50.それぞれの旅路

 次々と目覚めた仲間たちがミルファに気付いて駆け寄る。わんわんと泣きながら抱き着くエルマーナとコーダ。良かったと目に涙を溜めながら微笑むアンジュ。涙を堪え切れず唇を噛み締めるイリアと、瞳を潤ませるルカ。危機は凌いだと安堵の息を吐くリカルド。――仲間たちに囲まれながら、ミルファは今世で得た絆を確かに感じ、嬉しさに頬を綻ばせていた。
 怪我は大丈夫かとアンジュが身体に触れたことで、さきほど受けた大きな傷がなくなっていることに気が付く。本当に奇跡のようなことが起こったのだと信じざるを得ない。
 現に、台座に在った創世力も、皆に宿っていた天術の力も消えている。きっと、世界に溶け込んだのだろう。

「見て、みんな!」

 ルカに誘われ塔の上から世界を見渡すと、天上崩壊の影響により現れた無恵により荒れた大地に本来の自然の鮮やかな色が戻っていく光景が広がっていた。空も穏やかに澄み渡っている――まるで世界の平穏を表すかのように。
 ずっと、この景色を現実にするため、旅を、戦いを続けて来た。喜びに湧くかのような世界を目に、全てが報われたような思いで胸いっぱいに広がる。

「あっ……マティウス様……」

 和やかな雰囲気を変えたのは、チトセの声だった。
 カツンと踵を鳴らしルカの方へ近付いてくるマティウスに、スパーダとリカルドが警戒を強めて武器を手にする。しかし、ルカは大丈夫だよというと自分からも彼女の方に近付いていく。かつてアスラであったふたりが向かい合い視線を交わせる。包む緊張と静寂を打ち破ったのはマティウスの方だった。

「……天地融合を成したか」
「うん。それに、ミルファのことも助けることが出来たよ。ありがとう」
「私に礼など言っている場合か?」

 強い意志を宿すルカの瞳から視線を逸らすマティウス。なぜ自分を責めないのか、殺さないのか、理解が出来なかった。あれだけの激戦で受けた傷もすっかり癒えてしまった己の体を見下ろし、諦めにも似た感情が体を支配していく。なぜ、終わらせてくれないのかと。

「間違いは、正されなければならない」

 前世の出来事は、イナンナやデュランダルを信じた間違い、天地融合という夢物語を信じた間違いのせいだ。だからこそ世界の破滅こそが正しいと信じて来たのにそれすらも間違いだった。もううんざりだと、終わりたいとさえ思っているのに終わることが出来ない――他人に生殺与奪を委ねるだなんて屈辱だが、マティウスにとっては今ここに生きていることが苦痛なのだ。
 マティウスの言わんとしていることが分かるルカだったが、首を横に振る。

「生きて正しなさいよ」
「あ、イ、イリア……」

 どう伝えたものかと考えるルカの隣に居たイリアがずいと身を乗り出して言葉を投げる。身も蓋もないなぁと眉を下げて笑うルカだったが、自分も同じ気持ちだと語る。
 世界滅亡を望み、信者や転生者を騙し、誰のことも顧みずに歩んできた道を正すのはそう簡単なことではない。決して楽な道ではないからこそ、人生を賭してやり遂げることが償いになるだろう。
 あんたのことは正直腹立つけど。許してないけど。と憎まれ口を叩くイリアに、マティウスは甘いなと言い、フッと小さく、本当に小さく笑った。彼女の後ろに控えるチトセは、ルカとイリアを見て複雑そうに心を揺らすが、マティウスが死を選ばずに生きてくれるのだと察して安心する。

