過去と現在
幕間

しおりを挟む


「桜花さん来てたんですか?」
「遊真に誘われたのよ」
「コナミ先輩のカレーでつりました」
(相変わらず仲がいいなー)

玉狛支部の夕飯は非番の隊員が交代制で作っている。
夕飯を食べる人数にあわせて…というよりは支部全員分+αで作られるため料理によるが、
一人増えようが二人増えようが問題ない。
玉狛の隊員達が皆アットホームだからなのか、
同じ釜の飯を食べた者に対する態度は家族に対する態度に近く、
桜花に対する扱いも客人としてのものではない。
本部の食堂や共有スペースで食べることはあるが、大体一人だ。
一人なのは気が楽だが、こうやって仲間と囲む食卓は決して悪いものではない。

「貴様、行儀が悪いぞ」
「私がどう食べようが関係ないでしょ」
「ヨータローの教育に差障る」
「お子様は食べ終わってるから別にいいじゃない」
「そういう問題ではない」
(こっちも慣れたなー)

ヒュースが指摘したのは桜花のスプーンを持っていない方の手が膝の上にあることだ。
和食は箸を持っていない方の反対側の手は茶碗や小鉢に添えるというマナーを学んだばかりのヒュースにとって、
マナーを守らないのが許せないようだ。
カレーが和食かと言われれば答えは否だ。
だが、残り少ない白飯とルーを掬うなら確かに左手で皿を持つくらいはした方がいい。
玄界に慣れたのか玉狛に慣れたのかは知らないが、ヒュースにとっていい傾向だった。
因みにちらっと話題に出た陽太郎はテレビ前のテーブルでお絵かき中であった。
なんでも玉狛メンバーが増えたという事で新しく描き直しているらしい。
画用紙の中央に自分を描き、その隣に林藤支部長や千佳、ヒュース…と自分が好きな人達を描いているのを見て、
今、陽太郎の身近にいる人物が誰なのかが分かる。
それについて桜花がヒュースをからかったが「五月蠅い」と一刀両断にされ、
「タマコマにいないのにヨータローに描いてもらえるだけ有難いと思え」と言い返されていたのは、
修が玉狛に帰ってくる少し前の話だ。
今は食事マナーからトリガーの話になっていた。

「で、リンジさんに設定してもらったトリガーはどうだったんだ?」
「どうもこうもないわよ。っていうか、人のログ勝手に見せたわね!?」
「なんだ、相性が良かったのか」
「……半分は」
残り半分は良く分からない麟児の嫌がらせだと、桜花は素直に告げた。
「先程、ユーマから聞いたが…、
使わないトリガーをそのまま設定している貴様はただの馬鹿だ。
初めてならいざ知らず自分の戦闘スタイルは決まってるんだ。
あわせた設定ぐらいできるだろう」
「私は基本あるものを使うスタイルなの。
剣が一本あれば最低限何とかなるんだから仕方ないじゃない」
「桜花さんの言い分も分かるけど、
おれは使わない奴は外すかな。
うっかり選択した時のリスクがでかいし」

当人たちの性格も関係はしているが、
近界育ちでも育ち方や受けてきた訓練でここまで違いがでるものか…と聞いてて感嘆する。
ここが玉狛支部という事もあって彼等はいつもより自由に話していた。
桜花も遊真も自由人ではあるのだが、
やはり事情を知っている玉狛と知らない者が多く存在する本部とでは全然違うようだ。
飛び交う言葉には物騒なものが少し含まれていたが、
楽しそうにしている彼等を見ている修達もいちいち注意するのも憚るものがある。
「修、座ったらどうだ」
「そうですね」
麟児に促されて修は空いている椅子に座る。

