47.氷神と執事

 空を横目に、きちりとした姿勢と貼り付けた笑みを崩さず、紅の髪を揺らす。何も意に介さない、昔から変わらない様子を思わせるその姿にスパーダは苛立ちを隠すこともなく舌打ちをした。

「いい御天気でございますね、皆様。御機嫌の方はいかがですか?」
「最悪だぜ、テメェの顔見ちまったからな」
「そうですか。私は鉄屑を掃除して頂けて気分が良いのですが」

 スパーダの挑発に皮肉めいた言葉で返すハルクス。口ぶりから察するに、戦いの行く末を見守っていたのだろう。彼はクスクスと笑いながら、細めた目で一行を見下ろすと、ゆっくりと階段を下っていく。コツ、コツ、コツ。踵で奏でられるその音がいやに響くようだった。

「兵士の咆哮が騒がしくてですね、ゆっくりティータイムも出来ませんから。片付けるようにと命令が下ったんです」
「そもそもこんな時に、なに優雅にティータイムやってんのよ! ふざけてんの!?」
「お茶菓子はあるのか、しかし」
「お菓子だけ貰うんもエエかもな」
「ちょっと黙ってなさいあんたらは!」

 緊張感のないコーダとエルマーナの相変わらずな様子にイリアは突っ込まずにはいられない。そんな彼女たちにハルクスは物の例えだと言い、より一層笑みを深めると、掲げた腕に天術の力で冷気を纏わせて鉤爪を造り上げた。

「マティウス様の邪魔はさせません。貴方達をここで始末させて頂きます。そして、ミルファ様はこちらに来て頂きますよ」
「待って! ハルクスも、マティウスさんと同じことを願ってるの!?」
「……そんなこと、今更ですね。そちらから来ないのならば、私から行かせて貰います!」

 ミルファの問いに曖昧な答えを返すと、ハルクスは腕を大きく振り下げた。――それが、合図。タン! と跳ねたハルクスは真っ先にスパーダ目掛けて突撃する。
 攻撃を防ぐべく抜き構えた双剣と鉤爪がぶつかり合い、ギギギと歪んだ音を奏でた。

「貴方が一番疲弊しているようでしたので、先に潰させて頂きます」
「……オレが疲れてるだとォ? 舐められたモンだなッ!」

 ハルクスの言葉を挑発と受け取ったスパーダは闘志に火を付けられたようだ。重い鍔迫り合いを双剣で押し返したかと思えば、斬撃を繰り出した!
 ハルクスは体勢を崩すことなく距離を取りほくそ笑む。余裕綽々といったその様子にスパーダの怒りのボルテージはさらに上がっていく。
 ハスタとの一対一の戦いに加えて、新型ギガンテスの戦闘直後だ。いくらスパーダが前線向きだといえど疲れていない訳がない。彼をサポートに回るため、リカルドが銃口をハルクスへと向ける。

「フィオリーゼ、言葉で制するのは難しい。迎え撃つぞ」
「……っ、はい……!」

 ……出来れば闘いたくないという気持ちはあったが、戦いを避けられないだろうなとも解ってはいた。靄がかって見えないハルクスの考えを、本心を知りたいが、そんな場合ではない。ここで彼を倒さなければ世界は崩壊してしまう。
 ミルファは、息を深く吐きながら剣の柄を握る。今まで執事として自分に優しくしてくれた彼との時間が心の中を吹きすさんでいく。穏やかな彼のお陰もあって今の自分が居るのは分かっているが、その恩義のために世界を、仲間を、未来を捨てるなんて出来ない。本気で立ち向かわなければ――勝てない!

「フッ……甘い!」
「うわぁあっ!」
「つっよいな〜赤毛の兄ちゃん……!」
「……こンのッ!」

 長い脚から繰り出される連撃の嵐。冷気を纏わせたその攻撃に、前衛のルカ、スパーダ、エルマーナは翻弄されている。
 体勢を崩しながらも振るったスパーダの斬撃が衝撃波となり飛んだそれは、ハルクスの腕を掠める。
 距離を取るためにくるりと宙を舞い大きく後ろに退がる途中、辺りがヒヤリとした気に包まれ始めた。