「皆さんは、これからどうするのですか?」

 アンジュの問いにマティウスは黙りこくり、ハルクスとチトセはそんな彼女の言葉を待つ。

「……いくら世界から無恵が消え去ったとはいえ、枢密院なき今、政界や教会の新たな支柱が必要になる」

 この世にもう神は居ないが、人々の不安の支えになるのはやはり大きな存在である神だともいえる。その基盤が崩れ去れば世界は不安定になるだろうと考えたマティウスは、教団や教会を整えるべきだと語った。そして、自分がそれを成すべきだ、とも。
 マティウスの言葉にハルクスとチトセは顔を見合わせて笑い合うと、マティウスの隣に立った。

「私にもお供させてください、マティウス様」
「チトセ……」

 チトセの魂には深く重く、サクヤの想いが刻まれている。すぐに切り替えることは無理だろうと自覚しているが、今誰もが前を向いて進もうとしている。あのマティウスでさえも。それが分かったとき自分の中に芽生えた思いを見て見ぬふりをしてはいけないとチトセは思った。サクヤの想いを継いだとて、今世で報われたいと願ったとて、過ぎた妄信は自分すらも救わないのだと悟る。
 絶対好きにはなれないが、あの女――イリアのように、ルカたちのように、過去に縛られず今を生きてみたい。だから、今感じた自分の思いを大事にしなければとチトセは強く思った。

「私は、サクヤではなくチトセ・チャルマとして生きてみたい……私自身が、あなたの力になりたいのです」
「……勝手にするがいい」
 
 マティウスの答えに、チトセは喜びを咲かせたような笑顔になる。
 復讐に囚われてばかりだった彼女たちの憑き物が落ちたような様子を見て、ハルクスは静かに、穏やかに微笑んだ。これからも彼女たちの人生を手助けしたい――新たに生まれたこれからの夢を胸に、彼は一歩前に出ると深々と頭を下げる。我々を救ってくれてありがとうございますと感謝を述べて。

「ハルクス……よかったね」
「ミルファお嬢様……。はい、本当に。あなたも無事で、生きてくれて、良かった」

 何の柵も感じさせないミルファの心からの優しい笑みに、ハルクスは屋敷で共に過ごしていた時間を思い出す。どうかこの娘が、親の勝手に縛られず、穏やかに心のままに生きられますようにと願ってやまない。鳥籠から出られない小鳥ではなく、自由に羽ばたけるといい――しかし、その手助けをするのは自分ではないとも解っているハルクスは、彼女の傍らに立つスパーダの方へ目線を向ける。
 馬の合わない男から見詰められて突っぱねたくなるが、ミルファの手前そんなことも出来ずただジトリと見つめ返す。

「スパーダ様。あなたは本当に強くなられましたね」
「ハァ? なんだよ突然」
「あの日の言葉は撤回します。そして、ミルファ様をよろしくお願いしますね」

 アシハラの海底王墓で投げかけられた言葉を撤回され、スパーダは目を丸くする。別にお前に認められたくて強くなったんじゃないと言いたかったが、代わりに自分の決意を示すため、「お前に言われるまでもねェよ」と不敵に笑ってみせる。上出来ですねと笑う男の余裕振りがやっぱり気に食わないなと思ったが、前ほど嫌な気持ちにはならなかった。

「……ではな」
「あっ……、みなさん、お元気で!」

 別れを惜しむことなく背を向けて去ろうとするマティウスたちにミルファが笑顔で手を振る。
 なぜこの娘は自分に向かって笑顔を向けるのだろうとマティウスは疑問だったが、「ミルファ様はそういう方ですから」という答えにもなっていない耳打ちをされ、彼女はますます首を傾げるしかない。しかし――あの少女のお陰で今の自分は在る。面と向かって感謝をするべきなのだろうが、どういった顔をしたらいいのか分からないマティウスは足を止めず、胸中で己に誓う――これからの未来を見ていくことを。それが彼女への礼となる気もしたが、ルカたちの甘さに当てられたようで情けなくもあり、ずっと重く息苦しかった心が少しだけ軽くなった気がした。
 さよならも言わずに去っていく彼女たちを見送ると、リカルドがさて、と切り出す。

