02.出会いは牢屋の中

「大人しく歩け!!」
「っいた……!」

 視界が真っ暗だ。レグヌムからどこか知らない場所へ運ばれる際、目隠しを付けられたのだ。ガタゴトと揺れる乗り物の中で、ミルファは困惑と恐怖で声も出なかった。
 乗り物が止まったと思ったら扉が開く音がし、グイッと乱暴に引っ張られ立たされる。痛くて少し身をよじっただけだというのに大人しくしろと声を荒げられ、理不尽な言動に、さらに不安な気持ちが膨れ上がっていく。
 目隠しを外されて、数刻ぶりに目に光が差す。数回瞬きをして辺りを見回すと、コンクリートと鉄で包まれた屋内に居た。
 ……なんだか、普通じゃない。ミルファは直感でそう感じた。
 ミルファの拘束具を引っ張っていた人物が、ここは研究所だと言う。パッとそちらを見ると、先程自分を捕らえた兵士ではなくて独特の仮面を付けた人に変わっていた。数ある牢屋の檻の前に立つ監視役と思われる人達も、皆同じ顔のように見える仮面を付けている。何かの宗教団体だろうか。実際に見たことはないが、物語に出てくるカルト集団のイメージに近しいものを感じた。
 なんとか状況を理解しようと思考を巡らせていたミルファだが、身柄を監視役に引き渡されてしまう。
 その人物が拘束具を外したかと思うと、牢屋の鍵を開ける。彼女の華奢な身体はドンと中へ押し入れられた、その衝動で倒れ込んでしまった。そんなことに興味すらないのか、監視役の男はミルファを見下ろし、ここに入っていろ、と冷たく言い放つと鍵を閉めた。
(……どうしよう、どうしよう……)
 よろりと立ち上がりスカートをぱんぱんとはたいてから、牢の中をなんとなくうろうろしてみる。
 状況をちゃんと理解しなければ。そう思い一連のことを思い返す。
 兵士がミルファを捕らえる前、異能者捕縛適応法という言葉を出していたこと……これが一番重要で、一番の誤解だ。異能者は“異能の力”という人並み外れた腕力や身体能力を持っていて、天術を使えると言われている──らしい。自分にはそんなものはない。そんな特別な力なんてない、と思う──。
 だがそれなら何故ここに連れて来られてしまったのか。確証のないことでも法が適応されてしまうのか。……何もわからない。受け入れるしか、ないのだろうか。ミルファは、ふぅ……と長く息を吐く。

「わたし、これからどうなるんだろう……」

 ぽつりと呟き、小さな鉄格子越しに外を見ると、いつの間にか夜が訪れていた。
 ──冷たい牢屋の中で独りきり。こんな牢から逃げられないということはわかっているが、じっとしてるのが怖い。何も音がなくて、まるで時が止まっているようにも感じられる。それが不安で不安で仕方なくなったので、膝を抱え込んで顔を埋めた。だからといって何が変わるわけでもなく、静かに、確実に。時間は過ぎている。どれくらいの時間が経ったのかもわからない。
 怖さ、不安が胸にじわじわと募っていくたびに、寂しさが底から込み上げてくる。
 帰りたい、と思った。いつもの日常に。いつか家を出られたら……自由になれたら……そう思っていたけれど、結局自分はどこへ行こうと囚われたままだ。

「会いたいよ……──」

 ぽつりと言葉を零し、頭の中に会いたいと思った人の顔が浮かべる。体力も心も、急激な変化で消耗したのだろう。ミルファはそのまま眠りの世界へと意識を下ろしてしまっていた。





 鉄格子の外から擦り抜けた光に起こされる。目を擦り、現実へと意識を持っていく。
 少し寝れたが、寝台ではなく地べたに座り込んで寝ていたせいで身体の疲れは取れていない。……どころか、節々が少し痛い。
 これから毎日こんな場所で寝なければいけないのだろうか、食事はどうなるのだろうか。餓死するのでは……など、縁起でもない考えたちがミルファの脳裏を駆け巡る。そんなの嫌だと思い、それを振り払うように首をぶんぶんと振り自分を奮い立たせようと考えたその時。

「オイ、いつまで触ってんだよ、離せッ!!」
「うるさい! 抵抗するな!!」

 突然、怒号が響く。肩……否、身体がびくりと跳ねた。ミルファは大きい音が苦手なのだ。
 どうやら、通路であの仮面の人達と誰かが言い合いをしているようだった。声の低さからして男性だ。ここに連れて来られたということは、異能者だろう。
(どんな人なのかな……どこの牢に入れられてしまうのかな……)
 自分と同じ、捕らえられてしまった人。牢から別の牢の中を見ることは出来ないので、姿を見るなら今しかない。
 牢の鉄の扉に取り付けられた小さな柵付きの窓──それ越しに覗いてみようと腰を上げる。こんな時だというのに好奇心は止められない。ミルファはよくいう“ おてんばお嬢様”というのに近しいものがあるのかもしれない。

