オーバー・ザ・トップ

ナマエのキーボードを叩く音は波みたいだ。ぱちぱちぱち、と規則正しく音が連なることもあれば、音が途切れて、いくつかの文字を消してまた規則正しいタイプ音が再開される。
順調にキーボードを鳴らしているナマエは明日発表があるらしい。それの資料がいるとかで、こんな時間までノートパソコンとにらめっこをしている。大学生も大変だな。指が冷えるみたいでたまに手をぐーぱーしているのが可愛いけど、横顔は真剣そのものだ。あんまり見れない表情にちょっと得した気持ちになった。


「まだおわんねえの?」
「んー、もうちょっと。あとまとめだけ」
「そ、がんばれ」


ちょっとでも気を引きたくてナマエに話しかけるけど、集中しているナマエは生返事だけでこっちを向いてくれない。はやくこっち来てくんねえかなぁ。もう終わるから先にベッド入ってて、と言われたから大人しくシーツの中に収まっているものの、さっきから瞼とスマホがじわじわと重くてたまらない。スマホの画面は何度も真っ暗になって何を見ていたのかもわからないほどで。ひたひたと迫りくる眠気に耐えかねたスマホがぱたりと手を離れてシーツに落ちて、重い瞼を開けるのはもう無理そうだった。


近くで何かが動く気配にふっと意識が浮上する。部屋はまだ眩しくて、時間はそこまで経ってなさそうだった。目を瞬かせると、ナマエがノートパソコンを閉じて鞄にしまっているのが見える。


「……おわった?」
「わ、起こした?ごめんね、おわったよ。あとは明日大学で印刷するだけ」
「んー、おつかれ」


電気を消して、もぞもぞベッドに潜り込んでくるナマエのためにちょっと端に寄ってスペースをつくる。一人暮らしのワンルームにはちょっと大きいセミダブルのベッドでも、2人で寝るにはすこし小さい。もっとデカいベッド買おうぜって提案には部屋が埋まるから嫌と冷静なジャッジが下された。でもまあ、ちょっと小さいベッドに2人で収まるのもいいな、と思っている。


「え、秋人ずっとおふとんの中居たのになんで足冷たいの」
「んー?わかんね、冷え性だから……?」
「私のぬくぬくおふとん計画が台無しじゃん」
「んん、さみい」
「や!つめたい!私で暖とらないで!」
「あったけー、」


もこもこのパジャマを着ているナマエはふわふわで、抱きしめるとじんわりと温もりが伝わってくる。さっきまでルームソックスを履いていた足は俺より全然あったかくて、ぬくもりを求めて足を絡めるけど逃げようとするからしっかり押さえつけてやった。ぬくい。


ナマエが腕の中で寝るのにいい感じの体勢を整えるのを欠伸をしながら待つ。しばらくもぞもぞ動き回ってたナマエはいいところに落ち着いたみたいで、俺のスウェットの余ったところをきゅっと握り込んでいる。んん、かわいい。ちっちゃくてやわいナマエを抱き込むと、甘いにおいが鼻を掠めた。この匂い好きだな、とつむじにキスしながら思う。そのままさらさらの髪を撫でたらちょっと前まで暑いからって寄ってこなかったナマエが擦り寄ってきて胸がぎゅっとなった。冬バンザイ。おれのかのじょかわいい。


次の休み、秋人のもこもこ買いに行こうね、というナマエの眠気にとけた声を聞きながら、ゆるゆると瞼がもう一度閉じていく。もこもこのやつ着てたらナマエがもっと抱きついてきてくれんのかな。想像して、んん、とちょっとにやけた声で返事をするから、どしたの、とナマエが息を吐くように笑う。そうして腕の中の愛おしい温もりを抱きしめながら、意識は穏やかな夜の中に溶けていった。

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