過去と現在
戦争の始まり

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「お前さーどうしてそんなことになってるんだ?」
「何が?」
「だから監視だよ」
「太刀川さん!?」
「気にするな出水ー明星は知ってるからな」
「そうね。今更感はするわよね」
「なんでですか!?」

慌てて出水は止めるが太刀川もそして監視対象者である桜花ものんびりと餅を食べていた。
因みにこの餅…太刀川の自前である。
面倒だから一緒に飯を食べようぜと言う太刀川の誘いに、
奢ってくれるならばという条件で桜花は共に食事をしている。
この面倒だから…というのは無論監視のことだ。
極秘任務扱いになっているのに監視対象者に監視者が堂々と監視について話すのはいかがなものかと出水は思っているわけなのだが、
あまりにも二人が平然としているので、
まるで自分の常識が間違えているかのように錯覚してしまう。
もう一人…誰でもいい、もう一人まともな人間が欲しいと出水は切に思った。
「安心しろ、ばらしたのは俺じゃない」
「ばれてはいたけど、ばらしたのは太刀川だけよ」
「あれ、二宮と加古ばれたんじゃないのか?」
「ランク戦より前…三輪辺りからこうなるかなって思ってたけど。
アンタみたいに自分から言ってきた人間はいないわよ」
「お、マジか」
「アンタって本当こういうの合わないわよね」
「すみません、二人とも緊張感なさすぎなんで、
一層の事その話題からはなれてくれませんか」
出水の言葉に二人は苦労してるなという目を向ける……正直この二人にそんな目で見られるのは解せない。
変なところでマイペースで息がぴったりな二人に、
もう出水は突っ込むことを放棄した。

『門発生。門発生――…』

本部内に緊急ブザーが鳴り響く。
いつもの門が開き、トリオン兵が攻めてきたものではない。
それよりも数段大きい規模に太刀川が「やっと来たか」と呟いた。
近々大規模な侵攻があると迅が告げて既に一週間は経っている。
なかなか攻めてこないので気は緩んだかと言われれば…少なくてもこの三人はそんな事なかった。
経験がものをいうのか、何事もなく任務に出るだけである。
今回はその数がいつもより多いだけで――…。

『本部長より通達。本部に待機している部隊は速やかにトリオン兵討伐に出てください。
その他の隊に関しては全員揃うまで待機し、こちらの指示に従ってください』

通信が入る。
先程までのんびりと餅を食べていたと思えない速さで既に戦闘体への換装を終了している二人は、
本部に待機している部隊として、早々に本部基地から飛び出していた。
「お、かなりたくさんいるな」
強者の余裕なのか分からない。
余裕…というよりは少し楽しそうな声色に聞こえる。
そんな太刀川の隣で桜花は今、目視できるトリオン兵の種類を確認する。
最近の防衛任務で確認していたのと同じ。
空にはコウモリ型のトリオン兵が飛んでいて、下にはバムスターとモールモッドがいた。
これだけ大量のトリオン兵が一斉に送り込まれるという事は、
完全に攻めに来ている。
迅が見えたと言っていた未来は間違いなくこれだった。
太刀川がモールモッドを斬る。
一歩遅れて桜花も動き出した。
「なぁ、どっちが多く斬るか競争しねぇ?」
「嫌よ」
「なんだ、乗り気じゃねぇんだな」
意外だと言わんばかりに、太刀川は桜花を見た。
確かにボーダーで生計を立てている桜花にとって、
トリオン兵を倒した数はそのまま給料になるので気にするところであった。
更にいうなら桜花は負けず嫌いで何かと太刀川と張り合おうとする。
そんな彼女が太刀川の提案に乗らないのは意外と思われても仕方がない事なのかもしれない。
「今は斬った数を意識するのは無駄でしょ。
…というか、数えるのが面倒になるから遠慮するわ」
それはこれから大量にトリオン兵を相手にしなくてはいけないという事と、
自分はそれだけの数を処理する。
そう宣言されていると太刀川は思った。
思わず口元がにやけるのが分かる。
「明星だけに活躍はさせないけどな」
「太刀川さーん、おれ援護とかした方がいいっすか?」
「お前も好きなように暴れていいぞー。
隊員が集結するのに時間掛かるからな。
減らせるだけ減らしておけ」
「了解です」
言うと出水はトリオンキューブを細かく分割し、
上空に飛んでいるトリオン兵を撃ち落とし始めた。
割と小型で機動力のあるトリオン兵を相手にするなら射手ほど相性のいいポジションはないだろう。
太刀川のアバウトな指示でも、自分で判断し、
何を優先して倒さなくてはいけないのか理解している出水は相当な場数を踏んでいる。
攻撃手である桜花と太刀川は心置きなく地上にいる敵に専念する事ができる。
数はいつもの防衛任務時に比べるとかなり多いが、それでも相手はバムスターとモールモッドだ。
A級1位の隊長であり、個人ランク戦総合1位の実力を持つ太刀川や、
近界で常に戦場にいた桜花にとって余程の事がない限り二人が苦戦を強いられることはないだろう。
二人は地を蹴り、トリオン兵に向かって突進した。
ただ突っ込んでいるように見えて、
ちゃんと相手の動きを見て潜り抜けるルートを選択しながら、敵の核を的確に斬っている。
「相変わらず動きがやべーな」
流れるような動きに惚れ惚れすると言えば聞こえはいいが…
少なくとも敵からしたらたまったものではない。
この二人が味方で本当に良かったと出水は思うわけなのだが、
前回のアフトクラトル戦の時の戦績から言うと出水も人の事は全く言えない。
今のところは何もない事を確認し、
出水はいつでも二人を援護できる距離に位置取りしながら、上空の敵を倒し続けた。

