過去と現在
戦いと日常

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「桜花」

名前を呼ばれても桜花はぴくりとも動かなかった。
その様子を変に思ったのか、
もう一度声が掛けられる。
「疲れたのか?」
確かにこちらの世界に戻ってから初めて電車に乗ったが、
それは関係ない。
最近、トリオン体の不調や、
近界民に襲撃される未来が確定してから上層部と一悶着あり、
気を張っている毎日を過ごしていたが、そんなの今更だ。
向こうでも同じだった。
常に命の危険に晒されていた分、もう少しシビアだった。
慣れている分、それで疲れて動けないことはない。
では何故動かないのか……。
桜花の目の前の店に問題があった。
ここにあるものは何なのか…。
普段の桜花なら絶対に入らないし、入る気も起こさないし、
眼中に入れる事もない。
つまりどういう店なのかというと、
今時の女の子が好きそうな雑貨類が売っている店だ。
それは別にいい。
問題は外観がかなりファンシーだという事だった。
おかげで今回の目的が軽く頭から飛んでしまった。
「嵐山、本当にここに入るのか」
自分と同じ事を思ってくれていた柿崎が言葉を発する。
しかし無慈悲にも嵐山はいつもと変わらぬあの爽やかな顔で肯定した。
「ああ。ここが今女の子に人気のお店だって教えてもらったんだ」
もうこの店に入る事は決定らしい。
桜花が今、嵐山、柿崎と一緒に行動しているのは、
嵐山が弟と妹へのプレゼントを買いたいから一緒に選んでくれと頼まれたからだ。
誕生日か何かかと思ったがどうやら違うらしく、
話を聞くに、弟と妹がそれぞれ部活の試合で優勝したからそのプレゼント…という事だった。
2人共運動部なのでスポーツマンな柿崎と桜花が誘われたのだ。
弟のプレゼントを選ぶのは順調だった。
この3人、イメージ通り体育会系で、
運動部なら〜男の子が好むものなら〜の辺りは凄く理解していた。
問題は妹のプレゼントだった。
年頃の女の子は難しい…らしい。
ここで妹に渡すプレゼンを買うのはよく分かった。
だからといって入店するのに抵抗がある。
隣にいる柿崎も若干躊躇っているところを見ると、
自分の感覚が正常である事を桜花は知る。
「こういうところは女性がいると助かるな」
自分を奮い立たせようとする柿崎の言葉に、
桜花はそんなものを自分に求められても困ると否定した。
「…私には不向きだと思うわよ……っていうか、嵐山。
何で普通に入れるのよ」
「入らないと探せないだろ?」
「そうだけど…!」
一人で入れるなら何故、自分達を誘ったのかと桜花と柿崎は思った。
いや、桜花は遠慮なく口にした。
「どうして私達を誘ったのよ」
「柿崎には副のを、桜花に佐補のプレゼントのアドバイスを貰おうと思ってな」
「それこそ私には不向きよ。
アンタの隊に木虎と綾辻いるじゃない!」
「2人とも今日は広報の仕事なんだ」
今日オフなのは自分しかいないと白状し、
だからこの人選なのだと自信満々に嵐山は言う。
頼られて嬉しいのかそうでないのか微妙なところだった。
寧ろ、大好きな兄妹のためならなんだって選べそうなのにアドバイスを求める必要があるのか疑問だ。
兄妹想いで微笑ましいじゃないかと柿崎がフォローする。
いつまでもこのままでいるわけにはいかないので、
桜花と柿崎はようやく意を決して、店に足を踏み入れた。
……そして数分としないうちに、桜花はものの見事に役立たずの烙印を押された。
店員がテレビで見慣れている嵐山に声を掛けてくれたのだ。
一般女性の視点からのアドバイスがあれば、
妹へのプレゼント選びは安泰だろう。
暇だともう一人の連れを探せば柿崎も店員に捕まっていた。
見た目通り人が良い柿崎だ。
嵐山の兄妹のプレゼントを…というのが念頭にあるせいか断り切れず、
気づいたら論点をずらされ、結果日頃お世話になっている隊員に……という流れになったのだろう。
聞きなれない名前からそう推測したが真実を確かめる気は毛頭ない。
あの中へ自ら行く気力がないのだ。
そんな感じで絡みにいかない桜花は一人孤立していた。
女性をターゲットにしているお店で何故女性である桜花が孤立するのか不思議な話ではあるが、
接客されても買う気は更々ないのでこのままでいいだろう。
この確立された空間の中でどう暇潰しをするか考えて彷徨っていると、
桜花は偶然同じように彷徨っている男と遭遇した。

