる。

女の子のまっすぐな目が少女を貫く。
握られた手から伝わってくる温もりに衝撃を受ける。
自分は強くなっている。
なのにこんなに動揺するのは何故なのだろうか…。

少女は女の子の手を握り返す。
それが精一杯だった。
少女は返事をする。
それが今の自分の気持ちで、この子に与えられる事ができるものだった。

「大丈夫。私は死なないから」

覚悟は既にしているのだ。

少女は戦地に赴く。
死ぬための覚悟ではない。
少女は生き抜くための覚悟を既に決めていた。
だからこの手に剣を持つ。

――自分の手を握ってくれたあの手は覚えておこう…。


少女は戦地に赴いた。
そして今日も生き抜く為に足掻いて足掻いて…
生死を彷徨う――。


20160713


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