21.それぞれの春

虹村side.

この光景も三度目になる。二年前名前と出会って恋に落ちて、去年はこの張り紙一つにすげー落胆して、今年は隣に名前がいる。それも俺の彼女として。過去の俺に教えてやりてえよ、こんな日が来るんだってことをさ。

「あーなんか緊張するね…」
「中学最後だしなあ」
「神様、どうか修ちゃんと私を一緒のクラスにしてくださいお願いします…!」

名前は空を見上げてどこぞのシスターのように祈っている。「何やってんだ…」と頭をぽすっと叩いて笑うけど、内心俺も心臓バクバクだったりする。名前みてーには出来ねーけど、神様、どうかお願いします…!と心の中で訴えかける。隣で名前がこんなかわいい真似してまで俺と一緒のクラスになりたがってる現状だけで嬉しいんだけど、欲を言うなら出来るだけたくさんの思い出を共有したい。今まではお互いのクラスの話を教えあったりしてそれもまあ楽しかったけど、共通の話題でこの先もずっと笑えたらもっと幸せだよなぁなんてつい思っちまう。

「人いっぱいだねぇ」
「俺見てこようか」
「うん、修ちゃん背高いし、それにみんな怖がって道開けてくれるかも」
「おいこら、なんか言ったか」
「んんんっ」

片手で頬っぺたをむぎゅっと摘まむと必死にばたついて抵抗してくる名前。帝光のアイドルらしからぬ顔に思わず笑う。

「もう!サイテー!暴力反対!」
「はいはい、んじゃちょっと行ってくっからそこで待ってろ」
「はぁい」

試合でもこんな緊張しねえっつーのにまじで落ち着かねー。そわそわしながら俺と名前の名前を探す。あーまじでほんとにガチで神様仏様頼む…

「…あ」

後ろを振り返り未だそわそわしている名前を手招きで呼ぶ。待ってろと言っておいて手招きをする俺に疑問を抱きながらも近寄ってくる名前。なかなか人混みの中に入ってこれない彼女の手を引いて俺の元に誘導する。

「あった?」
「ああ、名前の名前ここ」
「ほんとだ…修ちゃんは…?」
「ここ」

印刷された俺の名前を見た瞬間勢い良く抱き着いてきた名前を思いっきり抱きしめた。やべえ、今日から一年間名前と一緒だ…!めちゃくちゃ嬉しい!神様か仏様かどっちかわかんねーけどまじでありがとう!!隣で嬉しそうにクラス分けの紙を写メっている名前の真似をして俺も撮ろうとスマホを取り出すと誰かからラインのメッセージがきている。ん?誰だ?

灰崎「リア充爆発しろ」

周りを見渡すと離れたところで灰崎が中指を立てて睨んでいる。あんにゃろう…いつもなら捕まえてボコるとこだけど、今日は何でも許してやれる気がする。
「なんかごめん( ´ ▽ ` )」と送信すると灰崎が鞄を地面に叩きつけて吠えていた。リア充ナメんなよ。


黄瀬side.

春休みも明けて早くも新学期が始まった。名前先輩のこと、諦めるつもりはないけど春休み誘う勇気もなくてモデルの仕事ばっかしてたから超つまんなかったなー。そういや名前先輩虹村って人と上手くいっちゃったみたいだしサイアクなんスけど。暇だし虹村って人がどーゆーやつかバスケ部覗いて帰ろうかな。

放課後、帰ろうとしていた足を体育館に向けて、バスケ部が使っている第1体育館の外から中を覗いた。暖かくなってきたからかちょうど中と外を繋ぐ扉が開いていて、ラッキーなんて思いながら練習中の部員を見ていると、一際目を引くやつがいた。青髪で、色が黒くて、なんつーか、すげえかっこいいプレーをするやつ。うちの学校バスケ部強いっては聞いてたけど間違いなくあいつがエースだ。もしかして、あいつが…?

「…誰だ」

つい見入ってしまっていた俺に気づくとそいつはボールを手に取りこっちへやってきた。休憩に入ったらしい。

「あんたが虹村サン?」
「いや、俺青峰だけど…キャプテンになんか用?入部希望とか?」

虹村サンって部長なんだ…

「いや…あ、俺二年の黄瀬涼太っス」
「俺男と貧乳には興味ねーから。用がねーなら消えろ、練習のジャマ」

ちょっ…確かに俺男ウケは悪いっスけどそこまであからさまに態度に出す!?なんかバスケ部ってろくなやつがいなそうっスね。まあ、バスケの上手さは認めるけど…

「何やってんだー青峰、練習再開すんぞ」
「キャプテン…こいつがなんかキャプテンに用…ふごっ!?」
「いや、何言ってんスかー青峰っちーははー…」

青峰君の口を手で無理矢理塞いでなんとかごまかす。てかこの人が虹村サン…俺には劣るけどなかなかいい男っスね…しかも強豪バスケ部の部長で高身長で名前先輩の彼氏…気に食わない。

