46.鉄の棺桶

 荷物を手に、天へ続くような螺旋階段へまた挑むように駆け上がる。呪いが消えた影響か、ミルファは自分の身体が驚くほど軽いと感じた。
 突如、塔が揺れるほどの声が響く。驚愕する一行を余所に、雄叫びと合わせて多くの足音が乱雑に響き渡っていた。どうやら、足止めしていた兵士達が塔内になだれ込んで来たようだ。

「もうっ! どいつもこいつもしつっこいんだから!」
「文句を言っていても仕方がない。さあ、巻き込まれないように先を急ぐぞ」

 ぐるぐると同じ景色が続くので、今自分たちがどの辺りに居るのかも分かり辛い。ふと下を見れば、先ほどまで居た踊り場が小さく見える。
 ハイペースで駆け上がっているので必然と上がる息。まさか立ち止まるわけにもいかず、そのまま走り続ける。

「ミルファ、無理すんなよ」
「スパーダ! だ、大丈夫だよ」

 ――そうだ。ハッとしたミルファは走る速度を合わせて並んでくれているスパーダの顔をじっと見詰めた。なんだよ、と少し狼狽える彼ににこりと笑い掛ける。

「スパーダ、さっきはありがとう」
「あ?」

 痛みで動けない自分に無理をさせないようにと、たったひとりであのハスタと戦ってくれたスパーダ。彼は彼なりにハスタとの因縁に決着をつけようとしただけかもしれない。しかし、それでも、ひとり立ち向かい戦うと決めたスパーダの強さと勇気はすごいと改めて強く思った。
 スパーダの強さが、信念が、ハスタを輪廻ごと切り裂いた――アンジュの仮説を前提とするなら、ミルファだけではあの男を解放することは出来なかっただろうから。

「スパーダのお陰で、わたしもハスタさんも助けられたんだよね」
「ハッ、よせよ。オレはあの野郎を助けたかったんじゃねェんだ。今までのツケ全部返してやったんだよ」
「ふふ、スパーダならそう言うと思ったよ」

 ハスタを助けるだなんて天地がひっくり返ってもあり得ないとでも言いたげなスパーダを見ながら、ミルファは思った。彼は仲間を守ろうと、昨夜交わした約束を守ろうとしてくれたのだろうと。“お前を守る”という、あの約束を。
 スパーダのお陰で前世の呪いからも解放され、本当に助けて貰ってばかりだと痛感する。感謝しか伝えられないのが、もどかしい。お礼を言うだけなんかで足りない。もっと彼のために出来ることがあればいいのに。感謝と、羨望と、小さな焦りのような感情がミルファの小さな身体にずっと渦巻くよう。
 隣を走る彼の真っ直ぐな瞳を見て、先ほどの一騎打ちを思い出す。双剣を構える立ち振る舞い、鋭い一閃、しゃんと立ち敵と対峙するスパーダの姿を。きっと、将来はこんな風に剣を振るい、誰かを守るんだろうなと思いながら。
 もうあいつの話は終わり。そう言ったスパーダはミルファの方を見てニッと白い歯を見せて笑う。カッコ良かっただろ? と。

「うん。すっごくね、カッコ良かったよ」
「…………は」

 見惚れるほど――いや、見惚れていた。前線に立ち戦うスパーダの姿は目や心を奪われるほどの輝きに溢れていたように思えて仕方がない。
 わたしだから、じゃない。それなのに、わたしのために戦ってくれている――そう勘違いしそうだったとミルファは己の心を恥じる。

「……? どうしたの?」
「な、なんでもねェよ! ほらっ、さっさと行こうぜ」

 まさか格好良いと返されると思っていなかったスパーダは、幼馴染からの不意打ちに上手く言葉が出なかった。好きな人にそう言われて、胸が騒がないわけがない。自分をそんな風に見てくれていたのかと知るや否や、口角が緩んで仕方がない。そんな場合ではないのに。
 自分を律する意味も込め、彼女の小さな背中をトンと押す。ミルファはゆっくり話している場合じゃないと思い出したようにハッとした。見れば、先に行くルカ達はもうさっきハスタと対峙する前に見たものと同じ、大きな扉の前でふたりを待っている。

「スパーダくん、ミルファ。ふたりとも、無理はしてないかしら?」
「うん、平気だよ」
「ほんなら、さっさと行こうや!」
「じゃあ、開けるぜ」

 眼前に聳える大きな扉の前でひと息、呼吸を整えて押し開く。――瞬間。ゴウッ! と荒れた風が出迎える。バサバサと暴れる髪や服は一向に収まらず、勢いが強過ぎて目も開けられない……!

