37.前世の罪の所在
神待ちの園から急ぎ戻った一行は町中に兵を配備されているものと警戒していたが、テノスの町は出発前と変わらず平和そのものだった。住民はみな笑顔で争いごともなく、不穏な気配も感じない。本当にここにアルベールたちが戻って来たのか疑うくらいだ。
ホッとしたような拍子抜けしたような、そんな感覚に包まれながらも警戒は解かない。目立たないよう視線だけで辺りを見回してるうちにしっとりとした雪が髪に積もっていく。
「どこに居るんだろう……」
「あのスカシ顔、お貴族様なんやろ? ほんなら屋敷とかにおるんちゃうん?」
「いや、違うだろうな」
リカルドによれば、町の奥にある兵器工場に居るだろうとのことだった。軍の司令部でもあるそこがアルベールの本拠地である可能性が一番高い。
兵器工場と聞いて、ナーオス基地のときのように兵器に無理矢理押し込まれていないかと心配するルカに、ミルファはきっと大丈夫だよと言った。アルベールとアンジュの間には前世からの繋がりがあるので、傷付けるようなことはないと思いたいという一抹の望みを込めて。
悶々と考えている内に町の奥の工場へと辿り着く。穏やかに暮らしている人々が居る町中にドンと大きく建てられた工場が存在しているのは多少なれど違和感を感じるほどだった。
リカルドが早々に中へ足を踏み入れたのでその後に続くと、石炭の匂いに出迎えられる。
工場の中では機械がゴウンゴウンという音を絶え間なく鳴らし続けていた。職人同士で話をするも、油断すればその声が掻き消されるほどに。
「兵士とか守衛がゴロゴロいんじゃないの……」
「侵入者が来ることくらいわかっているだろうからな。仕方がないだろう」
辺りに積まれている荷箱の影から様子を伺うと、当たり前のようにテノス兵も守衛も工場内を徘徊していた。落ち着かない様子できょろきょろと見回している姿から察するに、彼らは自分たちを探しているのだろう。
捕まるわけにも、足止めされるわけにもいかない。すぐに攻撃できるようにライフルに弾を装填するリカルドはいつもよりもやる気に満ちているように見える。仲間であり依頼主でもあるアンジュを助けるために張り切っているのが分かる。
(ここにアンジュちゃんが居たら……こんなとき、なんて言ったかな)
この人達に罪はないから殺しちゃいけないわよ。手加減してね。そんな穏やかでありながらも諭すような言葉を掛けられるのだろうと想像に難くない。だと云うのに、待ち望む彼女の声は当たり前に聞こえない。
落ち込むミルファの心を知ってか知らずか、リカルドは心配するなと言った。
「セレーナは、どんな手を使ってでも俺が連れ戻してみせる」
「リカルドさん……!」
「ちょっとリカルド! 俺が、じゃないでしょうが」
「俺たちが、でしょ?」
ルカとイリアの後ろから、スパーダとエルマーナが力強く頷く。リカルドがチラリと自分を見たので、ミルファは「わたしも同じです」と言うようにこくりと頷いて見せた。
全員の思いはひとつ。それが分かり、リカルドは思わずフッと小さく笑みを溢す。
「では行くぞ。まずはここを突破する」
「奇襲なら任せろ! 銃弾なんて弾き飛ばしてやらァ」
「とにかく撃ち込んでやればいいんでしょ?」
「あながち間違えてもいないがな……」
血気盛んなスパーダとイリアの意気込みに頭を抱えたかと思うと、リカルドが眉間をぐり、と押さえつつミルファを呼んだ。はい! と返事をすると、一息吐いて彼は自分の考えた作戦の説明を始める。
――初めに初級程度の術を荷積みされている箱の方へ放ち、場と陣形を乱す。そして、相手が狼狽えている隙に一気に叩く。敵のテリトリーで耐久戦は得策ではない。長引けば追いつめられて逃げ場を失うことになるだろうから、これしか方法がないともいうのだが。
最初に術を放つ重要な役割はミルファに任され、念のための援護にはルカが付くことになった。
自分が起爆剤だと思うと緊張が抑えられず、バクバクする心臓を落ち着かせるように、すう、はあ、と何度か深呼吸をする。気合を入れるために小さく頬をぺちりと叩く。
手加減はしろというリカルドの念押しに全員が頷くと、ミルファは頭の中に術を浮かべて集中した。
「……じゃあ、行くね!」
豊富に物資が入っているであろう箱――の近くに狙いを定める。箱を壊すと中身が台無しになり兼ねない。それはこの国に暮らす人々にとってとんでもないダメージになるだろうと思い、ミルファは直撃はしないように狙いを定めると、行って! と念じ、星の光を落とした。
