19.団子と再会と
東の国、アシハラ。
瓦ぶきの屋根や朱塗りの建物や石造りの橋がある。昔は巨大な海軍を誇り、周辺の島々を束ねる海洋国家とまでいわれていた国だ。国土が少しずつ海に沈んでいっているのが目に見えてわかる。海の下には今建ち並んでいる建物と同じ物が沈んでいる。これは天変地異の影響が酷く関係していた。
水中に建物があるという物語を読んだことがあったけれど、その世界もこんな風に元々陸地にあったものが沈んでいったからなのかと思うと、ミルファの胸は切なさに締め付けられる。
さあ探索だ! と少し肌寒い朝、昼食の時間になったら宿屋の前で落ち合おうとそれぞれが足を踏み出そうとしたところでスパーダが待ったを掛けた。
「……な、なぁ、やっぱりもっかいやり直しを……」
漢気溢れた性格のスパーダが珍しくやり直しを要求したが、そのやり直しとは――組決めのことだ。
仲間を代表し、あんなぁ、とエルマーナが子供に言い聞かせるように話を切り出した。
「スパーダ兄ちゃん。ミルファ姉ちゃんが一人で心配なんはわかるけど、さすがに過保護過ぎとちゃう?」
「んー? ミルファならコーダが居るから大丈夫だぞー、しかし」
「えへへ、ありがとうコーダくん」
心配するのも当たり前と云えば当たり前ではある。
一人より二人。もはや分かり切っているので探索は例の如く二人組でしようということになり、アンジュが宿屋にあったメモ用紙を使いくじを作ってくれた。それで決まった組み合わせがこうだ。
ルカとイリア。リカルドとアンジュ。スパーダとエルマーナ。ミルファとコーダ。
ルカとイリアは図書室の時と同じだが、それ以外は今までとは違う組み合わせになった。町中で聞き込みをするというやり方はレグヌムでの情報収集と同じではあるものの、アシハラの方が町の規模は大きくない上にここには兵士もいない。多少は安心だろう。……故に心配は過剰であると思うのだが、スパーダはなかなか納得しない。このままでは拉致が開かないとしたエルマーナは、行くで、と窘めるようにグイグイとスパーダの背中を押して二人は人混みの中に消えていった。
「ふふ、スパーダくんたら心配し過ぎね」
「気持ちは分からんでもないがな。フィオリーゼは少々隙が多過ぎる」
「そうそう! あんたすーぐ捕まったりしちゃうんだから気を付けんのよ?」
「ミルファ、本当に気を付けてね……」
仲間の言葉に、そんなに自分は頼り甲斐がないのかと少々しょんぼりとしてしまうミルファだが、考えてみればそうだ。どーんと任せられるような頼りがいのある所を見せたことがない。世間知らずの箱入り娘である彼女はこれまで何度も危険な目に遭っているので、仲間達よりも何年も側で見て来たスパーダが心配するのも仕方ないのだろう。
散り散りに向かう皆の背に手を振ってから、足元でミルファと同じような動きをしていたコーダをひょいと抱き上げる。
イリアのペットであるコーダと共に行動するというのは少し緊張するもので、あまりご飯をあげない方が良いのかとか、どこか勝手に行かないように目を離さないでいないと……と色々考えてしまう。わたしがコーダくんを守るんだ! と意気込んでいると、胸元のリボンをくいくいと引っ張られる。
どうしたの?と聞くのは愚問だ。くりりとした大きな目は獲物を狙うかのように瞳の色を強くさせており、ぐきゅるると腹の音が大きく鳴った。いつものように人間の何倍もの量の朝食を宿で食べたというのにまだ足りないようだ。
「まずはご飯を食べに行くぞ、しかし!」
「ふふ、はーい!」
ぐうぐうと鳴り止まないコーダのお腹を無視する訳にも行かないので、軽くで済むかはともかく何か食べようとまずは店の建ち並ぶ方へと向かう。人混みが一層深くなったと思うと、茶屋や御飯処が建ち並んでいた。
まさに一石二鳥。ここなら人も多く聞き込みに向いているし、お腹も満たせる。
何が食べたい?と聞いてみるが、人が多くてあまり店の名前が見えない。小柄なミルファが見えないのだから、その彼女に抱かれているコーダはもっと見えないだろう。せめてお店の名前だけでも見れたら! と思い空へ向けてコーダを持ち上げるが対して変わらない。どんぐりの背比べだ。
「よっ、お嬢さん。一本どうだい?」