「――アイストルネード」

 唇から奏でられた氷の天術名。タイミングを見計らって術を発動出来るよう待機していた後衛組が氷の礫の舞う渦に飲み込まれていく。
 さすがというべきか、氷の魔神の生まれ変わりである彼は氷の術に長けているようだった。それに、視野が広く全体の動きをきちんと把握している。
 予期していなかった術に直撃してしまったイリアとアンジュはかなりのダメージを受けて膝をついてしまった。こうなれば、サポートに期待するのは得策ではないかもしれない。攻めて攻めて、考える隙も視野も狭めなければいけないだろう。
 中衛に位置していたリカルドが牽制の弾を放ち時間を稼ぐ間、ミルファは急いで彼女たちに治癒術を施した。

「ありがと、ミルファ」
「助かったわ。……ねえ、あの方、本当に私達を殺す気なのかしら」
「え……?」
「どーいう意味よ?」

 アンジュの言葉にイリアとミルファは顔を見合わせ、首を傾げる。しかし悠長に話をしてる場合ではない。前線で戦っている仲間の動きが鈍り始めていることにミルファは気が付いた。いかに転生者といえどこの高い塔を駆け上がっての連戦は厳しいと痛感させられる。
 前で攻撃が集中している今なら、こちらに攻撃は来ないと判断したミルファは、疲弊を少しでも取り除くために範囲回復術を前衛組へ向かって発動させる。すると、ハルクスの瞳が彼女を捉えた。
 
「……やはり、お嬢様が厄介ですね」

 薄く笑みを浮かべた彼は、視線をかつての主から外さない。ミルファを標的にしたようだ。
 迎撃しなければと剣を構えたミルファをエルマーナが庇うように立ち、ルカとスパーダがハルクスへ追撃を仕掛ける。
 二人の息の合った連携攻撃を受け流す男に、スパーダは苛立たしさを覚えながらも冷静さを欠かぬよう努めた。灰色の瞳で紅を見据えたまま意表を突くために雷の初級術を繰り出すが、氷の術で相殺されてしまう。……が、本当の狙いは魔術を当てることではない。
 上手くいったと不敵に笑ってみせたスパーダを前にし、ハルクスはもしやと思い立ち身を翻したが――もう遅かった。

「多勢に無勢で申し訳ないけど、君にはここで倒れて貰うよ!」

 雷の天術が発動された瞬間、雷光に紛れてハルクスの背後に回っていたルカが、大きく振り被って剣を縦に下ろす。
 予想だにしなかった動きを避けることは出来なかったが間一髪というところで大剣を鉤爪で防いだハルクスの体幹がぶれる――その隙を、弾丸は逃さない! イリアとリカルドの放った球が交差する点に居るハルクスに直撃かと思ったところで、競り合っていたルカの大剣を軸にして軽やかに宙返りをし、弾丸を避けてしまった。

「フフ、弾丸に当たってしまっては即あの世行きですから」
「……よく喋る男だ」

 リカルドが忌々しげに苦言を漏らし、再び弾を装填し始める。ルカは、ハルクスを振り落とすように大剣を薙ぐと、再び構え直して対峙する。
 遠い昔を思い返しながらかつての兄アスラと目の前の少年、似ても似つかないふたりを比較すると、ハルクスはその形の良い唇に、苦痛や落胆――様々な感情を含ませて弧を描いてみせた。

「迷いでしかない貴方に、私は倒せません」
「僕は僕だ。迷いや弱さも、それら含めて僕なんだよ」

 以前ならきっと怯えて震えていたであろうルカは、しっかりと相手を見据えて地に足を付けている。その姿は、もう前とは違う、一人の戦士のようにすら思える。
 クッと喉を鳴らし笑ったハルクスは鋭利な爪をさらに砥ぐように冷気をブレンドさせていく。

「させっかよ! おい、イリア!」
「ええ、任せなさい!」

 二丁拳銃と双剣が走る。考える隙を与えないよう、ひたすらに攻撃を叩き込んでいく。しかしそれでも、ハルクスはことごとく躱してしまう。笑みを絶やさないままに。
 各々が攻めに転じたり援護に回るも、なかなか決定打が掴めない。

「セッシブバレット!」

 ――怒涛の援護射撃。ハルクスは向かい来る弾丸を鉤爪で切り裂き、自身に当たらないようにしたが、全てを狩ることは出来なかったようだ。残った弾は頬や腕、脚を掠め体力を削っていく。痛みに顔を歪め動きが鈍った、その一瞬。

