隊服
誰そ彼


※18巻までの情報を基にアフトクラトル事情を捏造している部分があります。


大切にしていたはずだった。

彼が軍に所属したのは主君の命令だった。
元々ハイレインの領に属する家は領家拡大のため自分のところから数人輩出しなくてはいけない。
その年、エリン家から出てきた少年ヒュースは余程優秀な子供だったのだろう。
拾われて来たとは思えない綺麗な顔立ちは印象的だったのを覚えている。
少年に軍服はまだ大きすぎたのか似合わなかった。その不格好さが初々しくて……きっと自分も初めての時はそうだったのだろう。可愛いものだなと笑ったのに他意はなかった。だけど運悪く私の笑いに気付いたヒュースがこちらをじろりと睨んだ。
ごめんごめん。そんなつもりはないんだよ?
先輩であると気付いてすぐに態度を改めてくれたけど……まるで私を見定めるような視線に聞き入れてくれたわけではないと知るのは難しいことではなかった。
少年はただの頑固かそれともエリン家の者としての自覚とプライドがあるからか――どちらなのかは分からない。
顔に色がでる軍人は久々だ。
何も知らないなりに状況を把握しようとしているのは好感が持てた。拙い技術は今からものにしていけばいい。表面上には出していない反抗的と言ってもいい負けず嫌いさが私は凄く気に入った。
そして新しい仲間ができたことを純粋に喜んだ。

これが私と少年ヒュースの出逢いだった。

ヒュースが配属された部隊と私がいる部隊は違う。かかわりはそんなに無さそうで意外とあった。
それは私もヒュースもヴィザ様に剣の指導を受けているからだ。
ヴィザ様との手合せが終わった後、休憩の間ヴィザ様はヒュースと稽古を始める。
私とあれだけ激しくやりあっても涼しい顔して少年に合わせて動けるんだから……見た目の割に侮れない御人だ。私がこうやって他の人間の稽古も見ることができるのはヴィザ様に考えがあるから。
少年の直向きさ、今の自分にできる対処の見出し方や実行の仕方。今まで戦闘経験がなかったと聞いていたのに冷静で前向きだ。
初心を忘れるなということなのだろうな。ヴィザ様も嬉しそうに熱を入れているから少年は有望なのだろう。
「あまりじろじろ見るな。気が散る」
「それくらいで集中切れてたらダメだろ?もっと精進しなよ」
「っち」
「二人が共に戦うところも見てみたいですな」
「機会があればね。部隊は違うけど共同作戦がないわけではないし、楽しみだなー」
「おま……ゆめ、今馬鹿にしただろ」
「してないよ?」
「笑った……」
あの時みたいにと続いた言葉は恐らくヒュースと初めて逢った時のことを言っている。
律儀にも覚えてくれているのだなと思うと嬉しくて仕方がない。
ヒュースと私は稽古で顔を合わせて休憩の合間に言葉を交わす程度。仕事で顔を合わせることはあるけどそこに自分の感情は必要ない。だから何も気にすることなく言葉を交わすのはこの時くらいだ。
ただの挨拶だったり世間話だったり何の身にもなりそうにない会話。
日常というものは他愛のない会話や習慣で構築されていくものでこれが私の生活の一部だった。
なくてはならない大切なものだと気付くのはいつもなくなってからだ。
ぽっかりと胸に穴が開いたような感じ。そこに蓋をしようといろんな感情が詰め込まれる。

私は軍人だから別れは何度も経験している。だから慣れている問題ない。
そして再会も少しばかりは経験している。だから問題は――。

どこかの星のどこかの土地。私には馴染みのない場所で目の前に現れたヒュースは一瞬だけ目を丸くした。
そんな隙を作るような動作を教えた覚えは全くない。ヒュースにしては珍しい行動だった。
でもすぐに態勢を整えるところを見ると教えられた基礎を忘れていないということだろう。私が知っているヒュースで少し安心する。
ただ気に食わないのは私を見るその目つき。それには見覚えがあった。

「どういうこと?言い訳なら聞いてやる」

私の見たことのない服に身を包むその姿。見覚えのない武器を手にして私に向ける。
ヒュースが簡単には自分の意思を曲げないことを私は知っている。
だからこそ沸き上がってくる疑問や想いは当然だろう。

エリン家の当主に忠誠を誓っていたお前はどこへいった!?
ヴィザ様に剣に稽古をつけて貰っていたお前はどこへいった?
私と……私の日常にいたヒュースはどこへいった……?

「ヒュース」

私とは違う軍服を身に纏った彼を見る。

「随分とその服が似合っているな」

私の皮肉に何も反応しない。
ヒュースの剣が動く。
私もそれに応えるために剣を抜いた――……。


20180216


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