過去と現在
ランク戦の後で
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「私、ちゃんとやったわよね。
なんでそんな事言われなくちゃいけないのよ」
「あれが解説とかって舐めてるの?
少しは役に立とうとか思わないわけ」
「アンタだけにはそんな事言われたくないわ!」
「まぁまぁ、明星さんも菊地原も落ち着いて」
ランク戦が終わって、風間隊に…主に菊地原に絡まれた桜花は、
そのまま菊地原と言い争いになっていた。
その仲裁に入る歌川は、二人に一蹴された。
損な役回りである。
そしてその隣で嵐山が風間と挨拶をして、普通に世間話に入っていた。
「明星さんと菊地原くん仲良しだね〜」
「「誰が!!」」
「お〜息ぴったり〜〜」
「「……」」
国近の言葉に二人はお互い睨みながらも黙るしかなかった。
今回のランク戦解説組と風間隊がやいやい言いながら、
ランク戦会場のロビーまで移動する。
するとそこには先程ランク戦をしていた影浦隊の影浦と鈴鳴第一の村上、
そして遊真がいた。
「お、桜花さん。
アラシヤマ達と…かざま隊?」
遊真を首を傾げた。
先程ランク戦会場でランク戦を観ていた遊真は、
今回の実況解説が誰なのかを知っている。
彼女の発言はほとんど本音の塊であったのも知っているし、
彼女の思考のほとんどに共感を覚えて納得していたのはここだけの話だ。
…そういう事で、
そのメンバーがいる事は分かるがどういう流れで風間隊が一緒に行動しているのか少し疑問を持ったようだった。
「たまたまだよ」
「たまたま?」
「ああ、此奴らと一緒に行動しているのは偶然だ」
不本意ながら伝える菊地原と、
その言葉を押し通す風間に遊真は納得する事にした。
「遊真はなんでここにいるの」
「かげうら先輩とむらかみ先輩の試合を見に来た」
「ああ、知り合い?
アンタ、こういうの観に来るようには見えないけど」
「うむ。あんまり来ないけど、二人には仲良くしてもらってるからな。
それに二人とも強いからいろいろ参考になるぞ」
「ほう。どうやら空閑はランク戦の意味が分かっているようだな」
「…風間さん嫌味?」
「何も言っていないだろう馬鹿が」
「ああ、ここには私の味方がいないんだったわ…」
桜花の呟きに遊真は見る。
先程の菊地原、風間の言葉と続き、
今どういう状況なのか把握しようとしていた。
「おい空閑、誰だこの女」
「あれ、かげうら先輩知らないのか?
桜花さん。先月おれ達の隊と一緒に遠征行った人」
「それからさっき俺達の試合で解説やってただろう」
「解説なんて興味ねーから知らねえよ」
「あら、奇遇じゃない」
ほら見た事か!と桜花が反応すれば、容赦なく風間の蹴りが飛んできた。
…生身の身体なので思わず痛いと桜花は抗議した。
追撃で菊地原が「自業自得でしょ」と言い放った。
先程から繰り返されるこの行為になれたのか、
嵐山も国近も微笑ましいな…くらいにしか思わなくなっていた。
唯一救いである歌川も珍しく諦めてしまっていた。
しかし皆の彼女への接し方を知らない者にとっては目の前の光景は正直よく分からないものだった。
影浦は気にはしていないようだが、
来馬の下にいる気づかいができる村上にとって、
距離を掴みかねていた。
「えっとこれは…」
「村上くんは真面目だね〜太刀川さんみたいな感じで大丈夫だよ」
「…なるほど!」
何がなるほどなのかは分からないが、
凄く腑に落ちない。
村上は素直な人間だと桜花は認識した。
そして先程のランク戦を見ても分かる通り上手い人間だという事も分かった。
対する影浦は荒々しいけど、
スコーピオンとスコーピオンを掛け合わせ射程距離を伸ばしたマンティスという技を自ら生み出すくらいには、
戦闘の事を考えている人間だと分かった。
今ある武器を最大限に利用する、または技を生み出す人間は、
強い、もしくは強くなる可能性があるので、
戦いの中に身をおく人間として、
その姿勢には割と好感を持てるものだった。
ボーダーで好戦的というとアホなイメージしかないが。
…そんな風に褒めているのか貶しているのか微妙な事を考えている時だったか、
会話もしてなければ目も向けていない影浦から抗議の声が上がった。
「さっきから何だよ」
「何が?」
なんで吹っ掛けられているのか意味が分からなかった桜花だが、
そういえばランク戦解説時に影浦のサイドエフェクトの事を聞いたのを思い出した。
(自分に向けられている意識が分かるんだっけ?