「熱波旋風陣!」

 懐に潜り込んだルカの、炎を纏わせた剣が薙いだ! 辺りは一気に熱で覆われたかのごとく熱気に包まれる。その一撃を、ハルクスは避けることもなくその身に受けていた。

「!? 君、今……」
「……私の、負けですか」

 彼の腕に在る氷の鉤爪が解氷され消えていく。ゆっくりと瞳を瞑り、身体に負った傷口を抑える。その手を赤に染めながら。

「ああ、懐かしい。こうしてアスラ様と刃を交えたのはいつぶりのことか」
「てめぇ……何が目的だ。邪魔したり呆気なくやられたり、意味わかんねェんだよ!」

 膝をつくハルクスの胸ぐらを掴み無理矢理に立たせたスパーダ。――そう。動きが鈍ったとはいえ、あの炎の一撃を躱せないことはなかったはずだ。彼は何かしら対処出来ていたはずなのに、あえてそれをしなかったのだ。
 “殺そうとしていない”と感じたアンジュの違和感の正体を、今こそ知れるときなのであろう。
 さらりと揺れる紅い髪の奥に見える瞳は、遠い遠い、遥か昔を見詰めているかのようだった。

「……私は、彼女達を解放したかった」

 ひとつ、稚拙な物語を聞いてください。そう言い自嘲気味に笑むハルクスの顔に毒気はなく、敵意ももう感じられない。
 スパーダは胸倉を掴む手を渋々離し彼を解放する。よれた服を整えたハルクスは、トン、と外壁にもたれかかった。
 苦しげに浅く呼吸をするハルクスを見て、ミルファがおろおろと心配そうに眉を下げる。仲間たちに回復していいものかと言いたげに視線を送ると静かに頷き許してくれたので、ハルクスに駆け寄り回復術をかけた。彼は謝礼を伝えると、物語を語り始める。

「……氷の魔神は、心構えすることすら許されないままに、本当に突然――己の世界の全てであった兄も姉も、亡くしました」


 ◇


 氷の魔神、ディターナ。ヴリトラにアスラの弟として育てられたリリヴァの双子の弟――。姉であるリリヴァの分まで戦場へ赴き、冷静に、無慈悲に、ラティオの兵を蹴散らし戦い抜いた神のひとりだ。
 アスラが天上統一を果たし、創世力を使うと宣言した日から、サクヤの様子がおかしいことに気がついていた。未熟ゆえに傷だらけで戦地から帰還する自分の手当てをしてくれていた彼女のことを気に掛けないわけがない。いつも彼女を見ていた。だから、花が枯れていく理由も、彼女が苦しんでいる理由も、ディターナには解っていたのだ。
 アスラが愛するイナンナと共に創世力を使う――それは新たな世界が始まるだけでなく、彼らが互いの命をかけるほどに愛し合っていることの証明にもなってしまう。そんなこと、アスラを慕うサクヤには耐えられるはずもない。目の前で見届けなければならないなんて地獄でしかない。それでも、ディターナは彼女を放ってなどおけなかった。
 儀式の日まで、何度も彼女へ会いに行き、追い返され――……やがて、前日。

「ディターナ、私……やっぱり耐えられない。この想いは深く深く沈めなければいけないのに……できない……っ」
「……サクヤ……」

 ぽろぽろと涙を流す彼女を前に胸が痛んだ。どうか泣かないでくれ。また笑ってくれ。そう思うのに、自分の手は彼女の涙を拭うことも出来ず、動かない。それでも、共に新たな未来を、アスラや自分たち双子が望んだ未来を共に見ることが出来たならと身勝手な希望を捨てられない。
 そして、儀式の日。ディターナの抱える心に、双子の姉であるリリヴァが気付く。彼女を任せると言って背中を押してくれた姉の言葉と自分の中にある希望を胸にサクヤの元へ急いだ。

