20.海底王墓

 仕入れた情報から王墓に天上界に関するものがあることは分かっていたが、決定付けたのはミルファの得た情報だ。記憶の場がある――となれば、行く他なし。ルカ達が聞きこみの段階でアシハラの国王と出会い知った仲になっていたので、何とか許可を得て中に入ることが出来た。
 けれど、喜んでばかりもいられない。王墓というのは王という権力者の墓なので、力を大きく見せるために大きく作られている。その為この中はとても深く広く、まるで迷路のように複雑な造りとなっている。神殿としての意味合いも兼ねているのに迷路だなんて失礼に当たるかもしれないが、さすが海底洞窟を利用して作られただけのことはある。

「海の底に居るなど、信じられんな……」
「もしもヒビが入ったらって考えると、怖いね……」
「ル〜カぁ〜、それ以上変なこと言ったら魔物じゃなくてあんたの頭に銃弾撃ち込むわよ〜?」
「わわ、や、やめてよぉ」

 強い力に惹かれて闇より湧き出たのか、中には魔物が徘徊していた。避けて通ることは叶わず、襲い来る獣を相手にしつつ奥へと進む。一通り目に入った魔物を斬り伏せて少し一息ついた際、アンジュがミルファの方にやって来て、誰からこの場所に記憶の場があることを聞いたのかと率直に訊ねた。地元の人間であるアシハラ民も知らないことを知っている人物がたったひとりいたのだから気になって当たり前だ。
 ミルファは、どう話して良いものかと少し頭を捻った。仲間はハルクスのことを知らない。彼はフィオリーゼ家の執事でよく自分の世話をしてくれていた――が、今はそうではない、のだろうか? てっきり執事を辞めていると思っていたが、本性を現したのがミルファの前だけなのだとしたら? そこまで考えて、改めて思い知る。やっぱり自分は彼のことを何も知らないのだな、と。
 色々考えるも纏まらず、結局、家系に仕えてくれている執事から聞いたとしか言えなかった。

「その方も転生者なのかしらね?」
「気になるところではあるが、何故そいつがこの地に居たかという方が気掛かりだな」
「……そう、ですね」

 リカルドの言う通りだ。やはりハルクスは一行がこの地を訪れるのを知っていたとしか思えない。でも、何故手掛かりを与えてくれるのだろう。何を知っているのか、何を思って行動しているのか、マティウスとどういった関わりがあるのかも、何も分からない。……もし、もしも。マティウスの傘下ならば。敵なら、どうする?
 手にしているレイピアの鋭く尖る銀の切っ先を見詰め、想像する。この剣先を、彼に向けるのかと。親しいと思っていた人を貫くのか。そう考えた瞬間、軽い剣が突然ずしりとのしかかるように重くなった。軽い気持ちで剣を振るっていた訳ではない。知らない人だから良いと思っていた訳でもないが、それでも。知人に剣を振るうなど考えたこともなかった彼女にとってはとても哀しく重いことで。一度悍ましい考えに囚われるとなかなか抜け出せず、悄然しょうぜんとして俯くミルファの血の気がどんどん引いていく。悪い想像に溺れていくようだ。
(どうしたらいいの……)
 臆見に支配される頭をぶんぶんと振るい、知らぬ間に止めていた足を再び動かそうとしたところで、トンッと背中に何かが軽くぶつかった。慌てて振り向きごめんと謝ってから相手がスパーダだったことに気が付く。どこか上の空というか、心ここにあらずと云った様子にミルファは心配になり、眉を下げて彼の様子をまじまじと観察する。突然見詰められたものだから少々面食らってしまうスパーダであったが、そんな様子に気付くこともなくミルファは原因を探ろうとし、やがて表情をハッとさせたかと思うと見当違いなことを口にした。

「スパーダ、もしかしてカナヅチだったりする?」
「……はァ?」
「だって、顔が固いというか……。ここって海底だし溺れないか緊張してるのかなって……」
「ッ……! 違ェよ! オレはただ、お前がハルクスのことばっか考えてるから――!」

 スパーダは言い終わる前に自分の口を抑える。その表情は戸惑いに溢れていた。言いたくないのに言ってしまったのではなく、自分の口からまろび出る言葉の正体を理解していないといった様子だ。
 不思議そうに見つめ合う二人。スパーダは大声を上げてしまったことを謝るが、ミルファは気にしていないよと笑う。それよりも彼が心配で、本当に大丈夫なのか、具合が悪いのではと気遣いを見せる。スパーダ自身も分かっていない言葉の意図やその続きを把握できる筈がないので、彼女は月並みな言葉しかかけることが出来なかった。