「ぶはっ!てんめー何しやがるっ」
「ちょっとぉ。なに騒いでんのー?」
「あ、名前先輩」
「黄瀬君!?」

あー…久しぶりに見たけどやっぱかわいい。名前先輩が視界に入っただけで胸が高鳴って俺やっぱこの人に恋してるんだって思い知らされる。ってんお!?リョータビジョンに虹村サンの腕にさりげなくくっつく名前先輩の手が…!はぁ、俺って見た目も完璧で声も良くてスポーツ万能な上に視野も広いもんだから見なくていいもんまで見えちゃうんスよねー…ハイスペック過ぎるのも困りもんスわ。

「あ、お前…」
「?」
「いや…名前知り合いなんだっけ?」
「あ、うん…仲のいい後輩」
「は?マジかよ、名前こんなチャラチャラしたやつと友達なわけ?」
「別に大輝には関係ないでしょー」
「…そ、そーだけどよ」

ん?もしかしてこいつも…?

へぇ、面白そうじゃんバスケ部。さっきのこいつのプレーも気になるし、虹村サンのことも知りたいし、名前先輩といる口実にもなるし。

「で?お前は何しにここへ?」
「俺、バスケ部入りたいっス!」
「「「はあぁっ!?!?」」」

あからさまに嫌そうな顔をする2人とは少し違い何考えてんのとでも言いたげな名前先輩に俺も意味ありげな笑顔を向ける。名前先輩、俺負けねっスよ…バスケも、恋も。


緑間side.

苗字先輩とキャプテンが交際宣言してから、2人をセットで見かけることが増えた。別に俺には関係のないことだし、先輩を好きなのだと自覚してからも告白するつもりなど毛頭なかったのだが、面白いか面白くないかで言えば面白くない。無意識に目で追ってしまう苗字先輩の視線の先にはいつも虹村キャプテンがいる。もし俺があんな風に苗字先輩に想われたらどれだけ幸せだろう…。いや、もうくだらんことを考えるのはよそう、俺にはやるべきことがたくさんある。人事を尽くさねば。

練習の前に自主練しようと体育館の扉を開けると苗字先輩がいたので一気に鼓動が早くなる。

「お、お疲れ様です」
「あ、真太郎!お疲れ様です」

か、かわいいのだよ…。キャプテンと一緒じゃないところを見ると、今日はまた家の都合でキャプテンは休みなのだろう。

「ボール磨き、ですか」
「うん、そうだよ。真太郎は、自主練?」
「はい、でも少し手伝います」
「えーいいの?」
「自分たちが使っているものなので」
「えらいえらい!」
「ちょっ、頭を撫でるのはやめてください…」
「真太郎顔赤くなってるーかわいい」
「苗字先輩!」
「あ、ごめん…怒った?」
「…別に、怒ってないのだよ」
「よかった。ありがとね、真太郎」
「…はい」

苗字先輩は、先輩なのにこういう雑用のような仕事も嫌な顔ひとつせずいつもやっている。俺達が当たり前のように使っている体育館も、ボールもゼッケンも、全部こうして先輩達マネージャーが滞りなく常にチェックしてくれているのだということを忘れないようにしないとな。

「そーいえばさ」
「?」
「いつになったら名前で呼んでくれるの?」
「い、いきなりなんですか」
「だって、真太郎いつまでたっても他人行儀だし、なんか距離感じるんだよね。寂しいなぁ」
「他人行儀なのではなく、目上の人に対する礼儀です」
「別に一年早く生まれただけなんだから気にしなくていいのに。私真太郎に先輩らしいこととか何もしてあげられてないし。私はバスケ部のみんなのこと家族みたいに思ってるんだけどなぁ」
「家族、ですか」
「うん、真太郎は兄弟とかいる?」
「妹が1人います」
「へぇ…いいなぁ。私ひとりっ子だからずっと兄弟が欲しかったんだよねー。だから今はバスケ部がそんな感じ。真太郎みたいな弟がいたらめちゃくちゃ可愛がるだろうなぁ」

弟…か。それこそ、ひとつしか歳が違わないのに姉弟のように思われるのはあまり嬉しくないのだが。まあこの人に悪気なんてもちろんないのだろうし、きっと自分が男として見られていないことに対して不満に思ってしまっているのだろう。

