09.走る逃げるの繰り返し
力が欲しい。どうしても。
どうして私は無力なのだろう。戦う力が欲しいのに、窓辺から外を眺めるしかできないだなんて。
願いを口にすると、束の間の刻、主が花瓶に挿した花のために水を入れ替えに行ってくれたため壁に立てかけられた剣がぼうっと刀身を光らせながら語りかける。お前にはそんなものは必要ないと。
なんとも残酷な宣告だ。主に言いつけると言い返すが、痛くも痒くもないというようにフッと笑った。この剣が人の姿であったなら、きっと凄く意地の悪い顔をしているに違いない。
「あやつは、お前に戦場に立って欲しくないと考えている」
それを言うのはずるい。あの人を悲しませたくない。いつだってそう願っている自分にとって戦友の彼の言葉を聞いてしまったら何も出来なくなってしまう。
センサスの神は皆、戦神である彼と共に戦っているというのに、同じ神である自分にはそれが出来ない。
歯痒い。悔しい。情けない。守られているだけだなんて、神ではなく力のない人間のようではないか。
「……でも……私もアスラ様と一緒に戦いたい。守りたいのよ」
「お前が戦わずとも、我がアスラを──我が主を守る。勿論お前も。だから安心しろ」
わかっている。デュランダルという聖剣があれば、あなたが在れば、アスラ様は負けることはないと。何よりも心強いと信頼さえしている。
だが、それでもやはり私は力が欲しいのだ。隣に立って、共に勝利の味を分かち合いたい。そんなことすら許されないなんて、酷すぎるではないか。
自分の身に不幸なことが起こると人間はよく、神様はいじわるだと言うが、では私はなんだ? 人間ではない、神だというのに、私は何に阻まれているというのか。
盃になみなみと注がれた黒く纏わりつく不快な液体を頭からかけ続けられ、まるで内側から黒く塗りつ潰されているように感情が漆黒に侵されている感覚が拭えない。
◇
底なしの黒い沼に落ちたかのような感覚から逃げるように意識が勝手に現実世界へと向かっていく。まるで何冊かに分かれた神話の小説の途中で話がぶつりと終わったような感覚だ。続きが気になって仕方がない。
彼女は神だ。力がないという風ではなさそうなのに、どうしてこんなにも戦う力を羨望するのだろう。どうしてそこまでアスラの力になりたいと願うのだろう。
夢の中の顔もわからない彼女を、ミルファはいつしか自分の友人のようだとすら思い始めていた。その彼女への心配と知的好奇心が働いたと思うと、闇の中から伸びた白く細い手にドンと押されて白い光の中へ落ちていく。その手の主に寝過ぎだと言われたように感じたところでハッと目が覚めた。
──ぱちぱちと瞬きをする。瞳に広がったのは薄暗く無機質なシルバーの壁に覆われた建物の中。夢の中のデュランダルのように壁にもたれ掛かっているせいか背中が冷たい。ここはどこで、どれほど時間が経ったのか。頭痛に襲われた後から今までずっと目を覚まさなかった空白の時間が不明慮なため、ミルファは自分の中の空白が妙に恐ろしい。
(み、みんなは……!?)