「……ミルファ、もう――」
「うん? なぁに?」
「いや、何でもねェ。……ぼけっとしてると魔物に喰われちまうぜ? ウヒャヒャヒャ!」
「ええ〜!? こ、怖い事言わないでよぉ〜」

 大きな掌が粗放に紫の髪をわしゃりと撫で回し、さらりとしていたそれをぼさりと荒れさせる。何事もなかったかのように先を行く彼の後ろを付いて行くが、思い詰めている様子はない。
(スパーダ、何か無理してないといいんだけど……)
 何か言いたいことがあるなら、一人で悩まず言って欲しい。そう思っているが、ミルファは相手もそれと同じ気持ちだと察知することなど出来ない。
 スパーダがハルクスを嫌っていることを知っているミルファからすれば、わざわざ話をして不快な思いをさせたくないというのもあるが、それだって言わなければ伝わらない。スパーダはミルファが傷付くのが嫌なだけ――否、個人的な感情ありきで苛立っているのだが。互いを思うが故に相反する思いは小さくすれ違い、なかなか交わらない。

「にしてもよォ、全然手掛かりに辿り付かねーな」
「ああ。そろそろ何かあっても良いとは思うが――」
「あ、みんな! 壁画だよ、ほら」

 広大過ぎる王墓内に半ば嫌気が差し始めた頃、身体に青の影が塗られたと思い顔を上げると、そこには壁画が。やっと手掛かりが姿を現したのだ。壁の一部分をキャンバスのようにして翼の生えた人が堕ちていく絵が彫られている。そして天上界の文字の刻まれている石板も存在していた。
 前世の記憶を頼りにアンジュが古代文字を読み、内容を紐解いていく。
 ――天上は原始の巨人の死から始まった。その巨人は創造神であり、初めは世界も自然も何もなく、ただ巨人が一人居ただけだった。巨人にとって孤独は寂しいものであり、仲間を欲し、自分の体から大地を、頭から神々を生んだのだ。
 大地は栄えたもののそれだけでは終わらない。闇に身を染める神も増え始め、正しき神は地上を作り、悪神をそこに閉じ込めた。天から地上という牢獄に下ろされた神は力を失って“人”へと変わっていったのだという。
 当たり前だが、普通の人間は自分が神の末裔だと知らない。事実を知る教会が世界に混乱を招かない為秘密にしているからなので永劫明るみに出ることはないだろう。アンジュは自戒気味に「信者獲得のためでもあるから、利益のために騙しているようなものだけど……」と目を伏せた。

「……輪廻転生は天上界のみの仕組みだ。地上人はそれに当て嵌らん。地上人の魂は死神に天上に運ばれ、天の礎とされる。天上の魂が地上に流れるなど……」

 在り得ない。かつて天上界で魂を刈り取ることを生業としていた死神ヒュプノスの記憶を持つリカルドが確固たる自信を言葉に宿す。
 しかし現在、そのシステムが破綻しているということは身を以て分かっている。不可解な世界の現状に神経質な皺が眉間に刻まれていく。手掛かりの糸を手繰り真相に近付くどころか絡まりますます謎が見えなくなったよう。生ある人間全てが前世を持っている訳ではなく、天上の生命だった転生者というのは不測の事態でしかないのである。
(でも、そのお蔭で皆に会えたんだから、わたしは感謝したいな……)
 彼女が外の世界へ出られたこと、今こうして仲間と居られること、それは転生者であったからだ。ただの人間だったなら外に出られることもなかっただろう。
 当て推量で思案するのもそこそこに探索を再開したところで、ルカが何かに気付いたのか珍しく大きな声を上げた。あまりの声量にミルファは驚いて短い悲鳴を上げてしまう。

「ル、ルカくんどうしたの……!?」
「あ、ご、ごめん。えっとね、あれ見て欲しいんだ」

 ルカの指差した先は道が続いており、その奥には先ほどのものより更に大きな壁画があった。大きな角を持った人と華奢な姿をした人、それから――四つもの角を模した仮面を付けた者が太陽のように輝く何かを掲げている様子が描かれている。それぞれ、アスラ、イナンナを表していることはわかる。だが――。