ブーブー…

バイブの音がする。
誰もとらないためか、どこから鳴っているのか確かめるために自然と場は静まり返る。
「あの―…桜花さん鳴ってますけど?」
「そうね」
修の言葉に興味なさそうに返事をし、黙々と食べ続ける。
これがメールならば気にしなかったのかもしれないが、
ずっと鳴っているという事は電話だろう。
自分のものではないからか、未だに鳴り続けるバイブが気になってしょうがない。
「五月蠅いから出ろ」
「面倒」
「というか、いつの間にスマホを?」
「この前の本部の件で持たされたのよ」
「ふむ、確かにあの呼び出し方は迅さんでも対応が難しいと思うぞ」
「ジンはどうでもいいが、
ここで過ごすのに連絡手段がないのは致命的だな」
遊真とヒュースは桜花が何をしたのか…いや、何をしようとしたのか知っている。
遠征から帰ってきた直後、
迅に用がある桜花は迅を呼び出すためにわざと問題を起こそうとしたことがある。
それを修が知らないのは、
その未来を運よく読んだ迅がブースに来て防いだことで現実にならなかったからだ。
修達に事情を話せば、呆れ顔の小南と麟児、そして冷や汗を流す修である。
「迅がサイドエフェクト持ってるって言っても必ず見えてるわけじゃないのよ?
流石に迅が気の毒だわ」
「小南先輩、少し論点がずれています」
「だから持たされたのだろう。
ボーダー本部が平和になって良かったじゃないか」
「良くないわよ」
おかげで今のように頻繁に鳴るから五月蠅くてしょうがないと桜花は言う。
今まできたものはSNS系のものが多く、
中身もよく分からない画像が送られてくるらしい。
送り主は言わずもがな。
彼女がスマホを持っている事を知っているのは限定的で、
主にA級隊員とA級隊員とA級隊員…しかいない。
アドレス帳にデフォルトとして登録してあったのもA級隊員であり…
ある意味凄いスマホであった。
残念なのは本人が全く活用していない事だけだ。
「……ボーダーのものなら余計に出ないとまずいのでは?」
「大丈夫よ。何かあれば呼びに来るでしょ」
「スマホの意味が…」
「それにここは本部でないから呼びに来る手間を考えたら電話掛けてくるだろう」
「……気づかなかったという事で」
言いながらも一応スマホを確かめる。
桜花はスプーンを置き、
上着のポケットからスマホを取り出した瞬間、バイブは止まった。
「あ、切れた」
終わったからいいわよねと再び直そうとする桜花に全力で修は止める。
「折り返ししてください!」
ディスプレイには着信履歴が表示されている。
表示されている名前を見て桜花は一瞬まずいという表情をして、
見なかった…いや、気づかなかった事にしようと再び直そうとする。
「桜花さん!!」
「誰からの電話なの?」
「…………風間さん」
「え」
「あー」
「ふむ」
「風間さんなら出ないと!」
「小南先輩、風間さんじゃなくても出なきゃダメです」
「これが太刀川や迅だったら別にいいかなーって思うじゃない?」
「そうそれ。小南分かってるわね」
「いえ、太刀川さんや迅さんでも出てください!!」
「修落ち着け、突っ込むだけ無駄だ」
だからと言ってこのままにしておくと折り返さない可能性は大だ。
「ま、遅くても今日中に本部に戻るからいいでしょ」
「違います。桜花さん、そういう問題ではないです」
「放っておけばいいのに…おさむは相変わらず面倒見の鬼だな」
「面倒見がいいとかそういうんじゃないからな」
「それよりこれはなんだ?」
話を逸らしたのは意外にもヒュースだった。
小南達の携帯にもつけられているものと似ているようで違うそれに興味を示したようだ。
何を言われたのか分からなかった桜花は少し間をあけて反応した。
「ストラップよ」
桜花が持っているスマホにつけられているストラップ…だったもの。
小南がつけているものは最近流行りのマスコットだった。
ならば桜花のそれも本来ならば紐の先には何かがついていたはずだ。
汚れてはいるが紐部分の色褪せを見ていると最近のものではない事が分かる。
桜花はこの四年半、玄界を離れていたのだ。
彼女がつけているものがそれよりも前に手にしていたもので、
今までずっと持っていた事は容易に想像がついた。
「それは――」