孤月を振る。
トリオン兵を斬る。
その度に感じる首の絞めつけと左腕の痺れ…桜花は気にしないように努めていた。
最初からそういうものだと思えば…意外と左腕は動かせるのだと気付いたのはここ最近だ。
日常生活からできるだけトリオン体でいることが多かったからか、
遊真と模擬戦をしたからかは定かではない。
だが、この程度なら戦えないことはないと確信した時だった。

ブーーッブーーッ

自分の首から鳴り始めたブザー音に桜花は驚き、
目の前にいるモールモッドを斬り、そのまま間合いを取り始めた。
物凄い音が頭に響くように鳴る。
これだけ大きな音だ。
……遂に聞かれてしまったと桜花は悔いる事しかできない。
自分の背後からトリオンキューブが飛んできて、それが自分の側面にいたトリオン兵に命中する。
出水の援護だった。
『明星、何かあったか?』
呑気な声が聞こえてくる。
「何って……聞こえるでしょ」
『何がだ?』
その声は嘘をついているようには聞こえない。
桜花は遊真のように嘘を見抜くサイドエフェクトを持っていないから100%そうだと言えないが、
信じていいように思えた。
今も鳴り続けているブザー音に太刀川も出水も不思議がるどころか気にもしていない。
……二人には聞こえていないのか?
そう結論づけようとしたところで目の前が歪むのが見え、
桜花は咄嗟に剣を構えた。
同時に振り落とされた拳を剣で受け止め、そのまま風圧により吹っ飛ばされる。
塀に当たりそれでも勢いが殺される事なく、
そのまま民家に突っ込んだ。
「明星さん!?」
「お、新型か!?こりゃー明星の仇をとらないとだめだな」
「いやまだベイルアウトしてないっすよ」
遠くの方でいつもの太刀川隊の会話がされている中、
桜花は余計に大きく鳴っているブザー音の方に気をとられていた。
態勢を崩し膝をついているところ、ぎゅっと首を絞められていた。
反射的に空気を確保しようと自分の首を絞めている力に抗おうとするがそうではない。
トリオン体である限り窒息死はしない。
勿論換装が解けてしまったらお終いだ。
そうならないうちにやるべきことは空気の確保ではなく敵と距離をとることだ。
桜花は孤月を握ったまま右手を思いっきり振りかぶった。
相手は振り払われたかのように距離をとる。
少しはっきりとしてきた視界。
桜花は相手の姿を目視した。
相手は人型、子供だった。
今度は斬ろうと桜花が剣を振るうより先に近界民の子供は炸裂弾を投げてくる。
咄嗟に桜花は前方にエスクードを壁として出し、念のため自分の周囲をシールドで覆う。
爆発が場を荒らす。
煙幕が収まり、辺りが見渡せられるようになった頃、
そこには先程の近界民はいなかった。
自分の首から鳴っていたブザー音が止まっている事も確認した。
「……ちっ」


この日始まった大規模侵攻はそのまま夜を迎える。
攻めてくるトリオン兵の数は減ることはなく、
ボーダー本部では緊急で日夜の出動シフトが組まれる事になった。


207.01.30


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