「戦いは無事に終わった。……となれば、こんな場所にもう用はないだろう」
「そうは言うけど、どこ行くん?」
「んー……じゃあ、レグヌムに行きましょ!」

 サニア村が近いというのにイリアがわざわざ王都を指定するので全員が不思議に思ったが、彼女はニッと笑って言った――ルカと出会って冒険が始まった場所だからと。
 始まりの地でみんなとお別れをしたいというイリアの思いを汲んで、飛行船に乗ってレグヌムへ向かう。長く険しかった冒険の旅は、もうすぐ終わろうとしている――。


 ◇


 王都レグヌムに着くと、街が歓喜の声で賑わっていた。戦争が終わり、徴兵や適応法もなくなり、本当の平和が訪れたのだと。アルカ教団の教祖が宣言したことで、じきに収容されていた異能者たちも解放されるという声を聞き、彼らの家族は安堵と喜びの涙を流した。
 明るい未来への期待に胸躍らせ抱き合う住民たちを横目に、エルマーナが誇らしげに胸を張る。この平和は自分たちが勝ち得たもので、ルカがやったんだと自慢して周りたいというのでそれは勘弁してとルカは困ったように頬を掻く。

「本当に、終わっちゃうんだね……僕たちの旅」

 もっと長く続くものだと、みんなとずっと一緒に居られると思っていた。残念そうに言うルカに、ミルファはこの世界が続いていく限り会えなくなるわけではないと励ましの声を掛けた。

「別れを惜しんでいては、次には進めないぞ」
「そうね。ある種、人生自体が旅のようなものだし……きっとまた、一緒に歩くこともあると思うわ」

 何も一生の別れではないと笑いながらルカに肩を組むスパーダ。この旅で得たかけがえのない友人のひとりである彼にそう言われ、ルカは寂しいと嘆く時間すら惜しいなと思えた。
 スパーダはやっぱり前向きですごいなとミルファがくすくす笑っていると、リカルドもフッとほくそ笑む。

「フ、まさかガキと意見が合うとはな」
「いつまでもガキ扱いしてんじゃねーっての!」
「ならば、俺がグリゴリの里に居る間、ベルフォルマが成長しているかどうか思いを馳せることにしよう」

 グリゴリの里に居たガードルの血を引くグリゴリ族。指導者がいない中、世界が変わって混乱しているだろうとリカルドは語った。同じ地上に生きる者として、あの里だけで人生を終えるにはあまりに勿体ないと考えているようだ。しかし、恐らく――かつての兄であったガードルが果たせなかったこと、望んでいるであろうことを代わりに成し遂げたいのだろう。
 利己的になり切れない、相変わらず不器用で優しい人だとミルファは思った。あの船の上で語ってくれたように、誰かの道の手助けをすることこそ彼の喜びなのだ。

「……では、世話になったな」

 簡潔にそう言い去ろうとするリカルドに、みんなが別れを告げる。護衛役として契約していたアンジュは彼への感謝も添えて。
 互いに契約相手があなたでよかったと信頼を交わし合うと、リカルドは少し考えるように顎に手を当ててから、やはり依頼料は貰い過ぎのようだと笑った。そして、アフターサービスだということで、助けが必要ならいつでも言えと伝えると、背中を向けてひらひらと手を振りあっさりと去っていく。
 いつまでもバイバイと大きく手を振るエルマーナだったが、リカルドの姿が見えなくなると、くるりと仲間たちに向き直る。

「ほんならウチもそろそろ行かな! 孤児院のみんな待っとるやろし」

 随分あっさりしてるとイリアが不服そうに言うが、エルマーナはこれ以上居たら泣いてしまいそうやしといつものようにカラカラ大きく笑った。
 エルマーナはいつも明るく幼いながらに達観したような視野の広さで仲間たちを励まし続けてきてくれていたが、やはりまだまだ幼く甘えん坊なところがある。まるで妹が出来たように嬉しかったとミルファはエルマーナをそっと抱き締める。

