40.大切な仲間
飛行船に乗り込み離陸すると同時に天空城は崩れ落ちていった。まるで、仲間たちがここを離れるまでルカが待ってくれていたのかと思ってしまうようなタイミングで。
力の嵐により暴れる瓦礫を避け、無茶な動きをしながら飛行船は空を駆ける。スリリングな操縦に皆目をぐるぐると回すが、文句など言っていられる状況でもない。とにかく生き残る。それが最優先事項だ。
「……も、もう着いた……?」
グラグラと揺れの酷かった飛行船が突然止まったので船内から外を見遣ると、砂一面に覆われた地が目に映った。砂嵐に阻まれはっきりと見ることは出来ないが、草木はほぼほぼ生えていないところから察するに砂漠地帯である東の大陸だろう。
なんとか地上に戻ることが出来たとわかり、ホッとする。死んだかと思った……と座席で脱力し続けているわけにもいかないので外に出ると、砂嵐に出迎えられてしまう。
ぶわあっ! と勢いよく顔に砂がかかったミルファはその勢いに押されたままに尻餅をついた。
「わぷっ!?」
「あらあら。今は昼間だからね、風強いから砂を口に入れないように気をつけて。ハンカチで抑えなきゃ」
「う、うん……そうするね」
「それより、これからどうする」
乱れた前髪を直してから立ち上がり、ごそごそとポーチからハンカチを取り出し、口に当てる。
いつまでも砂漠の真ん中で突っ立っても居られない。これからどこに向かうべきかを話し合おうとしたとき、イリアが行き先も告げずに歩き始めたのでミルファは驚いて彼女を呼び止めた。
「イ、イリアちゃん、どこ行くの?」
「……近くにあたしの村があるの。サニア村。……そこに行きましょ」
言い終わると同時にそのまま足早に進んで行くイリアに、それ以上誰も何も言わない。リカルドとアンジュがアイコンタクトで頷き合ってから、後に続こうと促す。
……ざくざく、じゃりじゃりと砂の上を歩く音しかしない。皆言葉もなく歩いているので仕方ないのだが。
逃げるしかなかったとはいえ、暴走しているルカを見捨ててしまったようなものだ。後悔も心配も不安も、彼が無事に戻るまで付き纏うだろう。まだ天空城で見た前世の記憶についても受け止め切れていない。その場に居なかった者は別としても、特にイリアとスパーダには思うところが多くあるはず。考えて、整理する時間が必要だとミルファは思った。
前世の自分の罪は、自分の罪ではない。そう思う――けれど、もし自分がルカたちと同じ立場だったならどう思っただろう。そんな言葉で片付けられないだろうな、と考えることしか出来ない。
重苦しい空気の中、一行はサニア村に足を踏み入れた。ゴーストタウンとも云われているこの村は、二つ名に相応しい佇まいとなっており、家々は荒れ果てている。半壊している場所もあれば燃えて煤焦げた跡も多くあり、思い出す――マティウスがこの村を襲ったことを。
襲撃の跡が色濃く残る様や住民の笑顔が少ないのも、そのせいだろうと思うとやるせなくて胸が痛んだ。
「……イリア?」
村の奥の一番大きく建てられた家から姿を現した女性が目を瞬かせながらイリアを呼ぶ。見目が似ていることから母親だと想像はついたが、涙ぐみながらイリアへ駆け寄る姿を見てより強くそれを実感させた。
「あなた、帰って来たのね!」
「うん……。一時的に、だけど」
「……そう……。良かったら、皆さんもお入りくださいな。大したおもてなしはできませんが……」
イリアの母は、娘や初めて出会う仲間の様子からただ事ではないと瞬時に悟り、家へと招待してくれた。ルカも居ない今、しばらくはイリアの家を拠点とさせてもらう他なさそうだ。
一行を家に上げたあと、やることがあるからと母はすぐに出て行った。