「これ、誰やのん? こんな奴おったかなぁ」

 エルマーナの言う通り、今まで見た記憶の中には居ない存在だった。誰だろうと全員が記憶の引き出しを開ける中、ただ一人、描かれた仮面の者を見詰めていたルカが少しも視線をそらさず、静かに呟いた。―“魔王”と。

「魔王は、センサスの全てを全てを掌握し、統べる存在……だよ」
「そう、なのか? 全然思い出せねェな」
「魔王……。う、っ……!?」
「ミルファ、どうしたの!? 大丈夫?」

 今までとは比べ物にならぬほど重たくひび割れるような痛みがミルファを襲った。まるで頭蓋を鈍器で叩き割られるのかと思う程の痛みだ。思いだそうとしただけなのに。魔王が誰なのかを。拒むかのように、まだ駄目だ、思い出すなとでもいうように、鈍痛はだんだんと酷くなり頭の中で不協和音を奏でるように重く響く。
 くずおれたミルファにいち早く駆け寄ったアンジュが額に手を当てたり脈拍を測ったりして容体を診る。頭の中の音に負けるものかとぐっと奥歯に力を入れると多少痛みが引いてきたように脳が惑う。
 スパーダがそっと近付き背中をさする。安心できる手のお蔭でゆっくりと息を整えることが出来たミルファは、深く息を吐いてから二人にありがとうとか細い声ながらに伝え、すっかり力を入れることが出来なくなっていた足に力を入れて何とか真っ直ぐ立ち上がった。

「症状が酷そうね……とても大丈夫そうには見えないわ」
「ううん、平気だよ……もう痛くないから」

 体調が悪いとかそういったものではないことは今まで何度もこの痛みを経験して分かっている……慣れた物ではないが。記憶の深淵に近付く度にこうでは気が滅入って仕方ないけれども、魔王とミルファの前世であるリリヴァが密接に関係していた可能性が高いことは頭部に反響する重さが痛切に物語っている。
(でも、それでも、知りたい。創世力を悪いことに使われてしまわないように)
 まだ顔の青さが抜けないミルファの前を行くイリアもまた痛みに悩まされているようで、こめかみをぐりぐりと押し、痛みを紛らわせようと試みている。ミルファほどのものではないようだが不安の色が顔に浮かんでいるので声を掛けようとしたが、イリアは壁画の奥に祭壇と輝く渦を見つけるや否や吸い込まれるように記憶の場へ踏み入れたその足は、少し、ほんの少し、躊躇っていた。





 ゆらめく銀の髪と薄紅の艶やかな髪が無垢な城に色を差す。いつも愛する二人が逢瀬するのは城のテラス。誰かの目を潜る意味はないのではと思う程、人前でも二人だけの世界を広げる彼らには場所など関係ないだろうが、お互い国を支える重要な役割を担っている。真に恋人としての愛しい愛しい時間を過ごせるのは束の間なのである。
 センサスとラティオの戦いも終わり世界を掌握し、あとは創世力を使うだけ。まだ全ては終わっていないが、初めて訪れた本当の暇の時を穏やかに過ごす――筈だった。常に聡明で美しい自分の愛する女神が何かに怯えるように顔を曇らせているので、それを晴らそうと大きな手で彼女の頬に触れると、細くなめらかな白い指が縋るように添えられる。

「……お願い、アスラ。私、今まで通りあなたの隣で過ごしていたいの。創世力なんて使わず、封印してしまいましょう?」
「何を言いだすのだ、イナンナ? 何故そのような……」

 創世力を使うな、などと――出来る訳がない。アスラは宥めるように頬に触れている手で、すり……と彼女を撫でた。ラティオから戦場の真ん中を横断し、周りなど見えないかのようにアスラの元へ歩いて来た時とまるで違う。
 何を恐れることがあろうか。アスラと共にあれば怖いものなど何もない。それはイナンナ自身も分かっている。だが、それでも。
 やがて、宝石かと見紛うほどに尊く煌めく雫が瞳から涕涙したかと思うと、男の胸の中に飛び込み、女は懇願した。

「ねえ、お願いよ……アスラ。今のままが幸せなの……。変わるなんて、嫌……」
「……イナンナ」

 震えるイナンナの肩をそっと抱き、自分の方へと寄せる。自分が守る。何も心配など要らない。その思いが手に力を込めさせた。
 戦場に立ち、戦神として恐れられる男はこんなにも愚直で愛を真っ直ぐ力強く伝えてくれ、嫋々じょうじょうとして撫でる手すらも優しいのに。……消えないのだ、何故か、どうしても。絞り出された付託の思いは掠れて消えそうなものだった。愛しい女の願いを叶えてやりたいという思いがあったが、アスラには成すべき道を、目の前に迫る野望を捨てることなど出来ない。