「あ」
「なっ!?」

桜花の目の前にいたのは二宮だ。
絶対こういうお店には入らなさそうな二宮だ。
ここにいるのは場違いじゃありませんか?…という目で二宮を見る。
自分の意志で入ったわけではないのか、
死んだ目をしていた二宮の目に羞恥という色が宿る。
「なんで、二宮がこんなとこにいるの」
「それはこっちの台詞だ」
「別に可笑しくないでしょ。
ここ、女性向けの雑貨屋だし、知ってた?私、性別女」
入店する時の乗り気ではない態度はどこへ行ったのか…店の雰囲気に慣れた桜花がいけしゃあしゃあと発言する。
先程も思った通り二宮単独で女性向けのお店に何の目的もなく一人で入りそうもない。
二宮本人も不本意なのだろう。
眉間に皺が寄っている。
なのに、イケメンが故か桜花よりはここにいても不自然さを感じさせないものがあった。
「顔はあれだけど、似合うんじゃない?
図体でかくであれだけど」
「喧嘩売ってるのか」
「え、褒めてるけど?」
悪びれもなく答える桜花の言葉を聞いて二宮の額に青筋が浮かび上がる。
「あ、もしかして今日の当番って二宮だったりするの?
こんなところまで大変ね」
「おい、明星…」
「ちょっと二宮くん!
勝手にいなくならないでくれる?」
――とそこにやってきたのは加古だ。
彼女の声を聞いて、二宮は桜花に対する怒りが消えたのか、
溜息をついて嫌そうな顔をしていた。
「あら、桜花ちゃん!
偶然会って嬉しいけど、…意外な趣味ね。
貴方は入ってこなさそうなイメージだけど?」
「私の趣味じゃないわよ。
嵐山の買い物についてきただけ。
ま、来た意味はないみたいだけど」
言うと桜花は視線を嵐山と柿崎に向ける。
視線の先を確認して二宮は鼻で笑った。
「ふん、女としての魅力が欠けているのではないか?」
否定できない言葉に反応する間もなく、加古が二宮の足を踏んづけた。
「二宮くんのそういう無神経なところが彼女できない理由なんじゃないかしら」
「痛っ…加古、お前にだけは言われたくない」
「あら、私は作らないだけで人気はあるのよ?」
「はん、俺だって作る気がないだけだ」
ふふと微笑む加古に、負けじと対抗する二宮。
意外とこの2人仲が良いのだなと桜花が思っていると、
その言い合いに嵐山と柿崎が気付いた。
律儀にも先輩2人に挨拶をする。
「二宮さん、加古さん、お疲れ様です!
こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「本当にそうね。
あ、そうだわ。桜花ちゃん借りてもいいかしら?」
「は?なんで」
答えたのは無論桜花だ。
加古のいきなりの発言に理解できなかった。
「女の子を一人にさせるなんて嵐山くんも柿崎くんもまだまだね。
それに、前回私が選んだ服着れなかったんでしょ?
リベンジしたいじゃない!」
どうやら本音は後者らしい。
いらないと拒否するよりも早く、加古は桜花の左腕を絡み取り捕獲した。
「すみません」「じゃあ、よろしくお願いします」と素直にも、
嵐山と柿崎が返事をするので、加古は満足そうに返事をした。
「ありがとう。かわりにそこの朴念仁あげるわ」
「誰が朴念仁だ」
「二宮くん。少しは2人を見習う事ね。
じゃあ、女の子同士で楽しんでくるから」
有無を言わさず、加古は桜花を連れだした。「俺は帰る」

