過去と現在
縛られているもの

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※オリジナル国家・設定出てきます。
※死ネタあります。



近界民が攻めて来て2日――。

流石にここまでくると精神的に参る人間が出てくる。
玄界が経験している大規模侵攻と呼ばれるものは運がよく一日で終わっていた。
前回のアフトクラトルが攻めてきた時は2時間くらいで終わった。
いくらそこで経験したといっても正直まだまだ経験不足だ。
しかも今回は敵が持久戦に持ち込んできている。
適応するために基本は4時間交代でシフトを組み、入れ替わり戦闘と休息をとるようにしている。
戦争になれていない人間が4時間命のやり取りをし続ける緊張感は凄まじい。
そして休める時に休息をとる行為に慣れていない人間にとって、
休息時間も緊張状態が続き……悪循環になっていた。
それでもなんとか機能していたのは今のところ被害が全く出ていない事、
そしてA級隊員の力によるものが大きい。
実際B級隊員で経験が少ない隊員の担当個所をフォローしているのは彼等だった。
ボーダー隊員が踏ん張ってくれたおかげで、
三門市民は地下のシェルターへの避難は済んでいた。
だから町の方にトリオン兵が流れてもいいというわけではないが、
少なからず緊張させる要因の一つを減らせたことにはなり、
その一つは物凄く大きい。

これが桜花が把握しているボーダーの現状だ。

向こうの世界で何度か体験している桜花にとって、
緊張や不安から来る食事が喉を通さない、眠れない等の現象に悩むことなく、
いつも通り食べて寝て、自分が出動するのを待つだけ。
自分の部屋が本部にあるおかげで今までに比べると快適な環境で休息ができるのだ。
誰の目も気にしなくていい。
自分の部屋だから堂々と鍵を掛けることができる今、
隠し事をしている桜花にとって、自分ただ一人の空間があることは幸いだった。
桜花は右手で自分の首を絞めるように触る。
圧迫感で息苦しくなる。
時間にして10秒程度。
体温、脈拍、死に近いと危機感を感じると見えるようになる首輪。
これが桜花の首から時折鳴る音の正体だ。
桜花はテラペイラーという乱星国家に攫われて捕虜となった。
その国では識別するために首輪をつける。
いつ死んでもいいように、死んでも誰だか分かるように、ドックタグと同じだ。
捕虜にとってはただのドックタグではなく逃亡防止、監視の意味もある。
三門市の上空を飛んでいるコウモリ型のトリオン兵、ニュクス。
本来は首輪と対応するニュクスがセットになっているもので位置情報を知られ、監視され続けている。
警告を無視し続けると用済みと判断されそのままニュクスが首輪装着者を回収する。
それが桜花の認識だ。

警告音は鳴っている。首輪の機能はまだ活きている。
だけど桜花が今も無事でいるのは、自分の首輪に対応するニュクスがいなかったからだろう。
ブザーが鳴るタイミングにも見当はついた。
その国に刃を向ける…厳密にいうと人型が特定範囲内にいる状態で敵対意識と判断される行為をみせると鳴る。
そしてその音は首輪をつけた者とテラペイラーに属する者しか聞こえない仕様だ。
音に関しては、
以前の遠征艇で、敵対した時に鳴った音を相手の男には聞こえていたこと。
そして先日一緒に戦闘に出た太刀川と出水には聞こえていなかったことから分かる。
自分が未だに相手の国に回収されていないのは、不幸中の幸だが、
首輪が機能している以上、幸運がいつまで続くか分からない。
何があっても自分が信じる道のために戦うことは決意している。
だけど恐怖を感じないわけではないのだ。
少し揺らぎそうになりながら、桜花は自分の首を見る。
暫くすると消えて見えなくなる首輪。
だけど間違いなくここにあることは確認した。
「あと2日」
長引けば長引く程、人も兵も食料も何もかも消耗していく。
理想は最短決着。
2日で決着をつける。
恐らくそれが戦争終結の期限であり、自分に残された猶予でもある。
桜花はトリガーを起動し部屋を出る。
左手を動かしながら感覚を探り、動く事を確認する。
桜花は自分の現状をボーダーに話す気はなかった。
そもそも話せない。
国の問題と個人の問題がイコールであることはあり得ないし、
個人の問題が国の問題より重要視されることはない。
この場において何か一つの要素で混乱させる、迷いを生じさせることの重大さを桜花は知っている。
(ま、一隊員である私の事情なんて知っても変わらないわよね)
自分がどんな事態でも目の前の事に対処するのは変わらない。
そろそろ交代の時間だった。


