過去と現在
ウソツキ

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玉狛支部に到着早々、
桜花と遊真は訓練室に入って対戦していた。
本来であれば遊真はランク戦観戦後に影浦と村上とランク戦をする予定だった。
それがなくなったのでチキンカレーを御馳走する代わりに対戦しようという事だった。
桜花にランク戦をしようと言ったのはあの場凌ぎの口実の一つかと思ったが、
案外そうではないらしい。
因みにチキンカレーを作るのは遊真ではなく小南なので、
遊真が御馳走すると言うのは少し間違えているのだが、
訂正しようとは桜花は思っていなかった。

二人が訓練室に入り数十分。
既に数本剣を交えていた。
結果だけでいえば遊真の圧勝だった。
二人の実力はボーダーでいえばマスタークラスの実力を持っている。
ボーダーのトリガーの使用期間はほぼ同じ
ここにチーム戦や実際の戦場になれば多少変わってくるが、
桜花も遊真もここにくるまで各々に経験を重ねている。
ボーダーのトリガー使用しての戦闘訓練でいえば二人とも実力は同じだ。
それがここまで結果に出てくるのは珍しい事だった。
「桜花さん、訓練にならない」
「……射撃トリガーを手練れにいきなり使うのは止めた方がいいみたいね」
確かに今回、桜花は自分の練習に射手が使うアステロイドを使用した。
結果は桜花本人が言う通り散々であった。
トリオン兵に当てるのと人に当てるのは違うし、
因みにいうと銃型トリガーで撃つのとトリオンキューブで撃つのとは違うという事だ。
銃型トリガーの補正具合にもう感動しか出てこない。
桜花の練習だけでは終わらない。
遊真だってレイガスト使い対策の訓練をやりたがっていた。
というかそれが本来の目的だったのでそちらも桜花はちゃんと付き合った。
前回のランク戦での練習で桜花に頼んでセットしてもらったレイガストがそのままセットしてあったという余談はこの際置いておいて、
あまり使わないレイガストを使っていたという点を考慮しても、
やはりこの結果は気持ちが悪い程おかしいと遊真は感じた。
寧ろ前回の方がレイガストを上手く使っていた気がする。
桜花の言葉がただの強がりだという事も、
嘘を見抜くサイドエフェクトを持つ遊真には分かっている。
だから遊真は容赦なく言う。
「桜花さん何遊んでるの」
「遊んでないわよ」
無言で遊真が桜花を見上げる。
向けてくる赤い目からは何も伝わってこない。
ただ、どういう状況なのか話せという事は伝わってくる。
無のようであってそうでない威圧感。
これが自分より年下である少年が向けてくるのだからたまったものではない。
別に隠しているわけでもないのだが、
正直な話桜花には伝えられるような情報はないのだ。
とにかくこれ以上は訓練にならないと二人は部屋を出た。