「ご苦労だった。昨日はここに入ってる転生者しか捕らえられなかったからな。これでオズバルド様も喜んで下さる」

(──転生者?)
 聞いたことがない単語に頭を捻る。異能者を転生者と変えて呼んでいる、ということなのだろうか?
 それから、オズバルド──という人物。様という敬称呼びからして位の高い人間なのだとは思うが……特別有名な訳でもないのだろうか。聞いたことがない。どういった人なのか、ここの責任者なのか。
 わからないことだらけで思考が追いつかない中、扉が押し開かれ、扉の前に居たミルファはされるがままに押され尻餅を付いてしまった。

「適正検査が始まるまでお前もここに入っていろ!」
「いいからさっさと離しやがれ、この野郎!!」

 半ば投げ捨てるかのように牢の中へ押し込まれた男だが、倒れることなくすぐさま振り向き素早く閉じられた扉に蹴りを喰らわす。舌打ちが牢の中で静かに響く。……どうやら彼は自分を掴んでいた人物に蹴りを入れたかったようだ。
 そんな数分にも満たない寸劇が終わったとき。ミルファは、いたた……と言い、打ってしまった尻を労わるようにさすりながら立ち上がる。
 頭に血が昇り切っていた男が、ミルファの存在に気付く。自分の前に人が入っていたのか。そう思い目を向けると。

「……ミルファ」

 男の、キャスケットで押さえ付けられた翡翠色の髪の奥に覗く灰色の瞳が驚きに揺れる。
 唐突に名前を呼ばれ、反射的に声の主を辿るミルファは、すぐに彼を認識した。見間違う訳がない。でも、どうしてここに居るの? 月並みな言葉しか出てこない。
 心細くて、寂しくて、不安で仕方なかったミルファは、その言葉たちを紡ぐよりも先に身体が勝手に動いて、目の前に居る彼にぎゅうぅとしがみ付いていた。

「スパーダぁ……っ」
「ミルファ、お前……! なにしてんだよ!?」
「な、なんだか知らないけど、兵士さんに捕まって、連れて来られたの……」

 ミルファは、自分が異能者捕縛適応法により捕まえられたことを説明する。そして、スパーダもその法により捕らえられてしまったというのだ。
 先日ミルファを送った後、スパーダは再び地下水道へと戻りそこで一夜を過ごした。そして朝方、路地裏の方で売られた喧嘩を買ったのだ。話を続けようとする彼の隣から、また喧嘩したの? とミルファが話を遮り頬を膨らませむくれている。
 ……ともかく、相手からしかけて来たからそれをやり返しただけだったが、スパーダの力が強すぎて相手を一撃でのしてしまったという。逃げる隙もなく兵士が駆け付けて来て、異能者だ、悪魔だと言いながらスパーダは取り押さえられてしまった。巷で騒がれている異能者捕縛適応法に引っかかったということは理解できたが、思うように力が出せずにそのまま成す術もなく捕まり、ここまで連れて来られた──これが、スパーダの身に起こったことだ。

「更生施設にでも入れられるかと思ってたぜ……まさか研究所とはな。異能者の研究でもしてんのかァ?」
「研究所、かぁ。収容所みたいだけどね……この牢とか特に」
「確かに。でも……」

 肩を並べて牢の隅で座りながら話していたのだが、スパーダが突然言葉を濁してミルファをじっと見詰める。何か言いたいことでもあるのかと彼女は続く言葉を待つが、彼はどこか気まずそうに目線を彷徨わせた。不思議に思い顔を覗き込むと、ガシ……と頭を掻く。
 スパーダは自分の胸の内に浮かんだ言葉や気持ちを言葉にするのが照れ臭いだけなのだが、ミルファがそんなことに気付く訳がない。観念したのか、スパーダは、ふぅと一息吐いてから言葉を紡いだ。目線は逸らしたままだが。

「もう会えねェんじゃねーかって思ってたから、とりあえずは良かったよ。場所は最悪だがな」
「あ……わ、わたしも! わたしも、もう会えないんじゃないかって……会いたいなって思ってたから、良かった!」