桜花は目の前の敵を斬ることしかできない。
自分の目の前に立ちはだかる邪魔なものを斬ることしかできない。
現れたトリオン兵を斬る。
斬って斬って斬り捨てた。
桜花はこういう状況下におき単独で活きる駒だ。
自由に動き回らせる程、その効果はでかい。
だが、いろいろと疑いをかけられ監視対象となっているためそれはできなかった。
おかげで桜花はどこかの部隊と共にすることになっていた。
因みにこんな状況下でも彼女の対処ができる者…となるとかなりの強者になってくる。
余計なところで人員を割くなと誰かの小言が聞こえてきそうだ。
疑いを向けられている事を知っている桜花も今のところはボーダーの指示に従いトリオン兵を倒している。
目の前にいるトリオン兵。
今は共通の敵だ。
トリオン兵を斬って斬って斬って斬って……
少し前まで気にしていた首の絞めつけも左腕の痺れも気にならなくなった頃、通信が入った。
『2か所から緊急要請来ています』
「二手に分けるぞ」
オペレーター三上の言葉に対する判断は早かった。
「ぼくは嫌ですよ。その人と一緒なの」
「こんな時に私情を挟むな」
「じゃー歌川が明星さんと組めばいいだろ」
(じゃあもなにも私情挟んだままなんだけど)
いつもの彼等のやり取りを聞いて少しだけここが戦場だという事を忘れそうになる。
だけどそれは隙を生みやすい事を知っている。
機械的に桜花は意識を戻した。
「歌川任せるぞ」
「分かりました」
「ほら、さっさと援護しに行きなよ」
「アンタも行きなさいよ」
軽口を言い合う。
そんなやり取りが少しだけ楽しい。
どうしてそれを今感じてしまうのか桜花は理解ができない。
部隊は風間と菊地原、歌川と桜花に分け、それぞれ救助要請があったポイントに向かった。


「うわあああ!!」

ポイント付近まで行くと悲鳴が聞こえた。
擬態化する新型のトリオン兵だ。
相手にしているのはB級隊員達だ。
見ていると連携も何もないのでチームメンバーというわけではなさそうだ。
合同チームとして組まれ、まだチーム戦の経験が浅いのだということは見て分かった。
「援護に入ります」
「了解」
言うと桜花は上空でグラスホッパーを使い速度を上げ、
更にグラスホッパーで急降下し剣を振り下ろし、無理矢理新型トリオン兵とB級隊員の間に割って入った。
「あなたは…」
「風間隊の歌川さんだー」
「助かったぞ!」
救援に駆け付けた桜花というよりは、歌川の姿を見てB級隊員が安堵する。
「アンタ達邪魔。戦えないならそのまま本部に戻ってちょうだい」
「な…!オレ達は戦えるし、何かあってもベイルアウトがあるから大丈夫…」
「ここは今戦場よ。戦える手段を自ら手放してどうするの。
無事にこの世界にいたいなら尚更、ベイルアウトなんてするものじゃないわ」
「は、この人何言って…」
意識の違いはここまであるものかと思い、桜花は舌打ちした。
だけど目の前の敵だけは意識を外すような愚かな事はしなかった。
トリオン兵が間合いをとろうと身を引こうとするのが分かる。
そんな時間は与えないよう桜花はそのまま突っ込んで突き刺した。
装甲が少し硬いのは知っている。
だが今はちまちま時間を掛ける必要性を感じない。
少しでも突き刺さっている状態なら話は早い。
桜花はそこからグラスホッパーを踏み、加速した。
一度でダメなら再度踏み、それでもダメなら再度踏み、
圧を掛け続けそしてトリオン兵の身体を突き抜けた。

ブーブーッ

首からあのブザー音が鳴る。
想像通りなら近くに人型近界民がいるという事だ。
桜花は進行方向を変えるために前方にグラスホッパーを出し、上空に跳び民家の屋根に飛び降りた。
レーダーだけではトリオン兵がどこにいるのかは分かっても人型がどこにいるのかは分からない。
特にその報告がない以上マーキングされていることはないだろう。
ならば自分から探すしかない。
「歌川そっちは?」
『撃破しました。今B級隊員には帰還指示を出しています』
「そう」
その直後桜花に目掛けて弾丸が飛んでくる。

