41.おかえり
朝。砂嵐は昨日よりもその勢いは成りを潜めており、空は雲もなく青く澄み渡っている。絶好の捜索日和と言ってもいいだろう。
昨日とは打って変わって憑き物が落ちたように晴れた顔付きが並んでいる。
ごちそうさま! と慌ただしくも溌剌とした声がリビングに響いた。
「こら、イリア。そんなお行儀悪く食べるんじゃありません!」
「用事があんの! あたし、ルカを探して来るっ!」
母の注意を軽く受け流し、イリアはがたんと立ち上がると椅子の並びを整えることもせずに勢い良く玄関の扉を開けて出て行ってしまう。机に残った朝食の食べくずが飛び散り具合がイリアの焦る気持ちを表しているようだった。
仕方ないわね、というようにひとつ溜息を溢した母親は取り残された仲間たちを振り返ると、少し気恥ずかしそうに笑ってからイリアの使った皿などをシンクに運んでいく。
ドタドタと二階から複数の足音が鳴らしながらイリアの弟妹たちがリビングに姿を現した。一行に元気に挨拶をしてからきょろきょろと並ぶ顔を見回し、自分たちの姉が居ないと分かると残念そうに眉を下げて頬を膨らませる。久しぶりに帰って来た姉と遊んでもらおうと思っていたのだろう。
珈琲を飲んでいた父親が「お姉ちゃんはやることがあるんだよ」と諭すが、それで納得できるほど大人ではない。落ち込む子供たちの頭を優しく撫でて、後で自分と遊ぼうと励ます父の言葉に弟妹のふたりは喜んでパァッと笑顔になる。恐らく父親と遊ぶ機会も多くはないのだろう。
嬉々とした様子のまま二階に戻った弟妹を見遣ると、夫婦揃って申し訳なさそうな顔をした。
「皆さん、申し訳ありませんが私達は少し出て来ます。今日も王都の兵士がやって来ているもので……」
「……またか」
「暴れられたら、村はもう復興出来ないほどになってしまうでしょう。だから従うしかないのです」
「あなた……」
「ははは、すみませんな! 娘のご友人方にこのような……。私たちはそういう理由で少し家を離れますが、どうぞ寛いでいって下さい」
ぺこりと頭を下げ、イリアの両親はそのまま家を出て行く。
一時的とはいえ居座らせて頂いてる身として何か力になれないかと考えはするものの、村の中で天術を使えば住民にまで被害が及ぶ恐れもある上に、このサニア村で適応法から逃げている人たちが見つかる確率も跳ね上がるので、略奪を許せないが、どこまで介入して良いものか分からずにいた。
「……フィオリーゼ」
「ふえ?」
「ぼうっとしていると食事が無くなるぞ」
難しい顔をして唸っていると、ゆっくりと珈琲を飲んでいるリカルドから忠告を受け、ミルファは首を傾げる。朝食はひとりひとりに分けられているはずなのにどういうことだろう? と。
ふと自分に割り当てられたお皿を見てみると、今まさにおかずがフォークの襲撃を受けている最中だった。犯人であるスパーダとエルマーナと目が合ったかと思うと、その瞬間にヒュパッとものすごい早さで盗られてしまう。
ああ、わたしのエッグベネディクト……チーズとベーコン……。と瞳を潤ませ、酷いと訴えるとふたりはにんまりとした顔ですっとぼける。絶対確信犯だ、と思いながら、納得してないよ! という目線を向けるが素知らぬふりを続けられてしまう。
元々食べるのがゆっくりな上に考え事して油断し切ってたのも悪いかもしれないけど。でもでも、そもそもご飯はゆっくり食べるものであって……と色々言いたいことはあるがもう彼らのお腹の中にあるものをどうすることも出来ない。心残りを捨て、もうお腹はだいぶ満たされているから良いかなと、ミルファは残り少ないサラダとトーストをゆっくり食べることにした。
見かねたアンジュがスパーダとエルマーナを諭そうとふたりを見詰めた。
「スパーダ君もエルも、人の食べ物を勝手に食べてしまうなんて……駄目なのよ?」
「食いしん坊のアンジュ姉ちゃんからは取らへんよ、後が怖いんやもん」
「……あなたたちには人の道を説く必要があるわね。さ、ミルファがご飯を食べ終えて準備出来るまでの間、私とお話しましょうか」
「ゲッ……ふざけんなよ、オレ巻き添えじゃねーか!」
にっこりと有無をいわさぬ笑みで迫るアンジュの説法から逃げるため、家の中をドタバタとスパーダとエルマーナが走り回る。