リミテッドが放たれ、リカルドの読み通りにその一帯に居た兵士や守衛が何事かと狼狽え、陣を崩す。その隙を逃すはずがない。リカルドが彼らの足元目掛けて弾を連続で撃ち込む。
「ヒャーッハハハ! 雑魚共! 蹴散らしてやるぜェ!」
「イーッシッシッシ! 絶対逃がさないわよ!」
「完全にこっちが悪役やん……」
イリアとスパーダの悪人めいた笑い声が工場内に響く中、次々と兵士が薙ぎ倒されていく。あっという間に兵力は減ったように見えたが、悲鳴や大きな音が呼び声となり続々と奥から人が集まってくる。このままでは数で圧されてしまう。
ルカがミルファに、みんなを援護しようと耳打ちをして来たので、強く頷いてみせた。物資を壊さないようにコントロールを調整し、ふたりで合わせて詠唱を始める。ちらりとお互いにアイコンタクトを取り頷き合い、準備が出来たことを確認し合う。
「せーのっ」
「ファイアボール!」
小声でタイミングを合わせられるようにと掛け声を出し、同時に発動させた。
相手が慌てふためいてるところを全員で叩き伏せていき、辺りは気絶したりまともに動けない人で溢れ返っている。今の内にと上へ続く階段を駆け上がっていると、上階に配備された兵士がこちらに気付き声を上げた。
「し、侵入者だああ!!」
「ちッ、やべェな……増援呼ばれるぞ!」
「ど、どうしよう……」
「とにかく上り切ろう!」
ルカの提案に、全員が応えるかのようにそのまま全力で足を動かす。前に居る兵士を倒しながら、後ろから追いかけてくる兵士から逃げながら……なんというドタバタした展開なんだろうと疲弊しながらミルファは泣き言を呑み込んだ。
際限なく走り続けているような感覚だったがそんなわけもなく、上の階へと続く階段が途絶えた。つまりここが最上階だ。アンジュとアルベールはきっとこの先に居る! そう思いバタン! と扉を開いてその先へなだれ込むが、そんなことで追っ手を諦めさせられることなど出来ない。
元々配備されていた数よりは少ないものの、後ろから追いかけて来た敵が一行に追い付く。すると、心身ともに疲れ切っているのかゼイゼイと息を切らしたイリアが「あったま来た!」と叫ぶ。
イリアはエルマーナに合図を送り、ふたりで詠唱を始めた。一体どうするつもりなのか、補佐に回れるように気を張っていると周りに水気が帯びてくることに気が付く。詠唱はまだ終わらなく、長い。ということは。
まさかと思いミルファが急いで仲間たちを見ると、皆も気付いていたようで諦めろと視線で言われてしまった。
「タイダルウェイブ!」
「ダブルでお見舞いや〜!」
あ、やっぱり。
と思ったときには既に術は発動しており、その場に辿り着いて居た敵も今まさにこちらに向かっていたと思われる敵も巻き込み、大波と共に流され下へと落ちていく。濁流に飲み込まれたようなものなので、その勢いのまま流されて無事なはずがない。最下層で気絶していることだろう。
半ば感心してしまうほどのイリアの容赦のなさのお陰で事なきを得た。そして、この最上階で大きな存在感を放つとてつもなく巨大な鉄の塊の前。そこに佇んでいた人影がゆらりと揺れる。
「あ、あなたたち……どうして」
「ふふ、どうも僕ら二人の間には障害が付き物らしいね」
アンジュとアルベールだ。酷い扱いを受けているわけではなさそうだったのでひとまずは安心だと思い安堵の息を吐くが、当の彼女は居た堪れなさに顔を歪める。その隣に居るアルベールは狼狽えることもなくただ笑みを深めるものだから、少し不気味に感じられた。
一行の気持ちなどお構いなしにアルベールは語る。目の前にある鉄の塊がなんなのかを。
――飛行船。つまり空飛ぶ船。最初から創世力が天空城にあるとわかっていた彼は、自分が創世力を手に入れられるように国の技術力を掻き集めて飛行船を作ったのだという。
そこまでして一介の貴族が創世力を欲する理由が分からない。彼の望みとはなんなのだろうかと考えても答えが出ないことは明白だった。
「このままじゃ世界が滅亡してしまう。それを止めるために創世力が必要なんだよ」
「……そうだろうね」
アルベールは世界の滅亡など気にも留めないといったように涼しい顔を崩さない。
「天上の消滅は、使用者が望んだから起こったんだ。創世力は世界統一の力ではなく使用者の願いを叶えるものだからね」
――天上の消滅は、使用者が望んだこと。やはり、アスラは天上統一を果たしたあと、破滅を望む魔王に創世力を奪われてしまったことになる。
(でも、リリヴァさんはアスラさんのことを気にしていなかったような……?)
