過去と現在
はじまりはどこからか
しおりを挟む
[ 4 / 31 ]
「もーいい加減にして欲しいんだけど」
桜花は根を上げた。
もう疲れた。
いや、面倒だと待機室のベイルアウト用マットの上で桜花は言い放った。
しかし相手は全く満足していないようで、
あと十本やろうと言う。
実はこのやりとりはこの試合で初めて言われたわけではなく、ずっと続いている。
最初はしょうがないわね、なんて言って了承していたが、
限度というものがあるだろう。
流石に嫌気がさしてしょうがない。
大学生って暇なのねと言えば、
歯切れ悪くまぁなと返事が返ってきた。
桜花が対戦している相手は個人総合ランク一位であり、
攻撃手一位でもある太刀川だ。
因みにここまでの戦績は十本勝負で計算すると八対ニで桜花が負けている。
惨敗でも完敗でもないのだからまだいいのかもしれない。
ポイントは大分減ったが、まぁ別に命の危険があるわけではないのでいいだろう。
感を取り戻すには太刀川は贅沢な相手だ。
そこだけは認めている。
ただ、負けるとムカつくだけで。
そんな事をぼんやり思っていると太刀川から抗議の声があがった。
『お前、俺に対して冷たくね?』
「今更じゃない」
即答だった。
建前でもそんなことないわよと普通は言うだろうが、
桜花はおかまいなしだ。
太刀川もひでーとは言いつつも大体皆にこういう扱いをされているので慣れている。
…それもどうかという話だが。
桜花は試合を続行するか否か選択するためにモニター前に行く。
「何アンタ、優しくして欲しいの?」
『いーや。俺は熱いヤツやりたい。
この間お前、迅とやってただろ?アレ。ああいうのがいい』
確かに遠征から戻ってきたその日桜花は迅と個人戦をした。
なんだか昔の記憶みたいに桜花の中では終わってしまった事なのだが、
実際あれから三週間は経っている。
懐かしいという桜花の感覚とは違い、
太刀川は昨日の出来事のように捉えているようで目を閉じただけでも思い出せるらしい。
もう戦いたくて戦いたくてしょうがないのだ。
桜花と迅がランク戦をしてから約一週間は桜花が報告書の提出や嵐山隊に同行していたため太刀川とは剣を交えてはいない。
次の一週間は遠征で持ち帰ったトリガーを元にエンジニアのトリガー実験に借り出され、
その次の一週間は太刀川が大学のレポートを貯め込んでいる関係で、
風間をはじめとする大学生組が替わり替わりに太刀川を監視していた。
…思い出すと確かにご無沙汰だった。
迅が言っていた捕まるとずっとランク戦に付き合わされるという未来は、
時間遅れでやってきたという事だろう。
避けたつもりで避けられなかった運命という奴だった。
『大体、なんで二人であんな楽しそうにやってるんだよ。
ズリィだろ』
「は?ちゃんと見てた?真剣そのものだったでしょ」
『それがいいんだろ?
迅もランク戦らしくない動きしてたし、これって贔屓だよな?』
「…アンタ、迅に相手して欲しいだけじゃない。
なら迅に相手を頼めばいいでしょうが!」
『そうだけどなー…迅は今暗躍中だからな』
「何それ?」
素で聞き返した桜花に太刀川は意外そうな顔をした。
『あれーお前、迅と悪巧みしてたんじゃないのかよ』
「してないわよ。
何で一セットにされてるの」
『お?だって明星が遠征行ったの迅の後押しがあったからって聞いたぞ』
「…初耳なんだけど」
『あれ、もしかして言っちゃいけなかったやつか?』
少しまずそうに言うが、もう後の祭りだ。
太刀川も言ってしまったから仕方がないと開き直ってはははーと笑って誤魔化した。
既に終わってしまっている事ではあるが、
確かに前回の遠征選抜メンバーには桜花も疑問に思う事はあった。
通例のA級部隊は分かる。
今回の例外はB級上位の部隊が参加した事だ。
三雲隊が参加するには、
戦闘レベル…というか、考え方が甘い。
そして、それ以上に桜花が遠征メンバーに組み込まれた事、事態が少しおかしいとも感じていた。
遠征選抜である桜花が玉狛第二に入れられて演習があった時にも感じていた。
しかし迅が桜花に未来を告げに来たのは遠征選抜メンバーに確定してからであり、
無茶はするなという事だけだ。
帰ってきて迅に問いただしたが、
麟児と桜花の間に何があったかは視えていなかったようだった。
他にも何か…特に生死に関わりそうな重要な事が視えた素振りはなかった。
「因みに私を入れ込んだ理由は?」
『ん、オレが知ってると思うか?』
「何よ、ただの役立たずじゃない!妙な情報吹き込まないでよ」
『いやいや吹き込んでないぞ。
明星が行った方がトリガー持ち帰り本数が多いとかじゃねぇの?
ま、やたら三雲のチーム行かせたがってた気はするな』
「それ、私をただのお守りにしたかっただけって事?