「お前ら、まだ生きていたとはな。本当に惜しい検体共だったよ」

 もはや忘れかけていたほどに、かなり前に聞いた声。轟々と鳴る風の中で届いたそれに顔を上げる。
 風の軸に剛鉄の赤く丸い機体――ギガンテスと呼ばれる兵器があった。もう何度も目にしたその形は苦い思い出ばかりを呼び起こさせる。転生者の中に眠る天術をエネルギーに変換して動いている、戦争のために作られた戦闘人形兵器。人の命を何とも思わない非道さを塊が目の前にある。
 上へ向かおうとしていただろうその機体は方向転換して一行の方へ近付く。
 ようやく収まってきた風に、やっと目が開けられる。目を凝らして中に居る人物を見れば、搭乗席にふんぞり返って座っていた。小悪党丸出しの、軍の士官。少し肥満体型の男――。

「中に居るの、ブタバルドじゃない!」
「だっ……! 黙れ! この俺をそんな名で呼ぶな!」
「ハッ! 権力欲張って肥え膨れた野郎がよく言うぜ! ダイエット成功したら呼ぶのやめてやるよ」
「ふ、ふたりともそんなこと言っちゃ……」

 半透明の壁越しでは色なんて分からないが、恐らくオズバルドは今顔を真っ赤にしていることは分かる。ドタンバタンと機体が音を立てて揺れているからだ。転生者研究所で顔を合わせて以来だったが、相変わらず自分に自信がある……否、あり過ぎるようで、イリアとスパーダの煽りにまんまと踊らされている。ふたりとも面白がってしまって辞める気配は全くない。
 余計に腹が立ったオズバルドは機体からマシンガンを現した。全員が武器を構え、いつ銃弾が来ても良いように備える。

「私は神になり、この世の全てを支配するのだ!」
「神、ですって……!?」
「そのために創世力が必要なのだ! 邪魔なマティウスは消さねばならん!」

 突飛な言葉に一行は目を丸くさせた。私利私欲のための願いを抱くであろう人間とはいえ、まさか神になるという願いだとは。
 そもそもの話だが、ひとりでは創世力は使えない。この男は転生者ではないので前世の記憶からそれを知り得る術もないのだ。
 今までのようにただ外野から見ていれば良かったというのに、わざわざハスタを使い枢密院を殺し、使えもしない創世力を望み、神になると豪語する――なんだか、何も知らない子どもを相手にしているような気持ちにすらなって来るようだ。高らかに笑い声を上げるオズバルドに、何と言えばいいのか困り果ててミルファは仲間たちを見る。すると、呆れ返ってやれやれと肩を竦めたり、笑いを堪えていたり、視線を合わせないようにしていたり……反応は様々だった。
 一行のその様子が癪に触ったのか、オズバルドはピタリと笑いを止め、手元にある操縦の機械をガチャガチャと弄り始める。

「……だが、その前にお前らを消してくれよう。この新型の性能を試さねばなァ!」
「! 皆、身を隠せ!」

 リカルドが指示を叫ぶと同時に、機体の手と一体型になっている銃口から弾が乱射される。咄嗟に階段や扉の影に身を潜めてやり過ごすが、弾の雨は止みそうにない。扉が吹き飛ばされそうな勢いだ。
 オズバルドは一方的な蹂躙が楽しくて仕方ないようで、再び高笑いを上げた。