リカルドは飲み終えたコーヒーカップを少し離れたところに寄せて新聞に目を通しており、その隣のコーダはミルファの何倍もの量の朝食を今まさに平らげようとしているところだった。
もぐもぐと小さな口を動かして残りの朝食を味わいながら斜め前に座るリカルドの手にある新聞を見ると、戦争関連の記事で埋め尽くされている。彼が今まさに目を通している紙面も恐らくそうなのだろう。リカルドの眉間には若干ではあるが皺が寄っていた。
仲間たちの様子を見渡しながら、ルカもここに居たら……と思いを馳せる。いつもの旅路の中の賑やかさ。その中に居るルカを映して少し胸が締め付けられる。また一緒にごはんを食べたり楽しい時間をみんなで過ごしたい。それを実現させるためにも、早くイリアに続いてルカを探しに行かなくては。そう思いながら朝食をやっと食べ終える。
ごちそうさまでしたと言い手を合わせて食後の紅茶に口を付けていると、途端、バタンと勢い良く扉が開いた。この遠慮のない扉の開き方からしてイリアが戻ったのかと思い目を向ける。すると、そこに立っていたのは彼女だけではなかった。
「ルカ、くん……?」
「ルカなのか、しかし!」
隣に居たのは、銀髪の少年。天空城で離れ離れになってしまったルカだ。
「た、ただいま……」
おずおずと、少し気まずそうにそう呟いたルカだったが、仲間たちからの視線に否定的なものを感じないことに安心して頬を掻きながら言葉を探す。
困ったような笑顔で言った「帰って来たよ」という言葉を聞き、全員でルカの元に駆け寄った。スパーダはガバッと肩に手を回し、エルマーナが腰にぎゅうぅっとしがみ付き、コーダが笑顔でぴょんっと頭に飛び付いたものだから、ルカは体勢を崩したりコーダの顔に付いたパンくずが降って来たりでもみくちゃにされている。
「ルカ! 待ってたぜこの野郎!」
「ホンマにおかえり! ルカ兄ちゃん!」
「おかえりなんだなー、ルカ!」
「ルカくん、おかえり! 助けられなくて、ごめんね……!」
「ううん、そんな。僕こそ……みんなを巻き込んでごめん。ケガとか大丈夫だった?」
仲間たちがこくりと頷き、怪我もない様子だったのでルカは安心したようにほっと息を吐いた。そんなルカの髪に落とされた食べくずをアンジュがくすくすと笑いながら優しく取り払う。
どうしてここに? というルカの問いに、この近くに不時着したのだとリカルドが教えると、天空城の崩壊はそこまで酷かったんだと感じ取り少し顔を曇らせる。その様子を見てリカルドはやれやれと肩を竦めると、一歩近付き彼の頭にポンと手を置いた。
「……よく戻った、ミルダ」
「ルカ君が無事でなりよりだわ……おかえりなさい」
「あ……ありがとう……」
「ほら言ったじゃん! 誰も責めてなんかないってさ」
バシッと背中を叩きながら笑うイリアを見てルカはくすぐったそうに頷いたが、リカルドが「ガキの癇癪程度のことには寛容だ」と言うものだから、恥ずかしくなって顔を赤らめる。自分たちよりも先にルカを揶揄われたことでイリアとスパーダが横取りするなと納得いかない様子で唇を尖らせる。
旅の中での暖かい空気感が戻って来た。そんな空気の中、ミルファは子供扱いされたことで少し肩を落とすルカに近付いてそっと耳打ちをした。
「……もう、みんなの顔見るの怖くない?」
「――うん。もう、怖くないよ」
皆の顔が怖くて見れないと不安に溺れていたときとは違う。優しく迎えてくれた仲間たちを見渡し、ひとりひとり、どういう表情をしているのかをしっかり見て、ルカは涙ぐむ。喜びと安心に包まれながら。
本当に良かった、とつられて涙が滲みそうになったミルファが家の外に人影があることに気が付く。首を傾げていると、一声ワン! と聞こえ、黒い毛を持つ犬が二匹顔を覗かせた。そしてもうひとり、慌てた様子でその犬たちが吠えないように静かにするよう人差し指を立ててシーッとジェスチャーする人の姿に全員が目を丸くする。
「シアンくんに、ケルくんとベロくん!」
「ホンマや! あんた何でこんなとこおるん?」
「シアンはね、天空城から落ちる僕を地上へ運んでくれたんだよ」