縋るように辺りを見回すと、ルカたちは建築物の死角から通路を覗き混み何やら様子を探っていた。察するにここは小さな物置場所なのだろう。床に転がる防具や救急用品などが乱雑なことから今ではあまり使われていないのだろうが──。
自分が倒れたせいで追っ手に捕まり戦場に戻されたり、何か危険な目に遭っているようではなかったのでとりあえずは安心なのかなとホッと息を吐く。ふう、という声でミルファが起きたと気が付いた仲間たちがぐるりと振り向き一斉に彼女に目を向けた。
荷物袋に身を潜めていたコーダがひょっこりと顔を出し、ミルファに飛び付く。
「ミルファ、目を覚ましたんだなー、しかし」
「よ、良かった……」
「もう、心配かけて!」
「お、おはよう……。あの、ごめんね、わたしまた……っ、ひゃっ?」
「寝ぼすけ。やっとお目覚めかよ」
いつもよりも勢い良くわしゃわしゃと髪を乱されたので、急いで手櫛で何とか直そうと試みてままたものの元通りとはいかず。もう! とミルファが頬を膨らましてむくれると、スパーダはニッと悪戯っ子みたいに笑った。
ミルファが目を覚ましただけで一気に和やかな雰囲気になったのは良いのだが、いつまでも悠長にしている訳にもいかない。はいちょっとストップ! とイリアが空気を換えてミルファが倒れた後に仕入れた情報から行動を起こしたことを簡単に説明した。
突然ミルファが倒れてから一夜明け、現在居る場所は比較的ナーオスの近辺に位置する基地。異能者として連行された聖女アンジュを救出するために潜り込んだという。詳しいことはこの基地を無事に出てからだと言われ、ミルファは納得して頷いた。自分たちを兵力として見ていたような王都兵が居るこの場所でのんびり話をしている訳にもいかない。
一度どこかでゆっくりと話が出来たら沢山教えてもらう事があるなぁとしみじみ思っているミルファの顔をイリアが覗き込むものだからびっくりして少し後ずさり、膝に居たコーダがころりと床に落ちてしまう。ごめんねと謝りつつそっと抱き上げると、構わないんだなーと全く気にしていないのかあっけらかんと返されてしまうのだった。
「大丈夫なワケ? やっぱ疲れたまってんじゃないの?」
「う〜ん。これは多分そういうのじゃないと思……」
う、と最後まで続く筈だった言葉は、ミルファの瞳に入り込んできたものにより奪われて口から出ることはなかった。言葉を奪った犯人はルカの右腕。紺色のブレザーには血が滲んでいて、刃物で斬られた跡だとすぐにわかった。王都兵にやられた傷である。
幸運にも西の戦場では誰も大きな怪我をしなかったものの、戦いに身を投じているのだからこういうこともある。想像しなかった訳ではないが、実際に傷跡を見るとすごく痛そうでミルファは自分に傷があるのかというほどにルカの傷に胸を痛めた。
月並みな心配の言葉しかかけられずにいると、大丈夫だよと優しい笑みを浮かべるルカ。軽く消毒と止血は施したようだが、まだ完全に血は止まり切っておらず腕に巻かれた訪台に少しだけ赤が滲みつつある。……癒せる天術が使えたら良かったのに。そうしたら怪我を治せるのに。ミルファはそう思い、何気なくルカの腕の傷口に手を伸ばした。すると。
「え!? な、なに……!?」
ミルファの手のひらを中心に淡い緑色の優しい光がポワッと広がった。どういうことか分からず仕舞いのため、慌てて自分の手を色んな角度から観察してみる。いつのまにか光は消え、それと同時にルカの傷口から広がる血は止まっていた。包帯を解いて見てみると、完全に塞がっているではないか。
怪我が治って良かったものの何が起こったのかとルカとミルファが顔を見合わせる横で、イリアとスパーダが二人よりも少し冷静に状況を確認していた。
「おい、これってまさか……」
「回復術ね。しかも上級のやつ」
癒しの上級天術、キュア。ミルファの手から放たれたのはまさにそれだった。だがミルファは天術を使えない筈だ。いつの間に自分は手品を覚えたのかと真剣に考え始めるものだからスパーダがそうじゃないだろとツッコミを入れたが、イリアが夫婦漫才してる場合じゃないと茶化すのでスパーダは大人気なく拳を振り上げて怒った。……まあ厳密には大人ではないが、一応ミルファと共に最年長である。
