XとYの解を求めて
からっぽ

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「さて問題。ここに一冊の本がある」

少年が少女の目の前に取り出したのは一冊の本だった。
少女に見せるように本を置き、嬉しそうに表紙を開く。それにつられて少女も目をきらきらさせて見守る。
だけど目に飛び込んできたのは白。
何も書かれていないし、描かれてもいない。
気になって次のページも捲るがそのページも白。その次のページも白。
変に思った少女は首を傾げる。
「このご本、何も書かれてないよ?」
少女の言葉に少年は待っていましたと言わんばかりに笑顔になる。
「うん。その本は今は何もないんだ。これは一体何の本だと思う?」
「それは難しい問題ね」
「そうかな?」
「そうよ。だって何で真っ白なぺーじしかないのか分からないもん」
「じゃあ何でこの本のページは全部真っ白なんだろう」
「うーん、まだお話が決まっていないのかな?」
「そうか君はこの本は何かの物語だと思うんだね」
「違うの?」
「さあ僕には分からないよ」
自分から問題を出してきたのに答えを知らないという少年の言葉に少女は頬を膨らませる。
その顔を見ても少年は焦ることはない。
ただ予想通りだと笑いながらその本を少女に出渡した。
「だから君にこの本をあげるよ」
「なんで?」
「僕があげたいと思ったから」
少年は悪びれることはない。
「その本は君のものだから自由に使っていいよ。それで答えがちゃんと出たら僕に教えて欲しいんだ」
少女の膨れていた頬は何時の間にかなくなっていた。
それも仕方がないだろう。
先程自分でも分からないと答えていた少年は手のひらを返すように先程と意味が違う言葉を贈ってきたのだ。
こういう時の少年は少女が何を言っても聞く耳を持たないことを知っている。
少女は本を受け取り一言だけ言う。
「私の答えを教えたらちゃんと××くんの答えも教えてよ」
「うんいいよ」
小指と小指を絡ませる。そして――……



キーンコーンカーンコーン。

これは何の合図だっただろうか。
鳴っていることは分かるのにそれが何を意味するのか理解するのに時間が掛かった。

「姫野さん……姫野さん!」

耳元で大音量で聞こえてきたそれが自分の名前なのだと気付いて慌てて反応する。
「大丈夫?」
心配そうに自分の顔を覗き込んでくるのはクラスメイト。
名前は確か……と胸元にある名札を見て思い出す。
そうだ、彼の名前は――……
「どうしたの隠岐、くん」
「それはこっちの台詞やで。自分こそ、ボーッとしてどないしたん?」
隠岐くんに指摘されて首を傾げる。ボーッとしていた自覚はない……わけがなかった。
考え事をしていたわけでもなくまるで夢を見ていた。そんな感覚。
だけど実際私は寝てはいない。では、これは何だったのだろうか――?
時間が経てば経つ程薄れていくそれは一体どんなものだったのかもう思い出せない。
「体調悪いん?」
何も答えない私に隠岐くんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
目が合って反射的に返事をする。
「悪くない。寧ろ元気」
「そっか。なら良かったわ」
「楓ー一緒に帰ろうぜ」
元気な声に反応して隠岐くんの顔が離れる。
二人して振り向けばベージュピンクの元気な女の子。彼女の名前を思い出す。
「仁礼さん一緒に帰ろう」
「光でいいって言っただろー?」
「うん、なんか慣れなくて――……」
「アタシも慣れねぇから光にしようぜ。な!」
「そんな迫ると姫野さん困るやろ?」
「何言ってんだよ、さっき楓に迫ってたの隠岐の方じゃねぇか」
「何のことや?」
仁礼さんが言っていることが分からず私と隠岐くんは首を傾げる。
「なんだ違うのか?」
私達の反応を見て仁礼さんも同じように首を傾げる。
でも納得したのか表情が変わる。
まるでスイッチが入ったかのような切り替えの早さを私はただ眺めているだけだ。
「隠岐も一緒に帰るか?」
「せやな。ボーダーへ行く通り道やし、いいで」
「じゃ決まりだな」
……眺めているだけでいつの間にか話は決まったようだ。
別に異論はないのでそのまま流されるように一緒に帰るために私は帰り支度をする。

二人の会話の中に出てきたボーダー。最近よく聞く言葉だった。
近界民と呼ばれる敵から私達を守ってくれる組織の名前。
この四、五年でボーダーの活躍は凄かったらしく周囲は既に馴染んだようで口々にボーダーの噂をして称賛している。
だけど私はまだ慣れない。
ここ最近、その言葉を聞くようになったから……というのもあるのかもしれない。
勿論ボーダーだけではない。
近界民という言葉も馴染めないし、それどころか学校生活もまだ馴染んでいない。
平たく言えば今の日常生活そのものが馴染んでいない。そんな気がする。多分、気のせいじゃないけど。
今目の前に起きている出来事が嘘のように見える。
今自分がいる世界が嘘のような気がする。
そんな錯覚を覚えてしまうのは私が所謂、記憶喪失というやつだからかもしれない。

……そう。
私は近界民による大規模侵攻に巻き込まれてそのショックで今までの記憶を失った。……らしい。
まるで悲劇の主人公みたいな設定だけど残念ながら私は悲観することはできない。
何せ記憶喪失。
悲観するにもその基準になる記憶さえもないのだから――。
周囲が私をどう見ても気にしないしどう思おうが関係ない。
世界に取り残された私にとって、どんな出来事も全て違和感を覚えるものでしかない。

隠岐くんと仁礼さんを見る。

彼等もまた私の中では違和感の対象になっている。
そして何より、私の存在自体が違和感の塊だった――。
だからなのかな。ぽかんと穴が開いたかのような感覚になることが多い。

「あ、そうだ。今度皆で遊ばねぇ?」

仁礼さんの声がする。
私は曖昧に頷いた。


20180413


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