隊服
漆黒ウェディング


特別な何かが欲しかった。
親友、仲間、恋人、家族。名称はなんでもいい。
隣にいてくれる誰かが欲しかった。
そしてそれが彼女なら最高に良いと思った。

「なーゆめ。太刀川隊に入らねぇ?」
「え、なんで?」
「は、なんで?」

まさかそう答えられるとは出水は思っていなかった。
答えようとして喉に何かがつっかえる。正直に言うにはまだ何かが足りないらしい。
反射的に出てきた言葉は質問を質問で返すという……オウム返しそのもの。
相手はそれを不自然には思わなかったらしく表情に変化はないことに出水は胸を撫で下ろした。
そしてあらためて冷静に考えてみてもやはり先程の彼女の言葉に対する返答は口にしてしまったものとそう変わらず単細胞というかなんというか……何も考えていなかったことに自分ながら呆れてしまった。

謙遜しても仕方がないのではっきり言うがA級1位の太刀川隊は防衛隊員から見て誰しも目指し憧れる隊というポジションにある。
ある者は彼等を蹴落とすために挑戦し、ある者は自分も仲間入りしたくて腕を磨く。そんな1位の隊から入らないかと勧誘を受けるということは少なくても実力を認められているということだ。普通はそう考えて喜ぶところだろう。……勿論入るかどうかは別問題なのは出水も分かっている。ただ何に対してもはっきりと答える彼女がイエス、ノーではなく理由を求めた。いつも自分の中で答えを持っているような芯の強い彼女がだ。それがどれだけ珍しいかを出水は知っている。
どう答えれば彼女に納得してもらえるのだろうかと考えてやはり口にできたのは不格好な言葉だった。

「太刀川隊に誘われてるんだけど嬉しくねーの?」
「嬉しくないわけじゃないけどなんでかな――……」

誘われて当然だと天狗になるわけでも自分なんて恐れ多いと謙遜することもせず出水の言葉にゆめはうーんと唸る。彼女の中で何か腑に落ちないことがあるのだろう。それが一体何なのか出水は気になって仕方がない。
上手く聞き出そうとしてもいい言葉が見つからない。
自分はいつからこんなにかっこ悪い人間だったのだろうかと思い知らされる。

「ゆめにしては珍しく口籠るんだな」
「誰のせいだと思ってるの」
「えー俺のせい?」
「他に誰がいるの」
「だよなー」

出水が笑うのに対しゆめは少し頬を膨らませる。

「ねぇ、なにかあったの?」
「何もねーよ」
「嘘。だって急じゃない!それに本気で私を太刀川隊に誘っているなら公平じゃなくて太刀川さんが勧誘するでしょ?」
(あーなるほど)

ゆめの言う通り隊長ではない隊員にその権限はない。普通は隊長自身から勧誘するだろう。だが太刀川隊はその辺りに関しては割と緩い。……というか太刀川自身増員の考えはない。彼の頭の中では戦えればそれでいいし太刀川隊として機能するのであればそれでいいのだ。特に不満がない今の状況で隊編成を見直すという発想は太刀川にはない。
逆に言えば空いている席に誰を座らせるか……いい人間がいれば自分から太刀川に勧めればいい。太刀川のことだ。余程のことがない限り許可を出してくれる自信はあった。
だからといってゆめがそれを知っているわけではない。
そしてゆめが今思っているのは出水の気持ちを本気だと思っていないこと。
それはそうだ。出水はきちんと自分の言葉で伝えていない。それを汲んでくれというのは自分勝手にも程がある。
本気なら相当の意志で臨むべきなのだ。

「おれの傍にいて欲しいんだ」

胸から溢れる気持ちを全て言葉にするのはきっと時間が掛かるだろう。たくさんの想いを全て言葉にできる自信はあまりない。
だけど強く思い浮かぶのは近界民の世界への遠征帰りには必ず彼女に会いたいと思うのだ。
そしてその願いを叶えるように彼女が「お帰り」と言ってくれるのが堪らなく嬉しくて、ちゃんと自分は出水公平という人間はここに帰ってこれたのだと実感するのだ。
「こんなこと恥ずかしくて誰にも言ったことないんだけど」と出水は小さく呟いた。

「おれダメなんだ。おれの知らないところでゆめが戦って傷つくのもおれが一人で消えるのも嫌なんだ。
一緒に戦って欲しいってどういう意味か分かってる。そんな中で傍にいて欲しいってどういう意味なのかも分かってる。
すっげー自分勝手だって思うけどそれでもおれはゆめに傍にいて欲しいんだ」

ゆめは出水の手を握る。
最低だと罵られなかったのは救いなのか……じわりと伝わる体温がなんだか沁みる。

「……私でいいの?」
「おれはゆめがいいんだ」
「そっか」

そう答えたゆめの声はこの場に似つかわしくないくらい明るい声だった。

「私が入るとB級からのスタートだね」
「別にいいんじゃねぇ?太刀川さん沢山戦えて嬉しがるだけだろうし」
「想像できるね」

くすくす笑うゆめを見て受け入れられたことを出水は知って力が抜ける。
和ませるように振る舞う彼女には感謝してもしきれない。
こういうのは胸が温かくなって居心地がいい。だから何時如何なる時も彼女と共にいたいのだと願うのだ。
君がいるから大丈夫。
その意を込めて出水はゆめの手を握り返す。

「それに順位が変わったところでおれ達が太刀川隊であるのは変わらないからな」
「公平のそういうとこ好きだなー……」

ゆめの言葉に出水の心臓が跳ね上がった。
言葉が何も出てこない。何も反応できない。
まるで身体中の全ての機能が停止している感覚だ。その中で心臓だけがやけに活発に動いているのが分かる。脈が五月蠅くて仕方がない。今大切なことを言われている気がするのに自分の鼓動に意識が持っていかれるのはどういうことなのだろうか。
出水が内心パニック状態になっているのに気付いているのかいないのか……構うことなくゆめは言葉を続ける。

「公平が公平だから私は傍にいるよ」
(あー真面目な話をしているのに……)

ゆめの言葉を聞いて止まっていた機能が再稼働する。
真面目な話をしているからこそゆめの言葉が響いてくる。
押し寄せてくる波を必死に我慢して……それでも自分の顔の熱が上がるのが分かる。頬、口元が緩むのを出水は感じた。


20180121


<< 前 | | 次 >>