「随分な戦績だったな」

部屋を出て早々、麟児の顔を見て桜花は舌打ちをした。
言い返したいが事実なので何も言えないもどかしさから反射的に出たものだ。
他意はない。
「お、チカのお兄さん。見てたのか?」
「途中からな。
…と言っても戦闘は専門外だから、中身については理解はできてないが」
「え、麟児素直じゃない。
こっちに戻ってきて改心したの?」
うわー凄いとあからさまな態度を出す桜花に麟児は冷静に一言。
「桜花はその失礼な物言いを何とかしないといけないんじゃないか」
「私、素直だから思ったことはすぐに言っちゃうのよね」
「桜花さん変な嘘つくね」
心にも思っていない事を言うなという事だろうか。
遊真は桜花に対して厳しい…というか容赦ないというか遠慮しない。
その方が桜花にとっても付き合いやすいので助かるのだが。
「お帰り遊真」
「リンジさんただいま」
「それにしても桜花お前また来たのか」
「今日は遊真に招かれたのよ。
アンタはいいわよね、暇で」
「ああ、残念なことにな。
おかげでこちらのトリガーを覚えるには丁度いい」
「は?麟児、戦闘員にでもなるつもり?」
「いや、俺にはそれは合わない。
だが時間を浪費する趣味もないからな。
玉狛からランク戦観戦できるようになっていて助かった。
やはりトリガーの使い方は十人十色だな」
「それ、本当にただの暇潰し――?」
桜花の言葉に麟児は少し考える。
確かに今までなら暇潰しに何か…と考えてやる事がなかったわけではない。
だけど今回は適当に時間を潰すとかそういうレベルではない。
自分でも笑えるくらい、前向きな感情からだった。
「先日、必死に生きてきた人間の話を聞いたばかりだからな」
「何の話か知らないけど、
麟児ってボーダーにとって要注意人物じゃない。
そもそもボーダーの機密に関わるような事に触れられないし、
触れさせたら駄目でしょ」
「ふむ。だけどそこはチカのお兄さんという事で。
…というか実際ヒュースも捕虜の時ランク戦ここで見てたらしいし、
もう玉狛は歓迎ムードだぞ」
文字通り玉狛は歓迎しているのかもしれないが、本部は違うだろう。
玉狛の独断専行はいつもの事だ。
支部長である林藤の実力か、
それとも迅のサイドエフェクトが信用されているのか知らないが、
玉狛の判断がそれなりにいい結果に繋がっているのだから、
何とも言えない。
しかし仮に、麟児のボーダー入隊の話が本部につけられている場合、
本部は危険分子を自由にして遠ざけるよりは、
手元に置いて監視しておいた方が都合がいいと判断したという事になる。
その状況が分からない麟児でもあるまい。
行動制限もつくし、監視されるのもいろいろと神経を使うのだ。
「何でそんな面倒な事に…麟児ってもっと上手く動き回るタイプだと思ってたわ」
「たまには飛び込んでみるのもいいだろう」
「面倒事ならリンジさんはまだいい方じゃないか?
桜花さんなんて監視二回目。
今日されてたばかりだからな」
「ちょっと遊真…!」
勝手に情報を流さないでよと桜花は声を上げるが時既に遅し。
その後、面倒事を持ち込むのが上手いと続けられた言葉に、
好きでこうなっているわけではないと桜花は反論した。
現状を知った麟児は意外そうに桜花を見る。
「お前はボーダーに信頼されていると思っていたが違うのか?」
「おれは直接見たわけじゃないから知らないけど、
腕は信用されているんじゃないか?
だからカチカンのソウイって奴で監視されてるんだろう?」
いきなり遊真が暴露し始めた。
これは監視の目から逃がしてくれるために玉狛に誘ったわけではなくて、
情報を得たいがために玉狛に連れてきたという事だろうか。
遊真の言葉を聞いて、明らかに麟児が楽しそうだ。
彼の目がそう言っている。
もしかしなくても桜花はここに来たのは失敗したのかもしれないと思った。
「それで遊真から見て桜花はどんなんだ?」
「技のモサクチュウ?付け焼刃はいい結果を生まないから、
戻せるなら早々に戻した方がいいと思うぞ。
ボーダーの話じゃもうすぐ敵が攻めてくるんだろ?
遊んでたら死ぬぞ」
確かにこちら側の人間はベイルアウト機能があるからか、
死に近い戦場にいるのに、死を遠くに感じている者が多い。
戦争経験がない新参者やB級隊員は仕方がない事かもしれない。
だけど遊真はボーダーに入隊する前…ベイルアウトなんていう機能がない時から戦場を経験している。
さらに言えば一度死にかけている。
そんな経験がある人間の言葉はただの事実だけを告げていた。
桜花も死に遭遇したことは何度かある。
遊真が言っている事は嫌なくらい理解していた。
「別に遊んでないわよ」
その言葉を聞いて遊真は素直な疑問を口にする。
このタイミングで戦闘スタイルを本気で模索する意味…
「桜花さんは自分の身を危険に晒してでも戦う理由あるのか?
こちら側で大切なものができた、とか」
「私はいつでも自分第一よ。
わざわざ危険を冒そうとは思わないし、
それだけのものがここにあるとは思ってないの」
「うむ、そうか」
「あれー明星さん?」
三人の姿を見かけた小南が声を掛けてきた。
どうやら買い出しから戻ってきたようだ。
「玉狛にくるなんて珍しいわね。
誰かに用事なの?」
「そうね、遊真が得意気に誘ってくれたから」
「うむ。今晩はコナミ先輩お手製のチキンカレーとお伝えしました」
「ちょっと勝手に人数増やさないでよ」
「ん?コナミ先輩のカレーは美味しいからオスソワケしようと思ったけどダメなのか?
オサムとチカが友達には自分が好きなものを共有したいと言っていたけど…そうか。
ダメならアキラメマス。桜花さんアキラメテクダサイ」
「あーもう、だ、誰もそんな事言っていないでしょ!
人数増えるなら早く連絡を頂戴って言ってるのよ!
遊真、ちょっと手伝いなさい」
「了解だぞ」
「明星さん今から作るからゆっくりしていって」
まるでスキップするかのように小南が嬉しそうにキッチンに向かう。
その後を遊真もついて行こうとしてこちら側に振り返る。
「さっきの桜花さんの嘘。
おれ、結構好きだぞ」
「は?」
一体どの事を言っているのだと桜花が聞く前に、
遊真は部屋から出て行った。
ただでさえ先程目の前で繰り広げられた会話にいろいろ突っ込みたかったのに、
更に突っ込みポイントを増やされた。
後で聞くのもいいが、
カレーの話をしている時の遊真と小南の顔を思い出す。
二人とも自然体で楽しそうだった。
明らかに二人の関係は良好だ。
そんな二人に対して、そういう水を差す様な言動は野暮だと思った。
遊真はこちら側で楽しく過ごしている。
それだけだ。