冗談じゃないんだけど」
…とは言いつつ、お守りなんて全くしていない桜花である。
寧ろ好き放題に動き回って迷惑を掛けた側だった。
彼女の報告書も、
今後の遠征で参考になるかといえば少し特殊なため、
マニュアルには追加できそうにもなかった。
真似をされて自ら危険な行動をする隊員を出さないようにするため、
閲覧制限がついたくらいだ。
…メリット、デメリットどちらもあるが、
彼女が近界に行った時の仕事っぷりを知る事ができただけでも、
ボーダーとしては得るものがあっただろう。
「それで、私が迅と企んでる事にされてるのは何で?」
『だから遠征から帰ってきて迅とランク戦しただろ』
まさか、それだけが理由ではないわよねと桜花が睨む。
太刀川はうーんと唸っているので考えているのだろう。
もう付き合ってられないと試合の終了ボタンを押そうとする。
『お前、あれから動きが変わった』
「…は?」
『っていうより悪くなった感じか?
いつもより反応が遅いし…手抜きしてんじゃねぇの?』
「…………」
桜花の手が止まった。
太刀川の言葉に桜花の背中は何かひやっとしたものを感じた。
腕を磨くための訓練で動きが悪くなったと言われるのは腹立たしいものだ。
いつもなら悔しくて仕方がない桜花も心当たりはあるので複雑だった。
問い詰められるかと身構えたが、
太刀川の話題は桜花から迅の方へいく。
『迅は最近外回りばかりだし、近々何かあるって事だろ?』
「…それは知らないけど」
『タイミング的に何かあると思うだろ?』
「思わないわよ、しかもただのこじつけじゃない」
『オレのサイドエフェクトがそう言っている』
最後の言葉で確定した。
所謂、太刀川のただの勘だった。
太刀川の言葉を聞いて、
もう相手にしてやるかと桜花は問答無用で終了ボタンを押して部屋を出た。
「加古さんのとこの動きすぎじゃない?」
夜…
今回の防衛任務は加古隊と一緒だった桜花は、
担当区域を巡していた。
トリオン兵を発見し、対処しようと孤月を抜く…が、
先程から黒江に横取りされ、全く斬れていなかった。
A級隊員の給料はは固定給+歩合制だ。
しかしB級隊員である桜花の給料は歩合制…。
斬ったら斬っただけ貰えるのだ。
…つまり斬らないと貰えない……。
近界民に攫われた桜花は、未だこちら側に戻ってきた事にされていない。
ボーダーでしか生計を立てる事が出来ない彼女にとって、
防衛任務は外せないのだ。
他の隊員に片付けられると正直困るの一言に尽きる。
「邪魔なんだけど」
「あたしは任務を遂行しているだけです。
明星さんが遅いだけじゃないんですか」
「え、何この子、生意気」
ランク戦の時に太刀川に言われたが、
中学生の女の子にまで言われるとは思ってはいなかった。
子供だが流石A級といったところか…。
それ以上に、対抗心を燃やされている気がする…。
特に黒江と接点がない桜花にとっては謎だ。
「桜花ちゃんと一緒だから張り切ってるのね」
「違います」
言っている最中に現れたトリオン兵に加古のハウンドが炸裂し、
黒江の高速斬撃で止めをさした。
目で追う事ができない速さに真っ向から勝負するのは難しい。
黒江よりも先に仕留めるなら純粋に彼女より早く見つけて動くしか解決策がない。
「双葉可愛いでしょ」
「可愛くない」
トリオン兵を発見して、
桜花はグラスホッパーを使用する。
最大加速で接近し、そのまま孤月で斬った。
瞬間、首が締め付けられる感じと左腕に痺れが走った。
(また…か)
斬ったトリオン兵を見る。
最近、こういう腕の痺れや首の締め付けられる感じになる事がある。
なるのは決まってトリオン兵を斬った時だ。
防衛任務をやる前、太刀川に言われた事を思い出す。
迅の話はどうか分からないが、
桜花の動きが悪いというのはあっていた。
確かにこちらに戻ってきてから、
トリオン体の…左腕のみにはなるが、
操縦が上手くいかず反応が一秒程、遅くなっていた。
ただこれは桜花の感覚であり、
普通の隊員が彼女の動きを見るといつも通りにしか見えない…。
だから誰にも気づかれず、気づかせるつもりもなかった桜花だが、
太刀川に指摘されるとは思っていなかった。
こういう時、太刀川が熟練のトリガー使いで強い人間なのだと思い知らされる。
太刀川が言っていた事を思い出す。
近々何かあるなら余計になんとかするしかない。
正直、このタイミングは嫌な予感しかしない。
「…っ!」
背後から舌打ちが聞こえ、桜花は考えるのを止めた。
振り向けば目の前に悔しそうな顔をしている黒江がいる。
「アンタ、なんで私の事嫌いなの?」
「別にそんな事ないです」
絶対に嘘だ。
誰でも分かる返答に逆に感心を覚えるくらいだ。
「あ、そうだわ。
桜花ちゃん、任務終わったらうちの作戦室来ない?
インスピレーションが沸いちゃったからご馳走するわよ」
嬉しそうに微笑む加古。
インスピレーションが沸くと、
何故ご馳走してくれるのか全く分からない桜花は首を傾げるしかない。
対して黒江は加古の話を聞いて眉間に皺を寄せていた。
「加古さん、あたし沢山食べたい気分なのでこの人呼ばなくていいです」
「双葉が美味しそうに食べてくれるのも嬉しいけど、
一人でも多くの人に食べて貰って感想聞きたいじゃない?」
「……」
黒江が桜花を睨む。
理由はこれだなと桜花が察するのは難しくなかった。
「貰えるものは貰っておくわ」
「ふふふ。腕によりをかけるわね」
この日も何事もなく無事に任務が終わった。
…その後、加古隊の作戦室にて振る舞われた手料理に、
桜花は戦慄した。
20160713
<< 前 | 戻 | 次 >>