記憶の場で見た情景の中で、リリヴァは創世力が振るわれる時を待ち望んでいた。昔からの夢が叶う、と。
平和な世界を望むリリヴァが魔王に屈するなど考えられない。そこまで考えたところで、頭の中が白く、小さく弾け始める。これ以上はいけないと思考を阻むように。
今はアンジュを連れ戻すことに集中しなければ、と推測を頭の中から消すようにミルファは頭をぶんぶんと横に振る。
「……アルベールさん」
ずっと俯いていたアンジュが顔を上げ、彼を真っ直ぐに見詰め、問うた。まだ誰も知らない彼の願いを。
アルベールは演説でもするかのように、高らかに両手を広げる。その顔はこれから訪れる喜びが待ち切れないというほどに希望で満たされていた。しかし、どこか歪で末恐ろしいものを感じさせられる。
「僕はね、ラティオの転生者だけを集めた理想国家を作りたいんだよ」
「……!?」
ヒンメルはアスラと同じく天地が一つになる世界を夢見て、理想だと信じていた。それだというのに、地上人はどれだけ年月が経とうと構わず意地の張り合いを続け、戦乱に明け暮れている。アルベールにはそれが耐えられない。
だからといってそんな極端な結論を出されてはたまったものではない。前世の記憶とは強く根深く、現世にまで影響を与えるものだと改めて思い知らされる。
考え直してとアンジュが訴え掛けるが、アルベールは残念そうに眉を下げるだけ。願いを変える気はないようだ。
話し合いだけでの解決が出来たら良いが、それはもう無理なのかなと思いミルファが隣のスパーダをちらりと見上げると、彼は無理だろうと言うように肩を竦める。
しかしだ。献身と信頼、その証を立てよ、さすれば我は振るわれん≠ニいう力の使い方が決められている以上、同意もなしに創世力を使うことは出来ないだろう。
一行の考えを悟ったのか、アルベールは金色の髪をさらりと揺らしながら嘲笑うかのように笑い声を上げた。そして、残念だったねと前置きをする。
「創世力、そしてアンジュ。このふたつが揃えば、僕の願いは叶う」
「ま、さか……」
考えたくない。考えたくない、けれど。一度浮かんでしまった考えは脳から離れてはくれなかった。
「アンジュちゃんの命を、犠牲にするんですか……?」
「そ、そんな……!」
「何だと……!」
ガルポスの記憶の場で見たアスラとオリフィエルの会話から察するに、センサスとラティオでは創世力の扱いに関する話の解釈が違っていた。ラティオに居たらラティオの言い伝えしかわからない。けれど、センサスのアスラと話したオリフィエルがヒンメルにその事を密かに伝えていたとしたら。アルベールが創世力の別の使い方を知ることは不可能ではない。
「はは、お嬢さんの言う通り。そのまさかさ!」
オリフィエルを殺さなかったこと、創世力の別の使い方を知っていたこと。そのことには感謝していると語るアルベールに、ミルファは言葉が出ない。
嘘だと言って欲しかった。こんな仮説、当たって欲しくなかった。つまりこの男はアンジュの命を自分の願いのために使おうとしているということになるのだから。
顔面蒼白になるミルファを余所に、仲間たちはアンジュを助けるべく武器を構えて戦闘体制に入る。すると、アルベールと仲間の間に両手を広げ、庇うようにアンジュが立ち塞がった。
「アンジュ……!」
「みんな、お願い……この人の邪魔をしないで!」
悲痛な声が心に重く響く。アンジュとアルベールの間にはこちらが知り得ない前世での関係があるのだろが、それでも……大切な仲間を失うかもしれないのに邪魔をしないなんて出来ない。
「アンジュ、ふざけてないで戻って来なさいよッ……!」
「アンジュ姉ちゃん、死んでまうやん! ウチ、そんなんイヤや!」
微かに涙を浮かべながら叫ぶイリアとエルマーナ。ルカは彼女たちの横切ったかと思うとアンジュに向き直る。目を逸らさず、真っ直ぐに。
「お願いだよ、アンジュ。そこを退いて」
ルカの頼みにアンジュは哀しそうに目を伏せ、ひとことぽつりと「ごめんね」と謝った。そして――。
チャキ、と袖口に潜めていたアンジュのダガーが姿を現し彼女の柔らかな手に握られている。後ろにいるアルベールも腰に装備してある拳銃に触れた。
まさに一触即発。誰かが武器を振えば、もう戦いが始まってしまうだろう。
(いやだ、アンジュちゃんと戦うなんて、そんなの)