「名前で呼んでみてよ、真太郎」

いつもはキャプテンを追っている目が今は俺だけを見ている。吸い込まれそうなほどに大きく澄んだ綺麗な瞳に、また顔に熱が集中する。

「……名前…さん」
「もう、さんはいらないのにー。まあいっか、合格!」
「なんの罰ゲームですか、これ」
「えへへ。じゃあご褒美として、テーピングを巻き直してあげよう」
「…ありがとうございます」

テーピングの巻き方にもこだわりのある俺は他人に巻かせるのはもちろん触れられるのも避けるくらいなのだが、苗字…名前さんの巻き方は俺が自らやるより綺麗で完璧なので信頼してお願いすることが出来る。慣れた手つきで俺の手に触れる名前さんの白くて細い綺麗な指に思わず見入ってしまう。いつだったか図書室で会ったときもマッサージやケガについての本を持っていたな…2年からは委員会も保健委員になったと聞いたことがある。努力しているところを見せず先輩だからと後輩に上から物を言うこともしない。やはり俺が初めて好きになった人はとても素敵な人なのだよ。報われるかどうかなど関係なく、この人を好きになったことを俺は後悔しない。

「テーピングどう?きつくない?」
「ありがとうございます。ちょうどいいです」
「よかった。試しに一本打ってみてよ、自分で綺麗に磨いたボールでさ」
「はい」

ワンバウンドさせたパスを名前さんから受けて放ったシュートは自分でも満足のいくほど綺麗にリングの真ん中に落ちていった。綺麗なボールに完璧なテーピング、そしてモチベーションが上がっている今の精神状態、俺の理想形だ。そういえばおは朝も蟹座が1位だったな…本当に恐ろしいほどよく当たる占いなのだよ。後ろを振り返ると名前さんが目を輝かせて拍手をしてくれていて、なんだか照れくさい気持ちにさせられる。

「本当に真太郎のシュートってすごいよね!いつまでも見ていられるくらい綺麗!」
「ありがとうございます」
「ねえ、企業秘密かもしれないけどちょっと教えてくれないかな。今体育でバスケやってるんだけど、私全国1位のチームのマネージャーなのにすっごい下手でいつも笑われるんだよね…」
「そうですか…俺で良ければ」
「うん、だってうちのSGだよ?その真太郎にレクチャーしてもらったら絶対上手くなれるもん」

名前さんの実力がどの程度なのかわからない以上その言葉は褒め言葉というよりプレッシャーでしかないのだよ…

「じゃあとりあえずここからシュートしてみてください」
「はーい」

フリースローラインから名前さんが放ったボールはリングにかすることもなく落ちた。バウンドして転がるボールを拾って振り返る名前さんと目が合う俺の間になんとも気まずい沈黙が流れる。

「…えへへ、教え甲斐ありそうでしょ?」
「…ポジティブですね。まあこれは男子用のボールなので少し重いというのもありますが、まず名前さんの場合脇が開きすぎてるので少し締めたほうがいいです」
「んー…こう?」
「いや、こうです。あと力みすぎてるのでリラックスして、手の力だけで打とうとしないで全身で打つイメージで」
「んー…やってみます」

少し距離をとって離れると名前さんが放ったシュートがリングに当たった。ゴールに入ることはなかったが、とりあえず少しは俺のアドバイスが役立った、と思いたい。

「ねえ!今の入りそうじゃなかった!?感覚忘れないうちにもっかいやろう!」

リングに当たっただけでこんなにはしゃぐとは…俺の想像を遥かに超えるレベルでやばいらしい。

「いきまーす」
「あ、名前さんまたフォームが崩れてます」
「えーほんと?あれ、どうだったっけ?」
「まったく…だから腕はこうなのだよ」

感覚を忘れないうちにとか言ってるくせにもう忘れているのだよ…と呆れて後ろから腕を掴む。振り返った名前さんとの距離が近すぎていたことに気づきパッと手を離すとボールが落ちて転がっていってしまった。

「す、すみません…」
「あ、ううん…大丈夫だよ」

名前さんがボールを拾いに行くと騒がしい声が聞こえてきてぞろぞろと一軍の部員達が入ってきた。

「お、名前と緑間じゃん。早くね?」
「私はボール磨いてて、真太郎は自主練。真太郎が手伝ってくれたから早く終われたんだぁ」
「へぇ…よかったじゃん」
「うん。そっちもなんか珍しい組み合わせだね」
「別にー?来る途中で一緒になっただけだしー。ねー峰ちん」
「ああ。つーか制服のボタン取れたんだけど付けれる?」
「もちろん!着替えたら持ってきて、帰るときまでにやっておくから」
「おー頼むわ」