「サクヤ!」
「ディターナ……!?」
「来て欲しい! 私と共に!」
 
 狼狽えるサクヤの手を引いて、夢中で儀式の間に向かう。天地がひとつになり、平和な世が訪れれば……少しずつでも変わっていける。いつかサクヤが笑ってくれる日が来る。そう信じて光差す儀式の間に足を踏み入れれば――もう、今や誰もが知る通りの結果だ。そこには輝かしい未来などなく、血塗れた地獄絵図しか待っていなかった。
 体を貫かれ血の海に伏せる双子の姉。折れたデュランダルの切っ先。聖剣の柄を握るイナンナと、その女神の身体を貫く剛腕を持つアスラ。全身が冷えていくかのような感覚の中、ディターナは思った。互いに刺し貫くふたりの姿の意味するところを。
(裏切られたんだ、イナンナ様とデュランダルに)
 病弱だった姉を刺し貫いた。相棒だと、愛しているとうそぶき、兄を裏切った。煮えくり返るほどの怒りが体を支配していくのがわかる。それなのに氷漬けにされたかのように、自分の全てが思うように動いてくれない。涙を流すこともなく立ち尽くすディターナの意識を現実に引き戻したのは、傍らで泣き崩れるサクヤの一言だった。

「……絶対に、ゆるさない……」
「サク、……――」
「許してなるものか……っ! アスラ様もリリヴァ様も殺し奪ったあの女……イナンナを……ッ! 死ぬまで、いいや死んだって許さない! この恨みは永劫忘れたりしない……!」

 花のように美しいと謳われた花の女神サクヤは、そこには居なかった。艶やかな黒髪を振り乱し、目を真っ赤に血走らせながら叫ぶその姿に掛ける言葉など出るはずもなく。
 きっと誰もが幸せになると信じていたのに。きっと時間をかけてでもサクヤが、みんなが笑顔になると思っていたのに。ディターナとサクヤは大切な存在を失った悲しみとイナンナへの憎しみに囚われたまま、死に行く天上界と共に朽ち、彼らの人生は終わったのだ。


 ◇


 知ることが出来なかった氷神の思いが語られ、一行は言葉を失くす。静寂を破ったのはイリアだった。

「……やっぱりあんたもイナンナを恨んでるってワケね」
「いいえ、私自身は恨んではいません。前世の彼は、恨み、絶望し、悲しみ死んでいきましたが」
「ほんなら、なんで執事の兄ちゃんはマティウスんとこおったん?」

 エルマーナの問いに困ったように眉を下げたハルクスは、今度は自分のことを語り始めた。マティウスとの出会いを。
 ハルクスがフィオリーゼ家の執事として雇われ、平穏な日々を過ごしている頃。買い出しのために商店街へ出た帰り道に自分を待ち構えるように佇んでいたという。幼い頃から前世の記憶が鮮明に在ったハルクスは一目見ただけでそれが“誰の転生した姿”なのか解ったという。
 前世の恨み辛みは根深く、暗く。その記憶に潰されそうだった彼は、ディターナの抱く恨みや悲しみにより自身が書き換えられそうだと思うほどだった。物心付いた頃から毎夜見る、血濡れ、凍えるような夢。そこから救ってほしくてアスラの転生であるマティウスについて行こうと決めた。
 アルカ教団に身を置きながらフィオリーゼ家の執事として生活を送っていたハルクスは、ミルファと出会ったときには既に覚醒していたらしく、彼女の前世にもすぐに気が付きマティウスに報告をしていた。だからマティウスは会っていないにも関わらずミルファの存在を認知していたのだ。
 彼によれば、マティウスは自分の性別や年齢を悟られないために仮面を被り、体系の分かりづらい鎧を着用していたのだという。アスラの半身であるルカとマティウスの年齢が違えるはずがない。つまり、幼い少女が前世の因果に囚われ、ただ世界の滅亡を望み生きて来たということだ。
 
「彼女自身も転生者として覚醒した後は軍に追われていたようですが、枢密院に能力を買われて教団の教祖となることになったようです」
「そう、なんだ。チトセちゃんとは、いつ出会ったの……?」
「彼女とは教団に居るときたまたま遭遇したんです。チトセを見たとき、ひとりでに涙が流れていました。ディターナの気持ちが前面に出てしまったようで……」

 苦笑しながら話す彼の様子は、今まで対峙していたときのような冷たくて取り繕われたような雰囲気ではなかった。彼は屋敷で接していた時と変わりないんだとミルファは思った。本当は優しいままなのだと。今まで自分の心を押し込めていたのだと思うと、彼を決めつけて疑ってしまった自分を責めたくなる。