「また会おうね、エルちゃん」
「うん! ……へへ、やっぱ柔らかいなぁミルファ姉ちゃん」

 ニシシと歯を見せて笑うエルマーナにミルファは面食らうが、相変わらずだと思って釣られて笑みが零れた。
 きっとエルマーナはこれからもずっと、周りを明るく照らす太陽のような笑顔で子供たちの手を引いて生きていくのだろうなとミルファは思う。
 プリプリしなや、食べ過ぎなや、などなど、みんなを心配して彼女の世話焼き精神が発揮されるが……やはり一番はルカに対してだった。前世を抜きにして考えても、彼女からすればルカはなんだか心配で放っておけない存在なのだ。あれしいや、これは気を付けや、と言う彼女だったが、癖の抜けないお節介に気付いて困ったように笑った。

「あ、そうだエル。あの秘密基地、大事に使えよな」

 孤児に対して国がどこまで手を貸すかは分からないしそういう統制もすぐ取れないだろう。子供たちと一緒に暮らすための場所として明け渡すつもりだったスパーダに、エルマーナは「ええでええで」と手を横に振ってみせる。そして彼女はこれからどうするつもりなのか語り始めた。
 自分の人生よりも孤児の子たちの人生をなんとかしてあげたい、と。学校へ通わせてあげられるようにお金を稼いだり住む場所を探したり、やることがたくさん待っていると目を輝かせる。その話を聞いて「学校建設の夢が叶ったら無料で通わせてあげる」と言ってくれたイリアに満面の笑みを向け、エルマーナはハイタッチで喜びを表した。
 たた、と小走りで市民街への道を行き、ぶんぶんと体いっぱいで手を振ったあと、エルマーナは軽やかな足取りであっという間に街中へと消えていくのだった。
 しん、と静かになったところでアンジュが伸びをして空を見上げてから一歩前に出る。次はわたしの番だと言うように。そして彼女は意気込んだように、聖堂を建て直さなくちゃと自分のこれからの目標を口にした。
 自分の力の暴走で壊してしまった聖堂を建て直して、また信者たちが神に祈りを捧げられる心の支えとなる場所を復活させたいのだろう。

「でも、すごくお金かかるんじゃ……?」

 ルカの言葉に、アンジュはそうなのと難しい顔をした。将来、悠々自適に暮らせたらと細々と貯金をしていたらしいが、大きな建物を建て直すとなればかなりの費用がかかると思われる。

「支援者とかパトロン探しからしないとだめかしらね」
「そんな手頃なヤツ居るかぁ?」
「わたし、自立したら支援とか出来ることするよ〜」

 頑張ってね、と笑顔でいうミルファにアンジュはありがとうと優しく頭を撫でた。慈愛の籠った優しく暖かなアンジュに触れられて思う――自分はいつも彼女の現実から逃げないことから生まれる確かな優しさに救われていたんだと。聖女の心はこれからも信者たちに等しく注がれ、きっと人に感謝されて、今後は生きる意味を見失うこともないと信じられる。

「アンジュ」
「えっ……アルベールさん!?」

 ここに居るはずのない声に振り向くと、テノスの軍師アルベールが立っていた。
 自分の身体から天術の力が失われたことと戦争終結を受けて、すぐにルカたちが創世力を使ったと察してレグヌムまで来てみたと彼は微笑む。そして、戦争も終わり対立状態であったレグヌムとテノスの関係も沈静化したので、これからは船の便も他国を経由しなくて済むとアルベールは語った。きっと近いうちに蒸気機関車の通る線路も復活するだろうとも。
 喜ばしい話の連続に浮足立ちそうになるが、そもそもアルベールが何のためにレグヌムまで来たのか分からない。ミルファが訊ねてみると、アルベールは目的を思い出したようで、ああと声を上げて、アンジュに向き直る。