「……イナンナ。俺は、俺の野望を果たし且つ我が妹リリヴァの願いを叶えてやりたい。それが天地にとっても最も良き道だ」
「私も出来ることならあの子の願いを叶えてあげたいわ。だけど……っ」
「そろそろ奥に戻ろう。さあ、イナンナ……」


 きっと日々の戦いが終わったことで疲れがどっと押し寄せたのだろう。そう気遣いを見せるアスラは安心させるようにか弱い肩をそっと支えるようにして城の中へ戻る。
 あの娘の存在、望みの話を出されてしまってはイナンナは引き下がるしかない。アスラより彼女との繋がりが薄かろうと、リリヴァはラティオから亡命して来た自分を他のセンサスの民のように疑うことなく、暖かい笑顔を向け、姉のようだと慕ってくれた愛しい存在なのだから。
 救いを求めるかのように、灯火の女神である彼女の花のような笑顔を思い返しながらも、イナンナの胸中は恐れにぐらぐらと揺れていた。





 我々は何を見せられたんだというのが正直なところだろう。新たな手掛かりを期待したが、蓋が開いたと思えばまるで恋愛作品だ。創世力を使う使わないという話をしていたようだが愛し合う恋人同士のひとときを目の前で見せ付けられたようで、ミルファはドキドキしていた。自分には刺激が強いと赤らんだ頬を隠すように手で覆いながらなんとなく仲間を盗み見ると――皆、真剣な表情そのものだった。

「……僕の、いや、アスラの妹……、リリヴァ」
「……なんで忘れてたの……、あんなに大切だったのに」

 アスラと同じ銀の髪を持つ女神。まるで馬が早駆けするかの如く速さで頭の中に彼女の姿、声、彼女との記憶が廻り刻まれていく。自然に思い出したというよりは無理矢理こじ開けたかのような思い出し方なのが気に掛かるが、忘れたままでいるよりずっと良かったのだろう。
 そして、当たり前の疑問が生まれる。“リリヴァの生まれ変わりは誰なのか”と。病弱だったが、それでも懸命に生き兄やその周りの者の力になろうとした女神は、生まれ変わり今どこに居るのだろう。灯の女神である彼女の柔らかな表情や暖かく心に灯るような微笑みを思い返し――既視感を覚えた。前世ではなく現在を生きていて見たことがある。全く同じといかずとも、確かに。リリヴァに似ている――否、彼らからすれば、“リリヴァ”が“彼女”に似ているとすら思うのだ。

「……もしかして、とは思うけど」
「えっ? えっと、その」

 突然大注目され視線を一身に受けた“彼女”は気恥ずかしくなりもじもじと取り繕ったような笑みしか出来ない。そんなに見られると緊張してしまうのだけど、見ないでとも言えない雰囲気にどうしているのが正しいのかわからず仲間を見回すばかり。しかし“彼女”――ミルファもまた同じ記憶を見たのだから仲間が何を思い出し、驚いたのかはわかっていた。
 町を出てから転生者の皆と接して来て蘇ってきた前世の記憶。自分が誰なのかは鍾乳洞の記憶の場で自覚していたものの、なかなか話を切り出すことも出来ず仕舞いだったのでそれがやっと巡って来たと思うと正直ホッとした。もう少しゆっくり出来る場所なら良かったんだけど、と思いつつもそんなことを言っている場合ではない。

「は、はい。わたしです。わたしの前世は、灯の女神――リリヴァ。アスラさんの妹だよ」

 ええーー!? と、リリヴァと縁のないヒュプノスが前世だったリカルドとコーダ以外の皆が一斉に驚きの声を上げた。ずっと言おうと思っていたがなかなか機会が掴めなくてと言うと、イリアは「早く言いなさいよ!」と声を上げたが、その表情はとても嬉しそうだ。

「ミルファが僕の……アスラの妹の……そうだったのかぁ」

 前世の話とはいえ、かつての妹だった存在を思い出せて感涙しそうなルカと見詰め合いにこりと微笑み合っていると、皆の前世の存在がリリヴァをどう思っていたかという話をされ、あの女神が他の人にどう思われていたのか知ることが出来た。アンジュが何気なく口にした、「オリフィエルが見惚れていたことがある」という話が一番衝撃だったかもしれない。床に伏せている記憶ばかりを見ていたからあまり他の神と関わり合いがないと思っていたがそうでもないようだった。