ブーブー…

再びなり始めたバイブに桜花は再び気づかなかった事にしようと、
上着のポケットに直そうとしたので修が慌てて「出てください」と止めた。
嫌な顔をしながら桜花は仕方がないと電話に出て…
『すぐに出ろ』
聞こえてきた声に思わず電話を切ろうとした。
…そうしなかった自分を桜花は褒めてやりたいと少しだけ思った。
「……何か用?…ですか……」
『用があるから掛けている』
「え――…」
「桜花さん、それスピーカーモードになってます」
「あ、だから音大きいの。風間さん怒ってるからとかそんなんじゃ…」
『明星、聞こえてるぞ』
「あ、」
「馬鹿だな」
「桜花さん、おれ教えるぞ?」
「なんで遊真に…」
「桜花さんよりはそいつを熟知シテイマス」
「――――――っ!!」
とりあえず、深夜シフトで欠員が出たから代わりに入れという事だった。
ならば自分が行くと伝えた遊真であるが、
学生は次の日学業があるのだから備えろと言われてしまった。
学生には優しい風間である。
それよりは防衛任務の方が遊真は良かったのだが、
風間に言われてしまったら仕方がない。
大人しく引き下がった。
「私、誰かが来るの待ってた方が良いの?」
『……何故そんな必要がある。現場直行だ』
「はーい」
風間の言葉に何も気づかなかったふりをして桜花は返事をした。
何か違和感を感じたのかヒュースが桜花を見、その後遊真を見た。
遊真は桜花が発する言葉を黙って見ているし、
麟児も黙って聞いていた。
小南、そして修も妙な空気を感じ取ってなんとなく黙ってしまう。
一通りやりとりをして桜花は電話を切った。
「指示が飛んだし出るわ。ごちそうさま」
言うと桜花はそのままトリガーを起動し、玉狛を出た。



ボーダー基地本部。

「嵐山」
「お、迅久しぶりだな」
「この間会議で会ったばかりだろ。あ、ぼんち揚げ食う?」
「ああ」
出会って早々、迅にぼんち揚げを出された嵐山は素直にそれを受けとる。
いつも通りのやり取りでいつも通りの二人だった。
「今日はどうだった?」
「楽しかったぞ。
皆、前よりも隊の連携がよくなっているし、技の切れもいい。
俺達も負けてはいられないな!」
「お前、相変わらず前向きだなー」
迅は笑う。
それを見て嵐山は迅が聞きたい事はこれじゃないとなんとなく思った。
「前向きで言うなら桜花もそうだったぞ?
知らないトリガーもあったみたいで…真剣に皆の戦いを見ていたからな」
「へー、それは良かった」
迅が素直に反応する。
その後続く安堵と覚悟の色が少しだけ出る。
迅は上手く隠しているようだけど、長年付き合っている嵐山が見抜けないはずがない。

嵐山のいいところは無条件に受け入れるところだ。
なんの先入観もなく目の前にある事実を受け止める。
中には理解や納得できないこともある。
そして嫌でも応えるしかない事も世の中にはある事を知っている。
できれば自分の信念に反したものでなければいいのだが…
そうも言ってられない事があるのを知っている。
それが今回の大規模侵攻だという事を嵐山はなんとなく分かっていた。
いつものように何事もなく振る舞っているけど、
迅のこの顔を嵐山は四年半前に見た事があった。
「嵐山」
「なんだ?」
いつもの声だった。いつもの顔だった。
いつもの迅の振舞いだった。
だけど人を諭すのでもお願いするのでもない。
珍しい言葉で告げられた。

「自分が一番大切にしたいもののために動け」

その意味がなんなのか…嵐山は分かっている。
「前にも言われたなー…」
「そうだっけ?」
迅はへらりと笑う。
だから嵐山も「ああ」と了承の意を込めて返事をする。
あの時の迅はその後に「嵐山なら大丈夫だ」と言っていたのを思い出す。
だけど今回は大丈夫だとは言わなかった。
迅は言う。
「命の使いどころを間違えないで欲しい。
嵐山にはこれからもやって欲しい事がたくさんあるからな」
最初の言葉は友として、仲間としてのお願い。
最後はボーダーとしてのお願いだった。
わざわざ言い直さなくてもいいのに…と嵐山は思う。
何でもそつなくこなすように見えて迅は意外にも不器用なのだ。
何食わぬ顔をして何か企んでいるように見えるし、
そう見えるように振る舞っている節がある。
おかげで誤解されることもしばしある。
でも嵐山から見た迅は、
見えた未来に納得できないから足掻いて、
どんなに最善な結果を手に入れても満足しない…自分よりも誰かのために動き、
そして誰かのために何を選び捨てるのか覚悟を決めている人間だ。
嵐山にとって迅は無二の友人で、仲間でもある。
だから嵐山は迅の覚悟を聞き、受け止める。
そして自分は友人の覚悟を守って戦うことを覚悟をした。


2017.01.11


<< 前 | | 次 >>