「本当は皆さんに労いと感謝を伝えたくて来ただけなんですが、さっき話を聞いてしまいまして……。アンジュ、宜しければあなたの目指す復興のお手伝いをさせて貰えないでしょうか」

 軍師であり貴族である自分はテノスをあまり離れられないけれど、資金ならいくらでもあると言い、アルベールは眉を下げて笑う。

「居んじゃねーか、手頃な奴!」
「パトロン発見ってやつじゃない!?」
「こぉら! イリア、スパーダくん!」

 不躾なふたりを諌めると、アンジュは場の空気を切り替えるためにコホンと咳払いをした。
 アンジュは、なぜアルベールが自分の手伝いを申し出てくれたのか分からず問いかける。すると彼は、恩返しがしたいからだと答えた。
 前世に囚われて、世界を巻き込んだ大惨事を起こしてしまうところだった。ルカ達と出会わなければ、ミルファの身を挺した訴えがなければ、アンジュの心からの真剣な説得がなければ――自分は今ここに立って居ないだろうと語る。
 アルベールの提案を受け、アンジュはしばし思考する。支援してくれるという彼がテノスから離れられないこと。適応法が解除されたからと言っても自分は異能者として恐れられているからナーオスに居ない方がいいということ。テノスの気候や食べ物が気に入っていること。……とても条件の良い契約なのでは?
 自分の中で結論が出たアンジュは、アルベールの方へ歩み寄ると柔らかく微笑んだ。

「嬉しい申し出、ありがとうございます。わたしにも何か出来ることがありましたらいつでも仰ってくださいね」
「じゃ、じゃあ……!」
「ええ、参りましょう。テノスへ!」

 アンジュは仲間たちに別れを告げると、アルベールと共に港の方へ消えていく。ふたりの背中を見守りながら、彼女の処世術に長けた部分はさすがだと思わざるを得ないと顔を見合わせ、やれやれと肩をすくめたり苦笑いを零したりした。

「さ、オレももう行くかな。ミルファも行くだろ?」
「え! う、うん、でも……」

 じゃあな。と、スパーダはおろおろするミルファの手を引いて貴族地区の方へ帰って行こうとする。後腐れがなさすぎるあっさりした様子にルカもイリアも不満と寂しさを交えた複雑そうな表情をしていた。
 一生会えなくなるわけじゃないと言っていた彼のことだ。大袈裟な別れの挨拶をする方が気恥ずかしいんだろうなとミルファはちらりと横目にスパーダを盗み見る。
 言葉を探しながらガシガシと髪を乱すスパーダだったが、特に気の利いた言葉が浮かばないようで誤魔化し笑いをしながら頬を掻くだけだった。見兼ねたミルファは、まず自分から言おうかなと小さく深呼吸してからルカとイリアをまっすぐ見詰めて心を言葉にする。

「ルカくん、イリアちゃん、コーダくんも……ありがとう。わたし、みんなとお友達になれてよかった。また会おうね!」
「うむ。しかし、また会おうな〜」

 伸び切った袖をふりふりと振るコーダの小さな頭をスパーダは少し乱暴に撫でまわした。
 適応法のせいで捕まった牢の中で出会って、そこからずっと今まで共に肩を並べてきた彼らとの別れ。永遠の別れでないとしても、一緒に過ごした時間が長かったから寂しさもひとしおに感じてしまい、涙がこみあげてきて喉がぐっと詰まる。
 心優しいルカとは読書や勉強など興味のあることが近しくて気が合って、楽しかった。気弱でいつも泣きそうになりながら立っていた彼はもう居ない。力強く、しっかりとした芯の強さを得たことで、きっと自分の望んだ未来を歩んでいけるはずだ。
 気が強く、唯我独尊。決して後ろを振り返らないイリア。本当はただひとりの年相応な女の子。不安も分かち合って来たことは記憶に新しい。初めて出来た同性の友人。親友。学校建設の夢は、彼女の直向きさがきっと叶えてくれるだろう。
 コーダは小さな体でよく食べて、食べ物にしか興味がない小さな生き物だと思っていたが。飼い主のイリアを始めとした仲間たちを彼なりに大事に思っていて、小さな気遣いに何度も救われた。
 彼らとの思い出とこれからを思うと結局我慢できずにぽろりと零れてしまった涙をごしごしと拭う。イリアが涙声で泣くんじゃないと言うものだからもっと涙が溢れそうになる。必死に堪えて笑顔で返事をするミルファの表情はくしゃりとして少しだけ不格好だった。
 レグヌムという同じ街に住んでいるルカはともかく、サニア村に住むイリアとは頻繁に会うことも叶わないことがわかっているからこそ寂しいのだ。それはミルファだけでなくスパーダも少なからず同じだったので、せっかくだからと自分の気持ちを口にする。