話によれば、イリアを逃がしたあとマティウスは去って行ったのだという。なんとか生き延びたのは良かったが、ここ最近、近くで戦が起こったことでこの村は巻き添えを食っているようだった。アルカの本拠地と云われている黎明の塔へ王都軍が侵攻を始めたせいで、その道中にあるこのサニア村は食糧や資材を王都兵に供給しなければならないという。俗に言う略奪というところだ。
戦争で関係のない民を巻き込み、天変地異や無恵によって世界は破滅へと向かっている。そんな中でマティウスが世界の滅亡を願ってしまえば、今を一生懸命生きている人も平和に暮らしてる人も、誰も彼も死んでしまう。
やっぱり、あのとき自分が彼女の元へ行っていれば良かったのでは? 天空城でもっと出来ることがあったのでは? 今更そんなことを考えても仕方ないが、戦争で苦しむ人々を見ていると後悔の念が止められない。
「……みんな、好きにくつろいでおいて」
「イリア姉ちゃん、どっか行くんか?」
「部屋。……ごめん、ひとりになりたいの」
ばたん、と自分の部屋に入ったかと思うとすすり泣く声が微かに届く。枕やクッションに顔を埋めて皆に聞かれないようにしているのだろうが、それでも抑え切れていないほどの涙。イナンナの裏切りも、ルカを心配に思う気持ちも、気丈な彼女の心を乱すには充分過ぎた。
傍に居てあげた方が良いかと思ったが、ひとりになりたいと言ったのだからその気持ちを尊重するべきだと思い、ミルファはただ俯くしか出来ない。
暗い顔をしているミルファを覗き込むエルマーナの眉が下がっていたので、心配させないように大丈夫だよと笑いかけると、ガタンと乱雑に席を立つ音がした。
「……ベルフォルマ、どこに行く」
玄関へ向かおうとするスパーダをリカルドは横目で見遣る。
外は砂嵐が吹き荒れていると分かっているはずなのにどこへ行こうと云うのか。アンジュもエルマーナもミルファも、机の上で座っているコーダもスパーダの返答を待つ。
「結局……」
「スパーダ……?」
――ダンッ!!
返事の代わりに大きな音が響く。その音に驚いてミルファは肩をビクンと震わせる。
スパーダが家の柱を殴りつけた衝撃で家がぐらりと動いたのではと思うほどの音だった。
髪をぐしゃりと掴み肩を震わせたかと思うと、スパーダは声を荒げた――自分の胸の内にある思いを全てぶちまけるように。
「結局オレは裏切り者だったってワケだ!! ……アイツを裏切っておいてダチだとか言ってたんだ……! はっ、バカすぎて笑えてくるぜ!」
「そんなこと……」
「あるんだよ!! オレはアイツがマティウスの方へ行くのを殴ってでも……無理矢理にでも止められなかった!」
「スパーダ君……それはみんな同じよ……」
天空城でのことを思い出し、皆目を伏せた。あのときはあれが最善だったと思いたいが、それでもやはりそう思い切れない。それほどに皆、ルカが大切なのである。コーダが机にあったパンを食べるのを辞めてしまうほどに空気が重苦しい。
襲い来る後悔は、前世の自分と今の自分どちらにもある。リカルドもアンジュもそれを経験しているからこそ何も言えないでいた。
「自分のせいだって思い詰めてるルカを助けてやれなかった!」
「スパーダ……」
「デュランダルが……オレが、自分の事を武具だ道具だとかぬかしてアスラを裏切らなきゃ……!」
「スパーダっ!!」
これ以上、自分を責め立てる彼を見て居たくない。ミルファはスパーダにしがみつくようにぎゅうと抱き締めていた。体の力が抜けてずるずると崩れ落ちていって、ふたり一緒にへたり込むように床に崩れる。
自分を責めないで、と目に涙をためて訴える幼馴染の姿にスパーダは驚き目を見開いた。
溜め込んでいた思いを吐き出すように叫んだせいか、泣きそうになるほどに劈く思いが溢れそうになる。
(ぐちゃぐちゃだ、全部。クソッ……くそ……!)