部室に入る前に青峰のやつに睨まれた、それに続いて紫原にまでも。な、なんなのだよ一体。青峰達が部室に入ると名前さんが「ほら、なんか私お姉ちゃんみたいでしょ?」と言ってボールを渡してきた。多分青峰本人はあなたを姉だとは思っていないと思うのだが。色恋沙汰に疎い俺でも、自分の好きな人に向けられる好意は大体見ていてわかる。特に青峰、紫原、灰崎の3バカトリオはあからさますぎるからな。

返答に困り苦笑いを返すと、「またコーチしてくれる?」と俺のTシャツの裾を掴んでそう言う先輩がかわいくて、虹村さんには悪いが内心嬉しくて、「はい」と返事をしてしまう。まあバスケを教えるだけだ、別にそれくらいいいだろう。しかし、いくら俺がSGとはいえ体育でやるバスケのシュートなら交際している虹村さんに教わればいいと思うのだが、なぜわざわざ俺に頼むのだろうかと少し疑問にも思う。何を考えているのだろう…まあ大した理由はないのだろうけれども、こうして考えているうちに俺はまたこの人のことが頭から離れなくなってしまうのだ。もともと手の届かない存在なのはわかっている、けれども彼女がそばで笑うたびに気持ちは高まっていくばかりで、今までこんな気持ちを経験したことのない俺はどうしようもない気持ちを胸にしまうことしか出来ない。いっそ、触れられない場所へ消えてしまえたら楽なのに。


黒子side.

青峰君の名前さんに対する気持ちを知り僕の恋は諦めようと決意してから数ヶ月が経ち、僕達は2年になった。

この数ヶ月の間に色々がことがありました。まず青峰君名前さんと自主練中、1年で副部長の赤司君に偶然遭遇したことをキッカケに僕はなんと一軍に昇格することになりました。正直、いくらバスケが上手いとはいえ入ったばかりの同じ1年生が副部長であるということに僕は少し疑問抱いていました。ましてや強豪の帝光となれば余計にいいのかなと。けれども赤司君に見出されなければ今の僕のスタイルは生まれなかっただろうし、僕が一軍に入ることはなかったでしょう。バスケセンスだけではなく、こういうところが副部長なる所以なのかと納得しました。あ、いや別に自分を昇格させてくれたから認めたってわけじゃありませんよ?少なからず最初はあちこちで聞こえていた疑問の声も今では全く聞かなくなったので、きっとみんなどこかで赤司君のすごさを目の当たりにする機会があったのだと思います。

そしてそんなすごい人達と肩を並べて練習するという環境に、僕は緊張と身体能力の違いで毎日吐き気…というか実際に練習中何度も吐いてしまいみんなに迷惑ばかりかける日々。三軍と一軍の練習メニューがここまで違うものとは知りませんでした。なんだかんだ言いながらもそんな過酷なメニューをサラリとやってのける一軍、特にキセキと呼ばれるスタメンの人達は本当にすごい人達なんだと改めて思い知りました。

「テツヤお疲れ様」

そんな中での唯一の救いは名前さんからの労いの言葉だったり笑顔でした。いくら元々仲良くしていた後輩とはいえこうも毎回ダサかったり汚い面を見せていたら大抵の人は引くと思います。でも名前さんは一瞬たりとも僕に嫌な顔をすることなく、むしろ誰よりも気遣ってくれている気がします。

「自販でポカリ買ってきたから飲んで?」
「すみません、ありがとうございます。お金は後でお返しします」
「いいって百いくらかくらい。それより大丈夫?いきなり三軍から一軍になったからしんどいよね」
「…はい、まあ、正直付いていくのがやっとというか、付いて行けてません」
「あはは、まあでもそれが普通だよ。みんながすごすぎるだけ。みんなだって才能だけでやってるわけじゃなくて努力してるからあんなすごいわけなんだけどさ、人にはそれぞれ自分のペースとか得意不得意があるから。なかなか思うようにいかなくても、自分を責めないでね」
「はい…」

赤司君の力や青峰君の助けがあったからここまで来ることが出来て、本来なら僕は三軍の中でも下のほうなのに…というのがいつも頭にあって、「やらなきゃ」「頑張らなきゃ」と自分に言い聞かせていた。けれど名前さんの言葉に、その気持ちは「頑張りたい」「チームの一員として勝利に貢献したい」に変わった。