「だが、こんなに近くに居たのに思い出せないとはな……」
「うん……なんでだろう」

 ごもっともな疑問だ。確かにそこは不可解なままで、ミルファもよく分かっていない。何故皆は思い出さないのか、自分自身の記憶の中でもなかなか存在を現してくれなかったのか――。
(憶測でしかないけど、リリヴァさんは天上界の戦いに関わっていないから……なのかな)
 神としての力はあれど戦いの力もなければその体力もない。アスラやウリトラに戦場に立つのは反対だと言われていた彼女は戦争や創世力に密接に関わっていなかったので、それが関係していると推測は出来る、が……所詮その域を出ない。まだまだ知らないことだらけだと頭を悩ませるばかりだが、こうして仲間と前世を共有することが出来たのは良いことだろう。

「記憶の場のお蔭で見れた過去はあまり大した物じゃなかったから、そこは残念だよね」
「まーな。……にしてもよォ。アスラ、もっとガツガツ行けよなァ?」
「え、ええっ!? な、何言いだすのさ……!」

 ルカの肩に手を回し「お前ももっとガーッと行けよ」とニヤニヤとからかい口調でルカの背中を押し、二人で赤髪の少女をこそりと見るが、恐らくこの少年には無理だろう。実際、探索をしていた時間中も距離を縮めようとしたが上手くいかずイリアを怒らせてしまっているのだ。積極的になるという道は険しい道のりだと長い目で見守ることが必要と思われる。
 物足りなさを指摘したスパーダの言葉を諫めるかと思っていたリカルドやアンジュまでもそれに同意しており、まるで作品評論会のようになりつつあった。自分自身のことではないがルカは少し居たたまれなくなり、逃げるように一足先に祭壇から離れて来た道を戻り、大きな壁画と石板の前で立ち止まる。

「魔王、か。今回の情報では魔王なんて見る影もなかったが」

 後に続く仲間たちも同様に立ち止まると、ルカはぼそりと呟いた。魔王の正体を。

「魔王は、マティウスだ……」
「! 本当なの、ルカ君?」

 彼だけが思い出したのか、それとも察しただけなのかはわからないが、アンジュの問いにこくりと頷くルカの目に嘘も迷いもない。
 つまりアスラが創世力を使うよりも先に魔王がそれを手にし、世界を滅ぼしたという事になる。天上統一を果たした戦神アスラを押し退け、魔王が動いた? 突然現れた、記憶のどこにも居ない存在に首を傾げるばかりだ。
 創世力を知っており、何としても手に入れようとする“悪の存在”という観点からマティウスを“魔王”だと見ることも出来るのだが……。
(……本当に、そうなの?)
 一目すら見たことがない故かもしれないが、ミルファは魔王の正体に疑問を抱いた。辻褄の合う部分と合わない部分が出て来る。もっと情報を手に入れて照らし合わせていくべきなのだろうが――。

「──マティウス……許せない……!」

 憤懣ふんまんするが如くわなわなと肩を震わせて吐露した言葉は小さく木霊する。スパーダがルカの肩を落ち着けよという風にぽんと叩いた。行こうぜと言われ、ルカは力強く頷きスパーダの隣に立ち、二人で先頭を歩き出す。もうここには調べられる物もないので、次の国へ行く船のチケットを買うなど準備をするために町へ引き返す道を進む。
 ミルファの隣を歩くイリアがこめかみを押さえる。記憶の場に踏み入る前もしていた行動だったので、記憶が甦る副作用みたいなものだとすぐ分かり、ミルファは大丈夫? と気遣いそっと背中をさすった。幼馴染の彼がしてくれたように。

「……もう平気。心配かけて悪いわね」
「ううん、わたしも前に心配かけちゃったから。これでおあいこだね」

 他愛ないやり取りを交わしている間にイリアの頭痛は徐々に収まりつつあった。ミルファと違い、イリアはあまり前世のことを思い出したくない様子だ。だからこそ拒否反応も相まった頭痛が起きてしまうのかもしれない。
 海底に位置する為か、普段よりも体が重い気がする。これではイリアの気分も良くならないだろうなと思ったミルファは早く外の空気を吸いたいなと道の先を見やるが、入った時と同様、ずっと同じような景色が続いていて落胆の息を吐いた。入り口へと戻るにはまだまだ時間が掛かりそうだ。

hitsujitohana