「やっぱりあたしたちと転生者同じだったのよ! なんにせよ力が使えるようになって良かったじゃん」
「う、うん……。でもどうして急に……?」
再三自分の手を見てみるも、当たり前だけれど何も変わっていない。天術を使えるようになった……つまり、仲間の足手纏いにならないで済む。それ自体は嬉しいが、何故急に使えるようになったのかわからなくてなんだかモヤモヤする。しかしミルファはハッとした。先程の夢が関係しているのではないかと。
夢の内容は目が覚めた今鮮明に思い出せないが、夢の中の彼女が力が欲しいと渇望するものだった。ミルファ自身が力がなくて不安で、それに関係する夢を見たから力が戻ったのかもしれない。もしかしたら夢を見続けることで徐々に力が戻ったのかもしれない。
まだまだ周知されていないため知る人は少ないが、転生者の覚醒は何が鍵となるか分からない。戦うこと、前世で縁深い者と会うこと──人によって様々だ。
結局自分が何故力を手に出来たのかわからない。ミルファはむむむと唸り考えながら胸元のリボンを弄ってみるが、いくら考えても憶測しか出てこない。すると、すっくと立ち上がったイリアが、不安なら試しに他の術も使ってみたら? と提案する。
「えーと……?」
「そうだな、まあ一理あるか。……おい、ミルファ」
スパーダが壁を指差し、あそこ目掛けて攻撃術をイメージしてみろと言う。突然攻撃とざっくり言われても……とミルファはおろおろとする。しかし甘えてちゃいけない、と手にグッと力を込めて気合いを入れた。
瞑想するかのように目を瞑り、戦場でよくある攻撃方法を思い浮かべてみると、西の戦場が炎に包まれた光景が脳裏を過ぎる。
炎の攻撃をイメージすると、自身の目の前に魔法陣が現れ、そこから火炎の弾が出現し壁に向かいぶつかり──ボボッと燃え付いて壁に焦げが出来てしまった。
「ひえぇっ……!?」
「すっごいじゃんミルファ! これでこの先頼もしいわ〜!」
敵がいるというのを失念して放った術がわりかし大きな音を出したのと公共施設に跡を残してしまったことで、やってしまった! と失態に顔を青くさせるミルファに、がばっとイリアが嬉しそうに抱き付く。声も喜びに弾んでおり、苦笑混じりではあったがつられて顔が綻ぶ。
「よーし! とっとと聖女掻っ攫ってこんなとこ出るわよ!」
すっかりやる気になったイリアが基地の奥地であろう方角を指差し仲間の士気を上げようとするその姿はさながら物語の主人公である勇者のようだ。──言葉選びが真っ当であれば、だが。勇者どころか盗賊の首領のようだということは伏せておこう。
「……あれ? なにか……聞こえない?」
「……微かだけど何か聞こえるな。後ろからか?」
早速行こう! と陰から一歩踏み出した矢先、何かの音が届く。立ち止まって耳を澄ませてみると、この建物内全体を揺らすような音が、どしんどしん、と轟いている。
スパーダの言葉通りにその方向──今まで通ってきた方へ振り返ってみると、大きく丸いフォルムに手足の付いたアンバランスな機械人形が、ギシギシと機体同士を軋ませ合いながらこちらに迫っていた。
予想だにしない物の登場に、まるでコメディ作品のように、わーっ!! と声を合わせて驚き、一行は一斉に逃げ走る。イリアがコーダをむんずと掴み荷物袋に押し込みながら。
走りながらやってる場合ではないが、必死に走りながらあれがなんなのか論議する。ミルファは眠ったままだったので見て居なかったが、あの鉄の塊はこの基地の中に置かれていた物だ。かなりの数が並べられて居た。それに加え、機体にはかなり大きな銃が取り付けられており操縦席があることから、人が中に入り動かす兵器だとわかる。たが──今追い掛けているそれには人が乗っていない。一体どういうことなのか。
「あ! あのシリンダー!」
ルカが首だけ後ろに捻りながらなんとか状況を探っていたのか、異変に気付きそこを指差す。丸い機体部分をぐるぐる回して威嚇のような行動を取っているので一瞬しか見えなかったが、後ろに何か透明な筒状の物が装着されているではないか。エネルギーの元かと思われたが──。