約束も絆も、踏みにじったのはイナンナだけではなくデュランダルも同じだったのだから、アスラの絶望の要因のひとつであることは間違いない。それに、守ると約束したリリヴァを殺したのも自分で。儀式の間へ向かうリリヴァを背後から貫いたときの、彼女の肉感、血の味、温度――全て思い出した今、スパーダは自分のパーツのひとつであるデュランダルも、そのデュランダルの転生である自分も許すことが出来るはずがない。どこか冷静な脳が、なぜ自分が裏切りを嫌うのかわかったと言っている気がした。
自分を抱き締めるミルファが血濡れているリリヴァと重なって見える。それほどまでに後悔や罪の意識、嫌悪に苛まれるスパーダの頬に、そっと手が添えられた。
「違うよ、スパーダ」
ミルファは身体を起こし、彼の頬を両手で包み込んで目線を合わせると、驚くスパーダにふわりと笑顔を向けて自分の気持ちを告げる。
“わたし”は“あなた”に殺されてない。そう言ったミルファは、リリヴァがデュランダルに守ると言って貰って嬉しく思っていたことを話した。
デュランダルがアスラやリリヴァと過ごした時間全てが嘘だったわけじゃない。相棒として戦いを乗り越えて来たことも、同じ武器であるゲイボルグに憤りを覚えたことも、リリヴァを哀れむ思いも、全て。終わりこそ凄惨なものだったが、あのとき生まれていた絆は確かに在った。それは今世でも言えることだ。
「今まで一緒に過ごして来た時間も、みんなとの絆も、嘘をつかない大切なものなんだよ」
前世の縁があったからこそ出逢った仲間。しかし、その仲間と過ごし感じた楽しさや乗り越えて来た困難、そこで生まれた思いや絆は確かに自分たちのものだ。
「ね、スパーダはよく言ってるでしょ? 前世なんて関係ないって」
「……ミルファ」
「スパーダがこんなに辛い気持ちになってるのは……それだけルカくんが大好きだからだよね? 他の誰でもないスパーダ自身の気持ちを大事にして欲しいってわたしは思ってるよ」
気持ちが伝わりますように、と願いながら彼をもう一度抱き締め、とん、とん、と背中をさすると、スパーダはミルファの肩に顔を埋めてゆっくり深く息を吐いた。暴れていた感情は少し落ち着きを取り戻せたようだ。
柔らかくいて艶やかな髪からほのかに香る優しい花の香り。今世で得た大事な存在。手放したくない、守りたいという思いで抱き締め返す。ミルファがくすくすと笑ったので不思議に思っていると「甘えん坊さんみたい」と言われたのでスパーダはデコピンを喰らわした。
スパーダがミルファの手を取り立ち上がらせると、アンジュがくすりと笑みを溢してふたりを見る。
「……間違いは正せる。わたしはそれをあなたたちに教えて貰ったわ」
「前のときの間違いを知ってる訳やし、ウチら幸せなんちゃう?」
「フ……確かにな。同じ間違いをすることはあるまいよ」
静観していた仲間たちの言葉に、ミルファとスパーダは強く頷く。そう、前世での誤りがあったからこそ、今世ではそれを反面教師にすることが出来る。同じ間違いをしないように立ち回れるのは転生者にしか出来ないアドバンテージでもあるのだ。
ちょっと得やんな、と言いニッと笑うエルマーナの前に居るコーダがパンを再び食べ始める。やっと喉通りが良くなりそうだと感じたのだろう。
「……ちょっとスパーダ! 人んちで何暴れてんのよ」
「! お前……」
バタン! と勢い良くイリアの部屋の扉が開き、彼女がリビングに戻って来た。目元は赤く腫れていたが、そんなことを気にする様子もなくいつものように胸を張って踏ん反り返っている。
心配していたミルファが瞳を潤ませてイリアを見詰めるものだから、彼女はなんだか居心地が悪くなり頬を掻いた。心配かけてごめん。そう言いながら。
「……色々考えたの。イナンナはイナンナ。あたしはあたしだって。そんなこと前からわかってたのにね」
