05.先輩は小悪魔(黄瀬涼太)


お昼休み飲み物を買いに来ると、自販機の前にスマホが落ちていた。とりあえず拾ってみると、いきなり着信が鳴ったのでびっくりして落としそうになる。画面に表示された名前を見ると女の子で、もしかしたら落とした人が友達のスマホからかけて探してるっていうよくあるパターンかもと思って出てみた。

「もしもし…?」
「あー!もしかして俺のスマホ拾ってくれてます!?」

予想外の男の人の声に少し驚いたが、ああ、友達じゃなくて彼女のからかけてきたってことか。なるほど。とひとりで納得していると、

「もしもーし?今どこにいます?」

と言うので場所を伝えて電話をきると、男の人の待ち受け画面が表示された。あれ、この人この間買った雑誌で特集組まれてたモデルだ。と思い出していたら「すんませーん」と待ち受け画面と同じ顔が手を振りながら走ってきたもんだから今日一驚いた。

「さっきの電話の人っスよね?それ俺のスマホで、めっちゃ探してたんで助かったっスー!ありがとうございますー!」と泣きつかれてどさくさに紛れて抱きしめられている。確かに一年にモデルの子がいるとは噂に聞いてたけど、この人だったんだぁ、確かにイケメンだわ。でもだからって自分の画像を待ち受けにするのはどうかと思いますが…まあいいんじゃない、うん。

「これがないと俺、マネージャーにめっちゃ怒られるんスよー前も無くした時連絡つかなくて撮影行けなくて死ぬほど怒られて…あ、俺モデルやってるんスけどー見たことあります?そうだ自己紹介まだしてなかったっスね、一年の黄瀬涼太っス!ふたご座A型趣味はカラオケっス!あ、よかったら今度一緒に行きましょうよー俺結構なんでもいけるんで!!」

…自己顕示欲が強すぎる。見た目はタイプだけど、無いわ。苦笑いを浮かべていると、

「黄瀬くーん、次移動教室だから急いだほうがいいよー」と黄瀬くんと同じクラスらしき女の子が声をかけてきた。

「ありがとー!…てことで急がなきゃなんで!とりあえずライン交換しましょ!」
「え、なんで?」
「今度スマホ拾ってくれたお礼したいんで」

にっこり笑う笑顔が眩しいくらい綺麗。さすがモデルやってるだけあるなぁ、でも自己顕示欲の塊でナルシストって、残念すぎる…

「別に拾っただけだしお礼なんていいよ。それにほら、彼女に悪いでしょう」

そうそう、無駄な厄介ごとは御免よ。と思っていたのだけれど当の彼は頭に?を浮かべている。

「うーんと…誰のこと言ってるのかわかんないんスけど、俺今彼女いないっスよ。だからはやくっ」

と急かされてなんだかんだ連絡先を交換してしまった。ヘンなイケメン。

・・・

それからというもの黄瀬涼太から頻繁にラインが来るようになり、鬱陶しくなってきたのでブロックすることにした。忙しくて今は黄瀬君どころじゃないのよね。

数日後、なんだか嫌な予感がするのでとりあえず早く部活行こう、そうしよう。と席を立とうとすると「名前せーんぱいっ」と教室に現れた彼に驚いたのも束の間。ひょいっと担がれてあっという間に校門まで来ている。

「…黄瀬君、とりあえず降ろしてくれないかな」
「ダメッスよ!名前先輩逃げるつもりでしょ」
「逃げないから、お願い、恥ずかしいから」

そう必死に頼むと、うーん…と悩んだ末に降ろしてくれた。ふぅ、助かった…。

「じゃあ逃げないように」と言って手を握られた。だからなんで。

「…黄瀬君て律儀なんだね」
「え〜そうっスか?」
「お礼するのにここまでされたの初めて」
「だって〜俺の誘い断るのなんて名前先輩くらいっスよ〜!?逃げられたら追いかけたくなるじゃないっスかー!てか…無視ずるごどないじゃないずがあああ」

な、何も泣かなくても。変人とはいえイケメンの涙には弱いのでよしよしごめんごめんてすると黄瀬君はまた抱きついてきた。

「黄瀬君てさ、私のこと好きなの?」
「え、…わ、わかんないっス」
「周りにたくさん女の子いるんだから、何も私に執着しなくてもいいと思うんだけど」

と言うと黄瀬君は少し黙ってから、俯いたまま口を開いた。

「みんな結局俺の顔しか興味ないんスよ。イケメンでモデルやっててスポーツ万能で…」

気のせいかな。途中から自慢話に切り替わってる気がするのは。うん、気のせいだと信じて最後まで聞いてあげよう。

「俺ちょっとやれば結構何でも出来ちゃうんスよねー。だから何やってもつまんなくて、そんな時にスカウトされたからなんとなくモデル始めただけなんスよ。女の子に騒がれるのは男として嫌ではないっスけど、その中に付き合いたいって思う子はいないっスね」

そう言って笑う黄瀬君は、笑っているのになんだか寂しそうだった。

「そっか、黄瀬君には黄瀬君の悩みがあったんだね。でもさ、私も黄瀬君もまだ中学生だよ?夢中になれることなんてこれから見つかると思うし、黄瀬君よりかっこいい人も世の中には腐るほどいる!自惚れていられるのも今のうちよ」
「…はは、そうっスよね!慰められてんのか貶されてんのかわかんないっスけど…でも名前先輩のそういうとこ好きっス」
「自己顕示欲の塊でナルシストで更にドM!?」
「ちょ、なんスかそれヒドッ!!俺のこと、特別扱いしないで対等に見てくれるところっス!!」
「あはは、ありがとう。黄瀬君は、その素直なところがいいと思うよ」
「え〜照れるっス〜!」

そんなこんなで黄瀬君が予約してくれたオシャレなカフェでケーキをご馳走になった。黄瀬君が連れてきてくれただけあって、お店の雰囲気もケーキの味も文句無しだった。

帰り道、また手を繋ごうとしてきた彼の手をパシッと軽く叩いた。

「だーめっ」
「…やっぱ、俺は無しってことっスか?」

シュンとした目でこちらを見つめてくる。…ずるいなぁ。

正直、黄瀬君は素敵だ。紳士だし、さっきのお店でも椅子引いてくれたり、注文やお会計もスマートで、とにかく気を利かせてくれて優しい。「カラオケじゃなくていいの?」と聞いたら「初デートでいきなり個室で2人っきりとか女の子は抵抗あるかなって思って」と気遣いもしてくれていて、やっぱり人気があるだけあって魅力的な人なんだなと思った。なんか悔しいけど少し見直した。

彼は自分のスペックに女の子が寄ってきているのだと思っているみたいだけれど、それだけじゃなくて彼にはそれ以上の魅力があるんだなって今日気づいた。

「黄瀬君は魅力的な人だと思うよ。でも私、自分のことだけ見てくれる人じゃなきゃ嫌なの。黄瀬君の周りの子に嫉妬したりしたくないし。だから黄瀬君は無しかな」
「…俺は名前先輩がいい。他の子なんてどうでもいいのに」
「ごめんね、彼女にはなれない」


何でも思い通りに出来てしまうのが彼の悩み。じゃあ私があなたの思い通りにならないものになってあげる。だからもっと追いかけて、もっと欲しがって。黄瀬君の本気が見てみたくなった。