ミルファは戸惑い逸る心臓に手を当てて深く息を吐くと、手にしていたレイピアを、床に捨てた。
「ミルファ姉ちゃん!?」
「あのバカッ……!」
「あなた、何を……」
丸腰同然になったミルファを、アンジュが信じられない者を見るような目で見詰めている。見開かれたラベンダーの目は困惑に揺れていた。そんな彼女の元へ、ミルファは一歩近付く。
「アルベールさんの考えはわかりました。けど、わたし……アンジュちゃんがどう思ってるのか聞いてないよ。だから、教えて欲しいの」
一か八かの賭けだった。攻撃されない保証なんてない。だったらまずはアルベールを守ろうとしているアンジュに傷付ける気はないという意志を見せなくては。
怖くないと言ったら嘘になる。実際脚が震えて立っているのもやっとだった。今のミルファはどうぞ攻撃してくださいと言っているようなものだ。しかし、そうしなければアンジュの気持ちを聞く前に戦うことになってしまう。
「……ミルファ、あなたは……本当に優しい子ね」
呟いたアンジュの瞳には、少し涙が滲んでいた。そして、彼女は語る。自分の思いを。
「……わたしはね、この人を前世で守れなかったの。それがわたしの生まれ背負った罪」
オリフィエルがヒンメルを守れなかった、死なせてしまったと悔やむ思いが彼女を罰しているのだ。今度こそ死なせてはいけないと、未来を見てもらいたいと、強く願っている。
天術の力や信者たちに絶望し、転生者であることを悲観していたアンジュ自身が旅を経て変われたように、間違った道を歩もうとしているアルベールを止めたい。違う生き方を見つけて欲しくて。
呆然としているアルベールを振り返り、アンジュはそっと彼の手を包み込んだ。
「アルベールさん、あなたは創世力になんて頼らなくてもこの世界を救う事ができるじゃない。技術者としてのあなたの力が、正しく振るわれる日を民は待っているはずですよ」
幽閉されて無力に嘆いたのは、はるか昔の前世でのこと。今のアルベールはヒンメルよりも自由。テノスという国の貴族で、聡い彼ならばきっと世界を発展に導けることだろう。
アンジュの暖かく希望に満ちた言葉に、アルベールは瞼の裏に浮かぶ前世の思い出を噛み締めるように瞳を閉じる。眼鏡越しに見る、ゆっくりと目を開いた彼の瞳には心からの穏やかさが宿っているようだった。
「ありがとう、アンジュ。……そうだね、絶望している場合じゃなかった。僕にはまだまだやれることがあるのだから」
新しい未来を決意したアルベールは、クスッと笑い思い出話をした。前世でヒンメルが悪いことをしたときにオリフィエルにお尻を何度も叩かれたと。前世からずっと真正面でぶつかり接してくれたアンジュに感謝してもし切れないと微笑むが、彼女は「今はお尻を叩いたりしません」と気まずそうに照れくさそうに俯きながら前世の自分のやり方を少し恨めしく思うのだった。
よく言った! とイリアやスパーダがアルベールを称えて駆け寄る。その後ろでミルファは緊張の糸が切れたことと安心から力が抜けてしまい、へなへなとその場に座り込んでしまった。良かった、良かった。そう仲間たちが何度も反復し、ミルファも都度頷く。
目の前に差し出された、赤いグローブを纏った手から伝い見上げれば、スパーダが「立てるか?」と言いながら手を掴み引き上げた。ありがとうと大丈夫を伝え、改めて何事もなく解決出来たことに胸を撫で下ろして気が付く。自分の震えが収まり切っていないことに。
「はぁあ〜……震えが止まらないや」
「ったく、武器放り投げたときは心臓止まるかと思ったぜ。寿命いくらあっても足んねェよ」
「う。ご、ごめんね……」
呆れたというようにジトリとした視線を向けられ、ミルファは小さく縮こまるしかない。
結果論としてはアンジュもアルベールも傷付かず大団円だったから良かったものの、攻撃されてしまう可能性だって十分にあったのだ。これしかないと思ったことでも仲間を不安にさせるのは本意ではない。ミルファだって仲間が自分と同じようなことをすれば心配でどうにかなってしまうだろう。反省したところで彼女の本質は変わらないので同じことが起きてしまうかもしれないのだが。
落ち込み項垂れる幼馴染の反省っぷりを見て、スパーダは仕方ないなと小さく溜息を吐くと、彼女の背中を励ますように軽くぽんと叩いた。