敵対していた手前気まずかったのか、今の今まで隠れていたシアンはおずおずと一歩前に出た。体中傷だらけで痛々しい。天空城から逃げることを選択した身からすれば、ルカを助けてることがどれだけ危険だったのかわかる。感謝してもし切れない。その気持ちを伝えると、シアンはどう反応して良いのか分からず狼狽え、「目の前で死なれたら夢見が悪いから」とそっぽを向いて答えた。
イリアに許可を取りシアンとケルとベロを部屋の隅に招く。さすがに食卓のあるリビングの真ん中で好き勝手するわけにもいかない。部屋に入りたがらないシアンをリビングまで押し入れるように案内し、椅子に座らせる。ケルとベロの二匹はシアンの側に腰を据えた。お供の彼らの方が聞き分けは良さそうだ。
旅の荷袋から救急箱を取り出し、ミルファとアンジュで手当てをする。アンジュは犬が苦手で怯えているので、ケルとベロの手当てはミルファがすることになった。じっとしててね、と言うとひと鳴き返事が返って来たのでミルファはにっこりと微笑み、傷口を濡れたガーゼで拭いて清潔にしていく。
「手当てに天術は使えないの。ごめんね、痛むかもしれないけど……」
「そうね。まだ適応法は廃止されていないし、いつ王都兵が村の中まで入ってくるかもわからないから」
シアンの方は痛いと愚図っているが、二匹はずっと大人しくしてくれているのでありがたい。しかし、視界の端でパタパタと揺れる尻尾が気になってしまう。可愛いなぁ、撫でさせてくれるかなぁ。そんなことを考えながら手を進める。
「今のは、どういうこと?」
「……この村も深刻な状況なのよね」
王都軍がアルカの本拠地に侵攻を始めたこと。マティウスが世界破滅を目論んでいたことを隠して王都も教団も枢密院も利用していたことが知れ渡り、戦いに発展したこと。その戦いのせいで道すがらにあるこのサニア村が物資の支援と称する略奪を受けていること。あまり芳しくない状況を、ルカとシアンにわかるように説明する。
レグヌム軍とテノスとガラムの同盟軍は停戦協定を結んだので、アルカとの戦いに一点集中している。恐らくアルベールが停戦協定の書状を王都に送ったのだろう。彼なら争いを失くそうと動くはずだ。
今まで対立していた敵軍とすんなり停戦協定を結んだのは、恐らく枢密院の策略だ。彼らは軍力を用いてマティウスを討ち、彼女に渡ってしまった創世力を奪い取るつもりなのだろう。
「……で。我々はどうするか、だが」
最後まで話を聞いたルカは仲間たちを見渡した。その緑の瞳には力強い意志が籠っている。どうするべきかは、もう決まっていた。
「創世力を僕らで取り返そう。世界を守るんだ」
「そーよ! あんなの誰にも使わせちゃだめだもの。あたしたちが手に入れてやりましょ!」
「そうだな、それが一番マシな選択だ」
創世力の奪還。今後の目的が固まった。
ちょうどシアンたちの手当ても終えたところで二匹はミルファにお礼を言うようにじゃれついて来た。ぺろぺろと頬を舐められてくすぐったさに笑っていると、シアンが考え込んでいるようだったのでどうしたのかなと見守っていると、彼は決意を目に宿しながら顔を上げる。
「……なら、ボクは。ここに略奪に来る王都兵を追い払う」
自分に出来ることは何か。それを考えたとき、この場所を守ることを思い付いたのだろう。動物を守りたいが、自分と同じ転生者も放っておけない。それに、こうして匿って貰っている恩もある。頭を使うことが苦手な自分が出来ることはやはり戦いだと考えたようだ。本人は恩返しじゃないと言ってはいるけれど。
任せたで! とシアンの背中をバシバシと叩きながらエルマーナは笑う。痛いからやめろという言葉を気にすることなく。気にしないついでに、今から友達だと言うエルマーナの調子にシアンは振り回されっぱなしであった。
自分と共に育ってきた幼い子たちに接するように頭を撫でようとエルマーナがシアンに手を伸ばした……が、照れた彼はその手から逃げるように勢いよく席を立ちその場を離れる。そして、気持ちを切り替えようとコホンとひとつ咳払いをした。
「お、恐らくあの人は創世力と共に黎明の塔に居るはずだ」
「それなら明日、そこへ行こう」
「そうね、いろいろ準備もあるし」
「じゃあさっさと用意しちまおうぜ、ちんたらしてる時間が勿体ねェしな」
サニア村の南東の方角にあるという黎明の塔。そこへ、創世力をマティウスから取り返しに行く。
――明日、最後の戦いへ向かうことになるのだ。