 不安な気持ちはどこへ行ったのやら、嬉しさに目をキラキラと輝かせる。彼が自分と同じことを考えていたのが余程嬉しかったのだろう、興奮気味に、はい! と挙手するように手を挙げながらスパーダにずいっと近付いてニコッと微笑んでいる。
 その笑顔につられるようにふっと優しく笑い、わしゃりとミルファの髪を乱しながら頭を撫でる。スパーダもまた、会いたいと思っていた人と会えて安心したのだろう。
 えへへ、とミルファが嬉しそうに笑う。これが牢の中でなければ、どんなに良かったか。優しい彼女に似合う穏やかな場所であればどんなに良かったか。スパーダはそう思ってやまない。それもやはり、お互いに同じように思っているのだが。
 微睡むような時間が過ぎる中、黄昏時が牢の中に入り込もうとしていた。
 このまま牢の中で余生を過ごすなどまっぴらごめんだ。しかし、脱出は容易ではない。二人共それを分かっている。だからこそ、それを促す言葉が発せられることはなかった。
 しばしの沈黙を破ったのは、ガチャリという鍵を弄る音だった。聞こえたと思うと、急に牢屋の扉が開く。ちりん、と鈴の音が静かに揺れ鳴く。

「あら、先客が居るのね」

 異国の服装をした少女が一人、牢屋内に入ってきた。
 艶やかな黒髪に、赤いリボンや鈴が髪を飾り、赤い着物を動きやすい様に着飾っている。仕草はおしとやかで繊細だ。少し化粧もしているようで、少女というよりも女性のような美しさを感じてしまう。
 ミルファは彼女を可愛くて綺麗なんて羨ましいと思いながらも、奇妙な感覚に包まれていた。
(初めて会った筈なのに、変だ。初めて会った気がしないなんて……)
 間抜け、というかどこか気の抜けているように見られがちなミルファであるが、記憶力は確かだ。頭が悪い訳でもない。彼女は家で高等な勉学を受けさせられているし、家にある書斎で本を読み耽っているのだ。
 街中を歩いているときに見かけたのかもしれないと記憶を辿るが、そういうものでもなく。もっと、もっと昔の、魂が覚えているような感覚──。

「チトセと申します。──あなたたちは?」

 深い深い記憶を追いかけるように、沈んで、沈んでいっていたミルファだが、彼女の凛とした声にハッと呼び戻される。

「オレはスパーダ。ンで、こっちは……」
「あ、えっと……ミルファです! よろしくね、チトセちゃん」
「ええ、よろしく」

 こちらに優しい笑顔をニコリと向けるチトセに、ミルファも笑顔を返すが、スパーダは何か思案するように壁にもたれて床を睨み付けている。
 チトセは不思議な雰囲気のする少女だが、友達になれたらいいなぁと緊張感のないことをぼんやりと考えていると、その彼女に見詰められていることに気付いて目をぱちくりとさせる。
 くりっとした大きな瞳に見詰められて緊張気味にどうしたのと訊ねると、チトセは少し考えてからミルファへと距離を近付けて身を寄せ、口を開いた。

「ねぇ、あなたも……転生者なんでしょう? 前世の記憶、あるの?」
「え……? 前世……?」
「──記憶が、まだ戻ってないのね」

 転生者。グリゴリ達が口にしていたワードだ。それに加えて前世の記憶という言葉から、転生者というのは今の世界よりも前の世界に生きていた過去の記憶を持つ者達と考えることが出来る。けれど、ますますよくわからない……何故自分がそう呼ばれるのか。自分にはそんな記憶なんてないのに、とミルファは思う。

「……?」
「なんだァ?」

 牢の外の通路から、ミルファやスパーダ達と歳の近そうな男女の声が響く。また誰かが捕らえられて来たのだろう。先程までひとりぼっちだったが、続々と人がここに集まる事態にミルファはまた不安を抱く。こんなに人を捕らえて、どうするつもりなんだろう、と。異能者に関するであろう研究が何なのかまだ明らかになっていないため、それも仕方ないことだろう。
 小さな鉄格子から見えていた、扉の前に居たグリゴリの頭がサッと消え、扉から退いたことがわかる。
 ──本日三度目の扉の開閉。そして、銀髪のおとなしそうな少年と赤髪で快活そうな少女が押し込まれてきた。
 ミルファの隣に居たチトセが、二人をまじまじと見詰めている。顔見知り……という訳ではなさそうだ。白と黒が混ざり合ったような、何とも言えぬもやりとした感情がピリッと肌に伝わる。