「でもまあ、お前のお陰で話し合いで解決出来た訳だし……よくやったって思うぜ」
「スパーダ……」
「けど、二度目はナシだからな!」
うん! と見るからに喜んで屈託なく笑うミルファを見て自分もつられて笑顔になっていると自覚すると、スパーダは我ながら甘いなと実感してなんだか気恥ずかしくなり頬を掻く。
和やかな雰囲気。それを壊す声が一帯に響き渡った。
「――そうか。創世力は天空城にあるのだな」
飛行船の上からした声に全員が急ぎ振り向けば、そこにはマティウスが居た。視線を集めていることなど気にするようすもなく、仮面の下から怪しげな笑いを漏らす。
なぜここに居るかなど想像すれば分かる。教団のトップがテノスで事を荒立てるわけにはいかないので教団員を使い様子を見ていたのだろう。創世力を手に入れるために。そうでなければこんな絶妙なタイミングで姿を現すだなんて考えにくい。
マティウスは悪趣味だと怒るイリアを鼻で笑い長杖を機体に突くように立てると「場所さえ分かれば手に入ったも同然だ」と言い力を溜め始める。
「天空城で待つ。そこで全てを明らかにしようではないか」
嘲笑しそう言うと、マティウスは空間移動の術を発動しその場から姿を消した。しんと静まり返る中、スパーダの舌打ちが響く。そして仲間たちから続々と焦る声が沸いた。
このままでは創世力を奪われて世界は終わってしまう。しかし空に浮く場所まで追い掛けるなんてどうすれば、と頭を悩ませているとアルベールが兵を呼び、飛行船を起動させるように指示を飛ばした。
「君達、この飛行船を使って天空城へ向かってくれ!」
「アルベールさん……!」
自分に出来るのはこれくらいしかないと笑うアルベールに感謝していると飛行船のハッチが開く。急いで乗り込もうとしたところで彼は「いつか国内旅行に連れて行かせておくれ」と笑った。その笑顔から根っからの悪人ではなかったことを再認識できた。
ぺこりと頭を下げてお礼を言い最後に乗り込もうとしたミルファをアルベールが呼び止め逆に感謝を伝えられたので、何のことかと首を傾げる。
「君が居たから、僕はアンジュを意味もなく傷付けずに済んだ……そして、彼女の優しい思いを知る事が出来た。君の真っ直ぐで直向きで純情な気持ちに僕は感謝をしてもし足りない」
「そ、そんな。わたしはただ話を聞きたかっただけで……」
「そう、君はその気持ちから行動してくれた……どうかその気持ちに最大の敬意と感謝を」
細くありながらも骨ばった優雅な手にそっと手を乗せられる。その振る舞いは、どこか物語に現れる大きな国の王子様を思わせるようだった。こんなに感謝されたり自分を褒められると思っていなかったミルファは妙に照れてしまって顔をほんのりと赤らめた。
「お、お礼なら、もう頂きました。この飛行船や、アンジュちゃんが無事に戻って来てくれたこと、あなたが前世に囚われず未来を選ぼうとしてくれていること……それだけで充分です」
謙虚だねと笑われてしまいなんと返せば良いかわからなくなったところで、早く乗れと中からリカルドに呼ばれたので、もう一度頭を下げてから乗り込んだ。
ちらりと操縦席を見るとリカルドが物凄い汗をかきながら何やらぶつぶつと呟いているようだったので、ミルファは心配になり声を掛ける。お腹が痛いのか調子が良くないのかと訊ねてみても返ってくるのは「何でもない」の一点張り。
「リカルド、空飛ぶ船苦手なのか? しかし」
「え? そうなんですか?」
「……いいから早く席に付け」
ずっと道具袋の中に居て苦しかったであろうコーダがいつの間にやら座席に座って放った言葉に彼は動揺していた。見目には分からないが。
空いている席にいそいそと座ろうとするとコーダが抱っこを促すように両手を広げていたのでミルファはニコリと微笑んで抱き上げる。席に付いて安全ベルトを装着したところで飛行船が動き出しガタンと揺れた。
「あの坊や――マティウスを止めてくれ」
アルベールから託される思いに頷き、ルカたちは小窓越しに手を上げて返事をする。
天空城でマティウスとの戦いは避けられないだろう。創世力を巡る戦いは終わりに近付いているが、臆してる場合ではない。皆それぞれ覚悟を胸に抱く。
(気を引き締めていかなくちゃ)
ぺちり、と控えめに頬を叩いてミルファは自分を奮い立たせる。
さあ、行こう。天空城――創世力のある場所へ。