過去と現在
夢と現実

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――今でも見る夢がある。

いつもと変わらない大好きな日常に、
突如現れた脅威…。

定期的に見る夢は、
まるで忘れるなと警告しているかのようだった――…。



夢の中の彼女は中学生だった。


この中学生の少女は今、受験生だ。
勉強はあまり得意ではなく、コツコツ勉強しないと身にならない…
一般的な子供の部類に入るだろう。
このまま続ければ普通校に合格はできるかもしれないというレベルだ。
何か得意なものがあればよかったのだろうが、
少女には何もなく、しかも部活にも入っていない。
趣味は…少しばかり天体に興味があるくらいでそこまで詳しくないというのが本人の評価である。
そんな少女は大人しくて消極的な子供なのかと問われれば、
答えは否。
割と活発的で、少女の武勇伝を一つあげるならば、
幼い頃一度だけ…肝試しをするため、夜に家から抜け出した事がある。
コウモリマンションと呼ばれるそこは、当時の子供達には絶好の肝試しスポットであり、
小学生の間で長く慕われる予定だったはずだ。
それをとある小学生が不意のアクシデントに遭った事で警察沙汰になってしまったがために、
大人達の監視の目が厳しくなり、子供達は近寄らなくなった。
本人としては友達に誘われたからという軽い気持ちからだったのだが、
こんな事になるとは少女は思ってはいなかった。
少女は両親に物凄く怒られ、心配されたのはいい思い出だった。

夢の中の今日は休日だった。
親に朝から買い物を頼まれて、駅近くにある商店街に足を延ばしていた。
「なんだ、あれは!?」
その声に、少女は空を見た。
突然空に黒い穴が空いた。
その穴から出てきたのは、初めて見る何かだった。
「バ、バケモノ――!!!」
誰かが叫んだ。
空に数え切れない程の穴が開き、
中から出てくるバケモノと呼ばれたそれが、
人をパクリと呑み込んだ。
少女の腰が抜けるよりも早く、
バケモノからビームが発射され建物が破壊された。
それを皮切りにあらゆる場所から悲鳴が上がり、
辺りは逃げ惑う人々とバケモノで溢れかえった。
少女は呆然と立ち尽くした。
何が起こっているのか…目の前の光景が受け入れられない脳が処理できなかった。
誰かが少女にぶつかる。
その衝撃で少女が現実に引き戻された。
「痛っ…!」
誰かに押し倒され、少女は転んだ。
皆、逃げるのに必死で少女に見向きもしなかった。
その代わりに、目の前にいるバケモノは間違いなく少女を見定めていた。
ぞくりと背筋に悪寒が走る。
逃げなきゃ…!
そう思う事もできず、立ち上がる力もなく、少女は恐怖に屈伏した。

「こっちだ…!」

動けない少女を引き寄せたのは自分と変わらない少年だ。
その力に引っ張られ、少女は立ち上がり少年の後についていった。
二人は物陰に隠れてやり過ごす。
「――が言ってた日は今日だったのか…」
心臓の音が大きすぎて、
隣から聞こえてきた言葉は聞き取れなかった。
「怪我はしてないか?」
突然自分に向けられた声。
恐怖心はなくならなかったが、
自分に掛けられたその声と手から伝わる温もりに、
少女は今一人ではない事を思い出す。
なかなか返事をしなかったからか、少年は少女の顔を覗き込んだ。
その行為に驚いて少女は慌てて答えた。
「怪我、してない…」
声は震えていたが伝わったらしい。
よかった…と漏れた言葉に何だか泣きそうになってしまった。
「このままここにいてもビルの倒壊に巻き込まれるかもしれない…
移動しよう」
よく分からないけど少女は少年の言葉に頷いた。
二人は物陰から飛び出した。
もう一度飛び込んでくる景色に少女は息を呑んだ。
廃墟とバケモノに襲われている人と死んでいる人……
目の前の出来事に立ち止まる少女。
先程まではいつもの町だった。
なのに今、目の前に広がるのは…別世界の光景でしかなかった。
それとは別に、少年は遠くの方を見て立ち止まった。
「……!!」
その視線の先にはバケモノがいる。
少年が何を見ているのか少女には分からなかった。
「どうしたの…?」
「…弟と妹……あっちには家族が……!」
こんな状況なのに自分の心配ではなく兄弟の心配をしている少年に少女は驚いた。
先程よりもぎゅっと力強く握られた手から、
少年の想いが伝わった。
今すぐにでも家族の元に駆けつけたいのだろう。
目の前の出来事に恐怖するだけでいっぱいいっぱいな自分とは大違いだ。
そして思う。
こんな見ず知らずの他人に付き合う必要はないはずだ。
少女は勇気を振り絞った。
「……行って」
「え」
少女の言葉に少年は振り向いた。
「兄弟がいるんでしょ…行かなきゃ」
「でも!」
「私は大丈夫!
キミのおかげで大丈夫…」
繋いだ手から伝わってくる震えにそれが少女の強がりだという事は少年にも分かった。
「キミは動けるんだから早く行って。
私は…この辺で隠れて…様子を見ながら逃げるから」
「……分かった」
少年の言葉を聞いて一瞬だけ安心した。
反対に肌にピリピリ…と今まで感じたことのない現実に恐怖と不安が膨れ上がる。
それを必死に抑えつけようと少女は努力した。
そんな少女の気持ちが分かったからか少年は言う。
「副と佐補を見つけたらここに戻ってくる。
だから一緒に逃げよう」
真っ直ぐな眼に真っ直ぐな言葉。
自然と少女の口から言葉が零れた。
「…ありがとう!待ってる」
「ああ、約束だ」
言うと二人は別れた。
少年にはああ言ったがやっぱり少女は凄く怖かった。
だけど少年のあの力強さに小さな勇気を貰った。
先程よりも冷静になろうと少女は努める。
隠れるのは危険なのかもしれないが、
逃げたくても足が上手く動かせない少女が一人でできる唯一の行動だった。
物陰に隠れて息を潜める。
近くから聞こえるバケモノの足音や悲鳴に身体が震えあがる。
その度に大丈夫だとあの真っ直ぐな眼と言葉を思い出し、自分に言い聞かせる。

見慣れた青空に黒い穴が開く。
近くから地響き…バケモノが近くに降り立ったのが分かった。

正直そこから先はあっという間だった。
少女は目の前に現れたバケモノに捕まった。
「嫌だ……!」
呑み込まれるその間、
少女は必死に足掻いて、外へ手を伸ばした。
「痛っ!」
外の景色、音、
それらを遮断するようにバケモノの口が閉じられた。

そして少女の世界は終わりを告げた。


――忘れるな。

誰かが言う。
誰も都合よく自分を助けてくれる人間はいないのだと。

――忘れるな。

誰かが言う。
助けられても自分の足で立たなきゃ意味がない事を。
自分に力がなければ何もできないことを。

――忘れるな。

誰かが言う。
その時の出来事を、感情を、自分を突き動かす何かを忘れるな。
出会いを忘れるな。
別れを忘れるな。
強くなることを忘れるな。

どうして強くなることを選んだのか。
どうして生き残る事を選んだのか。

忘れないでほしい…。

誰かの声が聞こえる。

『戦おう。大切なものを忘れないために。
そしていつか――…』


彼女は目を覚ます。
目に映るこの世界が今の自分の現実なのだと刻み込んだ。


2017.01.18


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