隊服
掛け違えたボタンの行方


目の前に現れたトリオン兵。
動じることなく寧ろ懐かしいと感傷に浸ってしまうくらい私はそれと関わる機会は今日までなかったのだと思い知る。
トリオン兵の身体に線が描かれる。
その線から奇麗に真っ二つ。その間から感動もなにもなく現れた影に相変わらずだなと思ってしまった。

「忍田くん」
「唯野っ!何故そんな冷静に……」
「その辺に人に比べたらトリオン兵見ただけで慌てたりはしないよ」
「だからと言って避難しないのは危機管理が足りないだろう!
君はもう一般人なんだ」
「そう、だね」

忍田くんの言う通り。
ボーダーを辞めた私は守る側から守られる側になった。今はただの一般市民。

「その一般市民をこのまま放っておくのはどういうことなのかしら?」
「ああ……そうだな、避難所まで行こう」
「まだトリオン兵の反応あるの?」
「いや、そういうわけではないんだが……」

ボーダーにいる時はずっと忍田くんと共に戦ってきた身としてはその反応がどういう意味のものなのか分からないわけがない。
寧ろ数年経っているのに未だに変わらない仕草にちょっとだけ温かさと物苦しさを感じる。
理由なんて考えたくないからその気持ちには無視しようと決める。

「部外者の私には言えないことがあるんでしょう?
分かったから案内してちょうだい」
「ああ」

苦笑して孤月を鞘に納める。途端に穏やかな雰囲気になるのはそれだけ年をとったのか。
昔はあんなにやんちゃしていたのが嘘みたい。
変わっていないところと変わったところ。それを感じながら私は忍田くんの後を追うように歩く。
こうやって一緒に歩くの、本当久しぶり。

「隊服変わったのね」
「そうだな忍田隊を解散してから私は立場が本部長になったからな」
「本部長かー……ちょっと信じられない」
「笑わないでくれないか」
「そういう反応してくれるのはやっぱり可愛いわよね」
「……君は私を何だと思っているんだ」
「さあね。何だと思う?」

余裕があるように笑って見せるのは私の意地。
他愛ない話をしているとつい昔の感覚に戻ってしまう。胸のざわつきは幾つになっても変わらない。
だからなのかな。つい口にしてしまう。

「沢村ちゃんはいいなー」
「何故、沢村くんが?」
「元忍田隊でまだボーダーに在籍しているの沢村ちゃんだけでしょ?羨ましいじゃない……て、なんでそんな意外そうな顔をするの」
「唯野がそう思っていたとは思わなくて」

どの口が言うのよ。
忍田くんが『ボーダーを辞めて欲しい』なんて言わなかったら続けてたわ。
想像できる?
その言葉を貰って私がどれだけショックだったか……。
忍田くんの足元には及ばなくても少しでも力になれるなら傍にいたいと思うでしょ。
そんな私の気持ちも隊員としての実力もいらないって言われたら身を引くしかないじゃない。だってそれは私にとって価値がないと同義だもの。

「そういうつもりでは……私はただ危険な目に遭って欲しくなくて」
「……でしょうね」

でもその時の私はそう思わなかった。
どこかの誰かさんみたいに馬鹿でまっすぐでそれしか考えられないの。
相手はボーダーにしか興味がなさそうだったし。だから傍にいれるかどうかよりも支えることができているかどうかの方が私には大事だった。
それを否定されたような気になったらもう言われた通りに辞めるしかないわよね。
……この胸に燻っているものも一緒に捨てられれば良かったけど、残念。
今日までなくなることはなかったわ。

こんなこと言うつもりはなかったけどやっぱり会っていない時間って偉大なのね。
今ならなんでも言えるような気がするもの。

「――唯野」
「何?」
「その言い方だとまるで私に気があるように聞こえるのだが……」
「だからそう言ってるのよ!馬鹿」

忍田くんが急に立ち止まる。
ちょっと手で口元を隠すように覆って何してるの。

「忍田くんどうしたの?」
「……一つ確認したいんだが唯野は今も私のことが好きなのか?」
「そうよ、忍田くんにその気がないのは知っているけどね!だから頂戴、返事。それでちゃんと自分の気持ちに整理をつけるから」
「そうか」

忍田くんの目がすっと細くなる。

「唯野にボーダーを辞めて欲しいと言ったことは今でも変わらない」
「……」
「だが一つだけ唯野に言いたいことがある」
「……」
「ボーダーを辞めても私の傍にいて欲しい」
「…………え」
「君が傍にいないのは堪えたんだ」
「それってどういう……ちょっと!私勘違いするわよ!!」
「勘違いじゃない。寧ろ君が離れるまで気づかなかった私の落ち度だ」

忍田くんの言葉に目頭が熱くなる。
ヤバイ。視界が歪んで上手く見えない。

「わ、私がずっと好きじゃなかったらどうするつもりだったのよ」
「その時は私が振られて終わっていただろうな」

忍田くんの手が私の瞼に触れる。

「私と共にいてくれないか?」

その言葉の返事はただ一つだけだった。


20180303


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