「ど、どうかしたの……? 大丈夫?」
「! ……ええ、大丈夫。少し疲れたのかも」

 先程までと変わらない笑顔を見せて夕闇の見える小窓の方まで移動してしまうチトセ。大丈夫かなとミルファは心配するが、おずおずとした小さな声が聞こえてそちらへと振り向く。
 声の主は、先程この牢へ入れられた男女の二人組の銀髪の少年だ。傍らには赤髪の少女も居る。
 少年はミルファを見て、何故かホッと息を吐いた。よく見るとすごく緊張しているのか汗をかいている。ポーチの中からハンカチを取り出して、どうぞと差し出すと、自分が汗をかいていることに気付いてさらにカチカチになってしまった。なんだか、可愛い子だ。

「あはは、そんな緊張しなくていいよ?」
「は、はいっ……! えっと、その」
「チッ……何が言いてぇかハッキリしろっつーの」
「ひぃっ……!?」
「もう、スパーダ? そんな言い方しちゃだめだよ」

 じろりと少年を見て悪態を吐くスパーダをミルファが諭す。
 スパーダは自分に自信があり裏表のない性格をしている。だがそれ故に彼から発せられる言葉は厳しく辛辣なものだと感じられてしまい、誤解されやすい。口調のせいもあるのだろうが、ミルファは幼い頃からずっと傍に居るからか口調のことはあまり気にしていないものの、本当は優しいのにそれを分かって貰えないことを憂いているのだ。
 ここに連れられて来た同じ境遇の子たちなんだから、仲良くできたらいいな。などと思い、ミルファは少年少女へ向き直って自己紹介をし、流れでそこに居る四人で自己紹介をし合うことになった。
 銀髪の少年はルカ・ミルダ。赤髪の少女はイリア・アニーミ。二人共、まだ十五歳だという。十七歳のスパーダとミルファと二歳違いだ。

「……待てよ? ミルダってどっかで聞いたな。お前イイトコのボンか?」
「確か、ミルダ商会だよ。レグヌムで経営してる大きな商社……だよね?」
「あ、う、うん」
「ふーん、お坊ちゃんなのねぇルカ」

 スパーダとイリアにじろじろと見られていたたまれなくなったのか、待ち合わせはないというルカに二人は何もしないと言った。きっと日頃からそういったことを周りの人間に言われて来たのだろう。ミルファは、もちろん自分も何もしないから安心して、と笑った。そのミルファをルカがじっと見詰める。
(どうしたんだろう? わたしの顔になにか付いてる? そうだとしたらとても恥ずかしい!)
 早く教えて貰わなければと慌てて彼に尋ねてみると、彼はハッと我に返ったように体をピクリと震わせ、慌てて否定するように手をぶんぶんと振った。どうやらミルファの方に問題がある訳ではないようだ。

「あ、そ、その! なんだか君を見てると……懐かしくて、何故か安心できるな、と思って……」
「あらあら〜〜? 一目惚れってヤツぅ?」
「そ、そんな! 違うよ、僕は……いや、その……なんていうのかなぁ……」
「……一体何が言いてぇんだよ、ルカ」

 真っ赤になりながら否定するルカが、自分の感情を上手く説明出来ずに口籠っていると、スパーダが何処か苛立った声で言葉を急かす。
 ルカとイリアは気付いていないが、ミルファには分かる。チリリと焦げるような苛立ちを感じる。何故急に機嫌が悪くなったのだろう。具合でも悪いのだろうか?
 大丈夫かと声を掛けようとするが、ルカが続きを口にした為、あとにしようと口を噤む。

「僕も、よくわかんないけど……前世で何か関係があったのかなぁって思うんだ」
「前世……? ルカくんって、ロマンチストなんだね〜」
「や、そ、そうじゃなくって……!」

 自分の言いたいことが伝えられず慌てるルカ。ふふ、と笑っているミルファの視界の端にチトセが映る。疲れたのかもしれないと言っていた彼女は、じっと静かにルカを見詰めていた。
 見詰められている張本人もさすがにその視線に気付いたようで、すみませんと言い輪から外れて彼女の所へと向かった。
 イリアはそれが気に食わないのか、些か機嫌を損ねている。不機嫌そうに眉間にシワを寄せ、和気藹々と話す少年と少女の二人から視線を逸していた。





 ここに来てからもう何度目だろうか、数えることも忘れた。慣れてはいけないのに聴き慣れていっている扉の開く音に反応して目を向ける。扉の前に立つ警備のグリゴリ一人なのだが、今回は数人が顔を覗かせた。

「今から適正検査を行う。四名、出ろ」

 ルカ・ミルダ。
 イリア・アニーミ。
 スパーダ・ベルフォルマ。
 ミルファ・フィオリーゼ。
 ──四名の名が呼ばれた。

hitsujitohana