忘れていたわ…。
でも別に敵意なんてないし、意識してたつもりはないけど…どこまで反応するのかしら)
急に沸いた好奇心。
視線をやるだけが意識しているわけではない。
影浦について考えるのが意識しているという事になるのなら、
視線を向けなくても影浦が反応するのは分かる。
…となると、どの程度のものまで反応するのかが気になるところ。
今度は思考し、試すように見入る。
桜花はそれでいいのかもしれないが、
影浦にとってはたまったものではない。
何せ、彼のサイドエフェクトは自分に向けられた意識を肌に刺さるような感覚で知る事ができるのだ。
それを知らない桜花が影浦の事を気遣うはずなかった。
見た目が怖そうな雰囲気のせいで影浦の機嫌は悪そうに見えるが、
それが更に桜花の行為により冗談抜きで機嫌が悪くなった。
「テメェ、言いたい事があるなら直接言えよ」
「だから何が」
「喧嘩売ってるのか」
影浦の言葉に桜花は無言だ。
何せ喧嘩売っているつもりは全くないのである。
これはもしかしなくても彼女は影浦がどういう風に感情を受信するのか分かっていない。
その事実に気付いた周りがフォローしようとしたところで、
桜花は観念したのか、悪びれる事なく答えた。
「ふーん、本当に分かっちゃうのね」
言葉通りの意味だった。
彼女の行動に対して、「またコイツは…!」と思う者もいれば、
「やっぱり」と思う者もいた。
桜花は影浦のサイドエフェクトがどれほどの精度のモノなのか試したかっただけだ。
どんな些細な事でも影浦を意識するだけで気づかれるという事が分かり、
満足したようだ。
その上で此奴を倒すならどう攻略すればいいのか…と考え始める。
実はランク戦解説中にも影浦のサイドエフェクトと実力を考慮した上で、
消すならどうすればいいかという議論に花咲かせていた。
使っている単語は少々あれだったので嵐山と国近のフォロー、
そして後ろから蹴られるという事が何度かあった。
試合中だった影浦と村上は知らないだろうが、
観戦席で彼等の試合、そして実況解説を聞いていた遊真は知っている。
あれは観戦している隊員達に向けてスキルアップのための解説ではなく、
相手を倒すためにはどうすればいいか、
攻略法を考えるそれで、周りの事なんて気にしていなかった。
完全に敵とみなして考えていた。
遊真にとってそれは身に覚えがあるものだ。
「これだけで察知されるなら、虚をつくことは無理そうね。
やっぱり此奴をヤルなら避ける余裕も防ぐ余裕もないくらい、攻めるしかないわよね」
「あは、やっぱり明星さん、
うちの太刀川さんと同じ事言ってるね〜」
「だからアイツと一緒にしないで」
「……」
言葉にはしていないが、
風間も遊真もそして村上も同意見であった。
影浦を倒すなら同じ事をする。
…というか、そうする事でしか影浦を倒せない事は強い者は皆分かっている。
じっくり狙って攻める。
それが一番影浦には効かないのだ。
目の前でひたすら自分を倒すためにはどうすればいいかを思考している桜花に、
影浦の苛立ちはピークに達していた。
本人を目の前に誰しも考える事はするかもしれないが、口にする事はあまりない。
その分正直な人間であるのかと、影浦は単純にそう思えなかった。
影浦のサイドエフェクトである感情受信体質は、
自分に向けられた意識が身体に突き刺さる感覚で分かるものだ。
その刺さり方により、その意識がどういった類のものかを知る事ができる。
だから影浦だけが知る事ができる。
今、桜花が向けている意識を分類するなら興味・関心だ。
純粋に影浦を倒すにはどうすればいいのか考えているのか、
そこには敵意も悪意も感じない。
だが、僅かにある面倒だという感情と何故か持たれた警戒。
そして何かを切り捨てたかのような諦め。
表面上はそんな事全く分からないのに、
彼女の中に渦巻く感情に酷く気持ち悪さを感じた。
今まで向けられたことのある憎悪や嫉妬などの負の感情のものとは少し違う。
此奴は何かを考えている。
それは分かるが、何を考えているのか読めるわけではないから分からない。
影浦も桜花に対して警戒した。
「何を警戒してるか知らねーが、
言いたい事あるなら、相手してやるぜ」
その言葉に桜花はきょとんとする。
意識に気付くだけでなく、
どういった類のものかが分かるなら、
影浦という人間は本当に面倒な相手だと再認識した。
本人にばれているので隠しても意味がないので堂々とする。
「アンタめんどくさいわ」
しかし影浦からしてみれば、そっくりそのまま言葉を返したいところだ。