「桜花」
「何」
「今、模索中なのだろう。
待っている間、試してほしい組み合わせがある」
いきなりの麟児の申し出に桜花は訝しむ。
「急に何」
「別に急にではない。
ランク戦の解説を聞く限り、お前攻撃手以外のトリガーの知識ほとんどないだろう」
「……」
「時間があるうちに他のトリガーを知るのも、今のお前にはためになるんじゃないか」
先程の遊真との会話を聞いていたからだろうか。
妙に知った口の麟児に桜花はどうしようか悩んだ。
そして別にいいけどと返事をした。
桜花は麟児に自身のトリガーを渡す。
「アンタ、トリガーセットの仕方分かるの?」
「ああ」
言うと桜花のトリガー設定を変えていく。
セットされるトリガーを見て、なんでこんなものをつけられるのか理解できないと桜花は素直に反応した。
「それよりも使わないトリガーをセットしたままの方が問題だろう。
試すのはいいが合わないなら外せ。
あと桜花はフットワークが軽いんだ。
もっと身軽に動ける要素は増やしておくべきだろう」
「でもこれは絶対使わないわよ!」
「今のお前には使えていた方がこれからのためになるだろう。もっと練習しろ」
麟児の言葉に桜花は黙る。
あまり納得できないが、一つだけ同意できるものがあった。
「サブトリガーの最初の二つ」
「……」
「アンタが欲しがってるトリガーチップ」
「何の事だ?」
「違うの?」
桜花が言っているのは遠征の時、
麟児から返されたトリガーに勝手にセットされていたものの事だ。
それが意味するものなんて桜花には知りもしないが、
少なくても麟児にとって重要な何かであるはずなのだ。
「麟児が言ったように身軽に動けた方が楽なの。
アンタがどういう思惑で私に持たせたかは知らないけど、
これからは保障しないわよ」
「それだけ今回はヤバイのか」
「私が知るわけないでしょ」
桜花の言葉を聞いて、
麟児は特に考える事もなくそのまま設定を弄っていた。
「ボーダーには言ってないんだな」
「言わないわよ。私は知らないもの。
しかも今はそれどころじゃないし」
彼女の言葉に同意する。
「そうだな。
では、今回の戦争が終わったら返してもらおうか」
「は?チャンスは今だけでしょ。
この後はないわよ」
「それはどうかな。
生きている限りチャンスは何度でも作れる」
「…確かにそうね」
麟児にこんな風に言われるとは思っていなかった桜花は少しだけ面を喰らった。
「ま、少しだけアンタの暇潰しに付き合ってあげるわよ」
仮想訓練室に、マップと仮装近界民の難易度が設定される。
桜花は麟児が設定したトリガーを試すために訓練室に入った。


20161121



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