言い出したのは二宮だ。
桜花と加古がいなくなったのをいいことに、ここから脱出する気満々だ。
…どうやら相当我慢していたらしい。
「お前等も大変だな」
「何の事ですか?」
嵐山と柿崎の反応を見て二宮は、
この2人は桜花の監視について知らされていない事を知る。
流石にここに正隊員が数人いるのだ。
本当に何かを起こす気ならここで起こすことはないだろうと、
二宮は判断し、店の外へ向かう。
「え、でも加古さんは……」
「あいつには今遊び相手がいるんだ、困らないだろう」
2人の制止をきかず、店の外に出た二宮の目の前にいた男に、
二宮は眉間に皺が寄った。

「何か用か迅」
「いやーおれも嵐山に呼ばれただけですよ。
でも入るのに難易度が高くて…あ、二宮さん。
皆が出てくるまでの間、おれの話し相手になってくれませんか?」
へらりと敵意のない顔で笑って見せる迅に二宮は溜息をついた。
「コーヒー一杯分なら付き合ってやる」
「ありがとうございます」
言うと迅は缶コーヒーを取り出し、二宮に渡す。
こうなることは見えていたらしい。
迅の望む展開になって二宮は舌打ちをした。
「本題は何だ」
「ちょっと二宮さんの隊にお願いがあって」
「ボーダーの話なら本部ですればいいだろう」
「最近おれ、本部にいないことが多いので」
「こんなところに来る暇はあるのにか」
「いやいや、半分は仕事ですよ」
迅の言葉を聞いて、
そういえば彼女を監視することになった原因は迅が見たという未来のせいだったことを思い出す。
「相変わらずお前は何を考えているのか分からんな。
アイツ等と仲が良いのだろう?」
「そうですねー」
彼女が監視対象になっている事を知らない2人…。
知らないということは知る必要がないからだ。
最善の未来のために常に未来を選択し、必要な人間に必要な情報しか与えない徹底ぶりは凄いと感心させられる。
それが仲のいい相手でも揺るがないのは猶更、だ。
「皆、聞き訳がよくて助かりますよ」
逆にそれは困っているという風に聞こえる。
これが嵐山達なら分かるのかもしれないが、
生憎ボーダーとしての付き合いが長くとも、友人としての付き合いはあまりない二宮には分からない事だ。
「聞き訳が良いと言えば…明星が気づいているのはお前の入れ知恵か?」
「違う違う。おれはこの件に関しては何も伝えていないですよ?」
「それで付き合うのは…神経が図太いな」
「まぁ桜花は……こういうの慣れているみたいだし」
「分からんな」
「何がですか?」
「迅、お前わざと関わらせようとしているだろう」
「何の事ですか?」
迅は答えない。…それが答えなのは分かった。
だけど目的が分からない…。
「二宮さんもちゃんと見ておいてくださいよ。
判断材料は多いにこしたことはない。でしょ?」

ブー…

音が鳴る。
二宮の携帯からだ。
開けてみると、
送り主は加古からのものだった。
宛先は二宮の他に桜花と迅と黒江と…彼女の仲が良い人間に送られている。
どうやら買い物が済んだらしい。
桜花の髪に加古が選んだと思われる髪留めをつけ、
引きつっている顔の桜花と、
彼女の隣で楽しそうにしている加古が写っている画像が添付されていた。
「今から店出てくるみたいですし、折角なので皆で回りましょうよ」
「迅…」
「まーいいじゃないですか。
あ!そうそう二宮隊メンバーへのお願いの件なんですけど、ログの見直しお願いできますか」
迅は言う。

「あとは隊長である二宮さんにお任せします」

相変わらずの言い方に二宮は何度目か分からない溜息をつくことになった。


2017.01.24


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