――いた。

桜花はシールドを展開しながら屋根から飛び降り、人型に向かって突進した。
相手はあの時確認した通り子供だ。
前回と違いここは外。
相手は姿を見せている。
「人型近界民確認。今から迎撃するわ」
『明星さん!?…こちらにトリオン兵の援軍来ました。
なんとか耐えてください』
「それはどーも」
都合がいいと桜花は思った。
鳴り響くブザー音だけがやけに大きく聞こえ桜花を苛つかせるが、
目の前の敵に集中する事で自分の意識の外側に追いやる。
「昨日ぶり」
言って桜花は剣を振り下ろが、案の定受け止められてしまう。
接触に成功した。
次にとる行動を考えて最初は様子見をしようと桜花は斬り合いを開始した。
何度か斬り合いそして気づく。
相手は弱いわけでもないが強くはない。
ただ打ち込みにくる攻撃にまるで意志がないように感じた。
思い切って桜花は人型を斬り捨て――…それはすぐに起きた。
「あ、そういうタイプの奴?」
人型にシールド固定型タイプで展開し、爆撃に備えた。
自分の目の前に展開しなかったのは単純に威力が分からなかったからだ。
シールドは砕け散ったが、周りの建物に被害は出ていないのでいいだろう。
爆発したのは勿論人型だったもので…残っているのはトリオン体の欠片のみ。
――となれば、これはトリオン兵だったという事だ。
悪趣味なのは知っているが、どうやら自分の首輪はこの悪趣味なトリオン兵にも反応して鳴っているらしい。
これでは本物とそうでないものとの区別がつかない。
一度歌川と合流するかと考えたが、
今の状況から考えると一人で動き回った方が都合がいい。
人型が全てこの形とは限らないが、相手の目的を考えるのなら尚の事、
ちゃんと処理だってするのだから、
これくらいの独断専行なら許されるだろうと桜花は他を探すために動き出した。
発見器としてこの首輪が役に立つのだからなんだか皮肉を感じてしまう。
ブザー音が鳴る。
「こっちね」
音を頼りに桜花は人型を捜しに行った。


「やば、寝過ごした……」

そう言って迅は仮眠室を出た。
玉狛支部の人間ではあるが、こういう戦時の時は本部にいる事が多いのは実力派エリートと言われるが故…というよりは彼が持つサイドエフェクトによるものが大きい。
今回の大規模侵攻戦が1日や2日で終わらない事は分かっていた。
だきるだけ早くそして最善で終わるようにするためには迅の未来視のサイドエフェクトは必要不可欠だった。
未来を見るためには人を見ないといけない。
より多くの人間が集まる本部に迅がいるのは、そのためだった。
防衛よりも優先して本部の人間を見回っている。
勿論場合によっては防衛にも出るが、それは上の指示待ちになっていた。

「迅さんだ、迅さーん!」
「おお駿。おまえ元気だな。ちゃんと休んだか?」
「休んだ休んだ。今からオレの隊防衛なんだ」
「そっか。駿なら大丈夫だと思うが気を付けろよ」
「うん、じゃあ行ってくるね!」
「ああ、いってらっしゃい」

言うと迅は緑川を見送る。
あんなに無邪気でいるが緑川も戦争を経験するのは今回で二回目だ。
遊びでない事は十分に承知している。
だからこそあの明るさはこの場において救いだった。
少しだけ空気が明るくなったのを感じ、迅は本部指令室まで歩いていく。
目に映る隊員達の姿を見て、何も問題はないか確認する。
「……」
それを見たのはB級隊員とすれ違った時だった。
嘆いている姿が見える。
それが何に対してなのか分からない。
ただ、何かが動き出そうとしているのだけは分かった。
迅の足はどんどん早足になる。

見えない。
見えない。
見えた。
見えない。

幾つか見えた未来から考えて迅は指令室の扉を開いた。
「忍田さん!」
「迅、休息はちゃんととったか?」
「おかげさまで。それより敵が動き出すっぽい」
「歌川隊員から報告。
明星隊員が人型近界民を発見、交戦に入ったそうです」
タイミングがいいのか悪いのか、よりによって桜花が最初に近界民と接触するとは…。
指令室にいるのは本部の上層部の人間だ。
ここにいる人間は勿論、迅から事前に桜花のある可能性について話を聞いている分緊張が走った。
監視カメラの映像がモニターに映し出される。
「相手は子供じゃないか」
そう、桜花が相手にしているのは5~6歳くらいの子供だった。
ボーダーの防衛隊員も高校生を中心に結成されてはいるものの、
最年少記録は小学生であり(今は中学生に成長している)、
見た目で言うなら今ボーダーで一番幼く見えるのは遊真だ。
子供を戦場に立たせるのはいかがなものかとは言わないが、
あんなに幼い子を立たせるのは…誰でも迷いが生じそうだ。
敵もそれを狙っての投入なのだろう。
「迷いがないな」
誰かが言う。
確かに桜花の剣筋に躊躇いなどなかった。
恐らく敵の狙いも分かっているし子供がいかに脅威であるか分かっているのだろう。
こういう場面であればある程桜花の強みが活かされる。
襲ってくる人型近界民の胸を真っ二つにした。
「いやーいくら相手が近界民でトリオン体といえど見た目がよくありませんね。
こんなの世間に見られたら格好の餌ですよ」
ぽろりと吐き出された根付の言葉に、
今は三門市外に避難しているんだから…と言うつもりで迅は思わず視線を向ける。

見えた。


20170219


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