「おいイリア」
「……なによ」
「お前とは気が合って楽しかったぜ。……とりあえず変な笑い方だけはやめとけよ」
「は〜!? うっさいわね! あんた人のこと言えるわけ!?」

 余計なお世話だと怒るイリアに、そうやってプリプリ怒んのも控えろよと言いウヒャヒャヒャと笑うスパーダ。そんなふたりを見て困ったように笑うルカとミルファ。特に気にした様子もなくマイペースに腹の虫を鳴らすコーダ。ずっと傍にあった光景は、これで一旦見納めとなる。

「んで、ルカ。お前には近いうちに会いに行ってやるからな。泣きべそかくんじゃねーぞ」
「な、泣いたりしないよ! ええと……僕の家は住民地区だから、いつでも会いに来て。あ、ミルファも良かったら……」
「うん、ありがとうルカくん!」

 このままでは本当に名残惜しくていつまで経ってもこの場から離れられない。特にミルファは自分からは踏み出せないだろうなと思ったスパーダは彼女の背をトンと押して促した。
 じゃあな! と手をひらりと振って先を行くスパーダ。後ろ髪引かれる思いだったが、ミルファは改めて「またね」という再会の約束と感謝を伝えてから彼の背を追う。
 カツカツ、コツコツとふたりの踵が不規則に鳴る中、貴族地区への道を進んでいく。行く人行く人怪しむ目線を送っていた見張りの兵士もおらず、街は平和そのもの。現実だと分かっているが、夢みたいだと思ってしまう。

「夢みたい、とか思ってンだろ」
「え!? ど、どうして」
「分かるっつーの。幼馴染だしな」

 そもそもお前分かりやすいし、と悪戯っ子のように笑うスパーダにミルファの胸は簡単に高鳴ってしまう。
 自覚したばかりとはいえ、自分の単純さが恥ずかしくなる。逆になぜ今まで自分の気持ちに気が付かなかったんだとミルファは心の中できゃあきゃあと騒ぎ立てる。
 すごいね、と頬を染めてはにかむミルファを見て、スパーダの方もまた己の単純さに頭を悩ませていた。

「すごい旅だったね」
「そうだな……街に居たんじゃ経験できないことばっかだった」
「うん……。あ、それからね、スパーダが居てくれてよかったなって……。ずっと安心できたのはスパーダのお陰だよ」
「……バーカ。それはオレもだっての」

 なんでそうやって自分を喜ばせるんだと口角が上がる口元を見られたくなくて、スパーダはミルファの髪をいつものように少し乱暴にかき乱す。そしてミルファもいつものように頬を膨らませて髪を整える。
 旅の中で失ったもの、諦めなければならない現実も痛感したが、学び得たものも大きかった。友達、仲間、強い心、将来の夢、未来への期待――そして、大切な幼馴染への想いたち。
 ふたりは冒険を思い返しながら日常へと帰って行く。変わらない思いも自覚した想いも抱き締めながら、離れ離れになる日が来るいつかを少しだけ見ない振りをして。

hitsujitohana