“団子屋”という看板の下に居た店主に声を掛けられた。男は細い串一本に桃色と緑色と白色の丸いもちもちとしたものが三つ刺さった物を手に持っており、快活な笑みをこちらに向けている。
(これがお団子なのかな……? 色とりどりで可愛い)
春に咲く花のような色合いをしたそれをまじまじ見ていると、コーダがじゅるりとよだれを垂らす。このままでは滝が出来てしまうと思ったミルファは五本あれば大丈夫かなと思い、指で数字を表しながら注文をすると、よく食べるねと店主が笑った。見るからに少食そうな少女がそんなに食べるのかと。
やり取りを眺めていたコーダは、不服そうにむんと口を尖らせる。自分が全部食べるんだとばたばた手を振るが、そんな訳はないと思っている店主は白い歯を見せてはははと愉快そうに笑い、店の奥へ入って行ったかと思うと三食団子を皿に乗せてすぐに戻って来た。店主をじいっと見詰めるコーダの瞳は今か今かと期待に満ち溢れている。
「はい、お待ちどうさま」
「あ、ありがとうございます」
「ぬふぬふ、美味しそうなんだなー」
受け取った皿ごとコーダに渡し、ミルファは礼と共に店主の手にそっとお金を乗せて支払いを済ませると、赤い布で彩られた長椅子に腰掛けた。
とりとめのない話から次第に発展するよう、自然さを保ちつつ本当に聞きたいことへと踏み込んでいき、アシハラに伝わる神話や宗教の話など、何か変わったことはないかと尋ねてみる。
歌舞伎と呼ばれる芸や、和服という服装が有名なこの国には、王墓と呼ばれる場所があると教えてもらう事が出来た。代々のアシハラ国王が眠っている墓。死んだ王は海の守り神となり、国の発展を見守っていると信じられているのだそうだ。
さっそく信仰に関係が深そうな──否、ほとんど直結していると言っても過言ではない情報を手に入れることが出来た。もっと信憑性を高めるためにも色々な人に話を聞いて回らないと……と思い、今度は情報に対する礼を言い去ろうとしたとき、コーダがご機嫌そうに店主に団子の感想を述べながら皿を手渡しで返す。本当に全部食べたのかとすっかり存在を消した団子達のいた空の皿とコーダの顔を何度も見比べていた店主だが、まだまだ食いたいと言ったこのミュース族の言葉に完全に言葉を失った。
「あはは……あの、また五本お願いします……」
買え買えと強請る姿はまるで飼い主そっくりだ。根負けしたミルファは再び同じ数を注文する。今度は持ち帰り用として。
道行く人たちの視線がミルファ達に集まり、やがて後ろに人が並び始める。一本くらい食べようかなと思っていたが、追加注文するのも何だか悪い気がして、店主から団子を受け取ると頭をぺこりと下げてそそくさと店を後にした。
人混みを掻き分けるように歩いていると、人の日々の営みがよく見える。ここに暮らしている人達は転生者や戦争に怯える様子もない。ただ平和に日々を過ごしている。だが、憂いは町並を沈める海のように漂っているように感じられる。
天変地異の原因が解明され、戦争が無くなれば、この国はきっと平和そのものなのに……。されどもその前に世界が終われば元も子もない。この世界を知るために、守るために。その為にはもっと情報を集めければいけない。意気込んで聞き込みを続けたが、大した収穫はなかった。初めに話をした団子屋の店主から聞いた話と概ね近しいことを何度も聞くこととなる。信憑性は増し一番有益な情報だと確信が持てたから良いけれど、もう少し他にも何かあれば……と考え込む。
「ん〜……そんなに沢山情報は集められなかったね。どうしようかな」
「んむ、団子屋のおやじが言ってたことばっかりだったな〜」
「……とりあえず、話に聞いた王墓の近くまで行ってみようか」
コーダを胸に抱き抱えたまま王墓があると聞いた方へ向かうと、赤い門がいくつも連なる場所があり、その先に大きな建物が聳え立っているのが見えた。船から降りた時に見た朱塗りの建物がこの王墓だったようだ。歴代の国王の眠る神聖な墓だ。ただの一般人が入れる筈がないので無策で近付くのは愚行と言えるだろう。しかし入れずともある程度近付けば外からでも前世の力に関わる何かを感じ取れるかもしれない。石造りの階段を登り赤い門の一つをくぐろうとしたが、時間が凍り付いたような感覚に陥った。
そんな訳がない。……なぜここに?