「ひ、人が入ってるの……!?」
「あれか……! この基地進んでたら途中にあったやつ! 中に入ってんのは転生者だ!」
少し考えればすぐに察しは付く。基地の中に備えられていた数々の兵器と、戦闘機械人形と、ここに連行されてシリンダーに入れられていた転生者。そして今、操縦者の居ない機械人形が何故動いているのか──それはつまり、転生者の持つ天術の力を動力源として使っているということを示している。
人の道を外れている。なんて惨いことをするのだろう。ミルファは胸をギュッと締め付けられ酸素が奪われるような感覚を味わう。
(違う力を持つ転生者だからこんなことをされてしまうの? どうして? 転生者も同じ人間なのに)
転生者だって平和に生きたいだけなのに、何故理不尽に踊らされなければならないのか。無力感に苛まれる。
バタバタと走り続けていると、機体がサイレンのような機械音を鳴らし始めた。何事かと思っていると、薄々どころかほぼ想像出来ていた目的が明らかとなった。侵入者を排除します──抑揚のない音声でそう言ったのだ、確かに。
「排除……!?」
「ちょ、ウソでしょー!? アンタのせいだからね、おたんこルカー!」
「な、なんでそうなるのさ〜!」
冗談ではない。排除されてたまるものかとルカ達は走り続ける。
(考えなきゃ、何か打開策がある筈──!)
この兵器の運用方法はともかく、ただ作られただけでこれ自体に罪はない。だがそんな甘いことを言っていつまでも追いかけっこをしている場合でもない。何より、あのシリンダーの中に居る人の力を使っているのだからもしかしたら命に危険があるかもしれないのだ。一刻も早く助け出さないといけない。それにはこの機体の動きを停止させなければならない。
完璧な機械なんてない。機械だって、どこかに弱点がある。ミルファはそう思い目を働かせ、どこか弱点はないかと後ろ手になんとか探してみた。そして、見つけ出す。
「あっ……、あそこ!」
「え、ど、どうしたの……!?」
「隙間があるの! そこに何か衝撃を与えれば……!」
シリンダーが取り付けられている場所に近い左脚の付け根──そこには細い隙間があった。そこを叩けばきっと機体は故障なりして止まる筈だ。
進行方向に向かう足を止め、兵器へと向き直るが、そんなミルファの横をスパーダが駆け抜けていく。
「とにかくココをぶった斬ればいいんだろ!?」
双剣を抜き、片方を隙間に突き刺し、もう片方で見えていたコードを斬り裂く。だがそれだけでは足りなかったのか、機体はまだ動きを止めなかった。このままでは兵器の攻撃を至近距離で受けることになってしまいかねない。
──スパーダが危ない! そう思ったミルファは急いで彼を助ける為に術を唱える。
「ビリビリ走って──サンダースピア!」
放たれた雷光が機体目掛けて真っ直ぐ走る。スパーダが切り裂いた、機械にとっての要の部分にそれは直撃した。バリバリと雷光が機体の神経を駆け渡り、やがて機械は音を発することもなくなり完全停止する。
止まった。そう思うとホッとしてミルファは膝からへなへなと崩れ落ちた。そんな彼女の背中をイリアが喜びを隠し切れないといった様子でバシバシと叩く。……ちょっと、いや、かなり痛い。
それはともかく、誰も怪我をすることなく無事に済んで良かったと胸を撫で下ろす。だが安心してゆっくり息を吐いている場合ではなかった。シリンダーの中の人を解放しなければいけない。
「ホラ、あんたら急ぎなさいよ。また似たようなの出て来たらたまったもんじゃないわ!」
「急かすなっての! よし。手ェ貸せ、ルカ」
「うん、わかったよ。──せぇの……っ」
ガコン、とシリンダーの蓋を開けると、中の液体が溢れ出る。
共に流れ出て来たのは、艶やかな青い髪をひとつに纏めて結んだ女性。白く清楚な衣装に、纏めてあるくるくると巻かれた髪型。まるで物語に現れるお嬢様のようだと、本当に名家の息女であるミルファは密かに感じていた。