「ハルクス……」
「私がマティウス様の側近となり、チトセと共に過ごす内にわかりました。救われたいのは彼女達の方なのだと」

 ハルクスは言った。マティウスは憎しみや悲しさを滅亡させることしか頭にない。チトセはサクヤの想いを抱えて生きていて、今度こそアスラに自分を見て欲しいと思っている。どんなに間違っていることでも、そんなことは彼女たちには問題ではない。それを正しいと信じて、今度こそ報われようとしているのだと。

「……なんて、悲しい」
「哀れな事だ」

 アンジュとリカルドが目を伏せる。彼女たちの感情を想像するしかないが、だからといってその思惑や今までしてきたことを許す理由にはならない。尚のこと止めなければいけないという気持ちが高まっていく。きっと、止めるだけで収まる筈もない。死闘を繰り広げることになるだろう。それほど、互いに強い思いがあるのだから。
 淡い癒しの光が消える。回復が終わり傷は塞がったものの、まだハルクスの顔色は良くなってはいないままだが、彼は体を起こすと、膝を付いて頭を下げた。

「貴方達なら……きっと彼女達を解放できる。無礼を承知でお願いします、どうか――」
「そんなこと、テメェ自身でやりやがれ」
「スパーダ、そんな身も蓋もない言い方……」
「だってそうだろ? コイツ、まだ何もしてねェじゃん」

 スパーダの言葉にハルクスはピクリと肩を震わせた。怒っている訳でも、悲しんでいる訳でもない。頭を下げたままのため表情は見えないが、恐らく図星だったのだろう。
(きっとハルクスは、傍に居て支える道を選ぶしかなかったんだ)
 どうするべきか道が開けないまま、彼女たちの思いも理解できてしまうから……。だから、否定することも正すことも出来ずにいたのだ。
 ルカは目線を合わせるように腰を曲げ、ハルクスの肩を叩く。

「君はマティウスやチトセさんがしていることを間違いだってわかってるから、きっと大丈夫だ」
「わたしもそう思う。わたしたちは彼女たちを止められるかもしれない。でも助けられるのは彼女たちの近くに居たあなただけだと思うよ、ハルクス」

 かつての兄と姉だった――けれど違うふたりを前にして、ハルクスは不思議な感覚に包まれた。ディターナの望んだ未来の光景に近しい暖かさ、光を感じて胸の奥が締め付けられる。しかし、旅の合間に対峙したときはちょっと怖かったけどねとミルファに言われ、困ったように笑うしか出来なかった。
 やれやれとスパーダは呆れたように息を吐くと、ハルクスの背中をバシン! と強く叩いてみせた。活を入れてやったんだから感謝しな、と笑う彼にハルクスは目を丸くさせる。

「お前のことは今でも気に食わねェし慣れ合うつもりもないけど……見てれば分かる。ハルクス、お前は自分がどうしたいか、もう決まってンだろ?」
「……私は。寄り添い、彼女達の思うままにするのが一番良いのだと思っていました。けれど、違いました。私には乗り越える心の強さがなかっただけだと思い知らされた」

 ハルクスは胸の奥底にある思いを取り出すかのようにぽつりぽつりと心を口に出す。顔を上げて前を見るその瞳は前世でも過去でもなく、未来を見ようとしているように思えた。

「私は、もう逃げない。ふたりを助けたい。前世の呪縛から解き放ちたいのです」

 希望を抱いたその強い意志を肯定するように、みんな強く頷いた。
 もう時間がない。この先で待ち受ける彼女たちは今にも創世力を使うだろうとハルクスは言う。アルベールがやろうとしたように、センサスに伝わる創世力の使い方――かけがえのない人の命を捧げることを行使しようとしているのだ。アスラを愛するチトセならば、創世力を使える可能性があるのだ。

「私は、傷を癒して頂きましたがまだ動けそうにありません。少し休んでから行きます……必ず間に合ってみせましょう。彼女たちを、救うために」

 ハルクスの視線の先には、最後の階段。塔の終わりだ。
 すぐに気持ちを入れ替え、気を引き締める。最後の戦いはもう目前だ。

hitsujitohana