僕が弱っているときは優しくしてくれて、僕が少しでも進歩したときは誰よりも喜んでくれる。いつも味方でいてくれる彼女がいるから、僕はまた頑張ろうと思えるんだ。今年中に試合に出て、チームを勝利に導き彼女の最高の笑顔が見たい。いつしかそれが僕の目標になっていた。

そんな僕の耳にある日衝撃的なニュースが舞い込んできた。部活に行くや否やみんなの様子がおかしいなとは思っていたけど練習後、いつもなら残って練習していく青峰君に「テツ…とりあえずマジバ付き合え」と肩を組まれたのでとりあえず付いていくと、深い溜息をついた後、

「名前と虹村サン付き合ってんだとよ」

と青峰君は顔を覆ってぼそりと呟いた。

「あーもうマジどーしよ、飲まなきゃやってらんねーよ」

とやけ酒でもするかのようにコーラを飲む青峰君に突っ込む気も起きないほどそれは僕にとっても衝撃的で、正直すごくショックでした。青峰君のことを応援すると決めたくせにやはり心のどこかで名前さんを諦めきれない自分がいたんだと再確認しました。しかも虹村キャプテンは僕から見てもかっこよくて名前さんともすごくお似合いで、入る隙がなさすぎることが悲しいです。それからというもの、青峰君のマジバ通いに付き合わされる日々が始まったのです…

そんなつらく心身ともに冷えきった冬も明け、中学に入って二度目の春が訪れました。念願のユニフォームも貰い正式なレギュラーとして認められ、少し報われたような気がしました。このときも、僕以上に喜んでくれた名前さんはお祝いだと言ってとても美味しいケーキを焼いてきてくれました。そんな名前さんの優しさに、僕もレギュラー昇格と同じくらい嬉しくなりました。手が届かないとわかっていてもやはり彼女は僕の女神です。

そしてその日、僕には他にも新たな役割が与えられました。バスケを始めて二週間で一軍入りした黄瀬涼太君の指導係です。正直なぜ僕なんだろうと疑問でした。僕は一軍の中でも下っ端だし、教えるなら部長の虹村さんとか、教えるのが上手そうな赤司君、エースの青峰君とか他にも僕より適した人材はいると思うのですが…でも僕はまだこのチームにそれほど貢献出来ていないので、一緒に基礎を復習していくのも兼ねてやれることは何でもやろうと思い引き受けました。

「え。あんたが俺の指導係?」

第一印象。こいつ嫌いだなと思いました。あからさまに人を見下す態度、無駄にキラキラ、何をやらせても僕より出来る。とにかく黄瀬君は鼻につく存在でした。

でもそんな黄瀬君に追い越されまいという思いから、いつしか僕にとって彼の存在は一番身近なライバルになっていました。(むかつくから言わないけど)彼も僕の試合でのプレーを見てから「黒子っち」と呼ぶようになり、今までの態度が嘘のように懐いてきて、どうやら僕のことを認めてくれたようです。調子のいい人だな、と思いましたが正直少し嬉しかったです。僕はとっくに黄瀬君をすごい人だと認めていたし、なんだかやっと本当の仲間になれた気がしました。赤司君の助言を頼りにパス回しの練習を強化してそれが上手く届くとみんなが生き生きした顔でシュートを決めてくれて僕もバスケが楽しくてしょうがなかった。いつしか練習後は一緒に帰る仲にもなって、キャプテンが休みの日は名前さんも一緒に寄り道して帰ったりして。

「最近すごいね」
「そんなことは…でも今すごくバスケが楽しいです」
「うん、見ててわかるよ。テツヤすごくいい顔してるもん。それにね、涼太の教育係もテツヤに任せて正解だったなって思うの」
「なぜそう思うんですか?」
「うちのレギュラー陣ってやっぱ他とはなんか違うじゃない?色々とズバ抜けてるってゆーか。だから、自分を強くする努力は出来ても、なかなか出来ない人の気持ちをわかってあげることが出来ないと思うんだよね。最初苦労したり三軍の経験も積んできたテツヤだから初心者の涼太を見捨てずにちゃんとここまで育てられたんだなぁって改めて思うんだ」
「ありがとうございます。褒められ慣れていないので、なんと言ったらいいか…」
「あはは、テツヤに基礎をしっかり教えてもらった涼太はいい選手になると思うよ。もちろんテツヤも。めちゃくちゃ応援してるから、一緒に頑張ろうね!」
「はい!」

みんながアイスを片手にガヤガヤ騒いで歩く後ろで名前さんと2人で話している穏やかなこの空気がすごく好きだ。別に付き合えなくてもいい、この時間がずっと続いてくれるなら。