影浦が食って掛かろうとしたところで村上がそれを抑えた。
いつもならそこで終わらない所だが、
今は尊敬する先輩であり、規律を守るA級部隊がいるため大人しくするしかない。
「おい、空閑ァ。
テメェ本当にこんな奴と付き合いあるのかよ」
「ん?桜花さん強いし、ちょうどいいぞ」
「遊真、影浦が聞いているのはそういう事じゃないぞ」
嵐山の言いたい事を少し理解したのか、遊真はふむと頷いた。
しかしそれをどう答えていいのか分からず首を傾げる。
「気が楽?気が合う?そんな感じ」
遊真の微妙な答えにつまり仲が良くないのだなと想像するのは難しくなかった。
「あ、そうだ。桜花さん久しぶりにランク戦しようよ」
「いやよ、気分乗らない」
即答だった。
年下からの頼みだ。少しは聞いてやれよと思わなくもないが、
その辺りはまだ面倒見のいい年上ボーダー隊員に染まっていない桜花としては普通の反応である。
そもそも戦闘において年齢、性別関係ないと思っての対応だ。
それが傍から見ると同レベル、餓鬼くさい、いい大人が…となるわけだが、
桜花にとっては知らぬ存ぜぬ、私の勝手でしょというところだ。
遊真も桜花のそういうところを知っているので別になんとも思わない。
こういう時の桜花の動かし方は心得ているので、
他の人間に比べると楽だ。
「チキンカレー」
「いいわよ」
遊真が料理名を言うと桜花は即、返事をした。
傍から見ると分かり難いが、
これは本日玉狛支部の晩御飯のメニューである。
トリオン量の回復には睡眠と食事が欠かせない以上、
特別理由がなければ断る事をしない。
最早、桜花をご飯で誘うのは常套手段だ。
遊真が奢る、出すという言葉を使わなかったので、
玉狛支部に誘われているという事は桜花も分かっていた。
「ん、じゃあ決まりだな」
言うと遊真は珍しくも強引に桜花に玉狛に行こうと促した。
その発言で周りもチキンカレーは玉狛支部の今晩のメニューだという事が分かり、
そして、そのまま二人は玉狛へ行く事も分かった。
「なんだ、俺らと遊ぶんじゃなかったのかよ」
「悪いなかげうら先輩、また今度。
次のランク戦むらかみ先輩とあたるから今から特訓ナノデス」
特訓相手が桜花なのはイマイチ理解できないが、
その後に続いた「桜花さん便利だろ」という言葉に、
見た目は子供だが、なかなか侮れないなと変に感心してしまう。
しかも言われた本人は、本当の事なのであまり気にしていようだった。
「そうだな、次は負けないからな」
「おれもだぞ」
遊真と村上は上手くまとめに入った。
それを合図に二人は皆と別れ、本部を後にした。
「桜花さん、何したんだ?」
玉狛へ行く道中、人の気配がない事を確認してから遊真が口を開いた。
「何が?」
「そういうのは時間の無駄だと思うぞ」
「アンタって本当話が早いわね」
「やっぱり桜花さん分かってたんだな」
「まー心当たりあるしね」
嘘を見抜くサイドエフェクトを持っている遊真は先程の会話の中に出た嘘を見抜いていた。
相手も遊真のサイドエフェクトの事を知っていたが、
防ぎようもないそれに堂々と押し通されれば、
空気の読める遊真としては流すしかなかった。
遊真の言葉で桜花は確信を得る。
何の事を言っているのか、桜花は検討がついていた。
「で、何したんだ?」
「上層部の命令を断っただけよ。
価値観の相違ってヤツね」
「次の大規模侵攻と関係があるのか?」
「あー遊真のとこにも話がいっているのね」
その通りだと桜花は告げる。
なんとなく前の大規模侵攻、そして以前いた国と同じピリピリした雰囲気を思い出しているのか、
桜花もそして遊真も落ち着いていた。
桜花は自分が立たされている状況に、
遊真は言葉の裏に隠された意味を読み取って懐かしささえ感じてしまう。
「そういえばチカの兄さんが桜花さんを気にしていたな」
遊真の言葉に桜花は怪訝な顔をした。
どう考えても嘘だとしか思えなかった。
「アイツ何企んでるの?」
「さあな。チカの兄さんおれに嘘つかないからな」
「それってアンタの前では嘘つくような発言をしないようにしているだけじゃないの」
「桜花さんリンジさんの事信用してないよな」
「しないわよ、あんな奴」
「だからかなー…」
遊真は呟いた。
――迅さんが気に掛けてくれと言っていたのは…。
遊真は思い出す。
あの日、桜花が玉狛支部から直で防衛任務へ行った日。
迅がボーダー本部の会議に出た日。
帰ってきた迅が言っていた。
できる事なら力になってくれと。
20161021
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