イナンナにはイナンナの事情があった――それは分かったが、だからと言って彼女のしていることを許すことはスパーダと同じくイリアにも出来なかったようだ。
不安な思いや許せないことをアスラに伝えることもせず、リリヴァもアスラも殺す選択をしたイナンナのことは一生嫌いだと迷いなく言い切るので目を丸くしていると、イリアは自分の望みをしっかりと口にした。
「自分の記憶みたいに、イナンナのしたことも気持ちも、しっかり頭にあるの。すごく辛い……でも、あたしはあたしとして生きたい」
「イリアちゃん……」
「ルカが無事に戻って来て欲しいと思ってるこの気持ちは前世なんて関係ない、あたしのものだもん!」
これがあたしの答え。そう言ってフフンと笑ってみせたイリアはもうすっかりいつも通りのようだ。
むしろこっちから探し出して泣き言言おうが連れ戻してやると物騒なことを言うが、それほどにルカが大切なのだと分かる。
イリアの傍に寄ると、彼女は少しだけ不安そうにミルファの手に触れた。その手をそっと包み込んで元気になってくれて嬉しいと伝えると、笑顔を向けてくれた。安心したのか、少し瞳を潤ませて。
「……ルカ、あたしと普通に話してくれるかな」
「大丈夫だよ、絶対!」
勢いよく言い切るミルファに、イリアはいつかのように「根拠は?」と聞いてみたが、ミルファは「ルカくんがルカくんだから」という、この上なく曖昧で不明瞭な言葉でしか伝えられなかった。
それにも関わらずイリアは笑ってミルファにありがとうとこそりと伝える。あははと声を出して笑い合うふたりを見て、いつもの調子が少しずつ戻って来た喜びを隠し切れないエルマーナがイリアに飛び付いた。
「せやったら、みんなで行こうや!」
「そうね。でも、今日はもう遅いから明日にしましょうね」
今までの旅のときのように活気付いて来たのは良いが、もう日も暮れている。それに、この砂漠地帯は夜になると急激に冷える上に魔物の出現も増すので外に出るのは得策ではない。
慎重に行動すべきだというリカルドに、みんながしっかりと頷いた。明日に向けてしっかりと食事を摂り、ゆっくり身体を休めようという話になる。
話の最中、ミルファの肩がとんとんと突かれたのでなんだろうと振り返ると、スパーダが声を潜めて耳打ちして来た。ありがとな、と。今日は感謝されてばかりだな、なんて大袈裟なことを思いながらも、ミルファは彼のいつもの調子に安心してふにゃっと微笑んでみせる。
「わたしはわたしの思ったことを言っただけだよ」
「それが嬉しかったんだよ、オレは」
スパーダは自分の取り乱した様子を思い出し、はぁあと重く息を吐く。情けないことこの上ない。格好が付かない、と。ハルクスに言われた言葉がフラッシュバックする。子供だ、大切な人を守れない、と語る耳障りな声に密かに腹を立てた。
守れない――そんなことあってたまるか、と強い思いで拳をグッと握りしめる。もう自分を見失ったりしない。仲間も、一番大切な存在も守ってみせると決意を込めて。
神妙な面持ちのスパーダをミルファはどうしたのかなと思いぱちぱちと瞬きしつつ見詰めていたが、自分の決意を仲間の前で話すなんて冗談じゃない! という思いから帽子を深く被り直す。照れ隠しだとはバレていないようだ。鈍感なミルファにバレるとはそもそも思ってはいないが。
ルカが戻ったらいじり倒してやると意地悪く笑うスパーダにミルファはくすくすと笑う。
「あんまりやり過ぎると、ルカくん泣いちゃうかも」
「熱烈な歓迎なんだからありがたく思って貰わねェとな」
だめだよ、と言おうとするミルファを阻止するかのようにスパーダは彼女の手を取って、少し離れていた輪へと戻る。
夜が明けたらルカを探しに行こうと希望を捨てずに話し合う仲間たちは、彼の生存を誰も信じて疑わない。
ルカを見つけることが出来たらそのときは、世界を賭けた最後の戦いに臨むことになるだろう。