「ハハハ! この新型相手に敵うと思うか!?」
「チッ、良い気になりやがって……!」
「スパーダ、危ないよ……!」

 腰にある剣に手を掛けるスパーダが飛び出すのを止めようとミルファは手を掴む。銃弾を弾き返すことが出来るとはいえ、大型兵器――しかも、新型だというそれに真っ向から対峙して敵うかどうかなど不確定でしかない。ごもっともなミルファの制止に、スパーダは無謀な賭けを辞めた。

「以前とは出力に使っている肉体が違うからな。死体といえど神の肉体はさすがだと言うべきか!」
「神の肉体……? まさか……!」
「これはガードルとかいう名の燃料だったかな。素晴らしいエネルギーだ。このパワー、身をもって味わうがいい」

 ――なんてこと。言葉を失う彼らを余所に、くぐもった声は衝撃的な言葉を連ねていく。
 海に落ちたはずのガードルの遺体を見付けることは出来ないと諦めたが、この男は何らかの手を使って海から引き上げたようだ。そして、彼の身体を今こうしてエネルギー源として使っている。人の命を何とも思っていない所業に、ミルファの身体が震え上がる。
 オズバルドの耳に障る笑い声を遮り、リカルドが扉の影から弾丸を撃ち込んでいく。

「彼の死を冒涜するのは許さん! 生きて帰れると思うなよ……ッ!」
「そうだよ! 崇高な想いを持って戦ったガードルの遺体を……汚させちゃいけない!」
「抜かせぇ!」

 ガシャン、ガコン! という大きな音と共に、もう片方のマシンガンも発砲を始める。大きな音が空気すら支配するようにいつまでも止まらない。こんなん反則やろ、とエルマーナが苦言を漏らした。
 身を潜めながら兵器を見れば、後ろに例の如くシリンダーがあった。緑色に揺らめく液体が、中に詰められているガードルの姿を濁している。
 このまま機体ごと破壊してしまえば、ガードルの身体がどうなるかわからない。とにかくシリンダーを外すのが最優先であることは確定だ。

「後ろに取り出す場所があったはずだぜ。そこを開くことが出来れば――」
「場所がわかってる僕らが行った方が早いね」

 全員で目線を合わせて頷き合う。それを合図として、オズバルドの気を引くためにミルファたちはそれぞれ行動に移す。エルマーナとミルファは飛び出し、イリアとアンジュとリカルドはサポートに回る。ルカとスパーダが機体の背面に回り込む隙を作る作戦だ。
 相手はデタラメな攻撃をしてくるだろうから一瞬でも油断すれば蜂の巣だ。気合いを入れなければと、ミルファはきゅっと口を引き結ぶ。

「よっしゃ! 行くで、ミルファ姉ちゃん!」
「うん! 任せて!」
「しかしふたりとも頑張んだぞー、わっぷ」
「あんたは隠れてなさいっての!」

 道具袋から顔を出したコーダをもう一度押し込むと、イリアはジャッと音を立てて弾を装填する。それを見遣るとリカルドはルカとスパーダに顎をクイと動かして準備を促した。

「……突破口を開く。行け」

 ふたりは鞘から武器を抜き、いつでも飛び出せるように構える。
 リカルドが撃った弾がオズバルドの顔の位置を目掛けて真っ直ぐ飛ぶ。それを兵器のフロントガラス部分が受け止め、びしりとヒビが入った。
 自分が優勢だと思っていたオズバルドは突然の危険に腰を抜かし、慌てふためいている。その隙にエルマーナとミルファが一気に距離を詰めた。

「フォトン!」
「よっしゃ行くでぇ! 獅吼滅龍閃!」

 アンジュの光の天術が機体の動きを捕らえ、一瞬だけ留まらせた。この好機を逃してはならない。エルマーナが跳び、龍を思わせる衝撃波を飛ばした! 鉄の塊はドゴッと大きな音を立てて階段へと撃ち落とされる。
 今ならいける! ミルファは踏み込み、胴体と脚の連結部分を斬り付ける。