瞼が破れるのではと思う程に目を瞠った彼女の前には、よく知った顔の男が静かに佇んでいた。男は目を細め、ミルファに一歩近付くと、ぺこりと深く頭を下げる。一動作の度にサラサラと揺れる赤い糸のように細い髪。見慣れた、変わらない所作に、言葉も出てこない。
(どうして、どうして、ハルクスがここに)
レグヌムで別れてから一度も見掛けなかったし、船にも居なかった筈なのに、何故ここに居るのか。優しい笑みは物恐ろしく感じてしまい、屋敷に居た頃のように安心できる物ではなくなってしまっている。
彼はミルファをマティウスの元に連れて行こうとする人間のうちのひとり。いくら町中とはいえ、襲い掛からない保証もない。何もかもが謎なのだ。疑いたい訳がないが、それでも、一瞬とて油断するべきではないだろう。
「お嬢様、お会い出来て嬉しゅう御座います」
「ハルクス……」
「初めての船旅はいかがでしたか?」
冷静に対話すべきだが、その考えすらも凍り付く。まるで、ミルファ達がアシハラを訪れることがわかっていたというような物言いのせいで。問う言葉しか浮かばないミルファを見てくすりとかつての執事はより一層目を細めて笑んだ。
「ご安心ください。今は何も致しません」
「しかしミルファ。こいつ誰だ?」
「ミュース族の方ですね。私は、ミルファ様の執事をしております……ハルクスと申します」
目線を合わせて会釈するハルクスに、コーダは無邪気に名乗る。和やかな雰囲気になりつつあるけれど、ミルファの不安感は消えない。コーダを守るように、抱き締める力を少し強める。そんな彼女の心中を知ってか知らずか、ハルクスは穏やかな微笑みを絶やさず、薄い唇を開いた。
「記憶の場を探しているのですね」
「……! どうして、知ってるの……!?」
ぞわりとした恐怖が身体を巡る。体を強張らせるミルファに彼は何も言わず微笑みを張り付けたまま、細い指をしならせ王墓の方を指す。
「やはりミルファ様は賢くていらっしゃる。あの王墓には、貴女たちの探して求める物がありますよ」
「そんなこと、どうして……。ねえ、ハルクスは何を知ってるの……?」
「……ミルファ様」
もはや何も語り合う言の葉はない。ミルファに楓の葉のような影が落ちるがそれは瞬きの間に消えていた。
「また、お会いしましょう」
彼はゆっくりと歩みを進め、ミルファの隣を通り過ぎる。道が違え、交わらなくなっていくような感覚に彼を振り返るが、横目だけでこちらを見やり、真実を知ってくださいと言いそのまま去って行く。残されたミルファ達は、ただ黙ってその背中を見送るしか出来なかった。
会う度に謎が増えてだんだんと彼が分からなくなる。信じることが出来なくなっていくしかない状況が苦しい。事情があるのかもしれないのに、全て要らない物だったと思い出をなじられるのが怖くて、敵なんだと認識するのが嫌で、きちんと話すことも出来ない。自分に都合の良いかつての執事しか信じないなんて、それは今の彼が本当だったら失礼なんじゃないか、そんなことすら考えてしまう。
不甲斐なさに、悔しくてこぼれそうになる涙を堪えてぐっと唇を噛み締めるミルファの頭をコーダは撫でるようにぽんぽんと叩くのだった。