「幻晶剣!」
「アクアスパイラル!」

 イリアが放った水の天術の力を帯びた弾丸は、水流を纏いながらわたしが斬り付けた部位から浸水していく。オズバルドを乗せた機体は逃げようと傾きながらも上昇し、暴れながら狙いもなく乱雑に一帯を掃射する。……が、次第に最前線にいるエルマーナとミルファへと狙いを定めた。

「うっは〜、ヤバないこれぇ?」
「エルちゃん、下がってっ……! ――レイ!」

 エルマーナを後ろに庇いながら、自分たちの前に光の雨を降らせる。銃弾の盾として放った術だったが功を奏したようで、ひとつも掠めることはなかった。とはいえ、何度も同じ対応をする訳にもいかない。このままでは危険だが、同時にそれは他に目線を向けさせない手段でもあった。
 攻撃が集中している隙に、イリアとリカルドは援護射撃で手足を狙い撃つ。しかしギガンテスはバリアーを展開し、弾を弾き落とした。

「ふははははは! 同じ手を二度は食わんぞ! 雑魚共、これで終わりだぁあ!」
「――終わりなのは、あなたの方だよ!」
「何ッ!?」

 油断し切ったオズバルドの背後を捕らえる。ルカとスパーダの姿をやっと視界に入れることが叶ったオズバルドだが、次の動きに移ることが出来る時間など、少しもない――!

「真空破斬!」
「虎牙破斬!」

 鋭い縦と横の一閃がシリンダーの取り付け部分を破壊した。すると、シリンダーがひとりでに外れ、中にある液体を溢れさせながら階段をゴロゴロと転がり落ちていく。ガードルの遺体が転げ出たところにアンジュが駆け寄った。彼の身体に真新しい傷がないことを確認すると、彼女は安堵の息を吐く。
 動力源を失った機体は、次第に動きを鈍らせ、やがてピクリとも動かなくなった。ガチャガチャと手元の操縦機を触り中から必死にもがくが、ハッチすら開かない。一抹の望みも虚しく新型ギガンテスは煙を出すだけで動くことはなかった。

「このままでは、し、死ぬッ……! ど、どうすればいいのだ……っ! クソッ! くそぉお!」

 人形兵器の残骸と共に、悔しさの篭った叫びと共に真っ逆さまに落ちていった。
 創世力――もとい、権力のために沢山の人を傷付け利用し、ここまでやって来た執念に塗れるこの男の思想は、人として許されない行為をもやってのけてしまった。同情の余地などない。
 軍に所属し、人の死を前にし過ぎたあまりに感情が麻痺してしまったのかもしれない。想像の範疇は出ないが、もしそうならば酷く悲しいとミルファは思った。
 途端、リカルドがアンジュの方へと駆け向かった。傍らには、無慈悲にも動力として使われてしまったガードルが横たわっている。

「兄者……」
「遺体に真新しい傷はありませんでしたよ」
「……そうか。兄者、待っててくれ。貴方の愛した地上と共に眠らせてみせる」

 彼はそう呟くと、手を組ませてかつての兄を弔う。その姿は悲哀を漂わせてはいたものの、安堵したものでもあった。海の底へ沈んで弔いも出来なかったことを悔やんでいたリカルドはやっときちんと弔えることに安心していたのだ。風がそよりと吹く。結われた黒い髪が揺れるその様は、まるでガードルからの激励のようにも感じられて、リカルドは込み上げてくる様々な感情をグッと飲み込み唇を噛み締め、前を向く。
 ルカが居た堪れなくなったのか、リカルドに何か声をかけようと名前を呼ぶも、何も言うなと制されてしまった。

「全て終わった後で酒の酌をしろ。悲しむことは後でも出来るからな」
「う、うん、わかっ――」
「お話は、終わりましたか?」

 言葉を遮り広がる声に、一行は顔を上げる。階段を上がり切ったそこに彼は立ち、口元に弧を描いてこちらを見下ろしている。

「ハルクス……」

 武装をしていない執事姿はこの場に不似合いで、だからこそ感じられる異様さは、再び争いへの緊張感を高めるには十分であった。

hitsujitohana